ここ最近、「企業内起業家(イントレプレナー)」に注目が集まっています。
企業内起業家とは、新しいビジネスを社内で立ち上げる人たちのこと。
「独立や起業がしたいわけじゃない。ただ、自分のアイデアや想いを形にしたい!」という方にはぴったりの働き方です。まだまだ一般的ではありませんが、これから少しずつ会社員の働き方も多様になっていくのでしょうね。
そんな「企業内起業」を応援するコワーキングスペース「Clipニホンバシ」が、今年春にオープンしました。
コワーキングスペースというとフリーランスやスタートアップが使う場所というイメージがありますが、こちらのメインターゲットは会社員。
「新たな事業を社外でクリエイトする場」をコンセプトとして、アイデアを生む段階からビジネスとして成立させるまでのプロセスを実践できるよう、さまざまな工夫が凝らされています。
運営するのは三井不動産株式会社。この施設自体が「企業内起業」によって生まれた新しい試みです。このプロジェクトが始まった背景から、Clipニホンバシの多彩なソフトコンテンツの中身まで、取材してきました!
会社員とクリエーターが出会う場所
Clipニホンバシがあるのは、銀座線三越前駅徒歩1分のビル6階。80坪ほどの広さで、メンバー同士の打ち合わせや休憩に使えるクリエイティブラウンジ、ほどよい刺激と緊張感を得られるワーキングエリア、貸切で会議やワークショップなどができるミーティング&セミナーエリアに分かれています。
月額利用料は15,000円。メンバー登録すると営業時間内の好きなときに施設を使えます。2014年11月現在のメンバーは約100名。企業が借りて新規事業担当者がオフィスとして使っているケースもあれば、会社員が自分でお金を出し、主に就業時間後に使っているケースもあるそう。
メインターゲットは会社員であるものの、エディターやデザイナーなどクリエイターの入居者も同じくらい大事にしています。なぜなら、会社員とクリエイターがお互いの持つスキルを組み合わせることで、新しいモノやサービスが生まれやすくなるから。
会社員にとってはクリエイティブなアイデアや考え方に日常的に触れることができ、クリエイターにとっては大企業とコラボレーションする機会が増えるので、両者にとってメリットがあるというわけですね。
事業ができあがっていく過程を、順を追って体験!
毎週開かれる実践的ワークショップ
Clipニホンバシの最大の特徴は、イベントの豊富さ・多彩さです。どんなものがあるのか、見ていきましょう。
まず、「水曜Clip」。これは毎週水曜夜に開かれるワークショップで、「知る・学ぶ」「出会う」「コラボレーションする」といった機能ごとに種類が分かれています。
ゼロイチnight
「ゼロイチnight」は、Clipニホンバシと連携しているイントレプレナー養成プログラム「チーム・ゼロイチ」のフェローがイノベーションのコツを伝授するシリーズで、「知る・学ぶ」に重点を置いています。
チラミセnight
「出会う」に注目したのが「チラミセnight」。外部でユニークな活動をしている方をゲストに呼んだピッチイベントで、1回で4〜6人の方が登壇します。
毎週参加すれば、1年で50人前後の「面白い人」と知り合えるという計算!いままで、issue+designデザイナーの白木彩智さん、H.O.Wの柿原優紀さんなどが参加しました。
イントレnight
「イントレnight」は、イントレプレナーとして実績がある方を招き、そのノウハウを教えてもらうほか、その人に新たなビジネスアイデアを提案する機会も設けているプロジェクト創造型イベント。「コラボレーションする」ところまで目指しています。
モチコミnight
コラボレーションをさらにブラッシュアップするために開催されるのが「モチコミnight」。企画を温めている内部のメンバーが登壇者となり、参加者みんなでブレストします。さまざまな立場の人の視点が入ることで、アイデアに磨きがかかることでしょう。
2015年2月以降は、これらのイベントに加えて、ビジネスアイデアの発想力をさらに鍛えるためのワークショップも追加される予定です。
また、週末を中心にチーム・ゼロイチとの提携カリキュラムも開催。「イノベーション力の鍛え方」「仲間を巻き込む力の鍛え方」など、毎回テーマを設定し、具体的なスキルを磨いていきます。
「話を聞くだけ」「出会うだけ」のイベントはたくさんありますが、一連のイベントに参加すると、事業を0から生み出し育てていく過程全般に有効な仕組みになるようデザインされているところがほかとの違い。学びながら実践し、実践しながら学ぶというわけですね。
利用者の満足度は非常に高く、「イベントが圧倒的に面白い」と言われているのだとか。実際、オープンしてまだ半年強でありながら、既にClipニホンバシのイベント発の新規事業が生まれています。
たとえば、12月にサービスを開始したばかりの「ハイヤーピッチ」がそのひとつ。ベンチャー経営者が大企業の経営層とハイヤーに同乗しプレゼンテーションできるサービスで、移動時間が貴重な機会創出の場になるとあって注目を呼んでいます。
このサービスを企画したのは、「Morning Pitch」の仕掛人であるトーマツ・ベンチャーサポートの斎藤祐馬さんと、タクシー大手の日本交通。両者が「イントレnight」で出会ったことからコラボレーションが始まりました。
普通に仕事をしていたら交わらないような人同士が交流することによって、化学反応が起きるのでしょうね。
不動産会社の新しいビジネスモデルをつくる。三井不動産の挑戦
では、三井不動産はなぜClipニホンバシを立ち上げたのでしょうか。プロジェクトリーダーを務める三井不動産の光村圭一郎さんと、チーム・ゼロイチ代表の赤木優理さんにお話を伺いました。
株式会社講談社を経て三井不動産株式会社へ。ビルディング本部法人営業統括部法人営業推進グループ主事。
(右)赤木優理さん
株式会社レスもあ代表取締役。「チーム・ゼロイチ」「StartUp44田寮」などを手がける。
光村さん きっかけとなったのは、社内の新規事業アイデアコンペです。私はここに、「ここ数年で日本橋に増えてきたクリエイターを、まちづくりに巻き込むための場をつくりたい」と応募しました。
すると、示し合わせたわけでもないのに、他にも3人の社員が同じような案を出していたんです。
「地元の人が集まれる場をつくりたい」「営業先の将来有望なキーマンと、打ち合わせや飲み会以外の付き合い方ができる機会をつくりたい」など出発点は違いましたが、「多様な人が集まる、新しい場を生み出す」という点では想いが一致。
それぞれの構想をまとめ、三井不動産が事業として取り組む価値のあるプランへとブラッシュアップしました。
光村さん 不動産業はいままで、「条件のいい場所に立派な建物をつくって高い家賃をもらう」というビジネスモデルを何十年もなぞってきました。
しかし、もうそれだけで生き残れる時代じゃない。東京中の駅前にどんどん新しいビルが増えていく中、同じことをしていたら差別化できません。僕らはもっと、顧客の経営課題にまっすぐ向き合い、提案できるパートナーにならなければいけない。
では、いま何が最も必要とされているのか。それは企業の中で働く人や事業の姿を、創造性を持って変えていくことではないかと考えました。そこで、人が成長したり、新しい事業を生み出したりできるような場を提供しよう、と方向性が決まりました。
企業が苦手な「0を10にする」フェーズ。ここを社外に持っていったら…?
こうして「会社員が、社外のさまざまな人と交流しながら新たな事業を生み出すためのコワーキングスペース」という大枠は決まりましたが、場所だけ用意しても意味がありません。
「企業内起業」を推進するようなソフトコンテンツが必要です。そこで、「チーム・ゼロイチ」の赤木さんに声がかかりました。
会社員向けに、起業体験を通して「ゼロから事業を立ち上げる力」を身につけるプログラムを提供してきた赤木さんは、企業が陥りがちなジレンマのパターンをよく知っています。
「新規事業がうまくいかない理由」と、「Clipニホンバシが持つ社会的価値」を、Clipニホンバシの壁面ホワイトボードに図を描きながら説明してくれました。
縦軸が市場の成熟度、横軸がイノベーションのステージ
赤木さん たとえば、ビジネスアイデアを思いついたところを1、黒字化するところを10、ビッグビジネスを100と定義します。
多くの企業では、この1から10のところで新規事業の芽が潰されてしまいます。言わば「死の谷」ですね。なぜかというと、社内のシステムが新規事業をつくるのに向いていないから。
たとえば、新規事業を提案すると上司から「その事業が成功するというエビデンス」を求められるのが普通です。新規事業なんだから、エビデンスが社内にあるわけない。でもエビデンスがないと挑戦することすらできないという壁がある。
そんな風に、稟議システムや人事評価システムなど、既存の企業で常識となっているシステムが、新規事業をつくる上では壁になってしまうんです。
しかし一方で、企業は10を100にするのは得意です。過去の経験から、ユーザーが何を求めていて、どうPRすればいいかがわかっている。日本の大企業はもう何十年も、このサイクルの中で成功してきたし、社内システムはこの段階に最適化されているものなんですね。
ということは、1を10にするところを社外で行い、企業の力で大きく加速させる段階まで育ったら社内に戻す仕組みにすればいい。それができる場所がClipなんです。
でも、黒字化まで漕ぎ着けたら、そのまま独立起業したいと考える人が多そうですが…。
赤木さん もちろんそういう選択肢もあります。でも、たくさんの優秀な起業家を見てきて痛感したのが、起業は非常に険しい道だということ。よく「千三つ」といいますが、ほとんどがうまくいかないものなんです。
「起業家になること」「億万長者になること」が目標なら独立して挑戦するのもいいけれど、「自分のアイデアを事業にして育てること」が目標ならそのまま会社に残ったほうがずっと可能性が広がる。
会社のリソースを使って自分のやりたいことに挑戦し、とりあえずは明日の給料の心配をする必要もないなら、それが一番だと思いませんか?
確かに、この方法がもっと広がれば、「会社の中で潰れてしまいがちだった新しいアイデア」や「厳しい競争社会の中で潰れてしまいがちだったプロジェクト」も成長していくことができます。
イノベーションが起きやすくなり、日本全体が面白いことになりそう!「仕事を楽しむ会社員」も増えることでしょう。想像するとわくわくしてきます。
利用者も運営側も、一緒に成長していく
ちなみに、光村さん自身も三井不動産内では「会社内起業家」の立場。実践してみて、どんな手応えを感じているのでしょうか?
光村さん 僕は、サラリーマンが生きていくには、「この分野ならあいつに聞け」と言われるような“看板”を持つことが大事だと考えています。自分の成長のためにも、周りから認められるためにも、です。
このプロジェクトに取り組んで、「新規事業を組み立てる」「場をつくる」ことに対する経験値は高まったし、社外も含めた周囲からもそう見られて人や情報が集まるようになりました。
それに対してきちんとバリューを返すことに充実感を感じています。今後何十年も仕事をしていく上での道標のようなものができました。
ただ、プロジェクトを継続していくためには、きちんと会社に「Clipニホンバシが生み出した価値」を提示していかなければいけません。「Clipニホンバシから生まれたコラボレーションや新規事業」といった定性的な成果だけでなく、「会員数」「収入」といった定量的な成果を見せる必要もあるはず。
光村さん Clipニホンバシの面積は約80坪。普通にオフィスとして貸し出せば、家賃収入は百数十万円ほどでしょう。
しかし、Clipニホンバシとして例えば300人の会員を集めれば売上は300万〜400万円になる。運営コストを考えても、「企業内起業を実践する」というソフトコンテンツを載せることで、普通のオフィスよりも収益性は高まるんです。
Clipニホンバシで得たノウハウを基盤に、日本のオフィスで次々にイノベーションが起きる仕組みを提供していきたい。
これまでの「床面積」に対してコストを払うという常識から、「様々なイノベーションを促進するオフィス」に投資するというモデルに、不動産事業の位置づけを変えていきたいんです。Clipニホンバシは、三井不動産の可能性を広げる基盤になると確信しています。
利用者だけでなく、運営側にとっても新たな事業を生み出す場であるClipニホンバシ。一方的にサービスを提供する/享受する関係ではなく、共に学び成長していく関係は、とても今の時代に適しているように思えます。
新規事業を生み出したい企業のみなさん、意欲ある社員のためにClipニホンバシを借りてみてはいかがでしょうか? 想像以上の価値が生まれるかもしれませんよ。
(写真:山本恵太)