武蔵野大学工学部サステナビリティ学科とNPOグリーンズが共同で、サステナブルな社会をつくるには? という問いを探求する本連載。これまでの連載では、サステナビリティを実践するさまざまな研究者や活動家の方の声を伝えてきました。
前編に続き、今回も鈴木菜央が2016年に枝廣淳子さんにインタビューした内容を再編集してお伝えします。
枝廣さんは、みんなが幸せに生きていける社会(つまり持続可能な社会!)をつくるために必要な考え方、世界の捉え方を見つけ、紹介する水先案内人です。
たとえば、アル・ゴアの『不都合な真実』や「定常経済」という考え方を日本に紹介したり、「システム思考」「学習する組織」などの考え方を学べる場をつくってきたり。
日本の社会環境ムーブメントをリードしてきたNGOでWebメディアである「ジャパン・フォー・サステナビリティ」(以下、JFS)を立ち上げたのも、枝廣さんを中心としたチームです。
そんな枝廣さんに、改めて「サステナブルな社会をつくるってどういうこと?」をテーマにお話を聞きました。
枝廣淳子(えだひろ・じゅんこ)
環境ジャーナリスト、翻訳家。幸せ経済社会研究所所長。有限会社イーズ代表取締役。
東京大学大学院教育心理学専攻修士課程修了。『不都合な真実』(アル・ゴア氏著)の翻訳をはじめ、環境・エネルギー問題に関する講演、執筆、企業のCSRコンサルティングや異業種勉強会などの活動を通じて、地球環境の現状や国内外の動きを発信。持続可能な未来に向けて新しい経済や社会のあり方、幸福度、レジリエンス(しなやかな強さ)を高めるための考え方や事例を研究。「伝えること」で変化をつくり、「つながり」と「対話」でしなやかに強く、幸せな未来の共創をめざす
メディアはサステナビリティな社会をつくれるか?
菜央 グリーンズでは新たなメディアのかたちを目指して、2012年から会員制度「greenz people」(以下、ピープル)を始めました。
枝廣さん ピープルの人たちは、何に惹かれて入会しているのでしょう?
菜央 いろいろだと思いますが、コメントとして多いのは「無料で読めるgreenz.jpにいつも励まされている」だったり、「アイデアをもらうので、この恩を返したい」などでしょうか。「ムーブメントの一部になりたい」とか、そういう声も多いですね。
あと、「そもそもgreenz.jpという現象が気になっていて、一体何なのか知りたい」とかですかね。本当に、ありがたいことです。
枝廣さん ピープルの人たちって、正統派というか、いわゆる「サステナビリティ」というテーマを正面突破的に扱ってそれで響く人たちっていうよりも、グリーンズ的な価値観に惹かれている読者が多いと思うんです。
「サステナビリティ」って言葉を使わなくてもグリーンズ的な価値観を感じることができている。
菜央 そうですね。
枝廣さん サステナビリティっていうのを出してないからこそ、いろいろなところと一緒にやるとか、すごく大きな価値観があると思うんですね。
例えば、気候変動枠組条約でも科学者でも環境NGOでもいいけど、いわゆる専門組織からの情報のアプローチとは違う層の広がりをつくれている。
そう考えると、これからはサステナビリティっていう言葉や概念だけでは十分ではないと思っています。
菜央 なるほど。
枝廣さん 心に秘めたのはサステナビリティだけど、メディアとしての位置づけは、今更ながら出す必要はないだろうし、次の10年は今までのグリーンズ的なものから一歩進んだグリーンズ的なものがきっと求められている。
秘めているものはサステナビリティ、同心円状のものだけど、その言葉を使わないでいくほうが信頼はあるような気がします。
菜央 たしかに。greenz.jpが受け入れられている理由のひとつは、「主語はあなたです」っていうメッセージなのかなと思うんです。
この記事はすごい人のストーリーなんだけど、同時に、僕やあなたと同じ地平線に立った、
普通の人の話。だから、極論するとあなたの話だし、あなたの幸せの話なんですよ、という。
そして「今までのグリーンズ的なものから一歩進んだグリーンズ的なもの」が求められる。うーん、これは、宿題をもらった気分です。
菜央 枝廣さんはメディアを通して、今後どんなことをやっていくんでしょうか?
枝廣さん JFSは日本が世界に伝えるべきものがあると思って活動していたのですが、日本はどちらかっていうと置いていかれているので、日本から提供できるものがあるとしたら、東洋思想的なものかもしれないと思っていて。
それはすごく大事でそれが世界に役に立つものなので、今はそういった方向の情報発信に力を入れています。
最終的にはどうやって西洋とどうやって学びあうか、これを新しいものにしていくか、そのためにこれまで東洋の人が西洋のことを学んできたけど、逆の動きが出てきているし、これからも続いていくでしょう。そこに部分的にでも立ち会えればうれしいですね。
菜央 西洋が東洋に学ぶことを促進していくことが、サステナビリティにも大きな意味を持つ、と。
枝廣さん はい。幸せ経済社会研究所のほうは、自分の勉強の場でもあるんです。
これまでのサステナビリティは、いわゆる「経済」の中で、資源をいかに効率的に製品をつくるかっていうことでした。
今は、その資源を取り出す自然資本をどういうふうに維持しながら、その製品の最終目的である幸せな社会をつくっていくか?ということが大事だと気づき始めている。今まさに世界中で、その研究が進んでいる途上だと思います。
枝廣さん 社会とは、自然資本を生かして何かモノやサービスをつくる仕組み。
その結果がどうなるか?自然資本から究極の幸せまでの一気通貫の効率を、私たちは考えないといけない。
自然資本についての理解が深い人たちも増えているけれど、幸せの領域の研究もまだまだこれからの研究領域です。今、私たちも勉強しているという感じです。
菜央 まさに最先端の分野なんですね。わくわくします。
そういう意味では、一般に対しての広いアプローチというよりは、もう少し関わっている人たちに影響していくきっかけにしていこうという狙いですか?
枝廣さん 幸せ経済社会研究所としてやっているのは、どちらかというと一般の人へのアプローチかな。「サステナビリティ」では響かないけど、「幸せ」だと響く人が多いし、みんなそれを求めていると思います。
菜央 なるほど、深めていくけど、専門的にならない深まり方。だからこその広がり方。
枝廣さん グリーンズに集まる人は、ある程度楽しい未来をつくりたいっていう気概がある。
アイデアを自分で考えていたり、チェンジ・エージェント(変化の媒介者)的な、社会を変える思いとか、スキルや力を持った人をもっと増やしていく、そういう人たちの力を見つけて本当の変化を拡散していくってすごく大事です。
しかし一方で、社会全般でみると、生きる力が弱まっていることをすごく感じています。
社会を変えていく力のある人は確かにいるけど、昔よりも多い割合の人たちが、生きる力そのもの、つまりつくりたい未来がわからないとか、考えるつもりもないとか、そういう人たちも増えている気もしています。
地方創生とは、市民が学んで自ら地域をつくり、立て直していくこと
菜央 教育は重要ですね。そこに対して、どんなことができるんでしょうか?
枝廣さん もちろん学校教育も重要だと思いますが、もっと広く教育ということを捉えていくべきではないかと思います。
そういう意味で、可能性を感じる領域が、地方なんです。
今、国が人口減少で各自治体に地方創生の総合戦略をつくる動きがありますが、私は島根県の海士町と滋賀県の近江八幡市でお手伝いしました。普通は住民を入れずにつくるか、入れても表面的だけど、海士町と近江八幡はそうしなかった。
海士町で言うと、地方創生の総合戦略は次世代のリーダーシップ育成だ、次世代からこの街をつくっていく人たちの仲間づくりなんだって目的を明確に持っている。
私がファシリテーターとしてお手伝いで入って、バックキャスティングの考え方で、つくりたい未来を描き、その未来と今の社会の、何がつながっていないのか?それらをつなげるにはどうしたらいいのか?ということについて話し合いました。
参加者みんながシステム思考を身につけるので、共通言語になり、非常に可能性を感じましたね。
菜央 地方創生とは、市民が学んで自ら地域をつくり、立て直していく。みんなでサステナビリティってなんだろう?レジリエンスってなんだろう?と考え、まちをつくっていく。最高の教育ですね。
2015年に、トランジションタウン・ムーブメントの発祥の地として有名な、イギリスのトットネスという町に取材に行って来たんです。ロンドンから電車で4時間以上、人口は8000人くらいの田舎の小さな町です。(詳しくはこちらの記事でも紹介しています)
トランジションタウン・ムーブメントは、僕の解釈では、市民一人ひとりの可能性を最大限発揮して、幸せで、レジリエンスがある持続可能なまちをつくることを目指しているんですが、その仕組みの一番すごいところは、誰にでもワーキンググループと呼ばれる小さな活動を立ち上げられて、相互に協力する仕組みにあります。
その結果、「断熱」「食べ物」「スキルシェア」などさまざまな活動があるんですが、近年大変に盛り上がっているのが「リエコノミープロジェクト」という、地域経済をのつくりなおそうというワーキンググループです。
一言で言うと、地域内でお金が生み出され、使われたお金が循環する状況をつくった。その出発点になったのが、「地域の経済計画づくり」です。
それが、「トットネス地域経済ブループリント」です。
これは、市民と大学が協働して、地域の食、建物の断熱、再生可能エネルギー、健康医療福祉という4分野で、調査と提言をまとめています。
地域の食を例に言えば、トットネス地域の食関係の総支出が約50億円。そのうち、6割の30億円がたった2つの大手スーパーチェーン(地域外資本)で消費されていて、残りの4割、20億円が60ある地域資本の食料品店で消費されていた。
さらに、総支出約50億円のうち、半径50km以内で生産された食料の比率は27%であり、残りの73%は地元以外から調達した食料だということがわかったんです。
購買力のあるスーパーに対して、近隣の小さな農家は売り負けて十分な利益を上げられないことや、利益確保のため効率を追求するスーパーは雇用人数が非常に少ないうえに賃金が低いのに対して、地域の食料品店は近隣の小さな農家から適正な金額で調達をしていること、雇用人数も多い。
地産地消を進めることが、地域に富をもたらし、雇用をもたらすことがわかってきたんですね。そのデータをみんなで共有できたことで、どんな活動をしていけばよいか、はっきりしたそうです。
枝廣さん それは、大きな一歩ですね。
菜央 今では市民だけでなく、市の職員も議員も町長さんもその経済計画を持ち出して議論の土台にしているそうです。
それくらいのインパクトが町にあって、その後地域でビジネスをつくる起業家を増やすためにシェアオフィスが町にできたりとか、起業する人も集まってきて、今は新しく起業する人に、どうやってみんなでサポートできるかをワークショップ形式で話し合うイベント「ローカルアントレプレナーフォーラム」なども行われています。
そんなトランジションタウン・ムーブメントが世界中に広がりつつある。その成功の秘訣はなにか?
それは、「個人の可能性を最大化しよう。みんなでつながって、地域経済をつくりなおして、レジリエンスを取り戻そう。そして、持続可能な社会をつくっていこう」という順番になっている。
サステナビリティは当然最重要課題ですが、あくまで望ましい状態であって、メッセージとしては「僕の、あなたの話」なんだなぁ、と思っています。
枝廣さん 日本はそういう事例を参考にしつつ、世界の課題最先端である人口減少とか他の国がまだ直面していない問題にも対処できるようになって、世界に発信できるとよいですね。
菜央 本当にそうですよね。今、マインドフルネスとか非暴力コミュニケーションなどといった、東洋と西洋を行き来した思想がすごく重要な意味を持っている時代だと思います。
今後もそういうことを一緒に発信できたら嬉しいです!
2016年のインタビューでしたが、今にも通ずるものが多く、サステナブルな社会をつくるためのヒントを再発掘できたかと思います。
2023年4月にはいよいよ武蔵野大学の工学部サステナビリティ学科が始まります。どんな学びが生まれていくのか、今後もグリーンズではお伝えしていきたいと思っています。
– INFORMATION –
(編集:古瀬絵里)