「ハローライフ」オープン記念の、スタッフ集合写真(C)ハローライフ
みなさんは「働く」ことにどんなイメージを持っていますか?大人になれば多くの人が、多くの時間を費やすことになる仕事。仕事を持つことによってサービスの提供者となり、金銭を得て、社会とつながりを持つことができます。
仕事を通して夢を叶えたり、自己実現を果たすことができる人がいる一方で、働くことに意味を見出せなかったり、自身がどんな仕事をしたいのかが分からず、迷ったり、社会へ今一歩踏み出すことができない人もたくさんいるのではないでしょうか。
特に、インターネットが普及してからここ10年ほどは、目覚ましく社会が変化しました。リストラや再就職ができないかもしれない不安は身近なものになり、国の社会福祉制度も安心できないご時世。“仕事”や“働く”ことに対する理解も、従来とは違う観点から見つめ直す時代なのかもしれません。
そんな中、「楽しく生き生きと働ける職場を探そう」と、働く人・働きたい人の前向きなコミュニティを創造するための拠点として、NPO法人スマイルスタイル(以下「スマスタ」)が2013年5月12日大阪・本町に「ハローライフ」を開設しました。一体どんな場所なのか?代表の塩山諒さんにお話をうかがいました。
“前向きに働く人のコミュニティ”を育む、新しい基地。
ニート(15〜34歳の若年無業者で、通学・家事を行なっていない者)」という言葉が日本で一般的になってから10年ほどが経ち、その間、全国のニート数は約60万人を推移しています。(出典:厚生労働省若者雇用関連データ)また、日本の年間自殺者は3万人に上りますが、職業別自殺者数では無職者が全体の約60%を占め、最も多い結果が出ています。(出典:内閣府自殺対策推進室)
これらの数字からは、「働きたいけど、どうすればいいか分からない」「仕事をすることができない」そんな人々が社会から取り残され、そのまま去っていってしまう姿を思い描いてしまうのは私だけでしょうか。
「ハローライフ」には、仕事を通して自分の人生に出会おうという意味が込められています。全国の市町村に500カ所以上あるとされている「ハローワーク(公共職業安定所)」の機能が、現代の若者が求めている“仕事探し”にマッチしていないと感じたんです。
そこで、自分に合う仕事や働き方を見つけたり、仕事について話ができる仲間に出会える場所、そんな新しい就労支援施設として「ハローライフ」を設立しました。
もとは「ブランジュリ タケウチ」というパン屋さんが入っていたビルで、大阪市民憩いの靭公園が目の前に広がる好立地です。(C)NaraYuko
4階建てのうち、1〜3階が「ハローライフ」のスペース。どんな機能があるのか、案内をしてもらいました。
1階 BOOK/CHASHITSU for worker
入り口を入ってすぐ迎えてくれるのが、畳と鉄でできたシックな和風のお茶カウンターです。
和風袖のシャツや地下足袋が制服。ちりめん素材のオリジナルサロンもステキです。(C)NaraYuko
仕入れられているのは、通常のカフェなら一杯千円はするであろう高級な日本茶。(C)NaraYuko
和菓子の有名店「高山堂」とのコラボでオリジナルデザインのお菓子も楽しめます。(C)NaraYuko
働く人・お仕事探し中の人、全てのワーカーたちがほっとできるカフェ空間を施設に取り入れたかったんです。「CHASHITSU“for worker”」とネーミングしたのはそのためです。
「いしのまきカフェ」の運営で繋がったパートナーの方のご協力を得て、一杯380円の低価格で最高級の日本茶を提供することができました。コーヒーも好きですが、日本茶はそれぞれに様々な効果や効能があるので、気分に応じて飲み分けていただければと思います。
「CHASHITSU for worker」は、“その昔、持ち運びができる茶室があった”ことからインスピレーションを受け、とてもコンパクトなブースとなっています。いずれは、このブースだけが他の場所に出現するようなかたちで店舗展開できればと夢見ているそうです。
お茶っ葉の、自然な甘みが美味しいアイスグリーンティーも。(C)NaraYuko
美味しいお茶を片手に読みたいのは、仕事にまつわる約200冊の本たち。本屋の就職活動の棚に並ぶような実用書はもちろん、経営者の自伝や“仕事”が特集された雑誌、絵本なども並びます。
(C)NaraYuko
“仕事”を考える際にヒントになるような本はジャンルを問わず揃えていきたいと思っています。
また、“仕事を通して、人生の花を咲かせてほしい”という意味から、ロゴマークは花がモチーフに。そして、本に刺さっている花はしおり替わりだということです。
本に花がささった、ロゴマーク(C)ハローライフ
本棚に並ぶ本には、本物の花がしおり替わりに刺さっています。 (C)NaraYuko
2階 WORK SUPPORT BOOTH「オシゴトサカソ」
2階へ上がると、実際に仕事を探すためのブースがあります。
PCは自由に使うことができ、履歴書の作成などにも利用可能。(C)NaraYuko
4台用意されたPCでは、ハローライフが有する求人情報をネットで検索することができます。さらに、ワークコーディネーターとして、キャリアカウンセラー、精神保健福祉士などの資格を有するスタッフが常に在中しており、登録者へは非公開求人の提供や細かいカウンセリングを実施していくということ。
スタッフは、花のワッペンが目印です。(C)NaraYuko
仕事検索の仕方も丁寧に教えてくれます。(C)NaraYuko
向かって右側が個室ブース。秘密話も気兼ねなくできます。(C)NaraYuko
うちのスタッフは「仕事や働き方を指導する」のではなく、「相手に寄り添いながら一緒に企てる」「人生の作戦会議をする」という横並びのスタンスを大切にしています。それぞれの利用者に合わせた目標を設定し、クリアしていけるように丁寧に支援していきます。
今後は、毎月100名の利用者登録と、100社の求人情報登録を目指して、随時登録会を実施中だそう。
求人情報については、特に「日本仕事百貨」を参考にしました。現在のハローワークの求人情報は端的な情報のみが示され、自分が働いている姿がイメージしづらいと思うんです。そこで、すでにその仕事に携わっている人の声や仕事や職場の魅力、仕事に就く上での大変さや辛さなども丁寧に伝えていきます。
どんな仕事にも辛さはつきもの。事前に分かって入社すればミスマッチが減って短期離職率が減り、結果的には、求職者にとっても会社にとってもよい結果につながると思っています。
求人取材時のインタビュー音声データや、未公開写真などのアーカイブも充実させていくそう。(C)NaraYuko
3階 GALLERY & EVENT SPACE
真っ白な壁に長机。窓際にもソファと椅子が並んだこの空間は、「働く」「仕事」に関する展示やイベントを行うスペース。着席状態で30〜35名が収容可能だそう。
真っ白い壁に囲まれた空間が気持ちよいです。(C)NaraYuko
レンタルスペースとして貸し出しを行なっているほか、ハローライフの登録会もこのスペースで行なわれます。
オープニングイベントには、ゲストに日本仕事百貨のナカムラケンタさんが登場。(C)ハローライフ
イベントが行なわれていない通常時は、自由に出入りして頂けるので、SOHOスペースとしても活用して頂けます。
館内はWi-Fiや電源も完備。(C)NaraYuko
窓の外には、絵に描いたようなグリーンが広がっている。(C)NaraYuko
4階 スマスタの事務所
4階のスマスタの事務所は、一般の方は入れませんが、特別に見学させてもらいました。
スマスタの事務所へ続く、急な階段。(C)NaraYuko
階段を上り扉を開けると、オフィススペースが広がっています。(C)NaraYuko
まだ引っ越してきたばかりで片付いていませんが(笑)、ベランダが広いのでときどきスタッフとバーベキューなんかもしています。
現在のスタッフ数12名、非常勤が8名の20名で運営しているスマスタの秘密基地のような空間。社会に対して様々な企みをする、その舞台裏を見つけた気がしました。
「ハローワーク」に似て非なる「ハローライフ」
求人情報をアーカイブし、企業と求職者を結ぶ機能を主軸とした「ハローライフ」。ハローワークにとってもよく似ていますが、建物、デザインから何から何まで、そのスタンスの差を感じます。最終的な目標はどこにあるのでしょうか。
場合によっては、人生の中で一番長い時間を費やす「仕事をしている時間」。ここに希望が持てないと、生きていくのは辛いと思うんです。さらに、今の日本では、非正規雇用率が高まり、働き続けても将来の保証がされない、正社員の道が狭いなどの“ワーキングプア”な状態が蔓延しています。
ではどうすればいいか。それには「自分の未来をより良く変えたい」と願う人々が集まり、出会い、議論や検討・行動を起こすことで、新しい働き方や就労モデルをつくっていくこと。新しい社会を自分たちで作り出すことだと思ったんです。そして私費で「ハローライフ」を立ち上げ、大阪で運営し、がんばって成功させて全国展開できればと思い至りました。
さらに、ニートや、新卒採用から3年以内の離職率増加などの社会問題は、とかく「最近の若い人の問題」とされがちですが、そうではないと塩山さんは力説します。
明らかに雇用・就労の情勢が昔とは変わっている。誰もが「働く」ということに悩み迷う時代である今、「働く」「仕事」に関する問題は全ての人に繋がっています。これだけ世の中が変化しているのですから、教材やプログラム、手法ひとつにしろ、毎年更新していくべきだと思うのですが、同じものが何年も変わらずに使用されているのが現実です。
「ハローライフ」設立へ至るまでの道のり
スマスタは、「ハローライフ」設立へ至るまでに、ニートの中でも働く意志を持ち行動している若者を「レイブル(late bloomer=遅咲き)」と提唱し、大阪府との事業として「レイブル応援プロジェクト 大阪一丸」を実施したり、「次世代ワークスタイル研究所」を立ち上げ、企業向けに働きやすい職場環境づくりの調査研究会を実施するなど、求職者とも企業とも関係性を築いてきました。
両者を結びつけるための「ハローライフ」ですが、それにしても、取り組みへの“魂の込め具合”には目を見張るものがあります。そこには、ご自身の「他人事ではない」という強い想いが作用しているようです。
なんと、塩山さん作。スマスタ設立から2年半ほどは、貧しい時代を経験。節約のため低コストのペペロンチーノを事務所で作って食べていたそうです。(C)スマスタ
出身は兵庫県の尼崎で、もともとは一年中半袖で過ごすような元気な少年だったんです。ところが小学校3年生の時に、担任の先生からの体罰で精神的にまいってしまい、学校へ行けなくなりました。中学校もほとんど行ってません。
小学校4年生から中学3年生までの間に、「ハートフルフレンド」というサービスを利用していました。ボランティアで登録している吉本の芸人さんや消防士など、さまざまな人が家に訪問してくれて相談相手・遊び相手をしてくれるんです。この時のお兄さんたちが面白くて、優しくて、かっこよくて。「こういう人になりたいな」と憧れたことが今の原型にあります。
19歳の時には「自分と同じように学校へ行けなくなった子どもたちや、社会の中で傷ついている子どもたちの力になりたい」と、全国のさまざまな施設や支援現場を見て回ったそうです。さらに、印象的な現場に遭遇したということ。
政治家のカバン持ちをしていた頃のことです。不登校やひきこもりの子供をもつ親御さんたちが署名を集めて、「地域にこんな取り組みがほしい」とか「こんな制度をつくってほしい」とかさまざまな要望を行政に訴えるシーンがあったのですが、その後、具体的に新しい施策が生まれたり、何かが変わったかというとそういった様子はありませんでした。
でも大手の代理店が“要望”や“お願い”ではなく、“提案”や“戦略”を描くことで支援施策に予算がついたり、プロジェクトが具体的に動きだすシーンも見てきました。
“署名活動”に何が足りなかったのかを考えた時に、国や制度を変えるには、費用対効果が分かる具体的な提案が求められていることを学んだそう。
国を司る仕事をする人達と間近に接することで、社会問題にアプローチしていく仕事をするには、ビジネススキルが一般的なレベル以上で求められるということがよく分かったんです。
やるなら、大阪で。大阪から全国へ。
本も読まないし勉強も嫌いだと笑って言う塩山さんですが、代理店や学識者などのチームの元でITツールを覚え、必要な情報を得て、自主的な勉強をし、仕事の経験を積み重ね、22歳で再び関西へ戻ってきます。
社会の仕組みを変えるための仕事がしたいと思ったときに、やるなら大阪で、という気持ちがありました。ホームレス問題や部落差別、いじめ、不登校・ひきこもりなどの問題が山積みなんです。大阪で成功事例を作って、全国へ展開したいと考えました。
また、仲間にも恵まれたと言います。SNSを通して知ったイベントで想いに共感する仲間2人と出会い、2007年から活動をスタートし2008年に法人化させます。自身が学校教育のあり方に馴染めなかった経験もさることながら、同志とも出会ったことで、スマスタの事業は形を成していくスピードが早かったのかもしれません。
スマスタ設立前のイベント時にて。(C)スマスタ
自分はビジネスモデルを作ったり、外部との折衝や全体の指揮を取る役目。文字にしたり、形にしたり、制作全般のディレクションは田川香絵が担当しています。「CHASHITSU for worker」も、「ハローライフ」もさまざまなチームにご協力いただきながら創りあげていきました。
塩山諒さん(左)と、田川香絵さん(右)(C)NaraYuko
社会へ新しいインフラを提供したい。
スマスタ設立から6年が経ち、夢のひとつだった自社ビルを手に入れたスマスタ。ここから先に目指すのはどんな世界なのでしょうか。
「貯金は0になり、またここから新たなスタートを切ります」と、笑顔。(C)NaraYuko
これまで、様々な企業の企画やコンテンツのプロデュースをしてきました。これらの経験を生かして、今後は生活のインフラを提供していきたいと考えているんです。
「ハローライフ」も「CHASHITSU for worker」もその取り組みの最初の一歩。今の世の中に必要とされているインフラは何なのかを見極め、創造する。その範囲を広げて、教育現場やまちへも応用していきたいと考えています。
子ども時代に味わった辛い気持ちを驚くほどまでポジティブに変換し、事業範囲を拡大し続ける塩山さんの姿がありました。まずは「ハローライフ」が、働く人の前向きなコミュニティとして機能し、「CHASHITSU for worker」が働く全ての人のほっと和めるスポットとして、人々の間に根付くこと。そして、その先の展開も「スマスタならやれるんじゃないか」そう思える勢いを感じます。