まな板の上を見つめて、包丁を片手にうっとり。そしておもむろに包丁を持つ手に力を入れ、まな板の上のものを切る。あとは、目をつむり、両眉をもちあげ、鼻の穴を大きく広げて香りを吸い込み、肩を震わせるだけ……。
- 切る前も鮮やかな果物
私の前で、じんわりと果汁をにじませているのは、マウイ島育ちのパパイヤやアボガド、パイナップル。パパイヤの色は、種類によってはサンゴ色のような色合いのものもあるが、おもに山吹色。アボカドは若草色の濃淡。パイナップルは黄金色。どの果実も輝きを放ち、切り口に見える細やかな質感が、はっと息を飲むほどに美しい。
果物を切ると、すぐに香りが立ちのぼる。体のすみずみに、十分に行きわたるほどの濃い存在感。まだテーブルにのぼる前だというのに、すでに存分に味わっているような気さえする。
このきわ立った色と香りの美しさには、理由がある。ただのマウイ産の果物ではないのだ。
- 香りが写真で伝えられないのが残念
- いきいきとした緑のオノ・ファーム
「味がいいことだけでなく、色と香りのよさをほめられるのはうれしいわ。色と香りが格段によくなったのは、『コンポストティ』のおかげよ」と語るのは、マウイ島でパパイヤ・バナナ・アボカドなどの有機栽培を手がけるオノ・ファームのLilly Boernerさん。
彼女は8年ほど前から、栽培の際に従来使用していた有機肥料のコンポスト以外に、コンポストを水に浸して作った「コンポストティ」と呼ばれる液状の肥料を土に吹きかけるという作業を行っている。
- 花もいきいきとしています
「マウイの土壌や気候には、液状の肥料を吹きかけるという方法がぴったりだったわ。コンポストティを吹きかけてあげると、土がほくほくして、つややかになるの。そうすると葉も花も生き生きして、病気になりにくくなるのね。以前は葉の病気が多かったけれど、今はほとんどない。健康な土から、健康な実がとれるのは当たり前だわ。オーガニックということは健やかっていうことよ。決して特別なものではないの。健やかなものを食べ、命を大切にすることが、エコロジカルな生活だわ」Lillyさんは、このコンポストティによって、パパイヤなどの果実の色、香り、味が以前にくらべるとかなり濃いものになったという。
このオノ・ファームの成功から2年ほど遅れて、米国最大のパイナップル農場であるマウイ・パイナップル・カンパニーがコンポストティの吹きかけ作業に取り組みはじめた。そして、もともと糖度の高さを世界に誇っていた「マウイ・ゴールド」という名前のパイナップルが、さらにおいしくなった。
- 気持ちよく広がるマウイ・ゴールドの畑
- 新しくなったマウイ・ゴールドのパッケージ
しかも、この味の変化が、新しいパッケージデザインへの変更に踏み切った理由のひとつだというから驚く。2万8千6百エーカー(3千5百1万坪)もの広さのパイナップルファームの土が健康になったことは、マウイ島の健康状態にも大きな影響があったに違いない。
私たち人間も健康であれば、顔色もよく、肌に張りもあり、体からはいい香りが立ちのぼり、ひいては味のある生き方ができるはずだ。健やかな大地で育ったおいしいものを、目を見開き、鼻の穴を広げて香りを吸い込み、全身で楽しむ。そして、心から感謝して食べることが大切なのだと美味しいものたちが教えてくれる。私は「いただきます」という日本語が意味する、「生きとし生けるものの命をいただきます」の意味を改めて感じながら、一口大に切り終えた果物をテーブルに運び、夫と子どもたちを呼んだ。
「MAHALO KE AKUA(生きとし生けるものの命に感謝します・ハワイ語)」
- マウイ・ゴールドも切ってみた
プロフィール
神宮寺愛(じんぐうじあい)
エッセイスト・翻訳家(ハワイ語)。出版社退社後、渡米、米国ハワイ州マウイ島ワイルクに在住。カノエアウダンスアカデミーのフラダンサーでもある。著書に『心と体がピュアになるハワイアンな暮らし』(青春出版社・刊)他、雑誌等連載多数。『地球はとっても丸い』プロジェクト〜地球人であって日本語人である皆様へ〜の発行するメールマガジンの編集人。http://www.chikyumaru.net