「今日あそこに行ったらあの人いるかな?」
この、子どもの頃の「あーそーぼ!」にも似た感覚を、あなたは最近抱いていますか?
「コミュニティづくり」や「まちづくり」という言葉はめずらしいものではなくなりましたが、大阪・中津にある「中津ブルワリー」は、ビールを通じてまちにコミュニティをつくっています。
委託でのビール醸造をメインで行っており、依頼に応じてレシピも材料もさまざま。原料であるホップをまちの人たちと育てるところから、依頼主の思いがこもったビールをつくり、みんなで乾杯するまでをプロデュースしています。
今回お話を伺ったのは、中津ブルワリーを運営する東邦レオ株式会社(以下、東邦レオ)の次代を担う鈴木悟(すずき・さとる)さん、久米昌彦(くめ・まさひこ)さん、勝谷拓朗(かつたに・たくろう)さんの3名。
都市緑化事業を通じ、建築などのハード面とコミュニティづくりのソフト面の両輪でまちづくりを実践する東邦レオで、さまざまな取り組みを推進しているみなさんは「建物自体には価値がなくなる時代が来る」と言います。
この言葉はどういうことなのでしょうか? 事業のひとつである中津ブルワリーのお話や彼らの暮らしと仕事、未来への思いなどを通じて、これからのまちづくりに必要なヒントをお聞きしました。
鈴木 悟(すずき・さとる)<写真中央>
中津ブルワリー醸造責任者。
1992年大阪生まれ。2014年、大学卒業後、都市緑化を手掛ける東邦レオ(株)に入社し、建設部門で営業や工事を経験。2018年、ビールの原料に使用されるホップの栽培を通じたコミュニティ形成事業を一般社団法人と共同立上げ。2020年、奈良県に自社ホップファーム開設と大阪市北区中津に醸造所「中津ブルワリー」をオープン。現在はホップの栽培支援、クラフトビール製造を軸に全国のホップコミュニティの輪を広げている。
久米昌彦(くめ・まさひこ)<写真右>
1982年生まれ、香川県出身。2007年に東邦レオ株式会社へ入社後、都市緑化事業に携わる。2018年より、「コミュニティ・ディベロップメン ト」事業に従事。大阪中津では、これからの社会の仕組みや暮らし方・働き方を模索する「地球OS書き換えプロジェクト」や、西田ビルの半地下屋外の駐車場をリノベーションした交流の空間で、地域やコミュニティ・人の生き方を語り合う「ハイパー縁側」を推進中。
勝谷拓朗(かつたに・たくろう)<写真左>
1983年生まれ。2006年入社後、戸建屋上庭園・コミュニティ型分譲地事業に従事。現在では京都・大阪を中心に、人と人が触れ合うことで、生命力溢れる場づくりを実践する「コミュニティ・ディベロップメント事業」に取り組む。在住の大阪府交野市では市民大学「おりひめ大学」の理事も勤め、中津での取り組みを横展開する形で交野でもブルワリーを作るべく奔走中。
都会でコミュニティをつくるにはビールが最適!?
2020年にオープンした「中津ブルワリー」は、大阪の中心・梅田から徒歩でも行ける隣町の中津にて、タンク2つで運営しているマイクロブルワリーです。
はじまりは2017年頃。中津の目と鼻の先である「うめきた」と呼ばれる大阪駅前エリアの大規模都市開発にからんで始まった、都会のコミュニティ醸成のための“ホップコミュニティ”がきっかけでした。
「みんなでホップを育ててビールをつくって乾杯しよう!」というシンプルかつワクワクするこの活動はどんどん広がり、活動に共感した東邦レオが自社の取り組みのひとつとしてホップ栽培に加わるとともにビール醸造にも乗り出したのです。
鈴木さん ビールをつくりたくて始めたわけではなくて、企業として「都会におけるコミュニティの希薄化を解消するために何かやらなければ」という時でした。
ちょうど、中津ブルワリーが入居する「西田ビル」オーナーの西田工業さんと東邦レオの協業も始まっていたタイミングで、このビルの価値づくりの側面もあり、もともと駐車場だった地下を改修してブルワリーにしたんです。「体験型のブルワリーを自分たちで運営したい」という思いで、全員素人なのにうちの社員4人がビール醸造をイチから学んでスタートしました。
中津ブルワリーは基本的には委託醸造が中心で、なんと、予約は数ヶ月先まで埋まっているほど!人気の秘密は、中津ブルワリーが「ホップコミュニティ」を先につくっていること。ホップの植え付けや収穫などをイベントにして多くの人を巻き込み、最後に乾杯するための受け皿としてブルワリーを誕生させているのです。ビールをつくるためではなく、コミュニティのために生まれたので、結果的に「依頼してくれる人がいる状態でつくられたブルワリー」なんですね。
そのため、大切にしているのは「体験型」ということ。ホップ栽培体験で人びとがつながり、醸造には依頼主に参加してもらう。完成後にはブルワリーの前で開かれる「縁側マルシェ」でまちの人たちと美味しくいただく、というのが中津ブルワリーのやり方です。
鈴木さん コロナ禍でのオープンだし最初はどうなるかと思ったんですが、予想以上に反響があった。リピートしてくださる方も多くて、今まで75種類(2023年6月取材時時点)ものビールをつくってます。
ホップができるまでに4ヶ月、ビール醸造に2ヶ月、トータル半年くらいのプロジェクトのなかで、知らない人同士が共同作業しながらコミュニティになり、最後に乾杯するっていうのはわかりやすい。コミュニティを欲しているエリアでは親和性が高かったんだと思います。
醸造の依頼は全て受けるわけではなく、断るケースもあると言います。それはやはり、ストーリーがあるものをつくりたいから。
鈴木さん 余った農作物での醸造依頼も多いのですが、単に余ってるから使ってくれというよりも、「どうにかしたいから一緒に考えてくれ!」と言われた方が「よっしゃやったろか!」となって、僕らがやる意味があるというか。僕らは本当に価値のあるものになるのかということを構想の段階からすごく考える。だから原価率90%以上とかのビールができるのも仕方ないし、まずはそれをみんなで楽しむことが大事だと思っています。
あらゆる人が“混ざる”中津というまち
建築と緑化を主軸にしている東邦レオですが、特徴は人と人が出会うことによって“まち”そのものを活性化する「コミュニティディベロップメント」という考え方のもと事業展開をしているところ。
中津ではブルワリー以外にも、同じ西田ビル内にあるテナントの内装、グリーンの導入、トークイベント「ハイパー縁側」など、さまざまな事業を行っています。
3人の考え方に共通するのは「将来、建物自体に価値はなくなっていき、そこにどんな人が集まるかが大事」ということ。そして、中津ブルワリーは中津のまちとの相性がよいから人が集うのだと言います。
鈴木さん 僕らみたいなのを受け入れてくれる寛容さが中津にはありますね。
勝谷さん 西田ビルのみなさんと「中津のいいところは?」という話をすると、「前向きな人が多い」と。住んでる方々がこのまちが好きで、僕らが来たことでいい具合に混ざれたんです。「やってみなはれ」精神でみんなが応援してくれる。
久米さん 中津は在住60年のおじいちゃんおばあちゃんがいて、飲食店があって、オフィスがあってと、まちの中にいろんな人が混在しているからでしょうね。ここがもし、商業施設だけ、オフィス街だけ、だったらそれ目的の人しか来ない。それって高度経済成長期はよかったかもしれないけど、これからの時代はあえて混ぜるという“ミックス感”が必要だと思うんです。
西田ビルは、まさにその”ミックス感”の象徴。違う属性の人たちが混ざりあってこその面白さが生まれ、それに惹きつけられていろんな人が集まり、結果的にまち全体がどんどん面白くなっているのです。
ちなみに、東邦レオの本社は中津にはありません。
そして3人とも中津在住ではないうえに、毎日中津にいるわけでもありません。
でも中津にやってきて、地域の人たちと混ざり合っていくことがライフスタイルの1つになっている彼らを見ていると「等身大の自分のまま働く」という感じがします。
勝谷さん 仕事してるというよりむしろ中津にきたら元気をもらってるという感じですよ。
鈴木さん 僕にとって中津は「仕事の話もできるけど遊びに来てみんなで喋る場所」。家でも会社でもしないような等身大の話ができるサードプレイス、カフェの最強版というか。外でゴリゴリ仕事の話してても中津に帰ってきたら「ま、飲みましょうよ」みたいな空気で、まち全体が大きな居酒屋みたいな感じかもしれないですね。
そんな不思議な魅力に包まれた中津を行ったり来たりしながら働く3人。中津ではそれぞれブルワリーにいたり、縁側にいたり、同ビルのコワーキングスペースにいたりと、マイペース。基本的に、いつどこに誰がいるかを把握しあっているわけでもありません。それが絶妙な関係性をつくっているようです。
鈴木さん 僕は頭がごちゃごちゃしているときに中津にいますね。それで、みんなに喋って「あ、それが言いたかったんです!」みたいになることが多い。で、それが明日の仕事の成果になる。そんな場所が中津です。
久米さん 目的なく雑談しに来てる感はありますね。本社は森ノ宮というところにあるんですけど、そこよりも中津のほうがフラッと歩いてるだけでいろんな人に会える。
勝谷さん 西田工業のスタッフさんも、雑談したいけどする場所がないからハイパー縁側とかブルワリーとかがちょうどいい場所なんやろうなって思うと、みんな雑談したがってるんやなと気付きました(笑) お互い「今日いますか」なんて絶対確認しないし「悟と喋りたいな」と思ってブルワリーいっておらへん時とかちょっと寂しい。これを、きっとまちのみなさんも思ってくださってると思うんですよ。「今日ブルワリー開いてるかな?」って。
久米さん 「あそこに行くと誰かいる」というのは動く動機になるんでしょうね。
社会をよくすることを考える「社会人」として
まさに「建物自体に価値はなく、どんな人が集まるか」を体現している中津ブルワリー。それぞれのミッションと野望を胸に奔走するみなさんが、これからやりたいと思っていることってどんなことなんでしょう?
鈴木さん 中津で今まで4年くらいやってきたことをいかして、うちの主軸である建築業とともに、いろんな空間やエリアのプロデュースをしたいと思ってます。これからはどんな人を集めるかが建物の価値を決めると思っているので。
同時に、中津という、ある種特異性のあるまちでこれまでやってきたことをパッケージ化して、海外も視野に入れて展開していきたいですね。上からおりてきた政策によってではなく、個人の「こうありたい」の集合体がまちであり、それが日本の文化として広がっていくといいなと。僕らはまだまだ働かないといけないのに日本がどんどん衰退しているのを見てるので、自分や自分の子どもたちの世代の活力を上げたいな。
久米さん 将来的に中津とロンドン、中津とニューヨークが比較されるようになったら面白いですよね。そのくらい中津は面白いまちで、そのエンジンが西田ビルだと思う。カーボンニュートラルが叫ばれる中で、エリアのCO2固定とか創エネとかができるビルとしてリニューアルできたらめっちゃおもろいんちゃうかと妄想しています。
それを、住民の方々と一緒にコンセプトからつくってやれたらいいなというのが直近の夢です。
勝谷さん 僕は公共空間を良くしたいという思いがあるんです。公園や道路って次の時代の役割が求められていて、呼吸する道路とか再生可能エネルギーをつくる公園とかがあってもいい。単に賑わいのためだけじゃなく、きちんと地球環境に配慮したものをつくりたい。あとはテクノロジーを、古いまち並みや今ある環境など、文化を残すためにも使われてほしいですね。
僕は仕事で学んだことをとにかく地元に持って帰りたいんですよ。それでまちも家族も幸せにしたい。だから地元の交野でも今、ブルワリーをつくろうと動いてます。
まちづくりってもう、行政だけがするものではない。行政がやりすぎると地域の人は「自分たちでどうにかしよう」って思わないから育たないし、まちに活気が生まれないんですよ。だからボトムアップ型で地域の人たちが自治するような仕組みを、今僕は自分の住んでるまちでやろうとしています。
中津にいないときでもいろんなまちを駆け巡り、さまざまなつながりを通じて模索と挑戦を続けている3人。その姿は会社員というより、まるでフリーランスのよう。その根底には「社業を通じて社会に貢献することを第一の生きがいにしよう」という東邦レオの社是がありました。
久米さん この社是の言わんとすることはつまり「我欲を満たすんじゃなくて、お世話になっている地域やクライアントさんにどれだけ奉仕できるか」ということ。
でもそれって多分、言われたことをやってるだけじゃできないことだと思うんですよ。
会社がつくったタスクをこなすことによって生まれるものの化学反応って多分そんなに大きくない。それよりも違う領域にいる人たちと情報交換することの方が大事だと思っていて。そういう意味で僕らは役割がそれぞれ違うし、“ミックス感”のある中津というまちにいることはすごくいいんじゃないかなと思うんです。
鈴木さん 自由の裏側にはもちろん責任があって、企業活動なので本当に100%遊び人のように仕事してるメンバーはいない。でも、与えられた役割は全うしつつも、さらにチャレンジしてみようという風土はあって、飛び抜ける人を押さえつけようとはしない。これは社風かもしれないですね。
勝谷さん 実は2016年に代表が変わって経営スタイルもがらっと変わったんですが、社是だけは変えてないんです。今年4月に社内のスタートアップ会議があったんですが、「みなさん、今までは会社のことを考える『会社人』だったけど、これからは社会をよくすることを考える『社会人』になりましょう」と言われて。だから、新卒社員も僕らも年齢は違うけど「社会人1年目」の同期なんです(笑)
今回の3人はいろんなものを“混ぜる”のが得意です。
仕事と遊びを混ぜ、会社と会社を混ぜ、民と官を混ぜ、売り手と買い手を混ぜる。
さまざまなものを混ぜながら、鈴木さんがブルワリーの醸造長としてビールで人びとをつなぎ、そのための場所やコミュニティを久米さんがつくり、そしてそのしくみを勝谷さんが他の地域に広げています。それぞれがプロの領域を任されているからこその絶妙なチームワークは、見ているだけで幸せな気持ちになります。
かくいうわたしも、実はこの西田ビルに出入りするメンバーのひとり。いつもブルワリーをチラ見しながら、またはビル内を歩きながら「今日は誰かいるかな?」とキョロキョロしています(そしていないと寂しい)。その“誰か”がいるだけで、一棟の建物がかけがえのない「遊び場」になる。これって、東邦レオだからこそつくれる最強エンタメだと思いませんか?
彼らのいう「コミュニティ・ディベロップメント」とは、こんな「人ありき」の「遊び場」づくりのことだと思うのです。そのキモは、子どもの頃の「あーそーぼ!」。そう、一緒に遊べる「仲良し」であることこそが、これからのまちづくりの最重要課題なのかもしれません。
(撮影:島田亜由美)
(編集:村崎恭子)