「Uターン」、「田舎暮らし」、「地域移住」…近ごろ、都会から地方へ移住する若い世代が増えています。
ただ、そんな言葉に惹かれつつも「今の仕事も楽しいから移住はまだまだ先かな…」「いきなり移住したり起業したりするのはハードルが高いなあ」、といった気持ちを抱いている人も多いはず。
そんな方にお伝えしたい、もう一つの選択肢が「二拠点居住」。都会に生活のベースは置きながらも、地方にもう一つの生活拠点を持ち、週末や中長期の一定期間をそこで暮らすというものです。単なる観光で行くのとは違い、継続的に通ってその地域とゆるやかにつながりながら生活するスタイルで、移住に比べて気軽に始められるのがメリットです。
地方での移住や起業のヒントを探る連載企画「あきない夫婦のローカルライフ with茨城県北・大子町」。第4回は番外編として、東京と大子町、二つの家で暮らす石井紀昭さん・みなみさんご夫婦に、自然体なお二人の暮らしについて伺いました。
地方で家を探す中でしっくりきたのは、
思い出が詰まったおばあちゃんの家
紀昭さんもみなみさんも平日は都内の企業で働いています。そんなお二人が地方での暮らしを考えたきっかけは、都内で一軒家に引っ越したこと。庭先の生垣や、裏にある空き地の手入れを自然とやるようになったそうです。
紀昭さん 家の裏の空き地に草がボーボーに生えていて、近所の人も「もうちょっときれいにできたらいいのにね」という思いを感じていました。それで、自分が草を刈ったりして手入れしていたんですよ。そうしている中で自分ってもともとこういうことが好きなのかもしれないと感じて。もっと自然がある地方にも家がほしいと思うようになったんです。
そこで東京から行けるあちこちの別荘地を結構見てみたんですね。山中湖や軽井沢、熱海、房総半島…いろいろ見て回ったものの、なかなかしっくりこなかったんです。
そんな中、奥久慈で行われた「茨城県北芸術祭」をみなみさんや友人たちと見に来たときに、なんだかこの大子町がしっくりくると感じたそうです。大子町は紀昭さんのお母さんのご実家がある場所。ご両親が共働きだったので小さい頃からほとんど休みは大子で過ごしていて、馴染みのある土地でした。
紀昭さん 祖父母の家には、以前母の弟家族が住んでいたのですが、こどもが大きくなったので引っ越したんですね。それで空き家になってしまっていて。何度か家の中を見させてもらってなんとか直せば住めるかなと思ってこの家に住もうと決めました。こんなにリノベーションが大々的になる想定はしていませんでしたが、あれもこれもとやっているうちにけっこう大規模になっちゃいました。
2011年以降、約6年間空き家だった家は雨漏りしているなど様々な場所の修繕が必要だったため、建築士さんと相談しながら家づくりをしていきました。でも、そもそも築75年の古い家です。建て直すという選択肢もあったのではないですか?
紀昭さん 新しくて立派な家に住みたいわけじゃなかったんですよね。だからそれは考えませんでした。昔のものをできるだけ生かして、直して使う方が好きなんです。業者さんにも「立派にしないでください。むしろできるだけぼろくしてください」と伝えていました(笑)
そんなお家には、お祖母さんの代からあるものが至るところに残っていました。お祖母さんはこの家でタバコ屋さんをやっていたそうで、玄関先はほぼ当時のまま。「そこにタバコケースが置かれていて、そこにはビックリマンチョコとかのお菓子が売られていて…」と説明する紀昭さんの頭の中には、しっかりとこどもの頃の記憶が残っている様子が伺えました。
ほかにも、柱には紀昭さんの甥っ子さんが背比べをしたときの傷があったり、2階の和室のつくりも当時のまま。きれいなのだけれどどこかホッとする、そんな懐かしさが感じられました。
紀昭さん 家だけではなく、窓から見える景色も昔のままほとんど変わっていないんですよね。すぐそこの柿の木は小さい頃見ていたのと全く同じ。山の木が日に日に赤くなっていったり、実がなっていったりと季節の移り変わりが感じられるのもいいんです。夏には夏のにおい、冬には冬のにおいがして懐かしいですね。
奥さんのみなみさんの目には、この土地や家はどのように映っているのでしょうか。
みなみさん 私は大学時代を茨城で過ごしたので、少し縁がある場所なんです。夫と結婚して大子町に通うようになったことでだんだん身近になっていき、土地に興味を持つようになりました。好きなものが新しく増えた感じがしています。私たちはジョギングやサイクリングをよくするんですけど、こんなにいいコースはありません。もっといろんな人がたくさん走ってたらいいのにと思うくらい。いくらでもいろんな良い面があるなと感じます。
あと、この家をリフォームして一番喜んだのは夫の両親なんです。2人が出会ったのがこの家でした。古い棚を整理したら夫の母の若い頃の写真やタバコ屋さんの帳簿なんかが出てきて、とても懐かしがっていました。自分たちの大事な場所がまたこんな形になるなんて思わなかったみたいでとても喜んでいましたね。それはひとつの親孝行になったんじゃないかと思います。
思い出の場所がありつづけるのはきっとご両親にとっても嬉しいですよね。お二人の、思い出を大切にする姿勢がとても伝わってきます。
いろんな人が気兼ねなく集まる家に
現在、お二人はほぼ毎週末、こちらの家で過ごしています。東京と大子町、2つの場所での生活はいかがですか。
紀昭さん やっぱり2つの場所は全然違いますね。私は満足しています。間違いなくこちらの方が静かなので夜が長いです。この辺りは日が早く沈み、夜はシーンとしています。だから家に遊びに来た友人たちと飲み会をしたり、じっくり話すのにもちょうどよくて、楽しいですね。
みなみさん 東京の家だと生活感がすごくあって家に友人を呼ぶのにもお互いに気を使うんですけど、こっちだと友人が来てもお互いあんまり気を使わずにいられます。家のものを勝手に使ってもらったりとか。人が来てくれる場所になっていっている気がしますね。ここで過ごす方がゆったりできるので、国内旅行にあまり行かなくなりました。
遊びに来るのは東京のご友人が多いとのことですが、ご近所の方々は紀昭さんをこども時代から知っているので、お互いの信頼感や自分たちが受け入れられている感じがあるそうです。
紀昭さん 近所の方もつかず離れず、良い距離感をとってくれていると思います。春には柏餅をくれました。田植えが終わると毎年作るんですって。僕がそこの家の土地の草も刈ったら、そのお礼にって。やっぱりおいしいですよ、おばあちゃんの手作りで。
時間は減っているはずだけど、週末が長い
ところで、東京と大子町は車で片道約2時間半の距離。週末だけこちらに来る、というのは一見慌ただしいようにも思えますが、その辺りはどうなんでしょうか?
紀昭さん ベストなパターンは金曜夜に来て日曜夜に帰るものですが、実際に多いのは土曜にこちらに来て、日曜の夜9時か10時に出て11時か12時頃に自宅に着く形ですね。往復5時間を移動で使ってしまうので5時間、休日の時間が減っているはずですが、5時間どころかそれよりもっと週末が長く感じるんですよね。
たぶん、こちらは時間の流れが違うんじゃないんでしょうか。たとえば家にいたらテレビ見てぼーっとしたり、なんとなくネットを見ているうちに時間が過ぎちゃうことが多いのかなと思うんですけど。こちらだと何時に起きるとか決めてなくても明るくなったら勝手に起きるし、何時に寝ようと決めてなくても暗くなってきたら勝手に寝てしまう。だからものすごくリフレッシュできるんです。
そうなんですね! 「時間の感じ方」、たしかに環境が違うとかなり変わってきそうです。では、東京に戻られてからのリズムはどうですか? 都会のリズムに戻るのは大丈夫ですか?
紀昭さん 普通ですね。2つの家を行き来するようになったここ1年間でこの生活が自然な流れになってきたのかなと思います。私も妻も決まった時間にどこかへ行かなきゃいけないという仕事ではなく、自分で裁量を持ってやる仕事なので、自由度が高いのももしかしたら運がよかったかもしれないですね。例えば月曜の朝に具合が悪ければ自宅で仕事できるし、どうしても会社でやらなきゃいけないんだったら、早めに帰るかもしれないし。そういう意味でいうと管理がうまくできています。
大子町の魅力は「何もない」ところ
大子町でこども時代を過ごした紀昭さんと、二拠点居住をしはじめてから徐々に町に魅了されていったみなみさん。お二人にとって大子町の魅力はどういうところにあるのでしょうか?
紀昭さん 「何もないところ」じゃないかなと思いますね。何もないところが一番いい。都会的な便利なもの、特別なものはないけれどすごくきれいな川があったり、茶畑があったり、とても気持ちのいいところです。みんなに来てほしいという気持ちもありながら、独占したい気持ちもあって複雑です(笑) 地元の方がもうちょっと大子町の魅力に気づいてくれたらなと思います。田舎をコンプレックスに感じているように見えることがあって、もったいないなと。あと、大子町の人はみなさん真面目ですね。
みなみさん みなさんおうちの周りをきれいに整えているのが素敵だなと感じます。庭の手入れって大変そうなんですけど、がんばってお手入れして、すごく大事にしているのもまちのいいところだと思います。
ちなみに、将来的には大子町に移住することも考えているのでしょうか。
紀昭さん 仕事次第ですね。今は仕事が楽しいので、できる限り仕事もしたいんです。そのためには東京にはいなきゃいけないので、すぐにとは考えていません。
でも、僕の将来の夢としては、大子町にある高校の農林学科に入学したいと思っているんです。アホだって言われるんですけどね(笑) 林業の勉強とか酪農の授業があるみたいで、勉強してみたいなと。そして、野球部にも入れてもらいたい。野球未経験ですが…。
肩肘張らずに、考えすぎずに、まずはやってみて
今後、移住や二拠点居住を考えている人に対して伝えたいことはなんですか。
紀昭さん ひとつ言えるのは、肩肘張らずにっていうことですかね。あまり考えすぎないで、まずはとりあえずやってみて、合わなかったらやめればいいんです。たとえうまくいかなくてもまた違うこともできるだろうし、それも含めて自分の経験になっていくと思います。
若い子たちは真面目だから「何かをしなきゃ」とか考えがちでしょうけど、そういうことをいったん忘れて、まずはその土地でゆっくりしてみることから始めるのがいいんじゃないんでしょうか。
無理なく、自然体な姿で二拠点居住をしているお二人の姿に、大変そうと思っていた二拠点居住のイメージが覆されました。週末の時間はお二人にとって「同じ方向をむく時間」だと言います。
紀昭さん 例えば、車での片道2時間半。同じ方向を向いて車に乗っているだけなんですが、2時間半同じ方向を向いてとにかく座ってなきゃならないので、自然と会話も増えます。家にいたり飲み屋にいたりしたらこんなにボーっと話さなかったんじゃないかなと思うんです。その意味で、往復の2時間半×2の間にたくさん会話があるので、むしろ時間が延びたと感じるのかもしれません。あとはおんなじ事をやる、もしくは、なんとなくおんなじゴールというか認識、そういうものを共有している時間になっています。
二拠点居住は、これから移住を考えている人はもちろん、都会の生活とはちょっと違った暮らしをしてみたいという人にとっても気軽に地域に住める形です。「ちょっとリフレッシュしたいな」。そう思ったときに行ける町があるって素敵なこと。紀昭さんが言ったように肩肘張らずにまずは地域に足を運んでみて、しっくりくる場所を見つけることから始めてみるといいのかもしれません。
(撮影:廣川慶明)
– INFORMATION –
大子町では、移住や二地域居住を希望する方に、空き家(売買物件・賃貸物件)の紹介を行っています。12月2日には「地域資源を活かした仕事・暮らしを語ろう」をテーマとしたまちづくり会議も開催するので、ぜひ遊びに来てください!