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シリアの難民キャンプから7人の孫を救い出そうとする男。ドキュメンタリー映画『“敵”の子どもたち』を通して、私たちを分断する“敵”について考える

近年、家族のあり方は多様化し、血のつながりにこだわらない考え方も広まりつつあります。それでも親と子、きょうだい、といった血縁関係を特別だと感じる人は少なくないでしょう。

9月16日に公開される映画『“敵”の子どもたち』は、ISIS(イラク及びシリアを拠点に活動するスンニ派過激組織)に参加した娘を失い、シリアの難民キャンプに遺された7人の孫を救う旅に出た男性のドキュメンタリー。娘を失った父親が、孫たちだけは守りたいと奮闘する姿は、理屈抜きの愛情にあふれています。ただ、その孫たちは“敵の子どもたち”と呼ばれる状況にありました。その理由である現代の社会情勢を振り返りつつ、愛情が紡ぎ出すドラマに触れてください。

娘はもうこの世にいない。せめて、孫たちの命は救いたい

主人公のパトリシオ・ガルヴェスは、スウェーデンのミュージシャン。パトリシオの娘であり、7人の子どもたちの母親のアマンダは、イスラム教に改宗すると、ISISメンバーと結婚し、スウェーデンから密航して内戦状態のシリアへ。そこで7人の子どもをもうけましたが、ISISへの掃討作戦を受け、夫婦ともに死亡。両親を失った子どもたちが行き場を失い、難民キャンプへ収容されることを知ったパトリシオは、幼い孫たちを救い出すことを誓います。

この物語の背景には、2010年代に中東で台頭したISISがヨーロッパやアメリカにまで影響を広げたことがあります。特に若い世代の人たちがISISに加わり始め、社会問題として注目されるほどになりました。ISISが内戦に介入するようになったシリアを中心に、中東には、ヨーロッパやアメリカにルーツを持つ子どもたちが少なくないという報道もあります。

©Gorki Glaser-Müller

パトリシオが自らシリアまで足を運び、孫を救おうと動き出すと、ISISの子どもを、テロリストの子ども、すなわち、“敵の子ども”とみなす社会は、彼の行動を強く非難します。SNSでは激しいバッシングに遭ったり、スウェーデン政府も協力的ではなかったりと、厳しい壁が立ちふさがります。けれども、パトリシオは決してあきらめません。強い意志と、根性とでも言いたいほどの粘り強さが、彼を前へ前へと進ませます。

そこにあるのは、孫への思いと、娘に対する後悔です。親子でも、いや親子だからこそ、すれ違いがあり、関係が悪化することがあるはず。パトリシオとアマンダ親子もそうでした。シリアに渡ったアマンダを帰国するよう説得できなかったうえ、求められた経済的援助も、ISISにお金が渡ることを考えて手を差し伸べられなかったパトリシオ。彼の中には、娘にもっと何かできたのではないかという後悔があるのでしょう。それが、命を懸けた孫の救出へ突き動かします。

©Gorki Glaser-Müller    

彼の力強い行動力と同様、その感情表現もどこまでもまっすぐです。困難に負けず前向きに可能性を探し続けたり、孫を迎えるときを思って山のようにおもちゃや洋服を買い込んだり、緊張感のある状況が続くなかで、彼は孫たちへの思いのままに行動します。そんな彼の人間臭さあふれる表情はとても魅力的です。

異国の地で、失望を繰り返しながらも、かすかな希望の糸を手繰り寄せるように、孫たちを追い続けるパトリシオ。その姿から、家族に対する理屈抜きの深い愛情がまっすぐ伝わってきます。

同じ人間を“敵”と決めていいのか。複雑な社会状況に目を向けつつ考える

そんなヒューマンドラマとしてこの映画を味わう一方で、状況によっては血のつながりのある身内が“敵の子ども”と認定されうる、現在の社会状況について考えないわけにはいかないでしょう。また、テロを実行し、過激な主張を繰り返すイスラム過激派組織が存在し、それに洗脳されるようにのめり込む若者が生じるには、その理由となる社会背景があります。

©Gorki Glaser-Müller

さらに映画の中でも、イスラム教に慣れ親しんでいるであろう孫たちの姿と、それを受け入れがたいパトリシオの姿が描かれているように、宗教や信仰という、より大きな難問にも思いを巡らせたくなります。

ISISのような過激なテロ組織を、“敵”と認定することは決して難しいことではないのかもしれません。それでも、たとえ平和ボケと言われようとも、同じ人間を、まるで自分とは別の生き物であるかのようにくっきりと線を引き、単純に“敵”認定することには抵抗を感じます。ましてや、まだまだ幼い子どもたちを、劣悪な環境の難民キャンプから救い出そうとする祖父の行動を、“敵の子ども”だから救う必要などないと否定することには疑問を感じます。

なぜヨーロッパやアメリカの若者たちがISISにのめり込むのか。そこにはさまざまな社会問題が複雑に関係しており、テロ組織の一員となった一人ひとりの当事者の人間性にだけ責任を負わせるような、単純な構図を当てはめて理解した気になってはいけないはずです。

©Gorki Glaser-Müller

これから先、“敵の子どもたち”をどう見守っていくのか、映画のエンドロールが流れても、問題は残されたままです。ただ、パトリシオの行動に、子どもや孫を思う無限の愛情に共感し、胸を熱くしたのであれば、その気持ちをさらに広く想像してみたいと思います。“敵”とみなしている人たちにも、大切な人を思う深い愛情があるはずなのですから。

パトリシオのどこまでもまっすぐな愛情にあふれる心と、どこまでも複雑な世界の状況。それらが共存しているのが、私たち人間の生きる世界です。悲劇があろうとも、そこには希望があるはず。パトリシオだけでなく、彼の行動を追い続けた、友人である監督のゴルキ・グラセル・ミューラー、そして彼らを助けるさまざまな組織の職員やボランティアなどの、人を思う、人の行動。この映画が見せてくれるそれらの姿は、重い現実に射し込む希望の光のように映ります。

(編集:丸原孝紀)

– INFORMATION –

『“敵”の子どもたち』 2023年9月16日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー

監督・脚本:ゴルキ・グラセル・ミューラー
プロデューサー:クリストフ・ヘネル、エリカ・マルムグレン
配給:ユナイテッドピープル
2021年 /スウェーデン・デンマーク・カタール/ドキュメンタリー/97分
公式サイト https://unitedpeople.jp/coe/