ドキュメンタリー映画は社会を映す鏡だとよく言われます。たとえばイルカ漁を描いて話題になった「The Cove」などは映画そのものだけではなく、その上映をめぐる騒動も含めて、いまの日本の姿を映す鏡となっています。
そんな中、現代人の心の鏡ともなるドキュメンタリー映画が現在公開されています。その映画を作り上げたのは26歳の小野さやか監督。彼女が20歳のときに自分と自身の家族にカメラを向けて作り上げた映像。5年の歳月を経てようやく公開にこぎつけた渾身の作品です。
今回は、家族社会学を研究する永田夏来さんにも映画を見ていただき、「家族」をめぐる現代人の「心」をより深く考察することにしました。
この映画は監督であり物語の主人公でもある“わたし”自身のモノローグで始まります。子供のころからずっと本当の自分とは異なる自分を演じ続けてきて、「本当の自分とは何か」を見失ってしまった“わたし”は「生きる意味」も同時に見失ってしまいます。そして20歳になった“わたし”は心にわだかまっているいろいろなことを両親と2人の兄、1人の姉に問いただそうと決意をし、それぞれと対話をしようと動き出すのです。その中で、小学生のころ長兄に「いたずら」された記憶、5才のころ「ヤマギシ」(幸福会ヤマギシ会:1953年に設立され、「無所有一体」の生活を信条として、循環型社会を目指した共同体を運営している)に1年間預けられて親に捨てられたと思ったことなどがトラウマとして提示されます。“わたし”はそのトラウマを家族と対話し、自分の過去を取り戻していくことで克服しようとするのです。
この映画を見てまず感じたのは「面白い」ということ。映画として完成されていて、物語としてみて面白く、いろいろな部分が引っかかってくる作品です。しかし、同時に「きつい」映画でもあります。心の中でトラウマとなって凝り固まっている事柄を改めて家族に突きつけることの恐怖、その恐怖が画面から伝わってきて、“わたし”のきつさを同時に感受してしまって非常に「きつい」のです。
しかし、実際にトラウマを抱えた人たちと数多く会ってきた永田さんは「きつくは感じなかった」といいます。「この“わたし”は話すことで発散して、家族から受け止めてもらい、一般の人々にも受け止めてもらい、自分の存在価値みたいのも見つけることができた。でも、普通はそこまでいけない。映画も撮れないし、(家族に)受け入れられるわけでもない。」というのです。
確かにそうかもしれません、しかし、このような心の瑕(きず)というかわだかまりは現代を生きる誰もが抱えているものです。だから、この映画の「きつさ」というのは“わたし”の感情を感受することで生まれるものであるのと同時に、自分の中にあるわだかまりがちくちくと刺激される「きつさ」でもあるのではないかと私は思いました。この映画はまさしく映画を見ている私たち自身を映す鏡であり、そのような人間からなる現代社会を映す鏡でもあるのです。この映画を見て「きつさ」を感じるというのは、見ている人の心にもそのような心の瑕があるということを意味しているのではないでしょうか。
さらに、永田さんはこの映画に描かれている家族像についてこのようなことをおっしゃいました。
映画の中で明示的に示されていなかったけれど、この家族は6人家族で父母兄弟姉妹と全部いて、全部のパターンが出てくるから見ている側が投影しやすいのだと思います。自分との接点を見つけやすいから、映画に入り込みやすい。そして、兄弟全員がジェンダー的にありがちな態度をとるというのもあります。典型的な例だからその中で自分の親だとか兄弟に似ている要素を見つけられるし、受け手としてはいろんな自分なりのアレンジがしやすいのです。だから感情移入しやすくてすごく見やすい映画になったんだと思います。
その結果、この映画を観る人は“わたし”の「自分の存在価値の発見」という体験を、映画を通してバーチャルにそれを経験できるのです。そして、そういう体験を通じて自分の抱えている感情と向き合うということが観る人に起きるのではないかと思います。
この映画によってもたらされるのは「自分の存在価値を見つける」バーチャルな体験。価値とか存在というものが不確実な社会の中で、ひとりの若者がそれを見つけることができた瞬間に立ち会えるというのがこの映画のカタルシスなのではないでしょうか。この映画が観ている人の心にわだかまっている何かを解決することはないかもしれません。でも、それをバーチャルに体験することで、その何かと向き合うきっかけになるかもしれない。そういう意味で、この映画はいまの社会の家族というものを、観たひとりひとりが自分自身にひきつけて考えるひとつのきっかけになるのではないでしょうか。
『アヒルの子』
http://ahiru-no-ko.com/
横浜シネマジャック&ベティ 2010年7月17日~30日
名古屋シネマテーク 2010年8月7日~20日
大阪第七藝術劇場、京都みなみ会館 今夏公開予定
プロフィール
永田夏来(ながたなつき)
明治大学大学院兼任講師。早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了
博士(人間科学)。専門は家族社会学。現代社会における結婚・家族の意味や夫婦関係について、主に青年層を対象に調査研究を行っている。
http://www.n-nagata.com