フリーランスで働く人、在宅勤務の人などに仕事のためのスペースを貸し出すコワーキングスペース。ここ数年で認知度が高まっているとはいえ、普段の生活の中では馴染みのない方も多いかもしれませんね。
横浜市・関内にある「mass×mass(マスマス)」も、そんなコワーキングスペースのひとつ。ただ、一般的なコワーキングスペースとはちょっと違っています。
例えば、お昼どきにはスペースの一部を一般開放して「食堂」をオープンしたり、”食”や”まちづくり”など、様々なテーマで講座やプロジェクトを展開していたり。「横浜をもっとおもしろくする」をコンセプトに、利用者に場所を貸し出すだけではなく、地域の人々が出会う場所として入口を大きく開いています。
今回は、「mass×mass」のクリエイティブディレクター森川正信さんに、オープン4年目を迎えたmasss×massが新たに挑む「都会から地域課題を解決するしかけ」について伺ってきました。
横浜出身、横浜育ち。都内でデザインを中心とした仕事に携わり会社員を務めるも、2009年に大病を煩い、横浜に戻る。「自分のやりたいことをやって地域と関わりたい」と意識し始めたころmass×mass立ち上げに誘われホームページ製作など手がける。以来、mass×massのクリエィティブディレクターとして関わる。LIFT45(http://lift45.jp/)代表 プランニングやマーケティング、デザイン制作、プロモーションを行うなど、難しいこと、取っ付きにくい事をデザインを通して、距離を縮めることを生業としている。横浜ならではの帆布を使った横浜帆布鞄とコラボした「tsuchi-bag」プロデュース。
コワーキングスペースmass×mass発、
地域の課題を解決するシェアオフィス「TENTO」
横浜・関内。みなとみらいや中華街など有名な観光地の間にあるこのエリアは、オフィスビルが多く立ち並ぶビジネス街です。2011年、「mass×mass」は、そんな関内のまちにあるビルの一角に、横浜市都市整備局のモデル事業の一環として、誕生しました。
コワーキングスペースの一部を開放し、様々な切り口で地域をつなげる場としても機能している「mass×mass」
中心市街地の空室をリノベーションし、ソーシャルビジネスの担い手などが多く集うことで関内エリアをもっと元気にする。そんなプロジェクトのもと立ち上がった「mass×mass」は、コワーキングスペースとして利用者に場所を提供するとともに、地域の人々がつながる場として、DIYから食、働き方まで様々な切り口の講座やイベントを開催してきました。
月に一度開催される交流イベント「マスマスカフェ」は、誰でも参加可能。コワーキングスペースに集まるクリエィティブなメンバーの強みを余すところなくまちに落とし込むきっかけにもなっている。
2013年には、地元のお店がつくる地産地消のお弁当をリーズナブルに味わえるサービス「まちなか社食」を横浜の老舗仕出し弁当屋“うお時”とコラボし、スタート。関内というまちに関わる人々が、体に良いものを食べながらつながりあうことができる空間をつくっています。
12時をまわると関内エリアのビジネスマンや観光客、地元の方などで大行列ができるほど人気の「まちなか社食」。11:30から14:00まで「mass×mass」のワークショップスタジオで、ゆっくりランチを楽しむことができる。
地元のタイフード屋や老舗のお惣菜やさんなどが地元の野菜を使い、毎朝届けるお弁当。お弁当を通じて、人とお店が出会う場にもなっている。
このように、コワーキングスペースという顔を持ちながらも積極的にその入口を広げ、関内エリアを盛り上げてきた「mass×mass」。今年4月からは視野を広げ、横浜、さらには神奈川県というエリア内をつなげる挑戦が始まりました。
そのひとつが、新たな空きテナントを活用し、間伐材を利用した小屋をいくつも並べたコンパクトなシェアオフィス、その名も「TENTO(テント)」です。
間伐材を利用した小屋型オフィス「TENTO」。今までにないあたらしい仕事をつくるクリエイターや起業家が、課題に挑戦する上で仲間と共にアイデアやスキルなどをシェアしながら目標に向かって準備をする、まるで登山中の《テント》のような場所をイメージして名付けられたそう。
間伐材独特の風合いと木の香りが心地よく、会議室の中にして、まるで大自然の中で仕事をしているような雰囲気を味わえるTENTO。組み立ては大人2人で可能な上、側面は短い板材をラックにはめ込む仕様になっているので、利用者が自由に DIYすることができます。
ビル2階の一室にずらりと並んだ小屋の数は、大小合わせ総勢15個(2015年6月現在)。その光景はまるで、登山中のテント村のよう。ここが横浜のまちであることを忘れてしまいそうな、自然を感じるシェアオフィス空間となっています。
間伐材を使用した背景には、神奈川県山北町で今課題となっている森林の管理の深刻な現状があります。このオフィスで仕事をすることで、地域課題の解決にも参加できること。それが、TENTOの意義であり、最大の魅力でもあるのです。
働くことでまちの水源を守るオフィスが誕生するまで
地域課題とつながるシェアオフィスTENTO。その仕組みづくりは、昨年6月、森川さんがたまたま訪れた山北町の森林組合での出会いから始まりました。
当時、「働くだけではない。おもしろくて気持ちが良いオフィスをつくろう。」をコンセプトにしたシェアオフィスを手がけるべく、横浜の設計事務所アイボリィアーキテクチュアの永田賢一郎さん、原崎寛明さんらと試行錯誤を重ねていたという森川さん。山北町の森林で目にしたのは、管理が行き届かず、近い将来、地すべりや土砂崩れなどの危険性を抱えている現状でした。
数々の課題を抱えた山北町の現場。森川さんは、NPO法人足柄丹沢の里ネットワークを通じて、山北町森林組合を訪ねたのだとか。
同じ神奈川にいて気づかなかった多くの課題があることに驚きました。さらに、横浜には、この山北の森林で育まれた水が取水されていることを知ったんです。横浜にとって山北の課題は他人ごとではないと感じました。
そんな問題意識を抱いた森川さんの目に飛び込んできたのは、現場に積み上げられた丸太でした。
“たんころ”と呼ばれる、短い丸太です。聞けば、市場では価値のつかない、いわゆる売れない木材だとか。
そこで、この木を生かすことと、シェアオフィスという箱をつくることがつながったら、おもしろいだけではなく地域の課題を解決するひとつのモデルケースになるのでは、と思ったんです。
地滑りなどを防ぐため、間伐は欠かせない作業。
オフィスを間伐材でつくることで、「“横浜で働くこと =横浜の水源を守ること”になったら素敵じゃない?」という構想を思い描いた森川さん。山北森林組合の山北町森林組合の専務池谷さんの了承を得て、間伐材を使った新しいシェアオフィスづくりがスタートしました。
完成までは、森川さんや「mass×mass」のメンバー自ら手足を動かしました。製材業者さんには、手間のかかる間伐材の製材作業を引き受けてもらう代わりに、「できることはなんでもします!」と、材の乾燥作業を朝から晩まで手伝いました。
オフィスのデザインも、短い建材を生かす方法を考えて、現在の仕様に決定。こうして今年3月、ついにTENTOは完成したのです。
mass×massの利用者の中には県の森林インストラクターをやっている人や父親が地元で大工をやっている人などがいて、山北町の方や沢山の仲間が協力してくれたことでTENTOは完成出来たと思っています。”
TENTOの誕生で、同じ神奈川で、しかも水というつながりがある山北町を、横浜の人にもっと知ってもらうことがまずは大事だと思いました。
オフィスで山北の魅力に触れ、「横浜の水はこんな豊かなところから生まれてるんだ!」という気づきにつながる。そこから、その水を育む森林の課題に興味が湧けば、都会にいながらも、なにか手を動かしたくなる人が生まれる。
そんな循環のきっかけを生み出すひとつの形がTENTOなんです。
誰もが楽しみながら関わることができるしかけを
こうして生まれたシェアオフィスTENTOですが、横浜の人により多く山北町の課題を知ってもらうためには、「mass×mass」から外に飛び出していく必要がありました。
そこで生まれたのが、間伐材でつくった「ローカルファーストワゴン」です。
横浜・ベイクオーターで開催されたクラフトマーケットにローカルファーストワゴンで出展。
TENTOと同じく、ラックに間伐材をはめ込む仕様でDIYされたワゴンは、商品棚やキッチンなど、様々な用途に活用できます。
横浜駅周辺のイベントにワゴンごと参加し、間伐材でつくったカッティングボードを飾って山北町をアピールしたり、マスマスカフェでは、みんなで餃子をつくるキッチンに早変わりしたり。森川さんたちは、ローカルファーストワゴンを活用することで、ますます意欲的に横浜と山北町をつなげています。
その取り組みにはコワーキングスペースという場所を越え、都会から地域の課題を解決するしかけに挑む「mass×mass」の想いがつまっていました。
そもそも「mass×mass」という箱は、ソーシャルな課題に対してビジネスを立ち上げようとしている人や事業者を応援し、関内周辺の空いているテナント空間がどんどん稼働していくようなイメージでつくられたコワーキングスペースです。
でも、まちの課題は、それだけでは解決していかない。
例えば、「まちなか社食」の美味しいお弁当を買いに「mass×mass」にきて、素敵な屋台を見て、そこからちょっと山北町のことを考えるというような。地域の課題に関心のある人やフリーランスで仕事している人でなくても、だれでも関わることのできるしかけが必要なんです。
まちなか社食の屋台もローカルファーストワゴンに。側面の黒板には”地域を知って楽しむワゴン”の文字。今後も至るところに出没予定だとか。
さらに森川さんが課題解決のために必要だと考えているのは、地域の人々を楽しみながら巻き込んでいくこと。
「まちなか社食」のように、色々な入口をつくって、その入口を大きく開いて、まずは人が集まってくる仕組みをつくること。すると多様な人たちのつながりが生まれ、結果としてソーシャルな課題が解決していくのではと思っています。
関わることで、共感できる人とたくさん会える。そんな場所が身近にあれば、楽しいですよね。「mass×mass」はそんな場所です。だからこそ、地域の課題を知ってもらう試みに挑戦しているんです。
横浜ベイクォーターでのイベントで山北町をアピールする森川さん
地域全体を循環するしかけで、
みんなの暮らしをもっとおもしろく
間伐材から生まれたシェアオフィスとワゴン。mass×massが見つめる未来は、これらのしかけから山北町への関心やビジネスが生まれ、横浜と山北町、さらには神奈川全体を循環する関係がもっと育っていくことです。
横浜でもっとおもしろく暮らすためには、神奈川のことをもっと知ることから。自分の暮らす土地のまわりで起こっていることに目を向け、おもしろく関わっていくことで、新しいビジネスが生まれたり、発見があったりする。
mass×massはこれからも地域とつながるシェアオフィス、コワーキングスペースとして、みんなが楽しくなる、幸せになることにチャレンジしていきます。
間伐材との出会いから動き出した「mass×mass」の新たな挑戦には、多くの人が関わり、楽しみながら地域の課題を解決するためのヒントが多くつまっているような気がします。
コワーキングスペースというとクリエィティブな人々が集うイメージですが、「mass×mass」の入口は、いつも開いています。
ちょっと、自分の地域のこと、まちのことが気になったら、まずは美味しいお弁当食べに、「mass×mass」を訪れてみませんか? あなただけができることのヒントが見つかるかもしれません。