ジェイミー・ハンフリーズさんと金箱淳一さんの活動を知ったのは昨年の12月、宮城県の石巻市にある子供の造形教室「アトリエ・コパン」を訪れた時のことでした。その時、たまたまその石巻で30年以上の歴史を持つという教室にリサーチに来ていたジェイミーさんにお会いし「東北でアートプロジェクトを立ち上げたい」という計画をおうかがいしたのです。そして数ヶ月後に、お二人が石巻でワークショップを開催したという知らせを聞きました。
今日は、プロジェクトがどんな風に実現されていったのか、地元の方々との間にどんなつながりが生まれたのか、さまざまな角度からおうかがいしたインタビューをお届けしたいと思います。
「石巻DRAWING PROJECT」について
このプロジェクトは、子供たちがアートの豊かさと創造性を探索するという目的のもとにワークショップを行い、その様子を撮影した映像作品を全国各地で展示しようというものです。
人々の関心が被災地から遠ざかることに疑問を投げかけ、アートを通して「東北の子供たちが持つ創造性」を発信していきます。「アトリエ・コパン」をはじめとした地元の方々の協力をあおぎ、これまでに数々のワークショップを実施してきました。
プロジェクトがはじまるまで
宮越 最初にお二人が今までにどんな活動をしてこられたのかということからお聞きかせいただけますか?
ジェイミー・ハンフリーズ 私は日本に来て今年で11年目になります。3331アーツ千代田というアートセンターに勤めながら、インスタレーション作品などをつくっています。また、東京で継続的にワークショップを行っていて、「チョークラインプロジェクト」 では子供たちが校庭に線を描く姿を映像化しました。金箱君にはその時に協力を依頼し、それから一緒に活動をするようになりました。
「チョークラインプロジェクト」 監修:ジェイミー・ハンフリーズ、撮影・編集:金箱淳一、音楽:池田哲 協力:東京都杉並区 桃井第四小学校
金箱淳一 僕は東京の女子美術大学で助手を務めながら、アートの制作を行っています。もともとは大学で情報工学を勉強していたのですが、コンピューターの“中”だけの世界が狭苦しいように感じられて、合わなかったんです。それで色々な研究者の活動を知るうちに、コンピュータの外にも表現手法があることを知り、情報科学芸術大学院大学(IAMAS) に進みメディアアートの研究制作を行いました。
メディアアーティストになりたい、と思ってなったわけではなくて、コンピュータの外のことにどうやって人間が関わりを持っていくのか、ということへの興味から今に至るという感じです。13インチや15インチの画面の中で苦しんでいた僕が、今は20m × 30mの世界を相手にしています。
東北への思い
宮越 東北で活動をはじめた思いについて聞かせていただけますか?
ジェイミー 3.11のことがあった後、ほとんどの外国から来ていた友人が母国へ帰りましたが、私は日本に住み続けたいと思いました。それからずっと東北で何かやりたい、と思いつつもなかなか出来ずにいたのですが、被災地のことが忘れられつつあると思った時に「絶対に向こうで何かやりたい」という自分の気持ちを、強く信じたんですよね。しかも、やるのであればアーティストとして東北の人と付き合っていくやり方でやりたい、と思いました。
金箱 地震が起きた時、僕は大学の生徒を避難させていました。そして体育館のスクリーンにニュース映像を映して皆で見ていた時に、あの黒い波を見たんです。僕は大学時代を東北の岩手で過ごしたのですが、僕が遊びに行っていた大船渡や石巻が被害に遭うのを見て、ものすごく絶望しました。僕は東北が大好きだったんです。そこで会った人たちがどれだけ温かかったか、ということがずっと心の中に残っていて。ただ、それでも今の自分の環境を活かして、何か出来ることがあるんじゃないかと思いました。僕が東北で活動をする意味はそういうところにあります。
アーティストの気持ちと被災地の方々の気持ち
宮越 最初はどんなことからはじめられましたか?
金箱 東北に何回か足を運び、ボランティア関係のNPOをはじめとする色々な方に会い、どういった場所でどういうことが出来るか、ということを探っていきました。それから、東北で復興活動をされていた女子美術大学教授のヤマザキミノリ先生に勧めて頂き、簡易的なワークショップを行ったりもしました。
ジェイミー 沢山の方とお会いし、沢山の方に「ワークショップをやって欲しい」と言って頂いたのですが、お互いのイメージしている“アート”の定義が違うと、迷惑になってしまうという心配があったので、とにかく色んな方のお話を聞き、一番いい方法を探りました。
宮越 東北の方とお二人のイメージしていることの間に、どんなギャップがあったのでしょうか?
金箱 東北には震災によって子供たちの遊ぶ場所がなくなってしまった、という背景があり、向こうの方たちの希望は、子供たちを遊ばせる手段としての “アート”でした。被災地の方たちにとっては、その手段が “アート” ではなく、他のものでも良かったんです。ただ僕たちとしてはワークショップからビデオにするまでの課程を アートとして成立させたいという思いがあったので、そういうことを望んでしまった時に、向こうの方々の期待に応えられないだろう、という不安を感じました。
ジェイミー それから、子どもたちと継続的にコミュニケーションをとっていきたいと思っていたのですが、求められるままに色々な所でやってしまうと、そういうことが難しくなってしまうんです。
金箱 やっぱり、子どもたちと一緒につくっていきたい、という思いがあったので、回を重ねるごとにお互いの信頼関係が深められるような環境を探しました。
アトリエ・コパンとの出会い
宮越 それで最終的に「アトリエ・コパン」で活動をすることになったんですね。
ジェイミー はい、今はアトリエ・コパンの新妻さんの協力を得て、コパンの子供たちを対象にワークショップを行っています。アトリエ・コパンから僕たち自身が学ばせて貰っている部分も大きいです。
金箱 コパンの授業は、絵が上手くなったらそれでいい、という単なるおけいこごとじゃないんです。もっと深いものがあるんです。
「石巻2.0」の実行委員長の松村豪太さんとコパンに行った時に、こんなことがありました。その日は、豪太さんが「私はじつはコパンの卒業生なんです。ぜひ同行させてください」とおっしゃるので、三人で出掛けたんです。新妻さんと豪太さんは十数年ぶりの再会でした。その時に、新妻さんが子供たちの作品ファイルを持ってきて見せてくれたんです。新妻さんはそれをペラペラめくって、迷い無く一個の作品を指差して「これ君のだよね」と言ったんです。実際、それが本当に豪太さんの作品だったので、僕はびっくりしました。その時に新妻さんがどれだけ情熱を持って教えてきたか、ということを実感したんです。 僕の中では、とても印象的な出来事でした。
しかし、そのファイルのようなワークショップの記録のほとんどは、津波によってさらわれてしまいました。僕自身、今までの記録をとても見たかったのですが、それはもうここには無くて、新妻さん夫妻の中にしかないんです。 だから、もし彼らの記憶を本や文章の形に残すということになった時には、僕らがお手伝いをしたいと思っています。それを二人から引き出して、何かの形にしたいと思うんです。新妻さんのワークショップのノウハウは、色んな所で展開できると思います。二人から貰っているものが本当に大きいと感じているので「僕らに出来ることって何だろう」と、いつもジェイミーと話しています。
信頼関係を築く時間を大切にしたい
宮越 プロジェクトでは具体的にどんなことをされているんですか?
ジェイミー 3つの作品を計画していて、1つ目は既に実施した花火によるドローイング。2つ目は雪の上のドローイング。3つ目が一番大きなプロジェクトで、30m位の紙の上にドローイングをし、最後にその紙をつかって大きな造形物をつくります。紙は石巻にある日本製紙工場に協力を頂き、最終的にはリサイクルをする予定です。
宮越 子供たちがワークショップを体験するということと、ビデオでの作品づくりという2つの要素があるんですね。
金箱 ビジュアライズも大事ですが、作品づくりのプロセスに目がいってしまいがちなので、子供たちとのコミュニケーションに時間をかけることも大事にしています。対話の少ない状況でやっても、双方にとって納得のいくものが出来ないと思うんです。
ジェイミー これは「チョークラインプロジェクト」の時に実感したことですが、信頼関係が出来てくれば、それがいいかたちで作品に出てくると思います。
理想のかたちは、子供たちからつくりはじめること
金箱 僕たちの理想は、子供たちが自発的につくりはじめたり、子供たちのやりたいことを汲み上げていってワークショップに反映させたりすることなんです。でも、そこへはまだまだ遠いところにいる気がしています。
究極の理想のかたちとしては、本当につくりたいものは何なのか、ということが僕たちの中にあるのではなく、子供たちの中から湧き上がってきて、僕らが聞き手になり、「そうか、そういうことか、じゃあどういう風にやったらいいんだろう」という感じで一緒につくっていきたいんです。それが出来たら、さぞかし面白いだろうと思います。
宮越 お二人はボランティアで活動されているということですが、資金面についてもおうかがいしたいと思います。クラウドファンディングサイトを利用されていましたね。
金箱 大学の生徒が勧めてくれたことがきっかけだったのですが、この活動を続けていくには、どうしても経費という切実な問題があり、クラウドファンディングサイトの「motion gallery」の力をお借りしました。
もし、僕らが身銭を切り、東北の方々に対して「大丈夫です、大丈夫です」と言ってやっていっても、続けていくうちに疲弊していってしまうと思うんです。もちろん僕たち自身も出来る範囲で出資していますけど、双方にとって無理の無いように、と考えたら、クラウドファンディングは健全な方法だと思います。自分たちのやっていることを自信持ってすすめていくためにも、こういったものの力を借りた方がいいと思いました。
宮越 反響はいかがでしたか?
金箱 そうですね、思った以上に何らかの方法で東北を支援したいという方や、関わりたいという気持ちを持っている方がいるということをネットを通じて感じました。
作品が“メディア”になる
宮越 今後の展開はどんなことを考えていらっしゃいますか?
ジェイミー 来年の春に、東北をはじめ、全国各地で展示を行おうと思っています。参加してもらった子供たちにも映像を見てもらいたいです。
金箱 自分の参加したプロジェクトが作品として提示されるということは、必ず子供にとって良い効果があると思うんです。
ジェイミー 「チョークラインプロジェクト」を見てもらった時も「あ、私だ」とか言って、皆一生懸命見ていましたね。
金箱 そういう経験は間接的にかもしれないけれど、自分の肯定に繋がっていくのではないかと思います。また、僕らはマスメディアではないので現地の情報をそのまま伝えることは出来ないですが、作品を通して伝えることは出来ると思っています。そうなった時に、メディアアートというよりは、展示作品そのものがメディアになりうるのではと思います。 作品を見てくれた人に東北に思いをはせてもらう、それだけでもいいんです。作品が展示されて、見た人の意識が東北に向いて、点と点が繋がって線になれば、僕はそれでいいと思う。だから、関東だけではなく、被災地から遠い所など、全国各地で展示を行いたいと思っています。僕たちの活動も、何らかのかたちで継続していきたいなと思いますね。
インタビューを終えて
「僕たちの方が貰ってることが沢山ある」そんなフレーズを、取材中に何度もお聞きしました。その言葉からはお二人の東北に対する思いがひしひしと伝わってきて、私も東北の人たちの暖かさを思い出しました。
「石巻DRAWING PROJECT」の活動は、被災地で求められることと、アーティストの思いの間に生じるギャップに向き合っていくことでもありましたが、その活動はこれからも被災地とアートという問題を考える人に、沢山のヒントを見せてくれると思います。また、クラウドファンディング「motion gallery」では継続して資金を募っていますので、ご興味のある方はぜひのぞいてみてください。
2002年レデイング大学美術専攻学士卒業。様々な素材を用い、線を描くという行為を通して特有の場を探検するインスタレーションを製作している。 杉並区、善福寺にある「桃井第四小学校」で継続的に 実験的なワークショップ「アートキッズ」を展開している他、遊工房アートスペースでの活動など、様々なコミュニテイープロジェクトに携わる。 現在、3331アーツ千代田で勤めながらアート活動に取り組んでいる。
金箱 淳一(かねばこ・じゅんいち)
岩手県立大学で情報学を専攻した後、情報科学芸術大学院大学(IAMAS) で楽器とインタフェースを中心としたメディアアートの研究制作を行う。大学院1年次にオーストリア・リンツ美術工芸大学に交換留学生として派遣。修了後は作品制作の経験を基に玩具の企画業に従事したのち、現在は女子美術大学に勤務する傍ら活動を行っている。
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