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106歳のホロコースト生存者による独白。ドキュメンタリー映画『ユダヤ人の私』を、2021年の日本で観る意味。

戦争の悲惨さや残酷さを描いた映画はたくさん製作されてきました。それらはエモーショナルでドラマチックで、観客の涙や感動を誘うものが多いかもしれません。そのような作品と比較すると、このドキュメンタリー映画『ユダヤ人の私(Ein judisches Leben)』は極めてシンプルなつくりで、一見地味な印象さえ受けるかもしれません。

けれども、だからこそ観客の胸に深く迫り、新たな気づきをもたらし、忘れがたい記憶を残すはずです。

第二次世界大戦下のヨーロッパでは、600万人ものユダヤ人の命が奪われました。その記憶が薄れ、歴史が忘却されつつある今こそ、目にしたい映画です。

『ユダヤ人の私』は、ホロコーストの生存者であるマルコ・ファインゴルト(Marko Feingolds、1913-2019)へのインタビューを記録したドキュメンタリー映画。取材当時、マルコは106歳。4つの強制収容所を体験しつつ、からくも生き延び、戦後はユダヤ人難民に対する人道支援と、ホロコーストについて語る講演活動を続けました。

カメラを真正面から見据え、自身がその目で目撃し、その体で体験した出来事を語るマルコ。エネルギッシュに声高に語るわけではありませんが、その映像からは内に秘めた決意を感じさせます。何よりも実際にホロコーストを経験した当事者であるという事実の重さがスクリーンを越えて伝わってくるのです。

それは、架空の誰かの物語でもなければ、時代を写し取った歴史でもなく、一人の人間が生きた人生そのもの。改めてそう思うとき、マルコの言葉ひとつひとつ、表情ひとつひとつに込められた時間・経験・感情がリアルに感じられることでしょう。それは、演技や演出では表現できない真実の一端です。

インタビュー映像の合間には、当時のプロパガンダ映画や教育映画などのアーカイブ映像が挿入されます。戦争中の国(たとえばドイツやアメリカ)が意図をもって制作した映像は、どこか不自然な歪さを漂わせています。アイヒマンの裁判や強制収容所の解放後の模様、戦中にドイツ人に協力していたフランス人女性に対する報復行為の映像は、生々しすぎるが故に現実のものであることを疑いかねないほどです。

さらに映し出される、歴史修正主義者らからのマルコへのメール文章は容赦のない憎悪に満ちており、背筋が寒くなる思いがしました。ホロコーストを否定する人たちがいることを知識として知ってはいても、その文面を目にすると、事実をもってしても太刀打ちできないのではないかという恐怖にかられます。

このように映画を構成しているのは、アーカイブ映像やメールのテキスト、そしてマルコへのインタビュー映像。それらだけのシンプルさが、事実が事実として、そしてそこに込められた真実を伝えることにおおいに貢献しているのでしょう。

私たちは、ホロコーストへの途上にいないか

この映画は、21世紀の今こそ、たくさんの人に観られる意味があるはずです。

BLMの声が大きなうねりを見せたのをはじめとして、さまざまな差別が今なお顕在しています。さらに、歴史修正主義や極右の台頭など、グローバル化のもとで経済状況が悪化するに連れ、移民や難民への排斥運動が激しさを増している地域も数多くあります。

私たちが暮らす日本も状況は変わりません。

コロナ禍以前、日本で暮らす外国人の数は増える一方でしたが、日本では安価な労働力としてしかみなされず、技能実習制度のもとで人権侵害が横行していた/ることが明らかになっています。命の危険から逃れようと来日した難民に対しても、難民認定の数が極めて少ないのが日本の現状です。そして、在日韓国人の人たちへの差別は、明らかにエスカレートしています。

私たちがホロコーストにつながる道にいないと誰が言い切れるでしょうか。マルコの生まれたオーストリアは、ヒトラーによって合併されたことでユダヤ人への迫害が始まりました。けれども、マルコが小学生のときに反ユダヤ主義の教師がいたことを彼は記憶しています。

イタリアで商売に成功し、幸せに暮らしていたマルコが、たまたまパスポートの更新のため故郷に帰国していた際、合併が起きました。ドイツ軍を歓声をあげて迎え入れるオーストリア人の群衆を彼はその目で目撃しています。オーストリア政府は、自国をナチス・ドイツの犠牲者とみなしていますが、その見解を鵜呑みにすることはできないのかもしれません。

昨日まで、オーストリアというひとつの国で暮らしていたにも関わらず、合併をきっかけに、ユダヤ人に対して暴力行為が繰り広げられ、反ユダヤ主義がその牙を剥いたのです。ひとつのきっかけによって人は大きく変わることがあります。残念ながら私たち人間は、その可能性を秘めていると自覚しなければなりません。

歴史に向き合わず、事実を捻じ曲げてデマを拡散し、憎悪をまき散らす人たちがいる。そんな現代に対し、マルコは、そしてこの映画は、強く警鐘を鳴らします。SNSを開けば、目をそむけたくなるような差別と偏見に満ちた悪意を目にする日本に対しても、その警鐘は向けられているでしょう。「昔に起きた、遠い国の出来事の映画」と無関係なふりをすることは、私たちにはできないのです。

一人の人間との、数少ないホロコースト生存者との貴重な出会い

この映画の魅力は、突きつけられる真実の重さだけでなく、マルコ・ファインゴルトという一人の人間と観客との出会いにあり、それは血の通った人間の存在や、その人が生きた人生に触れる貴重な体験でもあるのです。

この映画は、ホロコースト証言シリーズの第二弾として製作されました。第一弾『ゲッベルスと私』では、ゲッベルスの秘書をしていたブルンヒルデ・ポムゼルと彼女の人生を伝えるものでした。第三弾は、アウシュヴィッツで人体実験を繰り返したヨーゼフ・メンゲレ医師に関係し、その後“死の行進”を生き抜いたリトアニアの元ユダヤ人少年の証言ドキュメントが予定されています。

監督は、「オーストリアの10代の若者の40%が、ホロコーストで600万人以上のユダヤ人が殺害されたことを知らない」という調査報告を挙げ、このシリーズを製作する理由を語ります。

ホロコーストを題材にした映画はさまざまで、ハリウッドでも題材として扱い、ドラマチックな作品を製作することもあります。それはたくさんの人に大きなインパクトを残すことでしょう。同様に、加害者や被害者のインタビューを通して、その事実を伝えるドキュメンタリー映画も、ハリウッド映画のように広く観られないとしても、観客の心に深く刻み込まれ、大きな役割を果たすのです。

マルコ・ファインゴルトは、2019年9月19日に106歳でその生涯を終えました。インタビュー映像が撮影されたのも2019年。マルコの声はぎりぎりのところで撮影され、その言葉は私たちに届けられました。これから、このような言葉を聞く機会は確実に減っていきます。この貴重な機会を逃すことなく、ぜひ劇場に足を運んでいただきたい、そう思います。

– INFORMATION –

『ユダヤ人の私』

劇場公開日 2021年11月20日
2020年製作/114分/オーストリア
原題:Ein judisches Leben、A JEWISH LIFE

配給:サニーフィルム
監督:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・バイゲンザマー、クリスティアン・ケルマー、ローランド・シュロットホーファー
出演:マルコ・ファインゴルト
https://www.sunny-film.com/shogen-series