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たまには、自分の日々のがんばりに、そっと拍手してみませんか。中野民夫さんが全米最大の環境会議「Bioneers」で感じたのは「讃えあう文化」

米国で開かれた「バイオニアーズ(Bioneers)」というユニークなカンファレンスに参加してきた。サンフランシスコの少し北のサンラファエルという街で毎年開催される会議で、もう27回目を迎える。

もともと、”bioneers”という言葉は、”biological pioneers”を合わせた造語で、「自然」を人間のための「資源」として見るのではなく、「先生」「助言者」「判断基準」として見る人たちのことだという。傷めてしまった環境や格差の広がる社会を修復しようと奮闘する生物や生命を尊ぶパイオニアのことだ。

ケニー・アシュベルとニーナ・シモンズという夫婦が、ニューメキシコ州サンタフェで先住民の大事にしてきた伝統植物の「種」の貴重さに出会い、それらを守り交換する場を創り始めたところから発展してきたという。

1993年からサンフランシスコ・ベイエリアに移り、今や、持続可能な世界を築くためにさまざまな形で環境や社会の問題に第一線で取り組む多彩な活動家や研究者らが、全米や世界から毎年集う場になっている。湖畔の素敵な会場で3日間開かれ、午前中は全体会での講演、午後はさまざまな分科会でのワークショップ、そして野外展示やブース出店、音楽やアートなどが展開する複合的な大イベントだ。

アメリカ在住の画家の小田まゆみさんから「素晴らしい企画だから一度行くといい」と噂は聞いていた。今回、東京アーバンパーマカルチャー(TUP)という、持続可能で共生的な社会をめざす若い人たちのグループが、日本人向けツアーを企画してくれたおかげで、短期間だったが参加することができた。

フランク・ロイド・ライトの設計によるマリンセンターが会場

オープニングはドラムから

私は2日目の朝から参加したのだが、全体会の会議場に近づくと、ドラムの音がドンドンと響いている。大きなメインホールに入ると、メインステージでアフリカ系と先住民系と思われる2人の女性が、生き生きとドラムを叩いている。続々と集まってくる会場の参加者も、次第にそのリズムに乗って手を叩き、そして皆が立ち上がって踊り出す。朝一番から一気に盛り上がり、会場全体のエネルギーが高まって始まる。


オープニングのドラミングで皆が踊り出す。

そして主催者のケニーやニーナらがにこやかに挨拶に出てくる。これが実にカジュアル。カリフォルニアらしいラフな服装と笑顔、ジョークを交えながらの掛け合いで、会の趣旨を紹介し参加者を歓迎する。日本での会議の「主催者挨拶」という堅苦しい雰囲気とは全く異なるソフトで温かいおもてなし。

会場の参加者も、手を叩いたり笑ったり歓声をあげたり反応が派手だ。27年もの歴史があり、毎年のように来ている人も多いのか、ここにこうしてまた集えているのがうれしいという感じが伝わってくる。

そして短い映像のあと、社会起業家の草分けで『自然資本の経済一「成長の限界」を突破する新産業革命』などの著書もある有名なポール・ホーケンが登場する。だが、実際には彼の講演ではなく、彼のような大物が次の講演のイントロダクションを務めて講演者を紹介していく仕組みなのだ。この日は、生物学者でイノベーションコンサルタントのジャニン・ベニュスの、生物に学んで新しい技術を生み出す「バイオミミクリー」の話から始まった。

日本でも、高速新幹線の開発にカワセミから学んだ先頭車両の形が採用されて音や衝撃を軽減させたことが知られているが、科学技術の最先端が自然界の営みから学ぷことはたくさんあるのだ。彼女は、木や植物の地中の根っこの世界が、いかに深くつながりあっているかの話や、世界中から公募したバイオミミクリーのユニークなアイデアを紹介してくれた。なかでも優秀だったチリの若者のグループが表彰され、大きな賞金が贈られた。

アクティブな会場の反応

こんな形で始まり、午前中にテンポよく6つくらいのテーマで講演があった。

アメリカの先住民であるインディアン(ネイティブ・アメリカン)はさまざまな苦難の歴史を経てきたが、いまだにガスのパイプラインを通す計画のために一方的に先祖伝来の土地が危険にさらされるなどの問題が起こっているという。

スタンディング・ロックという現地からやってきた人たちが問題をアピールする時間があった。大地に根ざした暮らしを続けていた先住民の世界を壊してきたアメリカだが、今もまだ先住民の人々が不当に逮捕されたりしているという。日本では報道されていない問題がたくさんあることに気づかされる。今、地球や人々の世界を持続可能なものにしようとするとき、彼らの世界観や伝統から学ぶことは多いのに。

アメリカ先住民の長老の話を輪になって座って聴く。

このアピールのときもそうだったが、ホールの聴衆は、ほとんどが立ち上がって大きな拍手と声援を送ってスピーカーを讃える。毎回毎回、スタンディング・オベーションになることに、最初は正直違和感を覚えた。英語がよく分からなくて共感しきれていないのに、周りが皆立ち上がるので仕方なく立ち上がって拍手するのもつらいなあと。

だが、後になってふりかえってみると、あの繰り返されるスタンディング・オベーションは、内容の善しあしとか、共感できるとかできないというよりも、現場の第一線で長年頑張って活動している人々に対して、みんなが本当に心から「すごいね」「ありがとう」「がんばって」と賞賛と感謝と激励の気持ちを送りあっていたのではないか、と思うのだ。

さまざまな問題に気づき行動を始める人は、どこの世界でも少数派で、叩かれたり孤立したりしがちだ。世界を広く見渡せば、あちこちに同じような問題はあり、それに対して疑問を持ち、動き始めている仲間はいる。ただ、それぞれは離れて孤立しているので、すぐにつながることは難しい。それぞれに疲弊し、燃え尽きることもある。

環境や社会のさまざまな問題に対して活動している人々が集い、喜びや悲しみをわかちあい、知恵や勇気を触発しあう。そんな年に一度の貴重な場がバイオニアーズなのだな、その象徴的な形が総立ちの拍手という、心からの賞賛と感謝そして激励にこめられていたのではないか、と思うようになった。

讃えあう文化を

読者の皆さんは、あらゆる現場でがんばっておられることと思う。私も大学教育の現場でがんばっている。世界中のそれぞれの小さな努力やチャレンジの積み重ねで、それぞれの現場もこの世の中もなんとか回っている。しかし、その労苦を讃えあう場は、意外に少ない。

やったことできたことよりも、まだまだ十分には対応できていない「問題」ばかりが目について、自分に対しても他者に対しても、褒めるよりも責める方が、私たちはどうも得意だ。もう少し、心からねぎらいあってもいいのではないか。讃えあってもいいのではないか。

人の話を聞きながら、私たちの中にはさまざまな反応が起こる。それぞれ自分の経験や知識に引きつけて聞くから、その人が本当に言いたかったことをそのまま共感して受け取るというより、自分なりに聞いてしまうことが多い。

それも、これはいいな、とか、ちょっと違うよな、あとで何て言ってやろうか、とか、さまざまな判断・評価をしながら聞くことが多い。そして、全体としては同意したり共感したりポジティブに受け取っていたのに、口をついて出てくる言葉はついネガティブな問題を指摘するようなことから言ってしまう。

それで、相手も気勢を削がれ、傷つき、自分も心地よくはなく、お互いのエネルギーは低下する。こういう小さな悪循環で、職場などの関係性がぎくしゃくする。私たちは真面目に一生懸命やっているがゆえに、こういう傾向に陥ることはないだろうか?

カリフォルニアの活動家たちが集う場でのスタンディング・オベーションの雰囲気をそのまま持ってくることはできないけれども、なんだか私たちももう少し、讃えあったり励ましあったりする文化があってもいいのではないだろうか。どこの世界にも課題は常に山積みだからこそ、取り組み続けていく原動力を、お互いの相互作用の中から引き出しあっていかなければ、人も組織も健全には続かない。

「褒める」のとはちょっと違う。褒めるという行為は、褒められる方もうれしいので、またそうしようと思わせ、ある種コントロールしてしまう操作的な怖さも持つ。「讃える」というのは、もう言葉ではなく、黙って心を熱くしながら拍手するしかない世界。なんの見返りも求めない心からのエネルギー。

たまには、自分の日々のがんばりに、そっと拍手してみませんか。 それができると、周りの人々の営みにも自然に拍手できるようになるかもしれないから。

中野民夫

中野民夫

1957年東京生まれ。東京都大学文学部卒。広告会社の博報堂に30年勤務。1990年前後のカリフォルニア統合学研究所(CIIS)への休職留学を経て、人と人・自然・自分自身をつなぎ直す体験参加型のワークショップや、参加型場づくりの技法であるファシリテーションをさまざまな場で実践・指導する。2012年から同志社大学教授、2015年9月から東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

(撮影: Kyohei Nozaki、鈴木菜央、スズキコウタ)

本原稿は『看護管理 Vol.26 No.12 2016(医学書院、2016年)』より転載させていただきました。

– INFORMATION –

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