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カフェやギャラリーも併設!おじいちゃんも学生も、街ぐるみで子どもの可能性を引き出す「まちの保育園」

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子どもの頃、あなたの周りにはどんな大人がいましたか?近所に住む頑固オヤジ、駄菓子屋さんのおばちゃん、子どもに人気の名物おじさん……。街には顔見知りの人々がいて、声をかけあいながら暮らしていたのではないでしょうか。

でも、今の都会の子どもたちには、そんな街の人々がいません。家と保育園・幼稚園の往復で、若い女性ばかりに囲まれて過ごしているのが現状です。それならば、街ぐるみで子どもを育てる環境を、保育園から作っていこう。そんな発想で生まれたのが「まちの保育園」です。


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Satoshi shigeta(c)Nacasa&Partners Inc.

東京都練馬区の閑静な住宅街の中にある『まちの保育園 小竹向原』。スタイリッシュな雰囲気のエントランスを通り、まず驚かされるのはカフェの存在です。焼きたてのパンが人気のこのカフェには、保護者の方はもちろん、近所に住むたくさんの人々が集い、いつも賑わいを見せています。

併設のカフェは保護者の方やご近所さんでいつもにぎわっています

併設のカフェは保護者の方やご近所さんでいつもにぎわっています Satoshi shigeta(c)Nacasa&Partners Inc.

テイクアウトでも大人気の焼きたてのパン

テイクアウトでも大人気の焼きたてのパン

エントランスの奥にあるのは、街の人に開放されたギャラリー。子どもの日常を記録した写真やボランティアの方々の声が記されたノートが展示されており、園内の様子を伺い知ることができます。

この日の展示テーマは「小さなこどもたちは過去のことは忘れてしまう?」

この日の展示テーマは「小さなこどもたちは過去のことは忘れてしまう?」

ボランティアとして参加した街の人の声が記されたノート

ボランティアとして参加した街の人の声が記されたノート

そして、中に入ると天井が高く開放的な保育室と、広々とした園庭が登場。元気いっぱいに遊ぶ子どもたちに寄り添っているのは、保育士のみなさん、そしてボランティアとして保育に参加している街の人々です。お年寄りや有識者、社会人、学生など多くの人がこの場所で子どもと接し、共に時間を過ごしています。

高い天井が開放的な雰囲気を作り出す保育室

高い天井が開放的な雰囲気を作り出す保育室

子どもがどろんこになって遊ぶ広々とした園庭

子どもがどろんこになって遊ぶ広々とした園庭 Satoshi shigeta(c)Nacasa&Partners Inc.

「教育はみんなのもので、幸せな試み」まちの保育園の考え方

セキュリティが重視されてきたこれまでの保育園とは真逆の、街に開かれた保育園。いったいどのような発想から生まれたのでしょうか?

0〜6歳は人格を形成する上で一番大事な時期で、その時期に出会った人や出会い方が大きく影響してくると言われています。昔であれば、頑固なおじいちゃんや寛容なおばあちゃんが近くにいて、それだけで自己肯定感が身に付いたり、そういう体験があったはずなんですが、今はそれがなくなってしまった。それならば、教育を街ぐるみでみんなのものとして捉えて進めていく方が、子どもたちにとっていいのではないかと思ったんです。

と語るのは、代表の松本理寿輝さん。学生時代、授業で児童擁護施設に訪れた経験から子どもの可能性を強く感じ、子どものための施設を作るという夢を抱きました。でも、研究を続けるうちに現在の日本の保育の問題点を痛感するようになります。

保育園は、待機児童も多く、放っておいても子どもたちが来る状況があって、一方で幼稚園は預かり時間が短いので専業主婦しか利用することができず、一部の有名校を除いて困窮していた。そこにまず、矛盾があるな、と感じました。さらにOECD加盟国(経済協力開発機構)の中でも日本は、GDPに対する幼児教育の予算の割合が一番低くて、昔のように地域の交流もなく、結局家庭にまかせる比重が大きくなっている。幼児教育のグランドデザインをしないとこの国はヤバいぞ、と思ったんです。

「まちの保育園 小竹向原」代表の松本理寿輝さん

「まちの保育園 小竹向原」代表の松本理寿輝さん

そんな時に目にしたのが、イタリアのレッジョエミリアという都市で実践されている教育に関する展示会。「教育は教師や教室のものではなくて、社会や子どもの未来をつくるものなので、幸せな試みであるはず」という、教育の捉え方そのものを覆す考え方に強く共感した松本さんは、保育の現場で経営者として理念を貫く事例を作りたいと考えました。大学卒業後、教育の本質であるコミュニケーションを学ぶために広告代理店に就職し、その後、自ら起業することで身を以て経営を勉強。経営が安定した2009年頃、本格的に保育園設立に向けて動き始め、2011年4月、カフェを併設する『まちの保育園 小竹向原』を開園しました。

「3つの力」を信じる保育

街に開かれた保育園。その発想はとても豊かで理想的に見えますが、当然、ただ自由に開放すれば良いという訳ではありません。実際、「まちの保育園」ではボランティア希望の方と一人ひとり、その目的や考え方について面談して話し合い、一回限りではなく定期的に保育に参加してもらうようにするなど、理念を共有できる特定の方にのみ開放する体制で運営しています。その線引きが難しそうですが、松本さんの中にはそれを確かなものにする「3つの力を信じる」という信念が存在しているようです。その考え方と実践について聞きました。

1:子どもの力を信じる

一般的に、子どもが無能で大人が万能であるから、大人が教えて子どもが学ぶと言う構図があったと思うんです。でも、子どもは無の状態ではなく、無限の可能性を持って生まれてきます。そして、生まれながらにして持つ個性を自分で発見しながら社会や世の中との接点を探しているんです。だから、教師は、子どもたちの学びや育ちの共同者、パートナーとして寄り添って行こうという考え方です。

大人の考える概念に子どもを当てはめるのではなく、子どもと生活しながら考えるという考え方は、保育室のレイアウトにも現れています。開園当初、発達段階で3つのクラスに分かれていたのですが、保育室は敷居などが全く無く、ただの広いひとつ空間でした。それを、アトリエリスタと呼ばれる教師と保育士などが子どもの様子を見ながら棚の配置やレイアウトを考えて変更し、現在も日々手を加え続けているそうです。

まちの保育園の「仕組み」

まちの保育園の「仕組み」

2:対話の力を信じる

教育は子どもの「らしさ」から始まるべきだし、「理想的な社会や人間像って何だろう?」というところから始めるべきですよね。そもそも理想的な社会や人間像って、特権的な誰かや教師が決めるべきではなく、社会のみんなで導き出すもの。そう考えると、一生答えなんかないんです。日々刻々と変わって行くものですし。答えを急ぐのではなくて、開かれた問いとしてそれを捉えて、日々対話を繰り返して行く。その対話の中に教育の本質があるんじゃないかと思っているんです。

園内の様子を見ていると、保育士同士やアトリエリスタ、保護者の方など、常に話をしている様子がうかがえます。また、子どもたちを迎えに来たお母さん同士がカフェで出会って話をしたり、お父さんと待ち合わせて夕食をとって帰ったり、園の滞在時間はとても長いように感じます。まちの保育園では保育士だけで集まる時間を週に一度は必ず確保したり、保護者の方や街の方とも保育のパートナーとして対話の時間をしっかりと持っています。ボランティアも教師も保護者もみんなが対等の立場で行う対話。松本さん自身も日々の対話の中に、多くの気付きがあるとのことです。

アトリエリスタの福田さんと談笑する松本さん

アトリエリスタの福田さんと談笑する松本さん

3:コミュニティの力を信じる

どんなに感性が鋭くて真剣に向き合っていても、人はありのままに人を見られないものです。どうしても自分のフィルターを通して人を見てしまっていて、ひょっとしたら見落としている可能性があるかもしれません。だから、多くの人に子どもたちの生活に関わってもらいたいと思い、街に対しても積極的に開いていくという仕組みにしています。コミュニティがあることによって大人も学びがあるし、子どもが成長して行く中で会うべき人に出会えるのではないかと思うのです。

ボランティアの方の中には、ワークショップをファシリテートしている方がコミュニケーションの勉強を目的に参加し、「自分で組み立てるものではなく、一緒に作るものなんだ」と気付きを得ていかれるなんてこともあるそうです。大人も子どもも、共に学び成長できる場としてのコミュニティの存在は、子どもの成長過程においてとても重要な意味を持っているのです。

3つの力を信じる保育。この確立された信念が、関わる人々の間に強い信頼関係を生み「開かれた保育」を実現しているのです。

「もっと解放してほしい」「自分の街でも…」多くの反響

2011年4月にオープンした「まちの保育園」ですが、その存在は街の人にも変化を与えています。保護者や街の人からは「もっと開放していきたい」という声がたくさん寄せられており、練馬区の名産である野菜などを販売するマルシェやフリーマーケットを開催するなど、新たな企画案も出ているとのこと。

これには松本さんも、「想像以上に受け入れていただいて、とてもありがたいです。逆にこちらが追いついていないくらい(笑)」と言います。「保育園も子どもと一緒で無理な成長を強いてはいけない」と、あくまで子どもの様子を見ながらではありますが、少しずつ対応していきたいとのこと。開かれた保育は、子どもたちだけでなく、街の可能性を広げる役割も果たしているようです。

さらに松本さんは、「まちの保育園」をフリードメインとして広めていきたいという構想を持っています。「子どもの生育環境を良くしていくためには、保育園を運営する人たちが競争ではなく、共創していく状況をつくるべき」と、松本さん。日本の各地に街ぐるみの保育が広がるのも時間の問題かもしれませんね。

保育士の社会的地位を高めていきたい

そして今、松本さんが保育のグランドデザインと共に取り組みたいと考えているのは、幼児保育に携わる保育士や教師の社会的地位を高めていくこと。

保育士や教師は、子どもの一生を左右するような影響を与える存在であり、将来社会をつくるという極めて社会的に重要な仕事をしているわけです。高いプロ意識を持った子どもの専門家として社会に貢献している。それにも関わらず、社会的には低く見られてしまう。報酬も平均年収より低くて、残業代も出ずに、極めて劣悪な労働環境で働いている場合が少なくないんです。

幼児教育の見られ方を、社会的に重要な役割をしていて、かつ夢があることなんだというイメージに変えていきたい。保育士の社会的な認識が変われば、この業界も良くなるし、子どもたちの生育環境も良くなるのではないかと思っています。

松本さんは、保育士の地位を大学教授並みにしたいと考えているそうです。確かに、保育士は子どものことを一番良く知っている存在であり、人格形成にとって大事な時期を担う専門職です。以前ご紹介した「オトナのセナカ」(実は彼女たちはこの保育園で働いています!)の2人もそうですが、保育士や、保育に携わる人々が社会に向けてメッセージを発信していくことにより、子どもたちにとっても、より良い環境が実現するのではないかと感じました。

さらに松本さんは、将来的には、幼児教育の教師を育成する学校を作りたいと考えています。保育士の資格を取るために身につけた専門知識を現場でどう活かすか、ということにポイントを置き、さらに、専門知識のみならず総合的な教師としてのスキルや自信を身につけられる学校にしたいとのこと。今、少しずつ準備を進めているとのことですが、松本さんの幼児教育に対する思いは尽きることがなさそうです。

子どもは未来そのもの。子どもたちが持つ「無限の可能性」を広げることができるのは、私たち大人です。子どもたち、そして未来のために今私たちができること、もう一度、考えてみたいですね。

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