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ホロコースト生存者を日本に招き、映画と共に生の証言を届けたい。二人の映画人がクラウドファンディングに懸ける思いとは

世界中で紛争が絶えることはなく、ウクライナでは激しい戦闘が続いています。一方で、第二次世界大戦の体験者は減少し続け、記憶の風化が危惧されています。そんな今、ホロコーストの生存者を日本に招聘するクラウドファンディングに取り組んでいる映画関係者がいます。最後のチャンスになるであろう貴重な機会にチャレンジする思いを聞きました。

アウシュヴィッツ強制収容所を生き抜き、「死の行進」を歩いた少年

このクラウドファンディングは、ホロコーストの生存者であるダニエル・ハノッホさんを日本に招き、彼の戦争体験を伝えるドキュメンタリー映画メンゲレと私の公開に併せて、監督とダニエルさんの舞台挨拶の実施、作品のブルーレイ化などを目指します。

ダニエルさんはリトアニア生まれ、現在91歳です。国内のゲットーを経て、12歳でアウシュヴィッツ強制収容所に連行されました。そこで彼は多くのユダヤ人の子どもと少し異なる経験をします。ナチスの医師、ヨーゼフ・メンゲレに気に入られたのです。

メンゲレは「死の天使」という異名を持つ医師。アウシュヴィッツ強制収容所で、ユダヤ人の子どもたちに非人道的な人体実験を試みたことで広く知られる一方、ユダヤ人の子どもたちを可愛がったことも記録に残っており、ダニエルさんもその一人でした。

1945年に入り、連合軍の攻勢が激しくなると、ダニエルさんらはナチス軍に率いられてアウシュヴィッツを離れます。寒さ、飢え、カニバリズム(人肉食)、伝染病などに満ちた「死の行進」を経て、終戦間近、秩序のない混とんを、ダニエルさんは奇跡的に生き延びることができたのでした。

『メンゲレと私』は、ダニエルさんが自身の経験を語る映像を中心に構成されています。クラウドファンディングの企画者であり、映画を配給するサニーフィルムの有田浩介(ありた・こうすけ)さんは、「背景の無いブラックホールのようなモノクロの空間で、彼が語る言葉と向き合いながら、そこで何が行われていたか想像力が掻き立てられる」と、この映画を表しています。

有田さんと共にクラウドファンディングを進める映画ライターの矢本理子(やもと・たかこ)さんは、作品の魅力をこんな風に語りました。

矢本さん 面白いのは『メンゲレと私』を含むこの「ホロコースト証言シリーズ」の三作品にはナレーションがないところですね。ドキュメンタリー映画では、ナレーションで観客を誘導するようなところもあると思うんですけど、このシリーズは全て、観た人自身が登場人物の体験を感じ取れる映画になっています。

ドキュメンタリー映画は、エンターテインメント作品のようにたくさんの観客を集め、高額の興行収入が見込めるものではありません。映画の配給に加え、ダニエルさんのナマの声を日本の観客に直接届けようとする挑戦は、映画興行の枠を超えたもの。でも二人は、それだけの価値を感じ、そしてそれだけの意味を見出しています。

有田さん 映画でも、ダニエルさんの戦争体験の悲惨さや恐ろしさは伝わってくるんだけれど、例えば、囚人番号の入れ墨を直接目にすることによって、こんなことがあり得るんだというリアリティは絶対に伝わりますよね。

高齢のダニエルさんを、イスラエルから日本に招くのは、金銭的な問題だけでなく、さまざまな困難が控えています。難しい挑戦であることがわかりながらも、有田さんと矢本さんは、このプロジェクトを実行に移すべく奮闘中です。

岩波ホールの突然の閉館。宙に浮いた、シリーズ三作目である『メンゲレと私』の公開

有田さんが経営するサニーフィルムは、ドキュメンタリー映画を中心とした配給会社。これまでも有田さんは、さまざまなドキュメンタリー映画の配給を続けてきました。『メンゲレと私』は、第二次世界大戦を体験した人たちの証言を記録として映像に残すために制作された『ホロコースト証言シリーズ』の三作目であり、第一作『ゲッべルスと私』と第二作『ユダヤ人の私』も、有田さんによって日本で公開されています。

その二作品を東京で上映したのが岩波ホールです。矢本さんは、学生時代のアルバイトから長く岩波ホールに勤務していました。岩波ホールは、ミニシアターの先駆けとして半世紀もの歴史を持ち、良質な映画を上映することに定評がありましたが、コロナ禍の2022年7月に閉館。三作目の『メンゲレと私』は、上映される機会を失ってしまいました。

三部作を岩波ホールで上映しようと考えていた有田さんと矢本さんのプランは、実現不可能になってしまったのです。そのまま歳月が流れても、それは未提出の宿題のように、二人の心に引っかかり続けました。

矢本さん 三作目の『メンゲレと私』が上映できなくなって、中途半端に仕事を投げ出してしまった感じがありましたが、何ともしがたくて。でも、一作目、二作目をご覧になって、三作目を気にかけてくださっている観客の方に、何としても届けたいと思っていました。

有田さん このシリーズをどう終わらせるかという問いは、ずっと自分の中にありました。過去二作品を共に上映してきた矢本さんと三作品目も公開すると決めたとき、シリーズで唯一存命のホロコースト生存者のダニエルさんを日本に連れてくることが、このシリーズにとってふさわしい完結方法だと思ったんですね。

そして、7月15日からクラウドファンディングが動き出しました。5,000円の支援で、東京・大阪・沖縄いずれかの舞台挨拶付き公開初日プレミア鑑賞券1枚のリターンがあるほか、『メンゲレと私』を含めた、『ホロコースト証言シリーズ』の三作品を収録したBlu-ray BOXなど、さまざまなリターンが用意されています。

学校関係者の方たちにおすすめとして、エデュケーショナル権(教育現場での上映や教育機関施設内の無料上映会を何度でも開催できる権利)付きのBlu-ray BOXをリターンとして用意したのは、広く、特に若い人たちに観てほしいという希望からです。

有田さん 若い世代に戦争について関心をもってもらう機会となってほしいですし、ドキュメンタリーの面白さにも触れてほしいですね。劇場だけでなく、大学や図書館など、あらゆる場面でこのシリーズが共有されて、戦争の歴史が社会に保存されていってほしいと願っています。NetflixやAmazon primeでドキュメンタリーを観ている人も多いと思いますが、専門家のレクチャーもセットでみんなで観て学ぶようなシリーズとなれば良いなと思っています。

大量の情報が手のひらの上で手に入る時代ではありますが、だからこそ意識的にそれで満足しないことが大切なのかもしれません。特に映像の世界では、簡単に安価で楽しめる作品数だけでも膨大な数です。だからこそ、実際に足を運んで作品に触れてみる、そんな行動が新たな刺激や発見を与えてくれることでしょう。

過去を知り、未来に目を向けて、生きることを祝おう

『メンゲレと私』は、決して楽しい映画とは言えません。けれどもこのプロジェクトは、戦争の悲惨さや残酷さを伝え、悲しみや痛みだけに満ちたものではありません。ダニエルさんが壮絶な状況を生き抜き、そして今を生きていること、さらに来日し、沖縄で地上戦を経験した人と交流することは、生きることの尊さや命の輝きに満ちた奇跡のような出来事になるはずです。

クラウドファンディングに向けて、沖縄にある映画館、桜坂劇場の取締役興行部長である下地久美子(しもじ・くみこ)さんからは、「ホロコーストという地獄を生き延びたダニエルさんと、地上戦という地獄を経験した沖縄とで発信する平和の祈りが、『生』への祝福に満ちていたらいいなと思っています」というコメントが届けられました。有田さんも、「僕もダニエルの人生を祝福したい」と、ダニエルさんと一緒に過ごす時間を楽しみにしています。

戦禍を生き延び、91歳となったダニエルさんのこれまでの人生や、そこに日本でさまざまな人と出会い、新しい思い出が加えられていくことに思いを馳せると、グリーンズが実践しようとしている「生きるを、耕す。」という言葉に通じるものを感じます。

有田さん 『メンゲレと私』には、戦争のような環境の変化の中で、その大きな流れに巻き込まれず、自分でどう乗り越えるか、そんな生き方のヒントになるようなこともあるかもしれませんね。あんな状況をよく生き抜いたし、シンプルにすごいと思う。

そしてダニエルさんにとってだけではなく、職場である岩波ホールが閉館し、30年以上続けてきた大切な仕事を突然失った矢本さんにとっても、このプロジェクトは人生の歩みを再び前へ進める、再生の一歩でもあります。

矢本さん 昨夏、岩波ホールの閉館により失業し、1年間、介護に専念しました。7月からこのプロジェクトが始まり、仕事も開始しています。新しいことを始めるには勇気がいりますが、さまざまな人に助けられて、少しずつ前進中です。何かが終わることとは、別の何かが始まることなのでしょう。焦らず、自分に出来ることを、こつこつと積み重ねていきたいです。

このプロジェクトを成功させ、心に引っかかっていた三部作を完結させるという宿題を、有田さんと矢本さんは何とかやり遂げようとしています。そしてダニエルさんは、高齢をおしてイスラエルから日本にくるのを楽しみにしています。戦争を知らず、平和な未来を願う私たちは、「未来を変えたいのであれば、過去を知っておく必要があるのでは」と有田さんが口にするとおり、過去に対し真っ直ぐ目を向ける必要があるはずです。クラウドファンディングが成功し、幾重もの意味を持つ、かけがえのない機会が作り上げられる日が、今からとても楽しみです。

クラウドファインディング(9/30まで):
『ゲッベルスと私』の「ホロコースト証言シリーズ」3部作を社会に残したい
https://camp-fire.jp/projects/view/674803

(編集・撮影:丸原孝紀)

– INFORMATION –

9/17(日)『メンゲレと私』キックオフ・イベント『ゲッベルスと私』『ユダヤ人の私』上映&小野寺拓也(「検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?」(岩波書店))×クリスティアン・クレーネス(ホロコースト証言シリーズ監督)特別対談

「ホロコースト証言シリーズ」最終作『メンゲレと私』の公開に先立ち、シリーズ第1弾『ゲッベルスと私』と第2弾『ユダヤ人の私』を上映し、ネット右翼の言説を解体する話題の共著「検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?」(岩波書店)の小野寺拓也氏と「ホロコースト証言シリーズ」のクリスティアン・クレーネス監督の特別対談が開催されます。

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