瀬戸内海に浮かぶ、人口800人ほどの小さな島「豊島(てしま)」。
瀬戸内国際芸術祭や豊島美術館などで話題のその島で島民として暮らし、自分たちの劇場を営み、アーティスト活動をする家族がいます。
「usaginingen / ウサギニンゲン」の平井伸一さん・絵美さん夫妻。
東京からドイツのベルリンに移住し過ごした2010年からの6年間で、彼らはヨーロッパ中を駆け回るアーティストになりました。
アナログとデジタルが融合する独自の”機械”をつかったビジュアルと音楽のパフォーマンスを行い、各地の芸術祭などで公演。2014年にはアイスランドで行われた「Reykjavik Visual-Music Festival」のライブシネマ部門でグランプリを受賞するなど活躍したのち、2016年に活動拠点を豊島へ。
現在は、使われていなかった倉庫を自らリノベーションした「ウサギニンゲン劇場」で定期公演を行い、世界中から訪れるゲストを楽しませる日々。小さな島にいながらも世界としっかりつながり、今年は上海、リトアニアでの公演の予定も控えています。
私が彼らと出逢ったのは2014年のこと。東京でのライヴを見てその唯一無二のパフォーマンスに魅了された私は、翌年彼らの住むベルリンへ。当時の暮らしを垣間見るとともに、日本への帰国の計画を聞き、そして彼らが豊島に移ってからもたびたび訪れて対話を続けてきました。
決して筋書き通りではない、彼らのこれまで。伸一さんは病院勤務の放射線技師、絵美さんは広告デザイナーとして東京で忙しく働き、その楽しかった都会生活を一旦ストップして渡ったベルリンでの暮らしを経て、その人生は大きくシフトしました。
「自分たちは本当にラッキーで、流れに身を任せてきただけ。」
そう笑う彼らの信念は、出逢った頃から一貫しています。
“毎日の暮らしを一番大切に。”
それを体現する彼らの島暮らしのこと、これまでのこと。独立心とユーモアとアイディアを持って生きる愉快な家族に逢いに、豊島を訪れました。
平井 伸一(ひらい・しんいち) 平井 絵美 (ひらい・えみ)
自作の映像機と楽器を使った、映像と音楽のパフォーマンスユニット。 2016年に活動拠点をドイツ・ベルリンから香川県豊島に移し、劇場をオープン。これまでにイギリス、カナダ、台湾、ドイツ、フランス、ロシア等21ヵ国59都市で公演。芸術祭、音楽祭、映画祭や教育機関(保育園~大学)などで幅広く活動中。アナログとデジタルを独特の手法で組み合わせたパフォーマンスは各国で高い評価を得ており、2014年にアイスランドで行われた、Reykjavik Visual-Music Festivalのライブシネマ部門でグランプリを受賞。2017年大阪ナレッジキャピタル主催 World OMOSIROI Award 3rd.、2019年高松人間力大賞 Next Standard賞を受賞。 →Usaginingen ウェブサイト
ベルリンでの時間の余白が生んだ
「自分たちにしかできないこと」
2010年、東京での仕事を辞めてベルリンに移住した平井さん夫妻。当時、伸一さんは32歳、絵美さんは29歳。当初の目的は、絵美さんのデザイナーの仕事のステップアップとして、仕事を広げられればというものでした。
広告デザイナーとして海外の広告賞受賞の経歴もあった絵美さんのポートフォリオを持って、ベルリン在住のクリエイティブ・ディレクターにコンタクトを取り、売り込みを行う日々。しかし言葉の問題や文化の違いもあり、なかなか仕事にはつながりませんでした。東京から持っていったデザインの仕事も、当時はまだオンラインミーティングが一般的ではなく、徐々に減少。ベルリンでの生活は自然と、今まで意識することがなかった毎日の食事を中心とした「暮らし」が真ん中になっていきました。
伸一さん 東京での暮らしは楽しかったけれど、毎日満員電車に乗って通勤して、心を殺しているような状態でしたね。こっちに来て、物理的に仕事がなくなって、お金は稼いでいないけど時間はたっぷりあるっていう状況になって…朝から丁寧にコーヒーを淹れて、三食つくって食べてみたら、「あ、心が喜んでる」って気づいたんです。
こういう状態が自分のしあわせなんだっていうのがはっきりわかった。
ベルリンでこれに気づけたことが、大きな転機になりましたね。
また、ベルリンで多様な価値観に触れたことも大きな刺激になりました。日本では社会の通例として流れてしまうことが、多様な人種、宗教、生き方が溢れるベルリンではすんなりいかないし、常に自分の意見が求められる。
東日本大震災が起きた時には当たり前のように「福島はどうなっているんだ?」と議論になる。日本を背負ってこの地に立っているんだと実感し、夫婦で真剣に政治について考え、意見を深める話し合いが増えていったそう。
お金を稼ぐためだけなら、言葉が不自由でも日本食レストランで働くなどの選択肢はあったけれど、二人はそれを選ばず日々の暮らしにフォーカスしながら、そして多様な友人たちとの関わりを広げながら「自分たちにしかできないこと」を考え続けました。
スーツケース2つで世界を回るアーティストに
ベルリン在住の日本人ミュージシャンの誘いで、ライヴにリアルタイムで映像をつけるという機会を得た絵美さん。楽器を奏でるわけでもない、言葉もわからない自分ができる表現ってなんだろう? 夫婦でアイデアを練る中で生まれた機械が「TA-CO(ターコ)」です。
分解したらスーツケースにピタリと収まり、飛行機にも預けやすい23kg。椅子に座ってペダルを漕ぐとドラムが回り、上にある3層の透明アクリル板とともにレイヤーとなって、一番上に設置してあるカメラでリアルタイムの映像を映し出します。
絵美さんの空想の中に生まれた機械を現実のものにすべく、伸一さんはDIY好きのお父さんに協力を要請。香川県の実家に戻って親子で一緒に制作する中で、機材の使い方から溶接の仕方まで、様々なスキルを学ぶこともできました。
その機械のアナログ感、独特の世界観の映像は大好評。当初はミュージシャンとのコラボレーションを中心に活動していましたが、伸一さんが独自の楽器をつくり演奏することで、夫婦のユニット「ウサギニンゲン」として活動することとなったのです。
「この食べものはどこから来ているの?」
問いからはじまった、つくりたい暮らしの探求
数年のアーティスト活動を経て、ヨーロッパを中心に各地の芸術祭などに呼ばれ公演を行った彼らは、次第にアーティスト活動一本で暮らし、貯金ができるほどまでになっていました。
ベルリンでの暮らしの中で次第に身についていったのは「日々、選択をすること」。
オーガニック先進国であるドイツやヨーロッパの国々は、近くのスーパーに行けばBIOマークのついた製品とそうでないものが並び、生産者の顔が見えるファーマーズマーケットもさかん。買う側の意識も高い環境で、自分たちが稼いだお金で何を買うのかを、自然と、真剣に考えるようになりました。
絵美さん 買いものをすることは、選択すること。素晴らしい生産者さんを応援することなんだって、ドイツの人たちの感性に触れる中で思うようになりました。
オレンジひとつがどこにつながっているのか、誰がどこでどういう想いで育てたのか、それを選ぶことがどのように社会に影響するのか…。そのひとつひとつを自分で考えて選ぶことこそが、未来につながるとても大切なことなんですよね。
自分の意見をカジュアルに表明できるデモに参加したこと。
コミュニティの自治に参加する友人たちとの出逢い。
そして、ウサギニンゲンのライヴのあとに、彼らが受けた大きな歓声。
二人の機械の前にわ〜っと集まってきて興奮ぎみに感想を伝えてくれた人たち。
「いいものはいい」。それを率直に伝え合うやり取りこそが彼らに、選ぶこと、感動や感謝を伝えることが大きな応援になるということを教えてくれました。
6年のベルリンでの暮らしで世界を大きく広げた二人は、日本に拠点を移す準備をはじめていました。「窓からビルしか見えない生活はもう終わり。もっと土に近い生活を」と。
不便だけどすべてがある
離島でのクリエイティブな日々
2016年、伸一さんの実家がある香川県に戻り、瀬戸内海の島に住むことを決めた二人は、空き家を探していくつかの島をめぐりました。どの島がいいというこだわりは特になく、住める家がある島にと、ご縁があった豊島に流れ着きます。
伸一さん 家探しを手伝ってくれた島のおじさんに僕たちがどんな活動をしているかを話したら、「島に劇場でもつくったらいいじゃねえか。芸術祭の時は観光客もいっぱいくるぞ!」と言って、勝手に劇場になりそうな場所も探してきてくれたんです(笑)
公演で日本のいろんなところを回る中で、特に震災以降、多くの場所に若い人が移住して、おもしろい場所をつくっているのを知っていたので、いつでもパフォーマンスを見てもらえる拠点を持つこともおもしろいかもなと考えてはいたんですよ。
おじさんに背中をドーン! と押される形で、住む家の整備よりも先に劇場をオープンさせてしまいました。
常に流れに任せて、その時、自分たちにできることをやる彼らのスタイル。瀬戸内国際芸術祭の開催によって島にはアート作品が点在していたものの、アーティストが実際に島民になって暮らし、拠点を持つというのは珍しいこと。若い二人の挑戦を応援し、サポートしてくれる島の人たちも次第に増えていきました。
子どもの誕生で強まった、島との結びつき
あくまでも暮らしを中心に、週に何回、1日何回の公演をするかを試行錯誤しながら劇場を運営し、じわじわとゲストを増やしていったウサギニンゲン劇場。海外での公演を見てくれた人や、芸術祭のスタッフが訪れてくれることもあり、また劇場での公演を見て海外に呼んでくれるという嬉しい出逢いも生み出しました。
その場限りの「点」ではなく、自分たちの世界観を丸ごと体感してもらえる「場」を持つことが、彼らの活動の幅をぐんと広げたのです。
また、島のひとたちは当たり前に畑を持ち、自分たちが食べる野菜は自分で育てています。それを見習って畑や田んぼをはじめたり、文字通りの「土に近い生活」を手に入れた彼ら。船舶免許を取得して小さな船も購入し、釣りをしたり、定期船の時間を気にせずに小豆島へ買い物に出たりと、島暮らしをとことん楽しみました。
それと同時に、自治会など地域の活動にも積極的に参加し、産業廃棄物や太陽光パネルの問題、選挙にも興味を持って島の人たちとの対話を続けています。自分たちの暮らしがよりよく、そしておもしろいものになればという願いがあるなら、こうした場への参加は切り離せない。これも、ベルリンでの生活で得られた考えです。
国内外での公演に飛び回っていた二人は、絵美さんの妊娠をきっかけにペースを落とし育休期間に。暮らしが中心だから、子どもが産まれたら二人で育児をするのも当たり前。育休も産休も二人で取得し、劇場も休業しました。2018年5月、長男・海凪(みなぐ)くんの誕生は、彼らの活動を次のフェーズに進ませる大きなきっかけとなりました。
絵美さん 子どもが生まれたらお母さんは大変ってメディアは伝えているけれど、うちの場合は伸ちゃんが家にいていろいろ手伝ってくれたから、そんなに大変だと感じなかったんです。
1歳になってどんどん動くようになったり、お母さんじゃないとっていう場面も増えた大変さはもちろんあるけれど、島の人にも、世界中から来るお客さんたちにも、みんなにかわいがられていて、すごくいい環境だな〜って。
そうか、子育てが大変だと言われるのは、母親ひとりに負担が集中するからなんだ。手が二人分あれば全然違うんだ。絵美さんの言葉を聞いて、赤ちゃんがいてもほとんど変わらない二人のペースを見て、はっとしました。
また、赤ちゃんがいる彼らの家にはご近所さんが次々と訪れ、大歓迎されて、まるでみんなの孫になったよう。島の保育園にも「いつからでも来ていいからね」と声を掛けてもらえる安心感。こんな環境で子どもを育てられるしあわせを、二人は再確認したといいます。
劇場をひらいて、ひろげる「劇場広場」
2019年のゴールデンウィーク。島に一番人が集まる季節から、ウサギニンゲンは新たな試みとして「劇場広場」をスタート。金曜から月曜まで週4日、1日1回の公演を行う彼らだけではなく、この劇場やその前の広場を多くの人に活用してもらえたらと、出店料などは一切なしで行っています。
出店する側も、訪れたゲストも、みんなが楽しみを分けあえるこの取り組み。子育てで手いっぱいの彼らだからこそ、場所は準備するから運営はすべて各自でというセルフサービスで、島に新たなにぎわいをつくりだしました。
偶然劇場を訪れたアーティストとのコラボレーションが生まれたり、高校生との取り組みや子どもたちとのプログラムがはじまったり。彼らを訪ねてきた海外の友人がレクチャーを行い、島の若い人たちが集まるという交流も起きています。出店やワークショップ、パフォーマンスの実施など、現在も広く参加者を募っています。
そこに行けばいつもウサギニンゲンと逢えて、その世界観をじっくり体験できる。彼らの存在が確実に、豊島に新しい風を吹き込んでいます。
豊島へ、ウサギニンゲンに逢いに行く旅へ!
ウサギニンゲン劇場は金曜日から月曜日まで週4日、毎日13:30から公演を行なっています。(島外での公演などによりお休みの場合もあります)
そして、この夏にはウサギニンゲンと時間を過ごして制作をし、島暮らしを体験するサマーキャンプも開催します。
彼らの活動は、まずは劇場での公演を見てほしいのは当然ですが、それと同じくらい、これまで紹介したような彼らの生き方を知り、彼らに出逢ってもらってこそ伝えられると思っています。
なぜなら、彼らの作品は暮らしの延長線上にあり、その暮らしこそが創作であり、アートであり、毎日ごはんをつくって食べることと同じように、そこにあるからです。
“毎日の暮らしを一番大切に。”
そのブレない軸を決して手放さず、なんでも自分たちで考え、選び、つくること。彼らを見るうちに、おとなにも子どもにも、そんな彼らの暮らしを体感しながら一緒に過ごす時間を持ってもらいたいと思うようになりました。
舞台は「島」。
豊かな自然の中で思いっきり遊び、自分たちの食べものは畑や海から調達します。島のみなさんや子どもたちとの交流の機会や、ウサギニンゲンと一緒につくった作品を発表する「劇場」もあります。島をぐるぐるとめぐり、参加する全員がそれぞれのできることを持ち寄ってギフト・エコロジーがぐるぐる回る。そんな、「ウサギニンゲンとつくる おやこの”ぐるぐる”島合宿」 です。
この夏、瀬戸内国際芸術祭も開催中の豊島。
彼らとおしゃべりし、同じ時間を過ごす中で、それぞれの「つくりたい暮らし」をじっくり探求してみませんか。
ウサギニンゲンは今日も豊島の劇場で、楽しい空想を現実に生み出し続けながら、新しい出逢いを待ちかまえています。
SUMMER CAMP 2019
【日程】
2019年7月23日(火)〜25(木) 2泊3日
【参加できる人】
年長〜小学生のこどもと、その家族
※年中以下のお子さんも参加可能ですが、見守りはご自身でお願いします。
※こどもだけでの参加はできません。
【参加費】
おやこ1組(こども1+おとな1) 38,000円
こども1人追加 +12,000円
おとな1人追加 +14,000円
※寝具・食事を必要としない弟さん妹さんは無料です
<参加費に含まれるもの>
3日間のプログラム参加費、食費(23日 夕食/24日 朝昼夕食/25日 朝昼食)、宿泊(大部屋/トイレ・風呂共有)、豊島・家浦港への送迎、レクリエーション保険(傷害保険)
<参加費に含まれないもの>
豊島までの交通費(高松港or宇野港まで+各港からフェリー)、上記以外の食費、島での買い物などの費用
【定員】
25名
【スケジュール】
7/23(火)
午後〜夕方までに豊島到着
島のみなさんやこどもたちもお招きしてのウェルカム・バーベキューを開催!
7/24(水)
想像&創造の1日
島の人々と出逢い、しぜんの中で思いっきり遊んだり、自分たちが食べるものを畑作業のお手伝いや釣りで獲得して料理したり。ウサギニンゲンと一緒に、島の素材をつかって自由な発想で表現や作品をつくり、最後には「ウサギニンゲン劇場」での発表!までできたらいいなと考えています。
7/25(木)
お昼ごはん後、解散
前日に発表した内容をブラッシュアップして、島のみなさんや観光に訪れているみなさんに披露!?なんていうのもおもしろいかもしれません。
【延泊について】
プログラム前後の延泊もコーディネートできます。瀬戸内国際芸術祭も見たい!という方はぜひご活用ください。
・延泊(素泊まり)
おやこ1組(こども1+おとな1) 6,000円
こども1人追加 +2,000円
おとな1人追加 +3,000円
・26日(金)10:00〜15:30 こどもワークショップ
おとなが芸術祭散策の間、こどものみ参加できるプログラム+お昼ごはんです。創作や遊び、お昼ごはんづくり、ウサギニンゲン劇場のお手伝いなどをします。
こども1人 4,000円(2人以上は1,000円割引)
【企画・プロデュース】
佐藤有美(cotoconton)
詳しい情報やスケジュール、お申し込みについてはこちらをご覧ください。
http://cotoconton.com/summer2019/