あなたにとって「幸せ」とは何でしょう?
その答えには、人の価値観が大きく表れてきます。高度経済成長の時代は終わり、価値観は多様化する一方。様々な情報が行き交う中で、人の意見に左右されることなく、自分なりの価値観を持って生きることが、ある意味本当の「幸せ」への近道なのかもしれません。
今年4月、湘南地域で「場」を運営する4人が手を組み、「暮らしの教室」という取り組みを始めました。湘南地域の人々が生徒となって、ときには先生にもなって。その場は、地域の人々が多様な価値観に触れ、気付きを得るきっかけとなっているようです。
いったいどんな「教室」が展開されているのでしょうか。秋が深まる11月、「暮らしの教室」の現場にお邪魔し、主催者のみなさんにお話を聞いてきました。
「暮らしの教室」とは?
「暮らしの教室」は、湘南地域を舞台に多様なワークショップや講座を展開するプラットフォーム。茅ヶ崎、大磯、小田原のそれぞれに個性的な4会場で、毎週のように様々な「教室」が開催されています。『ハンモック相談会』『野の花をいける 晩秋』『副業という名の生業(ナリワイ)をつくる講座』『チョークアート体験教室』……。ホームページで告知されている「教室」は、ジャンルも形式も実にバラエティ豊か。ほとんどが単発で、1〜2時間ほどの講座なので、誰でも気軽に受講することができます。
特徴的なのは、生徒はもちろん、先生のほとんどが、この地域で暮らす人であること。作家、アーティスト、占い師の方から、焼き芋屋さん、缶詰博士(!)、泥愛好家(!?)まで。 同じ地域に住んでいながらも、普段なかなか知り合うことのないユニークな講師陣に出会えるのも、「暮らしの教室」の大きな魅力です。
11月10日(土)、私がお邪魔したのは、月に1度、そのジャンルの第一線で活躍する講師を招いて開催している「特別教室」。この日は、複数の小さな仕事“ナリワイ”をつくる生き方を提唱している伊藤洋志さんを講師に迎え、『地域で生きていく 〜自分で仕事をつくる『ナリワイ』講座〜』が開催されていました。
『ナリワイ』講座では、伊藤さんの“ナリワイ”に関する基本的な考え方や、数々の体験談を聞いたあと、地域の人々が「余っているもの」「無駄な支出」「特技・やりたいこと」を持ち寄り、それをナリワイにするアイデアを参加者全員で考えました。「イノシシ」「大人と子供をつなぐ」「傾聴と猫」など、一見何の関連もなさそうなキーワードが提示されましたが、様々なジャンルの方が集うこの会場からは、ナリワイの種となりそうな奇想天外なアイデアが次々に飛び出しました。
「生活の糧を得ながら、同時に自分の生活を充実させ得る仕事=ナリワイ」を生み出すきっかけは、誰の日常の中にも転がっている、そんなことを気付かせてくれる時間となりました。
2012年4月のスタート以来、「暮らしの教室」では、約半年間で既に50を越える教室を開講。今後も1週間に3〜6講座のペースで予定が組まれており、事務局には、次々に新しい企画が寄せられているのだか。生徒だった人が先生になり、また生徒になって。「暮らしの教室」は、地域の人たちの暮らしの中に、少しずつ浸透してきているようです。
自分なりの“モノサシ”を持つきっかけづくりを。
「暮らしの教室」主催者インタビュー
茅ヶ崎市のギャラリー兼ショップ「okeba」、同じく茅ヶ崎市の貸し農園&イベントスタジオ「RIVENDEL」、大磯町のソーシャル雑居ビル「OISO1668」、小田原市のコワーキング&イベントスペース「旧三福」。「暮らしの教室」は、これら4つの拠点が手を組み、プラットフォームとして立ち上がりました。
地域の人が講座を開くという取り組みは既に各地で行われていますが、このような講座のプラットフォームをつくっている事例はあまりありません。いったいどのような経緯で始まり、現在の形に至ったのでしょうか。そこに込めた想いや将来像は?
「okeba」の熊澤茂吉さん、「RIVENDEL」の熊澤弘之さん、「OISO1668」の原大祐さんにお話を聞きました。
熊澤(茂):以前からお互い、気になる存在ではあって、オープニングに行き来したりしていたんです。何か一緒にやったら面白いかな、という感覚はベースにありました。
同じ地域で場を運営する立場として、お互いに顔を知っていた4人。徐々にお互いの距離も近付いてきた今年の初め、熊澤(弘)さんが、「地域でつながることを何かやらないか」と他のメンバーに声をかけたそうです。
原:話を聞いたとき、姉妹都市みたいな提携関係をつくることはできるかな、と思ったんです。お互いの場に同じ作家さんも出入りしていて、共通の知り合いも多くて。集客を一緒にできるというメリットもありますしね。
話の中から、アーティストの技術と、この地域で楽しく暮らしたいと考えている人を上手くマッチングすることができるのではないか、そこから自分が幸せと思える自分なりの価値観を持つきっかけづくりができるのではないか、と考えました。
話し合いの中から浮かび上がってきたのは、「あなたを幸せにするジブンノモノサシ」というコンセプト。
原:元々このメンバーの中では、「自分なりのモノサシ」を持つことが大事だ、という価値観は一致していたんですよね。今までは出世とか企業を大きくすることが成功だという価値観の中でやってきて、それで本当に幸せだったのか、ということはそれぞれ疑問に感じていました。
だったら、社会とか会社と自分を照らし合わせながら生きていくのではなくて、まずは自分の身の回りや、暮らしのこと。自分が本当に幸せだと思える手応えがあることを大切にして生きた方がいい。
「暮らしの教室」は、必ずしもアーティストや作家さんだけじゃなくて、魚屋さんとか、ちょっとした面白い人が先生になって、生活を豊かにしていく場。地域に暮らす人々が、自分なりの幸せに近づけるひとつの手段を発見できるようなプラットフォームにしたいと思いました。
一方で、言い出しっぺとなった熊澤(弘)さんはこう語ります。
熊澤(弘):僕も以前は会社勤めをしていて、でもこのまま進むことに疑問を感じて自分で野菜をつくって自給することから始めました。
でも、僕ひとりがそんなことをしていても仕方ないと気付いたんです。結局、街でいろいろな人が支え合って社会は成立しているので、この考え方を広めたいと思いました。でも押し付けがましいのは嫌なので、「暮らしの教室」を通して、気付いてもらうためのきっかけづくりができれば、と考えたのです。
ギャラリー、貸し農園、雑居ビル、コワーキング。場の形態は違えど、価値観を共有する4人の運営者の想いが重なり合って、「暮らしの教室」はスタートしました。
初めての「先生」体験から生まれる、“ナリワイ”への可能性
スタートから約半年。「暮らしの学校」に関わる人々の中では、様々な変化が起こっているようです。
原:今までこのような場所に来たことのない人も、生徒として足を運んでくれるようになった。これは大きな収穫です。
一方で、「先生」側の変化も面白くて。当初、作家さんたちも先生なんてやったことがない方がほとんどでした。でも、回数をこなすうちに慣れてきて、集客もできるようになってきました。生徒の反応も見られるので、満足度が高められるんですよね。
最初は単純に面白いからという動機でやっていた方でも、徐々に先生として成長して、この経験が作家としての仕事につながることも出てきました。地域の中でファンを獲得できるというメリットもあります。やはりフェイス・トゥ・フェイスで会えるというのがポイントでしょうね。
一方、もともと会員組織を持つ「RIVENDEL」や「旧三福」では、会員の方々が「暮らしの教室」を知り、自ら講座を生み出す動きもあるのだとか。
熊澤(弘):もともと「RIVENDEL」の会員だった方で、ベビーマッサージの資格を取って、今度初めて「暮らしの教室」で先生をやる方がいます。自分でブログを立ち上げたり、友達のデザイナーさんがチラシをつくってくれたり。とても楽しそうに生き生きとしていますよ。「旧三福」も「何か始めたい」という想いで集まってきている人ばかりなので、自分たちの得意分野で講座をつくったりしているようです。
原:作家やアーティストの方でも、「自分が何を教えたらいいんだ!」って感じだったり、もしくはずっと前の段階だったりしているんですね。だから僕たちは「全然違うアルバイトしているんだったら、ちょっと考えてみない?」と思っているんです。
ワークショップで稼ぐという方法もあることに気づいてもらいたい。まさに今日の『ナリワイ』講座の考え方です。「ナリワイという概念」+「ツールとしての暮らしの教室」で、地域で暮らしていくことのひとつの手段になる可能性を示したいと思っています。
「得意なことはあるけど、先生というほどでもない」なんてものを、誰もがひとつは持っているのではないでしょうか。そこから踏み出す一歩を支えるのも、「暮らしの教室」の役割。先生をやってみたいという方、何かできることはないか、という方への相談にも乗ってくれます。生徒の参加費は、場所代を除いてすべて先生の収入になります。少し勇気を出して扉を叩いてみると、そこから思わぬ形であなたの“ナリワイ”が生まれるかもしれないのです。
教室からコミュニティ、そして街へ
順風満帆のスタートを切ったように見える「暮らしの教室」ですが、今後はどのような展開を見せてくれるのでしょうか。3人それぞれの声を聞いてみました。
熊澤(茂):今は講座のテーマを見て、それを目的に集まって来る生徒がほとんどです。でも、これにプラスして、「暮らしの教室」自体に魅力を感じて入校してくれるような人がいたらいいな、と思います。まだ入校制度のようなものはないのですが、今後はそういう人向けのVIP講座みたいなものもつくってみたいです。
最終的に協力してくれる人が増えてきたら、当初熊澤(弘)くんが言っていた、芸術祭みたいなイベントもできたらいいですね。
熊澤(弘):僕は、街中でいろいろな人がいろいろなことをやっていて、初めて来た人が「なんか、この街楽しくないですか?」って言ってくれるような街をつくりたいんです。大人が楽しんでいる街。
今の子どもたちは「大人になってみたい」なんて、きっと思っていないですよね。それはとても残念なことだし、責任は僕らにある。楽しんでいる大人の姿を見て、子どもたちが自分の生きる指針になったり、ポジティブに捉えられたりするようになれば、様々な地域課題も、その過程でクリアされていくのではないかと思います。
原:僕が常に思っているのは、ものすごく大変な思いをして薄利多売のビジネスをするよりは、自分の好きなことをして、それを商売にしていく方がいいということです。しかも、それは共有しないと意味がない。こういう考え方の人たちの情報を共有して、面白いことをみんなで考えられるような街になるといいですね。
それぞれに想いを語るみなさんは、本当に楽しそう。多くの人と価値観を共有できる「暮らしの教室」という場づくりを、心から楽しんでいるようです。
“まちづくり”と大きく構えるよりも、まずはきっかけづくりから。「暮らしの教室」が提供する小さなきっかけが、湘南に生きるひとりひとりの幸せへとつながり、街全体へ伝わっていく。そんな未来も夢ではないかもしれませんね。
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