「見て! 茄子がもうこんなに大きく育っているよ!」
「これはまだ大きくなるから、収穫はもう少し後だね」
土に触れて泥だらけになった手で、みずみずしい野菜を手に取りはしゃぐ子どもの姿。
そんな様子を微笑みながらあたたかく見守る大人たち。
額に汗を浮かべながらいきいきとした表情で畑仕事に勤しむ姿には、力強く生きる活力が溢れています。
降り注ぐ日差しのもと土に触れ、野菜を育て、場をともにする人たちが語らうこの場所、実は都市のど真ん中にあります。
神戸市灘区の水道筋商店街の中で、古くから地域住民の暮らしを支える商業地として栄えてきた灘中央市場。店々がぎゅっと軒を連ねる中にぽっかりと空間が開け、やわらかな陽光が差し込む不思議な場所に、コミュニティ農園「いちばたけ」があります。実はここ、もともと空き地だった場所と、火事の際に延焼を防ぐために設置された「まちなか防災空地」を活用しているのです。
いちばたけで育つのは、決して野菜だけではありません。
「便利になり過ぎた今の時代に、たとえ不便であっても一つひとつ自分たちの手でつくりあげる経験を通じて、関わる人たちの『やりたい!』を形にしていける場をつくりたい」と話すのは、いちばたけ立ち上げメンバーのひとり、坂本友里恵(さかもと・ゆりえ)さん。
「やりたい!」気持ちを持つ人たちの“想いの種”が蒔かれた、栄養たっぷりの肥沃な土壌。まちと人の可能性を耕し続けてきたこれまでと、芽吹き始めた花、そしてこれからの“実り”について、立ち上げメンバーの坂本さんと丸山公也(まるやま・きみや)さんにお話を伺いました。
mottif lab代表。2018年より、兵庫県神戸市灘区・水道筋のコミュニティ形成、賑わいづくりに関わり始める。2019年4月には、仲間たちとともに「チームカルタス」を結成し、同エリアにある灘中央市場内の空き地を活用した市場の畑=「いちばたけ」の取り組みを地域活動としてスタート。その他、市場内の防災空地整備方法やワークショップ運営について、仕事の側面で神戸市まちづくり専門家としても携わった。
神戸市役所で農業を専門とする職員。神戸市灘区生まれで、灘中央市場には小さい頃の思い出も多く「市場を盛り上げたい」との思いで2019年4月「チームカルタス」を結成。「いちばたけ」では農業のスペシャリストとして野菜づくりのアドバイスも行う。「野菜がいかに気持ちよく育つか」についての知識も豊富。
増えゆく空き地を活用し、市場に再び活気を
大正時代に水道管が引かれ、その上に道ができたことから「水道筋」と呼ばれる水道筋商店街。8つの商店街と4つの市場が東西に細く連なる神戸市有数の商業地として、長きに渡り住民の暮らしを支えてきました。
しかし、水道筋商店街周辺は、神戸市が「危険なエリア」と定める密集市街地の一つ。木造の建物が密集し、火災が起きると大規模に延焼してしまうなど、防災上課題の多い地域です。そのため解体が進み、中には姿を消した市場もあります。「いちばたけ」がある灘中央市場は、なんと2025年で100周年を迎える老舗市場。昔ながらの雰囲気で趣があるものの、老朽化が進み空き店舗も目立ちます。
灘中央市場では近年、神戸市によって古い建物を取り壊し「まちなか防災空地(以下、防災空地)」にする再整備が行われてきました。平常時は小さな公園やコミュニティスペースでありながら、火災時の延焼を防止したり、災害時の一時避難所になったりと、地域のために使われています。
その一方で、未活用状態の空き地も増え、コミュニティが希薄化していくのを見て、古き良き市場の文化がなくなっていくのを寂しく感じていたのが、いちばたけの立ち上げメンバーであり神戸市職員でもある、丸山さんと佐藤直雅(さとう・なおまさ)さんでした。
農業職に就く丸山さんは、神戸市灘区生まれ。灘中央市場から徒歩圏内の場所で暮らしてきた身として、空き地の有効活用をしてこのエリアを盛り上げたいと考えていたそうです。
丸山さん 灘中央市場や水道筋商店街で過ごした楽しい日々は、幼少期の原体験になっています。自分が生まれ育ったこの地域で、これから育つ子どもたちが自分と同様に良い思い出をたくさんつくれたらいいと思っていました。
一方の佐藤さんは、神戸市役所の建築職としてまさに灘中央市場一体の再整備を担当し、老朽化した建物を取り壊して防災空地にすることを提案した立場。地域住民の安全な生活を守ることは大事だと思う反面、失われていく市場文化への思いが強く、なんとか守りたいと考えていました。
丸山さんと佐藤さんが出会い、建築と農業といったそれぞれの分野を掛け合わせ、「防災空地以外の方法で何らかの空き地活用ができないか」、さらには「仕事としての関わりではなく、地域活動として何かできないか」と話し合い、いちばたけの構想を立てます。そこに、水道筋の商店街・市場のにぎわいやコミュニティづくりに携わってきた坂本さんが加わり、2019年4月「チームカルタス」を結成。まずは灘中央市場内の空き地を借り、畑づくりに向けて動き出すことになりました。
坂本さんは、市場の持つ魅力を残すために、防災空地や他の空き地、空き店舗の活用が大きな役割を果たせると考えたそうです。
坂本さん 私がいちばたけの取り組みに参加した理由の一つは、地域で子どもたちがさまざまな人と関わり、たくさんの経験をして育っていける環境をつくりたかったから。今でも地域の大人や子どもたちの生活の場として市場が残っているのはとても意義のあることだと思います。大人も同様にいちばたけの活動を通じて自分の「やりたい!」想いを形にし、可能性をどんどん広げていけたら素敵だなと思いました。
人とまちの関係を耕す“関わりしろ”
灘中央市場では、以前より防災空地を考えるワークショップが開かれていたことや、空き地の利活用について商店街の店主や地域住民たちと一緒になって考えてきた経緯があり、すでに関係が築き上げられていたため、「いちばたけ」の企画はわりとスムーズに進行したそうです。
とはいえ、最初の1年は土台づくりから。まずはプランター栽培や土壌づくり、オールシーズン野菜を育ててみることに挑戦し、少しずつ「畑」らしい形になっていきました。また、坂本さんは過去にDIYによるコミュニティづくりに関わっていた経験をいかし、地域のさまざまな人を巻き込むようにしました。みんなでいちばたけをつくりあげていくことで、地域の人への周知の役割も果たしたのです。
坂本さんは、「何よりも楽しくやることが一番大事。そこに人は集まってくる」と話します。みんなが楽しくDIYをしている様子はどんどん注目を浴び、興味を持ったたくさんの人がいちばたけづくりに参加するようになりました。
2年目からは、市場の各商店とも連携するようになり、人の流れもできてきました。
定期的に「開放DAY」(現在は月2回の「活動DAY」)を設定し、誰でも自由に参加できるイベントやワークショップを開催。市場商店主と連携した「食」を伝える企画や、市場店舗での購入につながるような企画、また日常的に野菜のお世話をしてくれる“ファン”をつくるべく、いちばたけへ通うきっかけとなるようなワークショップも開催しました。
商店主のみなさんは、いちばたけの活動をあたたかく見守っているそうです。八百屋さんがイベントに野菜を差し入れてくれることもあり、まちの人たちと商店主との交流も生まれています。「これまで訪れる機会のなかった人が、イベントをきっかけに市場とつながる接点をつくれるのは嬉しいですね」と坂本さんは語ります。
坂本さん いちばたけには“関わりしろ”をたくさんつくっています。農業や自然に興味がなくとも、DIYや日曜大工が好きだという人もいます。最初は家族の活動について来て様子をうかがっているだけだった人が、「プランターつくりましょうか?」「道具の収納をもっと工夫できますよ」と活動に加わってくれたこともありました。
いちばたけには、DIYでつくられたものがたくさん。野菜だけでなく、収納やプランターも、関わる人たちの手でつくられています。取材当日も「この収納方法とっても素敵でしょ」と利用者が紹介してくれたり、「これ私もつくったんだよね」と会話が弾んだり。みなさんの思い入れがあるものに囲まれているのが印象的でした。
「豊かな原体験をつくりたい」咲き始めた想いの花
3年目の2021年には、隣接する老朽化した空き家が取り壊され、灘中央市場としては5つ目の防災空地になり、活用できるスペースが2倍程度に拡張。いちばたけにはより多くの人が集まりいろんな活動ができるようになりました。
新しい運営メンバーも加わり、秋には一部の区画を有料で利用できるプランター貸しプラン「チャレンジファーマーズ」や、ファンクラブ的コミュニティ「いちばたけファーマーズ」をスタート。会員は自由に出入り可能で、市場での買い物ついでや週末に、野菜の様子を観察したり水やりをしたり、運営メンバーと一緒に畑の管理を行っています。
坂本さん チャレンジファーマーズの多くは徒歩圏内に住む方々。中にはご家族で楽しまれている方もいて、学校帰りに子どもが水やりや草抜きをしに来てくれることもあります。親御さんと話していると、「うちの子、虫が苦手なんです」とか、「大のトマト嫌いなんです」という話を聞くのですが、お子さんの姿を見ると、楽しそうに土いじりをし、もぎたてのトマトを美味しそうに食べていて、あら? みたいな(笑)
都市の暮らしでは、スーパーに並んでいる野菜は見られても、どのように育つのか、どんな花を咲かせるのかといった部分を知る機会はほとんどありません。いつもと違う空間で、普段とは異なる表情を見せる子どもの姿に「土や植物に触れる機会はあまりないので体験させてあげられて嬉しい」と話す親御さんもいるとか。
坂本さん 家がIHキッチンだから火を知らず、誤って触ってしまって火傷した子がいたり、活動の中でカセットコンロの使い方を知らない大学生がいたり……。イベントで焼き芋をした際には、大人であっても火の着け方を知らないなど、驚くこともあります。いちばたけの活動は原始的な部分が多いですが、体験を通して楽しみながら学ぶことで、今ではみんな当たり前にできるようになりました。
丸山さん 彼らにとって、きっと新鮮な体験だったでしょうね。原体験ってひとりではつくれないと思うんです。そこには人や土地といった、何かしらの関係性がある。いちばたけでは、老若男女問わずみんなが集まって、土と野菜、人と触れ合える。いろんな関係性も育まれる場だと思っています。
お二人の「体験を通して子どもが育つ環境をつくりたい」「豊かな原体験を積ませてあげたい」という想いの種は、すでに綺麗な花を咲かせていました。
楽しく無理なく続けるために“攻略”していく。
坂本さん 佐藤と丸山の2人は本業の市職員の仕事があるので、いちばたけはあくまで「地域活動」として行っています。他に関わってくれるメンバーも同様に仕事や家庭があり、全てのリソースを割けるわけではありません。だからこそ、無理せずにそれぞれが楽しみながら専門性を持ち寄り、互いのやりたいことやできることを出し合って進めてきました。全部をちゃんとしようとすると、どこかに無理が生じますし、ガチガチだとしんどいですからね。
有志のメンバーから立ち上がり、多くの人の「やりたい!」を巻き込みながら育ってきたいちばたけ。それぞれが余暇の時間を利用して関わっている地域活動でありながら、想いの種は芽吹き、花を咲かせています。しかし、坂本さんの目はすでに未来を見据えています。
坂本さん それぞれが無理なく活動し続けられるのが理想です。個人で借りている東側部分の土地代と組合費は月々かかっており、収支はトントンか赤字になることもあります。地域活動に活用できる補助金を使ってきましたが、ずっとそこに頼っていたくはない。「チャレンジファーマーズ」や「いちばたけファーマーズ」は、継続のための施策でもあります。
楽しく活動することを何よりも大事にしつつ、収益性を高めて継続できるように体制を組んでいく。そんな難題に立ち向かう坂本さんの表情は、明るくイキイキとしています。
坂本さん もちろん継続は目指しているのですが、楽しくないと続かないじゃないですか。これは仕事ではなく趣味なので、楽しく無理なくやれるようにしたいです。事業も仲間づくりも、私は“攻略”していくことが好きなので、手を替え品を替え、色々自分で試してみて挑戦するのが楽しいですね。
いちばたけにたくさんの人が集まり、一つのコミュニティとなっているのは、坂本さんたちが地域の人たちとていねいにコミュニケーションを重ねた結果です。仲間づくりの秘訣を伺うと、そんな“攻略”を楽しみながら取り組んできたと教えてくれました。
坂本さん 今目の前にいるこの人をどう攻略しようかな? と考えながら話しているところはあると思います。性別や暮らし方、ライフステージ、仕事は何関係なのか、どんなことに興味があって、何をしたいと思っているのか。人によって楽しく感じるポイントは異なるので、相手の属性や志向に沿って、目線を合わせて話すように心がけています。
坂本さんのお話の中で何度も出てきた、「楽しく」「無理なく」の言葉たち。人びとが疲弊せずに楽しみながら、自分のやりたいことで参加し、今なお新たな種が蒔かれているのは、そうした坂本さんたちの関わり方が大きく影響しているように思いました。
坂本さん 困ったときに頼れる人がどれだけいるかって大事じゃないですか。DIYで力仕事が発生するときにはこの人、イベントでたくさんの子どもを集めたいならこの人に声をかける。そういった引き出しを増やしていくことで、自分たちだけでは難しいことも形にしていけるんだと思います。
畑の野菜は水をあげすぎると根が腐り、日を当てすぎるとしおれてしまう。適度にいたわりつつ、無理のない関わりの方が健やかに育つのは、プロジェクトも野菜も一緒なのかもしれません。
「楽」を目指し利便化・合理化の引き算が進んだ都市の一角で、「楽しい」の足し算で進んでいくプロジェクト、いちばたけ。背景に大きな志があっても、それを真面目に打ち出しすぎるとなかなか人は集まりにくいものです。自然体な雰囲気に魅せられたたくさんの人が集まるいちばたけには、コミュニティづくりのヒントもたくさん。ぜひあなたも「やりたい」の種を蒔きに、いちばたけへ遊びに行ってみてください。
(text:中野広夢)
(撮影:小黒 恵太朗)
(編集:村崎 恭子)