新型コロナウイルスにより世界は一変。わたしたちは、新しい生活習慣を迎えると共に、かつての習慣を手放す必要がありました。気軽に遠出すること、誰かの近くに行くこと、マスクなしで話しかけること、それまで当たり前だったこれらのことがしばらく難しいとなったとき、どうしても気にあることがありました。それは、身近なシニア世代のこと。
聞けば、90歳目前の友人のご両親は、それまで日常的に楽しんでいたカラオケと社交ダンスの場を失い、80代の親戚も40年も続いている合唱グループが休止しているといいます。
「生きがいがなくなっちゃったよねぇ」と寂しそうに話す彼らに、なんとか明るい言葉を探したあとで、思い出した映画がありました。日本では2016年に公開されたドキュメンタリー映画『はじまりはヒップホップ(原題: Hip Hop-eration)』です。
予告編にもある通り、80〜90代というシニアたちがヒップホップダンスをはじめて世界大会を目指す、というドキュメンタリー。2014年の公開直後から評価が高く、国内外でたくさんの映画賞を受賞しました。2016年の日本を含めて40ヶ国で公開されています。
それにしても、やや無謀すぎる気もするこの目標。なぜヒップホップで、なぜ世界大会を目指すのか。その答えは映画を観ていただくとして、少しだけ、映画がつくられる前のことをご紹介します。
はじまりは、フラッシュモブ
映画制作から遡ること4年、ニュージーランド・オークランドで行ったフラッシュモブが大きな話題になりました。賑やかな街中で突然ダンスを始めたシニアたちの動画がバズを起こし、翌年には正式にダンスグループを結成します。
彼らは皆、ニュージーランドのワイヘキ島という小さな島の住民で、グループのまとめ役兼振り付け指導をするのが、同じくワイヘキ島在住のビリー・ジョーダン(Billie Jordan)さん。結成時のメンバーは22名、年齢は68〜96歳、平均年齢80歳!グループ名は全員が腰(hip)の手術(operation)をしていることからHip Hop-eration(ヒップホペレーション)という、何から何まで既成概念の粋を超えた活動が注目されていたのです。
2012年、オークランドでのフラッシュモブの様子。
22名のメンバーはみんな、持病との共生や、昔とは違う体力、おぼつかない記憶、共に老いた家族など、それぞれが確実に人生の後半を歩んでいます。しかし彼らも私たちと同じように、日々の暮らしの中に楽しみを見つけたいと望んでいたのでした。昔の写真を振り返りながら、今を生きる楽しみを得た彼らの言葉は本質的で心を打ちます。
「小さい頃はおばあちゃんと過ごす時間が大好きだった」というビリーさんは、シニアだからという遠慮は一切なく、細やかに振り付けを指導。しかし実は、記憶力が弱っている人にも筋肉で覚えやすいような動きを取り入れるなど、大きな大きな愛をもって接します。「次に間違えたらデコピンするよ」と鼓舞しながら、なんとか世界大会を実現させようと奮闘する姿をぜひご覧になってください。
きっと、新しい年の、そして、いつか来るであろう人生後半の在り方を考える機会になると思います。
2015年、TEDに登壇したビリーさん。グループメンバーたちの主治医からは、彼らが健康になっていると言われたそう。