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1万年以上も続く、阿蘇の草原。草原博士・増井太樹さんに聞く、人が手を入れることで自然環境も私たち自身も豊かになる理由

[sponsored by 公益財団法人阿蘇グリーンストック]

日本の各地には、人が自然に手を入れることによって維持されてきた「人の手がつくる自然」があります。世界最大級のカルデラ地形の上に広がる熊本・阿蘇の草原もそのひとつ。毎年春に枯れ草を一斉に焼く「野焼き」を行うことで、長年にわたって広大な草原を保ってきました。

阿蘇の草原の歴史は古く、縄文時代から存在していたとされています。草原を維持する意義は景観だけでなく、生物多様性、炭素の固定、水源のかん養(森林が水資源を蓄え、育み、守る働き)など、人と生態系に多面的な価値をもたらします。阿蘇では、どのような自然との共生が行われたきたのか。公益財団法人阿蘇グリーンストック(以下:阿蘇グリーンストック)専務理事の増井太樹(ますい・たいき)さんにお話を聞きました。

人と自然がともに豊かになる草原に魅かれて

野焼き支援ボランティアを受け入れ、地元の集落へ派遣したり、草原の野焼き再開、希少種を守る活動をするなど、草原保全の活動をしている増井さん。

熊本県阿蘇出身で、高校時代に砂漠化といった環境問題に課題を感じたことから実際に海外へ足を運び、緑化のために植樹活動をされていたといいます。しかし、その中で生まれたのは違和感だったそうです。

増井さん 植樹後、人の手で保護しているエリアはしっかりと樹が育っていたのに、逆に保護せず人が暮らすために必要な動物を飼っているエリアは苗が食べられて樹が育たなかったんです。人の手を加えることで、自然か人の暮らしか、どちらかしか豊かになれないことに違和感を感じました。

公益財団法人阿蘇グリーンストック専務理事 増井太樹さん

その後、鳥取大学へ進学。そこで生態学の授業を受けた際、阿蘇の草原の現状を知ったのが草原にのめり込むきっかけでした。

増井さん 草原には、人と自然がともに豊かになるといった良さがあると感じました。海外の植樹活動で感じた違和感が全くなくて、日本でずっと続いてきた、地域の人の営みによる自然と人の共生の“価値”を追求していくことが大事なのかなと思い、草原の研究に足を踏み入れました。

(提供:公益財団法人阿蘇グリーンストック)

大学卒業後は、環境コンサルティングの会社で世界自然遺産や国立公園に関する仕事を経て、技術士という資格を取得後、研究者として博士課程に進み、日本各地の草原の研究を行い博士号をとり、その後、異分野である行政職員として草原保全に関するプロジェクトの従事など草原を軸に日々走り続けました。そんな時、阿蘇草原再生協議会の人から声がかかったといいます。

増井さん 大学時代からお世話になっている方に「そろそろ地元の阿蘇に戻って働いてみたら?」と言われたんです。それまでのキャリアを考えると、ずっと草原を軸に置いていたし、民間・研究者・行政といった産官学を一人で経験してきた人材はなかなかいないと感じました。今までの経験を活かして、いろんな立場の人の間に入り、阿蘇の草原の再生を通じて、日本各地の草原の再生に寄与するプロジェクトを進めるには良い機会かなと思い、阿蘇へUターンすることにしました。

そして、2022年よりグリーンストックの職員として、野焼き支援ボランティアの活性化や安全対策、企業との連携や、あか牛一頭買いプロジェクト、クリエイターと連携した草原保全のPR等、草原の新しい価値創造に取り組んでいます。

阿蘇草原保全センター内に拠点を構える(提供:公益財団法人阿蘇グリーンストック)

時代背景に応じたこれまでにない草原と人との関わり方を

増井さん 阿蘇の草原は昔からずっと人との関わりで成り立っています。時代が変化しても変わらず維持されてきた背景には、人が草原を大事に思ってきた“想い”があると思っています。

阿蘇の草原の歴史は古く、1000年以上前から火で獣を追いやり狩猟をする神事が行われ、その絵図が描かれた400年前の書物が阿蘇神社に残されているのだとか。さらに土壌中の花粉化石などの研究結果(※)から阿蘇に人が住み始め、草原へと景色が変わったのは1万年以上前からといわれています。

縄文時代には狩猟採集のために火を、平安時代には馬の放牧、稲作の発展とともに田んぼの肥料として草を使い、また田んぼを耕すために牛を飼い、その牛も草で育っていました。明治時代になると牛肉を食べる文化が日本で広がり、草原であか牛を放牧する光景も出てきました。人が生きるために草原を使い、火入れ(野焼き)、放牧、採草といった人間活動が継続的に行われることによって阿蘇の草原植生は維持されてきました。

しかし、1950年代以降、技術の進歩に伴い、日本のほとんどの地域で草原と人との関わりが急激に減少してきているというのです。たとえば、肥料は草から化学肥料に。動力源は牛馬からトラクターにいうように、草原を使われなくなっていきます。明治時代には国土の10%だった草原も、現在は1%にまでになり、阿蘇地域でもこの100年で半減し、されに30年後には、今の半分以下になるという危機に直面しているのだとか。

(※)論文「阿蘇カルデラ東方域のテフラ累層における最近約3万年間の植物の珪酸体分析」宮緑育夫・杉山真二(2006)より

増井さん 今見られるような草原を将来にわたって維持できるかは、僕たち次第なんです。今のライフスタイルに合わせて草原をどう活用していくかを考えることが非常に大事です。数十年経てば、それが別の使い方になるかもしれません。少なくとも、今のような草原を残し、そこに価値を見つけていくことが僕たち今を生きる人の役割だと思っています。

草原を維持するために欠かせないことの一つが、毎年2~3月に行われる野焼き。野焼きを行うことで土の温度が上がり、焼けた土の黒色の部分に日が当たることで、植物の発芽も促されるそうです。火を放たなければ、草原から瞬く間に藪になってしまうのだとか。集落ごとに野焼きが行われてきましたが、担い手が不足し、野焼きができない集落も出ている状況になっています。

増井さん 背景として、暮らしが変わったことで草原が必要ではなくなり、草原を維持することに価値を見出しにくくなってきていることが挙げられます。その結果、メガソーラーの設置やスギの植林が進み、結果として希少動植物の減少といったことが起きてきているんです。ずっと放置しておけば、森に還ってしまいます。”

野焼きの様子(提供:公益財団法人阿蘇グリーンストック)

そこでグリーンストックは、野焼き支援ボランティア活動に力を入れています。熊本・福岡といった九州を中心に、日本各地の都市部からボランティアを募り、人手不足や高齢化によって、野焼きの持続が困難な地域へ野焼き支援活動に派遣する仕組みです。

1999年から20年以上にもわたり続けてきましたが、現在ボランティア会員数は1,000人程で年間参加者数は延べ2,500人。この活動は都市と農村、行政、企業が連携しており、草原を管理する「牧野組合」からも高い評価を受け、活動の規模は年々大きくなり、長年野焼きが中止されていた草原の野焼き再開にもつながったケースもあったのだとか。

増井さん 草原を残していくには、これまでにはない草原と人との関わりが必要ですし、単に草原を維持するだけでなく、今の時代に合った関わり方を見つけていくことが大事です。ボランティアに関わってくださる方々が阿蘇のコアなファンでもあるので、そんな方々との関わりを大切にしながら、やりがいを持って阿蘇の草原を未来へつなぐお手伝いができたらと考えています。”

野焼き支援ボランティア初心者研修会の様子(提供:公益財団法人阿蘇グリーンストック)

草原の環境価値とは?

ここで少し、草原について理解を深めていただくために、草原がもつ環境価値を紹介しておきましょう。阿蘇草原は4つの恵みをもたらすといわれています。

1つ目は生物多様性。絶滅危惧種を含め約600種の希少な植物や昆虫が自生しており、それらをエサとする昆虫や草食動物、肉食動物の食物連鎖を支えています。

2つ目は炭素の固定。繰り返す野焼きによって、阿蘇の草原の地中には、膨大な量の炭素が蓄積されています。野焼きを行っている草原は、1年間に阿蘇地域の全家庭が排出する二酸化炭素の量の1.7倍の炭素を毎年固定していることから、地球温暖化防止にも貢献しているそうです。

(提供:環境省阿蘇くじゅう国立公園管理事務所)

3つ目は水源のかん養。草原は、雨水を土の中で貯え、ゆっくりと河川に送り出すことで、大雨の時でも一度に水を放出することなく、また、渇水時期でもゆっくりと水を放出し続けることができます。この機能のことを水源かん養機能といいます。阿蘇の年間降水量は、全国平均の2倍となる約3,000mm/年。外輪山や阿蘇五岳などの山裾にしこみんだ雨は、6本の一級河川となって、流域人口約500万人の水を支えています。

(提供:環境省阿蘇くじゅう国立公園管理事務所)

(提供:環境省阿蘇くじゅう国立公園管理事務所)

4つ目は減災。阿蘇地域の大部分は、火山灰が堆積した土壌であり、大雨などにより土砂災害が発生しやすいエリアです。火山灰土壌の下に固い火山性の岩盤があるため、木の根の針は浅くなり、森林が崩壊を防げない場所も少なくありません。また、植林地が崩れた場合は、土砂と樹木が併せて崩壊し被害が甚大化する危険性が高まりますが、草原の場合は小さく留まります。

(提供:環境省阿蘇くじゅう国立公園管理事務所)

増井さん 日本全体の生物多様性を考えると、阿蘇の草原がなくなってしまうと、生物多様性の損失がとても大きいんです。生き物はそれぞれ進化する過程で、多様な遺伝子のバリエーションを持っています。その中には現代の人たちが知らないような知恵もたくさんあって、1種類の生物が持っている情報量は計り知れません。1種類の生物がいなくなることによって、思いもよらない結果を生んだりもするので、人だけではなく生物も含めた生物多様性を守る必要があります。

(提供:公益財団法人阿蘇グリーンストック)

(提供:公益財団法人阿蘇グリーンストック)

草原と人の接点を増やし、共感の輪を広げる

増井さんは、草原を牧畜で活用すること以外の価値を見出すために様々な関係者と連携して
・草原の場所を観光のアクティビティとして活用
・茅葺き屋根用の材料として茅を県外へ出荷
・草原の素材を使った商品化支援
・ボランティアの参加回数に応じたスタンプカード制度
といった取り組みも展開しています。

増井さん 僕たちが今やっていることは、「草原を減らさないために何をやるか?」なんです。どうして草原が減るかというと、人が手を入れることによって保たれる草原に、目的意識を持つことができないから。草原を維持することに経済的なメリットがないんですよね。草原を守ることが大事だと頭では理解していても、草原を使おうというマインドがないことが一番の課題だと考えています。

キーワードを一つあげるとしたら課題を解決するヒントは「共感」にあると思っています。いくら僕たちが「こんな価値があります!」と伝えても、なかなか伝わらない。阿蘇内外の人たちの声に耳を傾けて、たとえば、企業さんと組んでツアーやイベントを企画したり、クリエイターさんと組んでアートやデザインなどを通して草原の魅力を発信するなど。

一方的に僕たちの思いを伝えるのではなく「これが阿蘇とあなたとの接点ですよね」と一つひとつ見つけていく。共感し合って、その輪が広がれば、仲間やファンが増えるかもしれないと考え、活動しています。昨年12月にグリーンズさんと開催したリジェネラティブツーリズムもその一つですよね。

2023年12月に開催したリジェネラティブツーリズムの様子

私たちは、阿蘇の草原に対して、どのようなアクションを取ることができるのでしょうか。また、どのように草原の価値をみんなでつくることができるのでしょうか。

増井さん いろいろな関わり方があると思います。野焼き支援のボランティアさんを担っていただくことも一つの方法ですし、まずは阿蘇に足を運んでもらって、

草原の良さを知っていただき、そこで対価が生まれれば、地元のみなさんにお返しもできます。地元の人も、外の人も含めて、もっと多くの人を巻き込み、草原の恵みに対して、経済を回す大きな仕組みづくりを進めていきたいです。金銭的な価値をきちんとどう生んでいくか。そこをいかにデザインするか。ボランティアを粛々とやっていくことも大切ですが、一方で大きな仕組みづくりも大事にしたい。そのためにも、共感が必要なんだと思います。

(提供:公益財団法人阿蘇グリーンストック)

(提供:公益財団法人阿蘇グリーンストック)

(提供:公益財団法人阿蘇グリーンストック)

自然と向き合いながら、お互いにハッピーな世界を

世の中の多くの人が環境問題について考える時、自然に負荷をかけない生き方をしようと考える傾向があると思います。それも一つの答えですが、増井さんは別の視点で捉えていました。

増井さん 自然に全く負荷をかけないことを突き詰めていくと「人が存在しない」という答えに行き着いてしまうと思っています。少なくとも常に人が害悪だったわけではなくて、自然と人との付き合い方が変わったから、大きな負荷をかけてしまった。だから、僕たちは自然とうまく付き合う方法を考えないといけないんです。

1万年以上も継続的に草原を使い、暮らしてきているからこそ自然も人も豊かになる。草原は、その価値が説明しやすい、表現しやすい、感じてもらいやすい場所だといいます。増井さんなりに見い出した環境再生に対する考えも教えてくれました。

増井さん 毎年人が火入れして、草が育ち、その恵みをいただきながらも、実は草原の生物多様性を逆に人が育んでいたというお互いハッピーな世界は、昔は当たり前のように日本中にあったはずですが、今はあまり気づかれていない価値だと思っています。題材としての面白さや、入りやすさ、説明のしやすさが草原の良さでもあり、そこでの気づきが「自分たちはこの世の中で生きていてもいいんだ」という許しにもつながる気がしていて。

「原生的な自然だけがすべてではない」という軸をつくらないと、人は生きづらくなるのではと思っています。単に自然が再生して「よかったね」ではなく、「自然も人の暮らしも再生して、両輪で回るような世の中をどうつくっていくか」が環境再生の本質ではないでしょうか。それは草原だけではなく、里山や里海など他の人がかかわることで維持される自然でも同じことが言えるかもしれません。ただ、草原の場合、毎年の野焼きでアクションするので、それに対するフィードバックが確認しやすいのも一つの良さですよね。

最後に、大学時代から草原を軸に日々走り続けてきた増井さんに改めて草原に対する想いについて伺うと、こんな答えが返ってきました。

増井さん ギャンブルみたいな話ですけど、僕は人生を草原に全賭けしているわけですよね(笑)。どうしてかというと「これから絶対くる」と確信しているからです。森に比べて人が気軽に入れるし、景色は良いし、楽しいし。

何より、「草原の価値があまり認知されていないこと」がおもしろいなと。。みんながまだ知らないインディーズバンドを追いかけている話に近いと思うのですが、こんなにワクワクすることはないなって。だから、誰がきても自分の言葉で熱量を込めておススメできるし、、それが伝わって仲間が増えていきますし。根拠はないですが「草原って、楽しいじゃん!」というだけなんですよね。

私たちの暮らしや経済が気候変動や環境破壊などに大きく影響をもたらす時代。いまの社会を持続するための「サステナビリティ」という考え方からさらに踏み込んだ、生態系へもポシティブなインパクトを目指す「環境再生(リジェネラティブ)」という考え方に注目が集まっています。

人が自然に手を入れながら、生態系も、人の暮らしも健やかな状態をつくる「環境再生(リジェネラティブ)」というアプローチ。阿蘇の草原で1万年以上続いてきたことにこそ、ヒントがあるのではないでしょうか。

昨年12月に引き続き、今年3月にも開催する「リジェネラティブツーリズム in 阿蘇」は、阿蘇の草原を体感しながら、これからのわたしたちの暮らしや社会のあり方を考える機会です。みなさんと阿蘇の草原でお会いできることを楽しみにしています。

[sponsored by 公益財団法人阿蘇グリーンストック]

(撮影:山本勇夢)
(編集:増村江利子)

– INFORMATION –

3/2(土)-3/3(日)リジェネラティブツーリズム in 阿蘇

昨年12月開催に続き、第二弾のツアーを実施します。

人が自然に手を入れながら、生態系も、人の暮らしも健やかな状態をつくる「環境再生(リジェネラティブ)」というアプローチ。今回開催する「リジェネラティブツーリズム in 阿蘇」は、阿蘇の草原を体感しながら、これからのわたしたちの暮らしや社会のあり方を考える機会になります。

今回は「野焼き」の現地見学を予定しており、この時期にしか体験できないプログラムですので、ご興味ある方はお早めにエントリーをお願いします!(当日の天候次第でプログラム変更となりますので、その点はご了承ください)

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