旅の目的は人それぞれ。だけど、きっと誰もが新しい景色や人との出会い、非日常な体験を求めて、知らない土地に足を運んでいるのではないでしょうか。
新型コロナウイルス感染症の影響で2020年以降は様変わりしそうですが、2011年に622万人だった訪日外国人旅行客は、2019年には3,188万人と5.1倍に増加。(出典:日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数」)
2019年の述べ宿泊数は5億4,324万人泊、うち18.7%を外国人延べ宿泊者数が占め、過去最高値を記録しました。(出典: 観光庁「宿泊旅行統計調査」)
私が暮らす京都でも、旅行客の増加に伴い次々とホテルが建ち、簡易宿所もまちのあちこちで見かけるようになり、街並みの変貌を感じるほどです。
旅行客が増えたことで潤った面はあります。しかし一人の住民として考えると、いつも公共機関や駅が混雑していて不便さを感じたり、簡易宿泊所に泊まるお客さんの夜中の騒音に悩まされたりと、良いことばかりではありません。
旅行客も地域も、住民も、みんながハッピーになれる観光・宿泊のあり方ってなんだろう? これからの宿泊業のあり方のヒントを探るべく、日常体験をベースに”まちごとホテル”を展開する大阪「SEKAI HOTEL」を訪れました。
地域全体をホテルに見立てる”まちごとホテル”
「SEKAI HOTEL」は2017年6月大阪・西九条に第一号店、2018年9月には東大阪・布施に第二号店をオープン。”旅先の日常(ORDINARY)に飛び込もう。”をコンセプトに、旅行客・地域住民・地域事業者の三者にとってより良い宿泊施設のあり方を提案しています。
その核となるのが、地域を丸ごとホテルに見立てる”まちごとホテル”の考え方。一般的なホテルの場合、フロントや客室、レストランカフェなどが一つの建物に含まれています。しかしまちごとホテルは、フロントや客室が地域に点在しており、モーニングは喫茶店で、入浴は銭湯で、と地域事業者と提携しながら運営していることが特徴的です。
実際、「SEKAI HOTEL」ではどんな風に旅行客を出迎えているのでしょうか?
訪れたのは、東大阪市の布施。最寄りの布施駅から難波駅までは電車で十数分とアクセスも抜群で、ものづくりのまちとして栄えてきた東大阪の風土も残るエリアです。
まずは駅前の商店街にある、元婦人服屋さんをリノベーションしたフロントでチェックイン。スタッフから「SEKAI HOTEL」の仕組みについて説明を受けます。
その時手渡されるのが「SEKAI PASS」。提携するパートナーショップを利用する際、提示することで特別なサービスや割引が受けられます。同時に、パートナーショップが載った紙のマップやGoogleMyMapも渡していただけるので、そちらを頼りにまち歩きを楽しみながらお店に向かいます。
チェックインを終えたら、スタッフの方にご案内いただきながら、フロントから徒歩数分の客室へ。わずかな道のりの間にも、スタッフの方が商店街について説明をしてくれたり、店主から声をかけられたりしてお話する姿を見られて、初めて訪れる地域なのにあっという間に親近感が湧いてきました。
客室も商店街の中。もともと店舗兼住宅だった物件をリノベーションしているとあって、布施の日常にすんなり溶け込めそうな予感がします。
夜は立ち飲みに銭湯、朝は喫茶店のモーニング
荷物を置き少し休憩したら、商店街へ! ぷらぷらと歩きながら、布施の日常を味わいます。SEKAI PASSでワンドリンク無料になる、地元で人気のお好み焼き屋さん。行列のできるコロッケ屋さん。酒屋さんが開く、暖簾のない立ち飲み屋さん。そしてラストは、ご近所さんが通う銭湯へ。
訪れる先々で、「どこから来たの?」と店主が声をかけてくれる気さくさも嬉しくて。まるで地域の一員になったかのような時間を過ごすことができました。
翌朝、目が覚めると、SEKAI PASSパートナーショップの喫茶店へモーニングを食べに行きました。
新聞を読んだり、談笑する人で賑わう朝の喫茶店は、地域の人にとっては日常の風景でしょう。しかし、旅行客として訪れる私にとっては非日常。全てが新鮮に映ります。そんなところに、まちごとホテルの醍醐味を感じながら、チェックアウトのため再びフロントを訪れました。
人と人のあいだを”No Border”でつなぐ
商店街の賑わいと、そこで暮らす人々の息遣いを感じることができた「SEKAI HOTEL」での時間。観光名所を訪れたり、地元グルメを堪能したりする従来の観光とは一味違った楽しみ方を求める人にとって、街ごとホテルへの宿泊はまたとない機会になるのではないでしょか。
ここからは「SEKAI HOTEL」が目指すあり方や地域との関係性を紡ぐために大切にしていることについて、SEKAI HOTEL事業責任者の小林昂太さんと、取締役の渡辺優さんに話を聴きます。
大阪府生まれ。SEKAI HOTEL事業責任者。大学時代、社会性の高い事業への関心からクジラ株式会社で約2年インターンとして働く。クジラ株式会社に新卒で入社後、SEKAI HOTEL西九条の立ち上げを担当。SEKAI HOTEL布施の拠点責任者を経て、SEKAI HOTEL事業責任者を務める。
埼玉県生まれ。大学卒業後、地方の赤字旅館再生事業に複数携わった後に、渡比。フィリピンの教育系スタートアップにおいて、英語講師300名のマネジメント経験をし、人材派遣事業の立ち上げなどを行う。帰国後は、スタートアップや女性起業家の海外進出支援やアクセラレーションプログラムの設計・運営に取り組む。現在はSEKAI HOTEL株式会社の取締役を務める。
渡辺さん 私たちはあえてホスピタリティという言葉を使っていません。「SEKAI HOTEL」は、”No Border”を合言葉に世界をつなぐホテル。だから、ホテル・地域住民・観光客がフレンドシップでつながり合う、対等な関係性を築くことを大切にしています。
国籍や宗教、文化などの違いから生まれる、人と人のあいだにある障害のないセカイの実現を、宿泊事業を通じて目指しているのです。
小林さん 日本には空き家増加や少子高齢化など様々な問題があります。そうした課題を、私たちはホテル事業で解決したいと考えているんです。
そこで着目したのが、地域の日常でした。鐘を鳴らしながら豆腐を配達するおっちゃん。昔ながらの喫茶店で飲む珈琲の味わい。そうした体験は僕自身もしたことがなく新鮮だったので、旅行客にも価値あるものになるではないかと。
特に布施エリアは、テレビで見るようなコテコテの関西弁でコミュニケーションをとる方が多く、大阪らしい距離の近さを体感できることにおもしろさを感じてます。
三方良しを体現する「SEKAI PASS」
有名な観光名所はない。しかし、訪れた地域にしかない独自の文化や営みがある。そうした日常を体験してもらうにはどうしたらいいだろうと考えた末、生まれたのが「SEKAI PASS」でした。
「SEKAI PASS」は地域事業者と提携し、宿泊者がパートナーショップを訪れると様々な割引やサービスを受けられるもの。「SEKAI PASS」を使うことで、自然と地域の日常に溶け込めるようになっています。旅行客だけではなく、地域事業者にとってもお客さんを呼び込む導線の一つになると好評です。
渡辺さん もともと公益資本主義、昔でいう三方良しの考えを取り入れた会社なので、「SEKAI HOTEL」の運営にも自然と現れています。
例えば、西九条にある「純喫茶ニューマコ」は、「SEKAI HOTEL」との提携を始める前、閉業の危機に晒されていたそうです。しかし提携以降、順調に客足は戻り、ニーズの高いモーニング提供時間は「一人で回すのが大変」と嬉しい悲鳴をあげています。
西九条のたこ焼き屋さん「三太」は、SEKAI HOTELに宿泊するお客さんの需要を見込んで、自宅でたこ焼きお持ち帰りセット(ホットプレートは無料貸し出し)をスタートしました。
パートナーショップのみなさんは、「若い世代のお客さんが増えた」、「いろんな場所から来る人と話せて楽しい」と口を揃えて話します。旅行客はお得にサービスを受けられ、地域事業者は新たなお客さんとの出会いや売上増にもつながっている「SEKAI PASS」。この仕組みは「SEKAI HOTEL」にとってもメリットが大きいそうです。
渡辺さん 通常のホテルであれば、安定した収益を上げるため稼働率80%を目指す必要があります。しかし”まちごとホテル”は、風呂やレストランを自社運営しない分、50%の稼働で運営が成り立ちます。稼働率アップのためにルーム・レートを下げるなど、無理な集客をせずに済むので、私たちがつくりたい世界を実現するために力を使うことができるのです。
よそ者だった「SEKAI HOTEL」が積み重ねた信頼関係
今では提携事業者からも頼りにされ、地域を歩けば住民に声をかけられるようになった「SEKAI HOTEL」のみなさん。しかし、初めから信頼関係があったわけではありません。地道な取り組みを積み重ねた先に、旅行客や地域事業者との良い関係性が育まれています。
その一つが、住民説明会です。「SEKAI HOTEL」がオープンした頃、西九条や布施にはまだまだ民泊事業者が少なく、住民の方にとって馴染みのないものでした。「地域に根ざしてホテルを運営するなら、まず地域のみなさんに安心していただくことが大切」と考えた「SEKAI HOTEL」のみなさんは、、オープン時から月1回(現在は年4回)ペースで住民説明会を開催。不安や疑問の声に、真摯に受け止め改善を続けてきました。
他にも、週1回の地域清掃や町内会行事への参加など、地域の一員としての役割を担い、細やかコミュニケーションを大切にしています。
そうした地域との関係がある上で、「SEKAI HOTEL」では2017年から、社会課題を解決するためのプロジェクト「SOCIAL GOOD 200」を始めました。
「SOCIAL GOOD 200」は、お客さんからいただく宿泊料金のうち一泊あたり200円を社会課題解決に用いるというもの。「SEKAI HOTEL」周辺エリアの衛生問題や障害者の就労・雇用支援など身近なところから、途上国の子どもたちへの教育支援といった遠く離れたところまで、豊かな未来を実現するために使われています。
西九条や布施では月1回、子ども向けイベント「icoma」を開催。ハロウィンやクリスマスイベント、お仕事体験で使用する材料費などになり、関わる人たちの笑顔を育んでいます。
小林さん 子ども向けイベントには、保護者の方々も付き添いでいらっしゃいます。そこで初めて「SEKAI HOTEL」や「SOCIAL GOOD 200」について知っていただく機会にもなっているんです。また、入ったことのないお店に行く機会になったり、店主と話をするきっかけになったりしたとの声も届いています。
地域プラットフォームとしての宿泊施設
オープンから数年、「SEKAI HOTEL」は地域に軸足を置きながら、国籍や年齢、業種、思想を超えたネットワークを築いてきました。関係構築が進み、求められる役割や課題が見えてきた今、どのような展開を考えているのでしょうか。
小林さん 住民と密接にコミュニケーションをとる中で、町内会の運営メンバーの高齢化や空き家問題、独居問題など様々な課題が見えてきました。
それらの課題に取り組もうと思えば全方位的に動けるところが、「SEKAI HOTEL」の強みでもあり弱みでもあります。通常のホテルではできないことも、”まちごとホテル”ならできると可能性を感じているので、まだまだ伸び代はあると思っています。
渡辺さん 私たちはホテルとして、No Borderなコミュニティを形成し、また来たいと思ってもらえるまちづくりをしています。
日本は課題先進国。「SEKAI HOTEL」の事業モデルが何かしらの解決策を提示することができたら、世界にも波及していけるものがあるのではと期待しています。
そのために欠かせないのが、連携です。訪日旅行客や地域事業者、国内外のスタートアップ、研究機関など様々な人や組織と連携して、地域にホテルが存在することで生まれる金銭以外の価値を見える化していきたいです。
渡辺さん 人と人のあいだに違いがあるから、分断や争いが起こります。しかし観光は、違いがあるからこそ生まれるもの。違いを認め合い、尊重し合い、いかしあいながらやっていけたらいいですね。
旅行客も地域も、住民も、みんながハッピーになれる観光・宿泊のあり方のヒントを探ろうと訪れた「SEKAI HOTEL」。見つけたのは、三方良しを体現することで、ホテルが分断された社会をつなぎ直し、課題解決に取り組むプラットフォームになりうる可能性でした。
これから「SEKAI HOTEL」が地域にとってどのような存在になっていくのか楽しみにしながら、また足を運びたいと思います。