「森のようちえん」をご存知ですか?
名前だけ聞くと、人里離れた森の中にあるツリーハウスのような幼稚園を思い浮かべてしまいそうですが、実はこれ、デンマーク発祥の、ありのままの子どもたちを育む保育スタイルのこと。
greenz.jpではこれまで、「まちの保育園」「ピースボート子どもの家」など、様々な保育・教育のカタチをご紹介してきましたが、「森のようちえん」は、その中でも最も身近で取り入れやすいもののようです。緑に乏しい都心でも、究極には園舎を持たなくても実践可能で、さらにはこの考え方を知ると、育児が楽になってしまうのだとか!
今回は、この「森のようちえん」を日本で広める活動を展開している『森のようちえん Little Tree』の野村直子さんにお話を聞き、そのコンセプトや今後の可能性について探ってみました。お話の中から、これからの子育てのヒントが見えてきましたよ。
「森のようちえん」とは?
「森のようちえん」は、自然の中で子どもたちがやりたいことをやることにより、子どもたちが持つ「育つ力」を引き出す保育スタイル。子どもが感じるものや体験する事に寄り添い、見守り、共感することにより、大人から言われて行動するのではなく、自分の力で考えて物事に取り組んでいく力を育むことを目的としています。
「自然」と言っても、そのフィールドは様々。本格的な森林でなくても、海や川、身近な都市公園やちょっとした広場でもその実践は可能です。大事なのは、環境そのものよりも、大人の姿勢。子どもが何をしようとしているのかを興味を持って見守り、その遊びが膨らむような声がけをしてあげることが大事で、決して「これをやりなさい」と指示を出すようなことはしません。
大人の思うようにコントロールするのではなく、子どもがやりたいことをするための最善の方法を投げかけてあげること。これが、「森のようちえん」流の保育スタイルです。
北欧生まれのこの保育スタイルが日本に上陸したのは、2005年に宮城県で開催された日本初の全国フォーラムでした。
その2年後、東京で開催されたフォーラムを機に「森のようちえん全国ネットワーク」が立ち上がり、指導者養成講座やイベントを通して、徐々に認知が拡大。昨年は年間で約50団体(保育園、幼稚園、自然学校、自主保育など)が「森のようちえん」スタイルを取り入れた保育の実践を開始するなど、全国レベルで広がりをみせています。
もっと広めたい…『森のようちえん Little Tree』活動開始!
自然の中でありのままの子どもたちを育む「森のようちえん」。
この保育のすばらしさをもっと広めていきたい
そんな思いから活動を始めたのが『森のようちえん Little Tree』の野村直子さんです。野村さんは、保育士という立場や自然教育の経験を活かし、様々な角度から「森のようちえん」の普及を目指した活動をしています。
『森のようちえん Little Tree』の現在の活動は主に2つ。
1つは自らが園長を務める保育室『もあな ちいさな木』(横浜市都筑区)で、「森のようちえん」のモデルケースとなるような保育を実践すること。
現在は、興味を持つ人はいるのに、都心部での自然体験の活動はイベント止まり。実践例はほとんどない状況です。野村さんは、自分の保育室から、「森のようちえんで育つ子どもはこんな成果が出て、こんな風に育っていく」という確立されたものを発信し、他の園が真似するような状況をつくり出すことを目指しています。
そして2つ目は、指導者を育成すること。広めるためのカギは指導者にあると考え、「森のようちえん全国ネットワーク」など他団体と協同で、ワークショップや保育士のための研修を行っています。当面は現在の指導者養成をブラッシュアップしてそのスタイルを確立することに専念し、将来的には『Little Tree』独自の指導者養成講座を開いていく予定です。
これらの活動を通して「森のようちえん」を普及させ、自分の本当にやりたいことができる人を育て、やりたいことができる社会をつくること。これが、『森のようちえん Little Tree』のビジョンです。
「森のようちえん」の魅力は?野村直子さんインタビュー
そんな「森のようちえん」ですが、ビジョンは理解できても、具体的にどんなことを実践しているのか、子どもたちにどんな影響があるのか、イメージするのは難しいですよね。野村さんに、「森のようちえん」の魅力と、活動の原点にある思いについてお話を聞きました。
自然は、一人ひとり違う想像力・創造力が育まれる場所
自然のインパクトは、ものすごく大きいんです。
野村さんは、自然をフィールドにした保育の魅力について、こう語ります。
「自分のやりたいことをやるように見守る」ことは、もちろん自然の中じゃなくてもできます。でも、自然は人の力で変えられる部分もありますが、寒さや雨など、どうしても変えられないものもありますよね。
工夫すれば何でもできる楽しさと、どうしようもない厳しさ、その両面を持つのが自然です。そういうものを題材に遊び、関わっていく中で、子どもたちは様々な感覚や気持ちを抱き、心も身体も成長していきます。これは、自然の中だからこそできることだと思っています。
保育の現場で大人が提供するものって、本当に限定されてしまいます。工作とかお絵描きとか、大人が出した限られた材料の中からやることになってしまいますよね。でも、自然の中では、紙も鉛筆も無いけど、土があって、木の枝がある。絵を描きたい子は、小さな紙の中じゃなくて、自由な大きさで地面に描けるし、自然は自分のやりたいことが創り出せる環境なんです。
それは体験として子どもたちの中に残り、想像力と創造力が、どちらも高まっていくのです。
確かに大人が提供する遊び道具には、「色鉛筆=紙に絵を描くもの」「画用紙=絵を描くためのキャンバス」と、それぞれの役割が既に決められています。でも、自然の中では、同じ木の枝1本を拾ったとしても、ある子にとっては杖になるかもしれないし、ある子にとっては何かの材料になるかもしれません。
一人ひとり、その想像・創造は本来全く違うものなのですよね。それを最大限に引き出してあげるのが、「森のようちえん」の保育なのです。
外でお昼寝、水たまりへジャンプ!…森のようちえんの1日
では、具体的に『もあな ちいさな木』ではどんな日々を過ごしているのでしょうか。
とにかく、毎日自然の中に行きます。朝お出かけをして、午前中はずっと、近くの公園や緑道脇の広場で遊びます。昼前に園に帰り、ご飯とお昼寝をする。時には外でご飯を食べることもあります。
年齢期にあった活動をしなくてはならないので無理はできないですが、本当はお昼寝もハンモックをかけたりして、外でしたいですね。2歳児くらいになったら、外でごろーんと空を見上げてお昼寝をするのもいいんじゃないかな、と思っています。
野村さんによると、スウェーデンでは、外に寝袋を持って行ってお昼寝をするのだそうです。日本人の感覚で考えるとびっくりの光景ですが、自然の中のお昼寝は、絶対に気持ちいいはず。空を見上げることで、子どもたちの中に、また新たな発見も生まれそうですよね。
そして驚くことに、自然体験は雨の日でも中止することはないそうです。
2歳児で歩けるくらいの子どもなら、雨でもレインコートを着て外へ出かけます。実は子どもたちって、雨の中の方が楽しめるんです。水たまりがあったら絶対入りたいし、そこで跳ねたりしたいんです。大人目線で言うと、「汚れるから」「風邪引くから」と止めてしまうのですが、私が経験してきた野外教育の視点から言うと、装備をしていれば雨の中の活動でも十分に楽しめるし、雨の日の方が、かえって多くの発見が得られます。
例えば、木の葉や落ち葉、花の色がすごく鮮やかに見えることに気付いたり、公園は貸し切り状態なので普段以上に自由に遊んだり、大きな水たまりでは泳いじゃう子もいるくらいで(笑)。そういった体験が子どもにとってはすごく大事。梅雨と冬の雨が違うように、季節によって雨の感じ方も違うし、それを感じて子どもたちの遊び方も変わります。それも体験してみないと分からないですよね。
よく、「自然の中で遊ばせるのは危険だ」「どうやって遊ばせていいか分からない」と考える親御さんもいるのですが、自然を体験することにより、子どもたち自ら危機管理能力を高められるし、自ら遊びをつくり出せる。そのことによって、親御さんも子育てが楽になると思うんですよね。無理に方向付けず、子どもが育つように育ててあげれば、本当は楽なんだということを、多くの人に知っていただきたいです。
子どもたちのいきいきとした表情が思い浮かぶような野村さんのお話。でも、これはあくまで『もあな ちいさな木』の活動であって、地域や園の考え方によって手法は様々なのだそうです。例えば3〜5歳児の保育園などでは、本当に1日中、屋外で過ごすこともあるのだとか。そうなったら本当に、園庭はもちろん、園舎も必要なくなりますよね。
建物などの環境を選ばず、保育者の考え方ひとつで子どもにとってよい環境をつくることができる。これが、「森のようちえん」の大きな魅力のひとつであり、野村さんが「指導者養成」に力を入れようと考えた理由でもあるのです。
きっかけは、保育の現場で見た子どもの才能への気付き
まるで「森のようちえん」の伝道師のような活動をする野村さんですが、その原点とも言える気付きは、約12年前、保育の現場で見た子どもたちの驚くべき行動の中にありました。
その時は5歳児を担当していまして、当時から外に出るのが好きだったので、毎日公園に出かけていました。いつも固定遊具で遊ばせていたら、あるとき近所のお母さんに怒られてしまって。私は「やっちゃだめ」と言うのが嫌だったので、それならば固定遊具のないところに行ってしまおう、と思ったんです。
それで、連れて行ったのが、だだっ広い草野球の練習にでも使われそうなグラウンド(笑)。最初は子どもたちもブーイングで、「何にもないじゃん」と文句を言っていたのですが、30分もしないうちに、自分たちで大きな木を引きずってきて、基地づくりを始めたんです。
「そろそろ帰るよ」と言っても、帰りたがらなくて。そのとき、子どもたちは何もないゼロの状態から何かを生み出す才能があるんだ、ということに気付き、それ以来、敢えて固定遊具のない自然の中に行くようになりました。
その当時は「森のようちえん」のことを知らなかった野村さんですが、プログラムを与えなくても自由に遊ぶ子どもたちの姿に、大きな可能性を感じたと言います。
さらにその後、ワーキングホリデーで訪れたカナダの保育所では、先生に向かって自由奔放な発言をする子どもたちの姿に触れ、「今日はこれをやりましょう」という先生からの情報発信しかない日本の保育との大きな違いを感じます。日本に帰国後は、インターナショナルスクールの幼稚園を経て、北海道で自然ガイドの職に。そこで出会ったのが、「森のようちえん」の考え方でした。
自然ガイドの仕事を通して、自然の中での活動の楽しさや心地よさを伝えたい、という思いが芽生え始めました。インターネットで「森のようちえん」を調べ、自分なりの保育を立ち上げよう、と思って東京に戻り、NPO法人国際自然大学校の職員になりました。そこで「森のようちえん」の担当をさせていただき、川崎市黒川青少年野外活動センターなどでイベント的な活動を立ち上げました。その活動は、今でも続いています。
2年前にNPO職員を辞めると同時に『森のようちえん Little Tree』の活動を始め、親子向けワークショップや勉強会、指導者養成など、他団体の受託による活動を積み重ねてきました。でも実は、イベント的な活動から指導者育成に主軸を移せるようになったのは、ごく最近のこと。野村さんは、「ようやく形になってきた」と、本格的に始動した指導者育成に意気込んでいます。
イメージはタンポポ。自然体で心地よく生きていける社会へ
多岐に渡る経歴がひとつにつながって、現在の活動に結び付いた野村さん。今後の展開を聞くと、「タンポポ」に例えて話してくれました。
私の「森のようちえん」の考え方は、もしかしたら私流かもしれない。その、Little Tree的なエッセンスを持った保育士さんが、種を持っていろんなところに飛んでいって、子どもたちに「森のようちえん」を提供する。そのタンポポの綿毛を今、私は飛ばしているんです。
そしていつか、その綿毛がどこかで根を張って、それぞれの「森のようちえん」を立ち上げる。ゆくゆくはそういった事業者支援や事業者育成もやっていきたいな、と考えています。そうやって、全国に「森のようちえん」が増え、お母さんたちに、「幼稚園、保育園、森のようちえん」という3つの選択肢が生まれるとうれしいな、と思います。
さらに野村さんは、未来の社会像についてもイメージしています。
「森のようちえん」で育って、ありのままにやりたいことをやる人が世の中に増えてくると、お互いに「ありのまま」でいることを認められる基盤ができてくると思うんですよね。そうすると、お互いに認め合う助け合いの地域ができて、人が本当に自然体で心地よく生きていけるコミュニティになるんじゃないかな、と思います。そんな、「森のようちえん」的なコミュニティづくりができたらいいな、と思い描いています。
震災後、改めて地域のつながりの大切さを実感したという野村さんは、そんな社会をイメージしながら活動を続けています。「森のようちえん」の普及には、今後、スタイルの統制方法など様々な課題がありますが、野村さんの根底に流れている「信じる力」は、様々な困難を乗り越えていく力になりそうです。
人を育てることは、未来をつくること。野村さんの今後の活動と、「森のようちえん」で育った子どもたちの成長が、とても楽しみですね。
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