いまや100兆円規模といわれ、「水」戦争とも呼ばれる世界の水市場事情、この市場で大きなシェアを占め、“水メジャー”と呼ばれるのがフランスのヴィヴェンディ(Vivendi)やスエズ(Suez)、ドイツのRWEといったヨーロッパのグローバル企業だ。そしてその水市場にあのIBMが本格参戦するらしい… 果たして水市場の争奪戦は世界の人々と環境にとっていいことなのか、悪いことなのか。IBMの戦略から探ってみよう。
水メジャーというのは国や地方自治体と契約し、上下水道事業を行う巨大企業のこと、日本では水道は都道府県の水道局が供給しているわけだが、実際の事業は民間委託している場合も多い。水メジャーはこの民間委託を大きな規模で国際的に行っているわけだ。
IBMが参入しようとしているのはこの供給事業そのものではなく、そのためのシステム。具体的には河川や地下水、海水から汚染物質や塩類を除去し、飲用に適した水を供給する技術に、供給を効率化するシステムを加えたトータルマネジメントシステムである。
IBMはこの“Strategic Water Information Management”の発表と同時に、水のろ過技術として汚染された地下水からヒ素と塩類を除去する画期的な脱塩膜技術を開発したと発表した。特にヒ素は水供給上の問題となっている地域も多く、有用な技術だという。
また、水供給の効率化はIBMが推進している“Smarter Planet”プロジェクトの一貫として行われている。これは簡単に言えば無駄をなくすことによってよりよい世界を作ることであり、IBMの特性を生かしてスマートなシステムをさまざまな分野で構築することを目指すものだ。それを水分野に適用した場合、センサーやモニターを利用して、河川や海から貯水設備、配水管に至るまでの水量や水質を自動的に管理し、水の供給を効率化することにつながる。
IBMの“Smart Water”解説ビデオ
IBMはこのシステムを使って水メジャーのように水道業務を受託するのではなく、インフラやライセンスを販売するという方法を取る方針だ。その一環として今年の初め、マルタ島の公営企業と水の利用をコントロールするシステムを導入する計画を発表した。
この形態の違いにこそIBMが、水メジャーと比べてサステナブルな社会へ近づく可能性を秘めていると私は考える。
水メジャーの問題点は利益が上がらなければ事業から撤退し、その業務自体がすべてだめになってしまうというところにある。また採算が合わなければ委託自体が出来ないという問題もある。その結果、水供給の不均衡は是正されず、ただ水メジャーだけが儲かるという仕組みが温存される。
IBMの試みでは、パッケージを提供するという形態にすることでそこに市場競争が生まれる可能性が高くなる。さまざまなサプライヤーが存在すれば業務主体である自治体は選択が可能で、よりコストが安かったり、あるいは環境にやさしかったりという条件でサプライヤーを選ぶことができるわけだ。
水もまた市場原理に従わねばならないのなら、望むべくは寡占によって大企業にコントロールされることではなく、競争によって必要な技術を導入するコストが下がることだ。そのコストが下がったシステムを自治体のような公共性のある組織が活用することで、水を手にする「権利」が世界中にいきわたるようになるのが本来の世界の姿なのではないか?
このプロジェクトの発表で、IBMはイメージだけの“エコ”ではなく、本当に地球のために何をすればいいのかを考えている企業なのかもしれないと思わせた。もちろんそこには企業としての戦略もあるのだろうが、それが結果的にサステナブルな社会の実現につながるのなら、応援したいところだ。
重要なのは、水は「商品」ではなく「権利」であるという考え方である。IBMの“Smart”という考え方は無駄をなくすことでその権利をより多くの人が手に出来るという可能性も含んでいるのではないだろうか。
「水」戦争について考えよう!