「CSV」という言葉をご存知ですか? 「Creating Shared Value(共通価値の創造)」の略語で、マイケル・ポーターが「CSR」の次なるキーワードとして提唱している言葉です。マイケル・ポーターと言えば、『競争の戦略』などの著書で知られる経営戦略の第一人者。なにやら重要そうで、greenz.jpとしても注目しているのですが、まだ新しい概念で、あまり情報も無いのが現状です。
「それなら、みんなでこのキーワードについて考えようよ!」という趣旨で開催したのが「What’s CSV? カンファレンス」。CSVを実践している(と、greenz.jpが感じた)みなさんにお集りいただき、「企業(コーポレート)」と「起業(アントレプレナー)」に分かれたトークセッションを行いました。
この記事では、「起業(アントレプレナー)」セッション」の様子をレポートでお届けします。
チェックイン&ゲスト自己紹介
「起業(アントレプレナー)」セッションのゲストは、若手起業家の3人。greenz.jpのイベントでは恒例となった「チェックイン(自分の周囲の人と今の気持ちをシェアする時間)」で緊張もほぐれたところで、まずは自己紹介がてら、ご自身のプロフィールからお話いただきました。
太田睦さん(株式会社ギフティ)
TwitterやFacebookで簡単に小さなギフトを贈ることができるサービス「giftee」を運営している太田さんは、2010年7月に法人化し、株式会社ギフティの代表となりました。現在スタッフは3名で、その他にボランティアのサポートメンバーが運営を支えているとのことです。「giftee」は、受け取った人が指定のカフェや雑貨店でモバイル端末で画面を見せると、「コーヒー1杯」「カクテル1杯」といったサービスを受けることができる仕組みです。太田さんは、「僕の役割は、サービスを広めると共に、カジュアルにギフトを贈る習慣や文化を広げること」と、このビジネスのビジョンを語りました。
石橋秀一さん(株式会社sassor)
家庭の消費電力を電気機器単位で見える化する「Energy Literacy Platform(ELP)」を手掛ける石橋さんは、2010年の9月に株式会社sassor として法人化。今年6月に発売した、電源モジュールとレシーバー、ウェブサイト、スマートフォンアプリをセットとした『ELP Lite』は予約販売で完売となり、最近では企業からの導入依頼もあるなど、順調なスタートを切っているようです。ただ、ベンチャーとしては珍しく、ハードウェアも扱うビジネスのため、「法律なども絡んで大変でしたが、創業者2人となんとかここまでやってきました」と、苦労も多かった様子。現在は創業メンバーに加え、インターン生を受け入れて運営しているとのことです。
森本宏美さん(Tie for change)
使われなくなったネクタイを回収し、リメイクなどを施してイベントで販売する「Tie for change」の代表を務める森本さん。ネクタイ販売で得た収益金は、環境、就労、教育など社会問題に取り組む団体に寄付される仕組みで社会に還元しています。販売の際は、プロの目線で複数名の女性がアドバイスをするのですが、これによって男性は見違えるほど変わるのだとか。「女性がメイクをするかしないかほど全く印象が変わって、男性も元気になって、女性も元気になるので、私はこれを“チャリティ・キャバクラ”と呼んでいます」と、森本さん。Tie for changeは法人化しておらず、森本さんも普段は教師をしながらこのプロジェクトに取り組んでいます。
「起業(アントレプレナー)」セッションのMCを務めるのは、greenz.jpの小野。
肩の力が抜けていて自分のスタイルでビジネスをしながら、CSVを当たり前のようにやっている方々かな、と思ってこのお三方にお願いしました。3人の共通項を探ることで、CSVとは何かを探ることができるのではないかと思います。
とゲストのみなさんを紹介し、ここからは「CSV」をテーマにしたトークへと移ります。
8つのキーワードによる「曼荼羅トーク」
CSVとは何かを探るため、この日は「曼荼羅トーク」という形式を取りました。スライドには、CSVをめぐる共通項として、ゲストへの事前インタビューなどから選んだ8つのキーワードが表示されています。この中から、参加者の方に聞きたいキーワードを選んでいただき、それについてゲストが語るという方式。
「n足のわらじ」 〜肩の力を抜いて、社会貢献を自然に実践〜
最初に選ばれたキーワードは「n足のわらじ」。フルタイムでの勤務と「2足のわらじ」を履いていた経験のある太田さんに聞きました。
(太田)もともと、フルタイムでシステム会社に勤めていました。大学時代から起業には興味があって、社会人になってgifteeの元となったアイデアを思いついたとき、寝かしておいても仕方ないので、土日やアフターファイブで形にしようと思ったんです。でも、いきなりプロダクトをつくるのではなく、まずは家族や友達にアイデアを説明することから始めました。そうすると、10人中9人に「それ、いいね」と言ってもらえて。ここからようやく動き出して、具体的にビジネスモデルの検討や仲間集めなどを、スモールスタートで始めました。
スモールスタートは、当時僕が通っていた社会人ワークショップの講師の方が実践されていた方法で、「いいアイデアを思いついたら、とりあえずやってみればいいじゃん」と、すごく方の力の抜けたアドバイスをいただいたので、その方の言葉を信じて始めたという面もあります。
いきなり起業するといろいろなリスクがあると思うので、自分が取れるリスクの中で小さく実験をしてみて、ある程度確証を持ってから次のステップに進むというのが、「n足のわらじ」においてはポイントとなるのかな、と思います。
「2足のわらじ」から起業へとスモールスタートで少しずつ以降していった太田さん。一方で、起業を選ばず、先生という仕事を続けている森本さんは、「先生の仕事がすごく好きで、辞める必要があるとは全く思っていない」と、自然体で現在の立場を選んでいる様子。小野は、
みなさん今は過渡期なのかもしれませんし、これが自分のスタイルなのかもしれませんが、自分らしさを活かしたり無理しないということが本質的な価値にもつながっていくのかな、と思います。肩の力を抜くと視野が広がるので、“社会貢献”と言われることをビジネスとして“普通に”やっていくことにもつながるのかもしれません。
とコメント。「自分らしさ」や「自然体」は、CSVを生み出すひとつのポイントと言えそうです。
「キッカケ」 〜自分の経験の延長線上にある起業〜
続いて選ばれたキーワードは、「キッカケ」。森本さんにお話いただきました。
(森本)Tie for changeの始まりは、3年ほど前、ビッグイシューのコンサルタントの方にアイデアを話したら、それがいつの間にか仕組みになっていた、なんて感じでした。でも、よく振り返ってみると、それ以外に2つ、キーになった体験があるな、と思っています。
ひとつは、大学時代にアフリカでボランティアした時の経験です。はやり現地では「お金がない」という問題があったんですが、たまたま立ち寄った隣町の古着ショップで、売れなかったものが店の前に捨てられている状況を目にしました。どう見ても村の人が着ているものよりもきれいだったので、それを全部もらって村で安く売ったら、ものすごく喜ばれて。その経験で「絶対どうにかすればお金はつくれるんだ」という確信を得ました。
もうひとつは、国連で働いていた当時に出席したある式典で、スピーチが下手で、服装も冴えない日本人の方に出会ったことです。その方のスピーチを聞いて、出席している子どもたちの目が曇って行くほどでした。でも、実際にその方と話したら、ものすごく優秀で謙虚で、いい方だったんです。そのとき「なんてもったいないんだ」と思ったですね。その経験が、帰国後、イメージコンサルティングの勉強をすることにつながりました。
こんなことがつながって、今があるのかな、と思います。
それまでの経験が今の取り組みへと自然につながっている森本さんに対し、小野は、
起業と言うと、ビジネスアイデアを考えなきゃ、みたいな思考になりがちですが、これまでの人生を振り返ってみて、その積み重ねの延長上に点をつないでいくだけで、すんなり行くタイミングが訪れたんだろうな、という印象を受けました。すごく希望を感じたので、皆さんにシェアしたいな、と思いました。
と、まとめました。「キッカケ」のトークは、起業を意識している会場のみなさんへのメッセージにもなったようです。
「with 企業」 〜共感と役割分担が成功のカギ〜
この日は「企業(コーポレート)」と「起業(アントレプレナー)」に分かれてセッションを行っていますが、起業家にとって、大きな企業とのつながりや棲み分けも大事なポイントとなりそうです。太田さんにお話いただきました。
(太田)gifteeは街の小さなカフェとの提携が多いのですが、縁があって無印良品さん、スターバックスさんとも一緒にやらせていただいています。プレゼンに行った時、ユーザー数が数千人であることやサポート体制が万全ではないことも伝えたのですが、サービスのコンセプトのところにすごく魅力を感じていただいて、「うまくいくかはわからないけど、とりあえずトライアルをやってみましょう」と言ってくださったんです。
後日、お酒の席で、企業の担当の方から「社内からの提案ではおそらくやらなかった。ベンチャーだから一緒にやることができた」と聞きました。そのとき思ったのは、ベンチャーは大企業ができるようなことをやっていても仕方がなくて、僕らの規模でしかできないことをやった方が良いということです。gifteeのビジネスは新しいですし、本当に根付くのか、など不確定要素もたくさんあります。でも、ベンチャーだから、少人数で既成概念にとらわれずにチャレンジできる。その部分のリスクはベンチャーが持って、PRや規模などの要素は大企業が持つ、という役割分担ができると良いのかな、と思いました。
また、最近Soup Stock Tokyoと提携したという石橋さんは、「ニュースを見て先方が問い合わせてきたことから始まり、お互いに共感してトライアルに至った」という経緯を聞かせてくれました。森本さんも、企業のCSRやデパートの販促としての提携事例があるとのことです。
それぞれのスタンスで、大企業であっても協業していける部分がすごくあるな、と思います。それに、今はソーシャルメディアもありますし、CSVと言いますか、本質的な価値を見失わないビジネスをやっていると、自然に共感者が集まってビジネスが始まりやすくなる環境にあると思います。企業側にも、起業家と結び付いて行こうというモチベーションがすごく高まっているのを感じています。
と小野。起業家への追い風となりそうな時代の流れの中、CSVの実践から共感が生まれ、大企業との連携も現実となる。彼らが手掛けるビジネスから生まれる本質的な価値が、他者を巻き込み、自分自信のビジネスをさらに強く後押しする、良い循環が生まれているのを感じます。
感想シェア&質問タイム
「曼荼羅トーク」の後は、ここまでのトークで感じたことを周りの方とシェアする時間を持ちました。そして、最後は会場のみなさんからゲストに、さらに踏み込んだ質問を投げかける質問タイムです。
Q:みなさんにとって、「喜び」は仕事の中にありますか?外にありますか?
A:(全員)中です。
この質問には、3人とも即答。仕事をつくることから始めているみなさんにとって、仕事は「好き」の延長線上にあり、喜びにもつながっているようです。そして最後に挙げられたこの質問には、セッションの締めとして皆さんにお答えいただきました。
Q:曼荼羅トークを終えても、正直まだ、CSVとみなさんのビジネスつながりはよく見えていません。CSRではなく「CSV」を踏まえた上で将来のビジョンを教えてください。
A:(森本)「CSV」に関しては、私は正直難しいことは何も考えていなくて、コンセプトは「今ここでその人の種になることが、10年後、100年後の地球にとっていいことにつながることをしよう」と思ってやっています。なので、私にとっては今、目の前に関わった人が喜んでくることが全てです。その個人的な感情が、自然と、社会とか環境にとってもよくなると言う仕組みが回れば良いな、と思っています。
A:(石橋)今やっているサービスと、会社としてのビジョンは別にあります。今やっているのは、身近な電力を最適化したい、というのがゴールです。でも、あくまで問題ありきで取り組む姿勢でいまして、会社としては、いろいろな問題に対して、自分たちのアイデアやサービスで解決することを繰り返していきたいと思っています。自分たちのスキルとモチベーションを持って、ビジョンありきで社会に根付くようなものを提供していきたいです。
A:(太田)目指しているのは「小さな“ありがとう”を手軽に贈る」という習慣を世界に広げることです。例えばこれからは、留学先で出会った友達や、オンラインで出会った方とか、国境を越えていろいろな国の人とコミュニケーションを取っていく時代になっていくと思うんですが、その物理的な距離を一瞬にして消せるのがインターネットだと思っています。「ニューヨークの友達にスープ一杯ごちそうする」というように、オンラインだけじゃなくてオフラインでも何かフィードバックができるといいですね。
僕がCSVという言葉を聞いたのは、ここ最近なんですが、CSRは、「お金儲けに走り、そこで出てしまったマイナスを補う」という、マイナスのものをプラスにするイメージ。一方でCSVは「やっていること自体がプラス」なんだと思っています。今日のゲストの3人は全員そうですが、「やっていること自体が社会に価値を与えている」というのがCSVなのかな、と思いました。
最後に小野は、セッション全体をこのようにまとめました。
とても良いセッションでした。みなさん自分ごとから始まり、起業に自然に結び付いて、みんなの共感をよんでいるというのがベースにあるので、自然に、「CSV」と社会的にラベリングされていることにつながって行っているんじゃないかな、と思います。
それに、3人とも常に楽しそうで、気持ちいいな、と。「アントレプレナー」という括りよりも、自分にとって気持ちいいことをすることが、地球の裏側にもっと良い効果をもたらすような、そんな創造性を持ったことをやっていくだけで良いんじゃないかな、と思いました。
3人のゲストに大きな拍手が送られ、「起業(アントレプレナー)」セッション」は終了となりました。
全体ワークショップ&懇談会
各セッション終了後は、参加者全員でのシェアの時間へ。両参加者入り交じったグループをつくり、互いの感想をシェアしました。もちろん、ゲストの3人もシェアタイムに参加。ここでは、シェア後の3人のコメントをお伝えします。
(太田)話しながら、CSVの形が少しみえてきた気がしています。僕の今の考えでは、CSRの気持ちの部分を事業のエンジンにしたようなものがCSVなのかな、と思います。自分のビジネスではそれができていると思うので、どんどん広めていきたいです。
(石橋)僕の場合は、自然体にやっていることがCSVになっているようなのですが、やりたいことだからやっているという部分が強くて。社会の課題を解決するものを提供してビジネスにしようとしているのですが、ビジネス面も思いが支えている部分が大きいな、と思っているので、その部分を価値として認めてもらえると、僕らみたいな小さい企業にとっては有り難いな、と思います。
(森本)CSVは、聞いたことがありませんでした。最近、社会起業的な枠組みに入るといつも、「あなたはどんな社会的課題を解決しているのですか?」といつも聞かれるんですが、私は問題解決のつもりではなくて、みんながハッピーだからやっているだけだったので、困っていたんです。でも今日みなさんのお話しを聞いていて、CSVという言葉の方がしっくりくるな、と感じました。それぞれの人が幸せなら世界は幸せだと思っているので、目の前の人が喜ぶことをやり続けていきたいと思います。
CSVとは何か、ぼんやりとでも見えてきましたか?「企業(コーポレート)」のレポートと併せて読んで、あなたなりの解釈をしてみてください。
ソーシャルイノベーションのフィールドで、多くの優れた企業と起業家が集まったこの素晴らしいイベントに満足しています。
「企業(コーポレート)」セッションでは、いかにCSRからCSVへシフトしていくのかを学ぶことができました。企業が行うものであっても、高い社会貢献性があることが求められているのも興味深いことでした。ホンダ、富士通などこの分野で進んでいる企業の具体的な取組みを知り、大変参考になりました。
一方の「起業(アントレプレナー)」セッションでは、さまざまな若い起業家による草の根での活動を知ることができました。社会をよりよく変えていこうとする意欲に、ただただ感心いたしました。
交流会のセッションでは、参加者同士がよりスムースに意見交換できるように、ダイナミックな方法で会場を使用したレイアウトは大変効果があったと思います。
ご参加いただきありがとうございました。
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