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「買う人」から「関わる人」へ。修理する権利をひらき、モノのと対話を生み出す「Philips Fixables」

髪を乾かそうとしたら、ドライヤーの先っぽが割れている。ひげを剃ろうとしたら、肌に当てる部分にヒビが入っている。歯を磨こうとしたら、電動歯ブラシのジョイント部分が見当たらない…。

毎日のように使っている家電のパーツが壊れたり失くなったりしたとき、あなたはどうしているでしょうか。メーカーに問い合わせる? ネットで部品を探す? それとも…諦めて、新しいものを買う?

でも、もし、自分で直すと言う選択肢があったら…

オランダの電気機器メーカー・Philipsが提案しているのは、家電部品のデータをダウンロードし、3Dプリンターで出力、自分で付け替えるという修理方法です。

3Dプリンターで、部品を”ダウンロード”する時代へ

2025年5月、Philipsがチェコでスタートさせたのが、交換パーツの3Dデータを無料公開する「Philips Fixables」という取り組み。ユーザーは、3Dモデル共有サイト「Printables.com」のPhilipsアカウントからデータをダウンロードし、植物由来の素材である標準的なPLAフィラメントを使って、3Dプリンターで出力できます。

Philips Fixables グリーンズ

現在公開されているのは、電動ひげそり用のコーム型アタッチメントと、バリカンの長さ調整用アタッチメントのふたつの部品。今後、電動歯ブラシ、ヘアドライヤーなどが随時追加されるとのこと。

さらに興味深いのは、3Dモデル共有サイトで他のユーザーが公式データを自分流にカスタマイズした「ほぼ完璧なヒゲ作成ツール」なども共有されていること。メーカーと消費者、消費者同士が知恵を交換し、コミュニティに還元するエコシステムが育ち始めています。

Philips Fixables グリーンズ

さらにPhilipsは、「まだアップロードされていないこの部品が欲しい!」というリクエストも受け付けています。申請フォームから要望を送れば、修理可能なものであれば3Dデータ化を検討し、準備ができたら知らせてくれるのです。

「Philips Fixables」の特設ページには、こう書かれています。

これは、 あなたの家の中でPhilips製品をより長く大切に使い続けるための取り組みです。
ここでは、3Dプリントでつくれる交換パーツ、修理アイデアのTIPS、持続可能性と長寿命を考えてデザインされたアップグレードなどを紹介しています。

いくつかは私たちPhilipsが開発したものですが、
多くは あなたたちユーザーからインスピレーションを得たもの。
ダウンロードして、プリントして、シェアしよう。
―― 「直すこと」を、日常のあたりまえに。

Philipsは、製品の寿命を延ばし、廃棄物を減らすことをめざすと同時に、「修理」を専門家の仕事から、誰もができる日常的な行動へと変えるための改革に挑んでいるのです。

欧州で加速する「修理する権利」

Philipsがこの取り組みを始めた背景には、欧州で進む「修理する権利」の動きがあります。

消費者の修理意欲が高まっているEUでは、欧州委員会が2024年、「修理する権利指令」を公布しました。これは、保証期間終了後もメーカーに修理の提供を義務づけるもの。スマートフォンや掃除機、洗濯機などが対象で、スペア部品の供給や修理マニュアルの公開も求められています。

PhilipsのFixablesは、こうした市民の声と法整備の追い風を受けて動き出しました。修理を「買い替えより早く簡単に」という新しい消費行動へと変える可能性を秘めているこのプラットフォームにより、多くの家電が廃棄を免れる可能性があります。

Philips Fixables グリーンズ

ただ、もちろん課題もまだたくさんあります。Philipsは品質や安全性の基準を満たしたデータを提供していますが、出力する際の素材選びや設定次第では、うまく機能しなかったり、すぐに壊れてしまったりする可能性も。また、そもそも3Dプリンターを持っている人ばかりではありませんし、どんな素材を選んで、どう設定すればいいのかという知識も必要です。誰もがすぐに使えるシステムというわけではない…それが今の現実です。

3Dプリンターといったテクノロジーの進歩を期待するのはもちろんですが、地域で道具や技術を共有できるような場が広がるなど、修理を身近なものにしていく取り組みも必要なのではないでしょうか。

「修理する」ことは、「関係を結び直す」こと

「売ったら終わり」というメーカーの姿勢を転換し、消費者を自社の製品を使い続けるパートナーという位置付けに転換しようとするようなこの取り組み。それは、ビジネスのあり方を変えるだけではなく、暮らしをめぐる文化を問い直し、塗り替えていく挑戦でもあるのではないでしょうか。

考えてみてください。壊れたものを前にして「なぜ壊れたんだろう」「どうすれば直せるだろう」と考えるとき、そこにはつくった人と使う人の間に、ゆるやかな対話が生まれています。修理するということは、ものと改めて向き合うこと。ものを通じて、自分自身や社会とも、もう一度つながり直すことなのかもしれません。

小さな部品のデータ公開。一見、ささやかな一歩に見えるかもしれません。けれども、部品ひとつが手に入らないために製品全体を捨てる、そんな”もったいない”が世界中で日々繰り返されていることを思えば、その可能性は計り知れません。

Fixablesという名の通り、「直せる」ことこそが本当の”豊かさ”なのだと、この取り組みは静かに私たちに語りかけているようです。

[Via Philips Fixables,Printables.com
(編集:丸原孝紀)