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ゲストハウスを拠点に、医師がまちに飛び出した!「暮らしつなげるまちづくり診療所プロジェクト」が照らす、地域医療の未来

※この記事は、「暮らしつなげるまちづくり診療所プロジェクト」とgreenz.jpが共同でつくっています

あなたは「お医者さん」や「医療」という言葉にどんなイメージを持っていますか? 都会にいると周囲に数多くある病院や診療所。けれど、そのなかでお互い名前を知っている関係性がある人は少ないのではないでしょうか。

今回ご紹介するのは、地域に出ていき、医療をもっと身近なものとして捉えてもらいたいと活動している福井県南越前町・今庄(いまじょう)診療所勤務の医師、新野保路(しんの・やすみち)さんが中心となって活動している、「暮らしつなげるまちづくり診療所プロジェクト」です。

誰も医療の網の目から取りこぼさない、より開かれた医療を目指し、自ら病院の外へ出ていくことを決意した新野さんは、2019年からまちのゲストハウスを舞台に、医師を志す大学生や研修医がまちに暮らす人と関わりあいを持ち、地域に開かれた医療を体験するプロジェクトをスタートさせました。

重い病気でなくとも気軽にお医者さんに相談できるような、医療と暮らしの垣根が低い状況であれば、たとえ人口減少に悩む地域であっても安心して生きていける。そんな未来が見えてきそうなこのプロジェクト。あなたのまちにもきっと応用できるエッセンスがたくさん詰まっているはずです。

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南越前町で生まれた
「暮らしつなげるまちづくり診療所プロジェクト」

福井県南越前町は、福井県のほぼ中央に位置し、山・海・里を有する今庄・河野・南条の3つの地域がある人口9800人(2023年2月現在)ほどのまちです。なかでも今庄地区は、北国街道の要所であり宿場町として栄えた歴史があり、気候をいかしたそばの栽培や、江戸時代から続く酒蔵が4軒残るなど、2021年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された「今庄宿」のまち並みを中心としたまちづくりを進めています。

今庄宿は地域住民を中心に10年以上保全活動を行うなかで、古民家をいかしたそば屋やショップ、宿などが新しく生まれました

お隣の越前市に出れば大型スーパーや学校もあるなど、車があれば生活に不便はなく自然豊かな南越前町ですが、他の中山間地域と同様、若者が進学や就職を機に町外へ出ていき、集落によっては高齢化率が6割になるところもあるという、人口減少の問題を抱えています。それは、まちにとって働き手や行事の担い手がいなくなることと同時に、医療や介護の負担が大きくなることも意味します。

「南越前町国民健康保険 今庄診療所」は、19の病床を持ち、前身である病院から70年以上にわたって地域医療の中心を担ってきました。また、隣にある社会福祉協議会や地域包括支援センター、町内の高齢者施設、町の保健福祉課の多職種など、保健・福祉に関わる人たちとも関係性を密にしながら、24時間体制で診療を行っています。

今庄診療所の外観。診療所については福井大学・GGGセンター制作の動画でも紹介されています(提供:まちづくり診療所プロジェクト)

学生時代から今庄診療所に関わるなかで、「地域も診療所の未来も、このままでは危なくなる。地域のもっと豊かな未来に貢献したい」と考えていた新野さんは、地域密着型のゲストハウスを立ち上げた中谷翔(なかたに・しょう)さんとともに、地域医療の未来を考える「暮らしつなげるまちづくり診療所プロジェクト」(以下、まちづくり診療所プロジェクト)を立ち上げました。

交流型ゲストハウスを拠点に、医師の卵がまちへ出る

「とにかく診療所を出て、白衣を脱いで話をしたかった」という新野さんは、2019年からまちに手づくりの屋台を出し、お茶を振る舞いながらカジュアルに交流したり、地域医療とゲストハウスをテーマにしたオンライントークイベントを行うなど、医療と診療所の存在を身近に感じてもらう機会をつくってきました。

まちに手作り屋台を出し、ざっくばらんに医師と住民がお茶を片手に語らう取り組み(提供:地域まるっと体感宿玉村屋)

その流れを拡大したかたちで、まちづくり診療所プロジェクトでは診療所が主体的にまちづくりに関わるために新野さんが音頭を取り、今庄診療所に研修に来る医学生や研修医たちが参加。彼ら・彼女らが1日まちへ出て、地域住民にインタビューをしたり、仕事を手伝ったりしてコミュニケーションを図ることで、住民と研修医がともに地域の総合診療に興味を持ち、身近に感じてもらいたいという目的がありました。

中谷さんは「泊まれる寺子屋」というコンセプトで、地域を教室と見立て、地域住民の暮らしや生き方から学ぶカリキュラムを持つ交流型ゲストハウス「地域まるっと体感宿 玉村屋」を今庄宿の街道沿いで運営しています。

今庄宿の街道沿いにある玉村屋は、築90年の町家である旧玉村邸を改修し、個室3部屋とキッチン・コミュニティースペースがある宿として2019年にオープンしました

中谷さんは2016年に地域おこし協力隊として南越前町へ移住しました。今庄宿の一角の古民家を改修してゲストハウスを運営するほか、南越前町南条観光協会の事務局や南越前町観光連盟での旅行業務も担当。現在も滋賀県にある自宅と2拠点居住をしながら、イベントの企画運営や地域での起業・創業支援を行うなど、精力的に活動しています。

中谷翔さん

中谷さんは、新野さんから聞いたまちづくり診療所プロジェクトのアイデアに賛同。今庄で暮らし、働くひとを講師として招き、暮らすように泊まって学びを得る宿のスタイル同様、医学生・研修生が玉村屋に泊まりこんで、暮らしを学ぶことができないかという検討をはじめました。

コロナ禍もあり、2022年の回では医療関係者が宿泊するスタイルは叶わなかったものの、まちの人と医療関係者がつながる場所として、普段から地域密着型の宿として町内の農家や商売を行う人を講師にイベントやワークショップを行っている玉村屋を拠点に、プロジェクトを進めていくことになったのです。

具体的には、医学生・研修生が半日〜1日程度、玉村屋に集合してまちの人に話を聞いたほか、それぞれの得意ごとを披露するなどの交流を行いました。

医学生が地域住民にインタビューを行いました(撮影:栗原成美)

仕事のお手伝いをする場面も(撮影:栗原成美)

ご自身も、僻地の島を舞台にした医療ドラマ『Dr.コトー診療所』に登場する医師に憧れていたことがある中谷さんは、このプロジェクトにやりがいとおもしろさを感じています。

中谷さん ゲストハウスってすごく多様性がある場で、そこに磨きをかけられるということがまちづくり診療所プロジェクトの一番おもしろいと感じる部分です。

うちの宿は、普段からいろんな地域の人の暮らしを体験するコンテンツを提供していて。例えば地域の農家さんのところへ行って、一緒に何かするとか。だから、地域の人たちの健康な日常があってこそ、成り立つ部分も大きい。その日常を維持するために、ゲストハウス自らがこのプロジェクトに寄与することに意味があるんじゃないかなと思います。

まちのイベントなどを通して旧知の仲だった中谷さん(左)と新野さん(右)。「医師は医療関係者以外と触れ合う機会が少ないため、企画の立て方などとても勉強になった」と新野さんは語ります

もっと開かれた診療所にしたいのなら、
自分が外に出るしかない

診療所の仕事は、少人数の医師で患者さんを診る上、24時間体制の医療を行うために当直などもありとてもハード。新野さんは、診療所の仕事にも当然手を抜くことなく向き合っています。その上で「診療所の外でも活動したい」と考えているのは、いったいどうしてでしょうか?

新野さん 今庄診療所は、もともとかなり地域に開かれた診療所だと思ってるんですが、それでもやはり「診療所に行きにくい」って声を結構聞くんですね。そういうハードルの高さを下げて、体調が悪くなってしまう前に、地域のみなさんの病気を防ぎたい。

新野さんは、どのくらいの人が医療と関わるか?という研究を例に挙げて、医療とまちの人がつながる必要性を訴えます。

めったに白衣を着ないという新野さん。周囲からは「新ちゃん先生」と呼ばれているそう

新野さん 住民1000人の村があったとしたら 、そのなかで積極的に病院など医師に診てもらう人は300人程度。でも実は880人が体調を崩すなどの症状があって、医師と関わらない残りの人は、悩みながらもそのまま過ごして悪化してしまうという研究があるんです。

医療機関で働いていると、基本的には「来る人を待つ」感じになってしまうんですよね。 すると300人しかアプローチできない。在宅医療や訪問診療もありますが、数は限定的です。誰も取り残されないよう、医療に積極的には関わらない人にもアプローチしたいのなら、医師である自分のほうが地域に出る必要があるなと思ったんです。

また、医療を提供する側の問題として、診療所へ実習へ来る医学生や地域医療研修として派遣される研修医が、患者である地域住民とほとんど関わることなく医師になることもあるそう。新野さんは、そんな現状をどうにかしたいとも考えていました。

新野さん 初期研修医は、1ヶ月の地域医療研修が必須となっています。今庄診療所にも地域医療の研修先として学生や初期研修医が年間15〜20人来ますが、年次が上がるとともにどんどん頭が固くなってしまうように思っていて。病院や診療所にくる患者を診るだけでなく、地域で生活しているひとりの住民として患者を診てほしいという思いがあります。

どこまでも患者思いで腰の低い新野さん。なぜ医師を志し、地域医療に目が向いたのか? もっと知りたくなって聞いてみました。

新野さん 滋賀県大津市出身で、大学から福井なんですが、地元で家族みんなを診てくれた開業医の方に憧れて医師を志しました。学生時代はドラマ『白い巨塔』のような権威主義的な医療が嫌で、大学を辞めようかと思ったほどだったんです。今はそんなの福井にはなさそうですが…(笑)

そんなときに地域医療をやっている先生方と出会って。大学の地域医療サークルで今庄診療所の皆さんにお世話になったこと、僕の趣味が鉄道で、鉄道をいかしたまちづくりに関わっていたこともあり、後期研修終了後に今庄診療所を選びました。

JR北陸本線今庄駅。現在は無人駅ですが、近隣には旧北陸本線トンネル群など人気の鉄道遺構が多数残っています

ひとの暮らしを包括して診る、総合診療専門医というあり方

新野さんの専門は「家庭医療・総合診療」です。専門というと、まず内科や外科などを思い浮かべますが、家庭医療・総合診療の専門医とはどんな存在なのでしょうか。

家庭医療・総合診療が提供する医療は、普段から近くにいて、身近にあって、何でも相談にのってくれる医師によるもので、「プライマリ・ケア(Primary care)」とも呼ばれます。

また、家庭医・総合診療医は、患者の特定臓器に着目するのではなく、地域に住むあらゆる年齢、性別の患者の健康問題に向き合って治療を行います。

その基盤となるのが、「家庭医療・ファミリーメディスン(Family Medicine)」と呼ばれる考え方です。

新野さん 僕は特に「暮らしを診る」ということを大事にしています。暮らしを妨げない医療、つまり手術や入院をして先端医療を受けるだけが手段ではなく、暮らしを尊重するためにときには撤退してもいい、という考え方をとるんです。家庭医療に取り組む家庭医・総合診療医は、ひとの暮らしや趣味を支えるプロフェッショナルという存在を目指しています。

僕は今庄で、家庭医療をもっと地域に根づかせていきたいですし、今後、専門を決める医学生にも、家庭医療のおもしろさに気づいてもらえたらと思っているんです。

手術や入院を勧めないこともあり、臓器や症状ごとに分化させず患者の全部を診る、家庭医・総合診療医という存在があるなんて! 今まで自分が持っていた医療に対する常識をことごとく覆す発言に驚くばかり。

新野さんは、ドラマ『Dr.コトー診療所』を例に挙げながら、今後は現代医療で細分化されすぎた医療の逆をいく、「患者さんの暮らしを知り、その人となりに基づいた診療を行い、必要ならより高度な医療につなげる医療」がもっと必要になってくるのではないかと話してくれました。

中谷さんは、現在の今庄の医療について、物理的にも心理的にも診療所との距離感が近く、「顔の見える人として診る」ことがきちんとされていると感じているそう。特に、お子さんが生まれてからは、「子連れですぐ気軽に行ける診療所があるのは、移住先を選ぶひとつの基準になるくらい大事」と思うようになったと話します。

都会では医療機関が豊富にあるにも関わらず、普段病院に行かない人にとっては「かかりつけ医」などおらず、緊急時の需要と医療側の受け入れ体制のミスマッチが起こって必要な医療にたどり着けないこともある昨今。家庭医療の考え方をベースとした家庭医療・総合診療専門医という存在は、医療の未来の方向性を示す希望の光のようにも思えてきます。

「今庄診療所の医師は新野さんに限らず、どの方も『人を診る』ことを実践していて心強い」と中谷さん

研修医・医学生が感じた、
まちの人の暮らしぶりと人生の豊かさ

3カ年計画で進めているまちづくり診療所プロジェクト。2022年7〜12月には、福井大学病院、福井赤十字病院、福井大学医学部医学科などから来た14名の研修医・医学生が参加。研修・実習期間中、まちに出て、普段は患者さんとして接している人のところへ行き、彼ら・彼女らの仕事を体験。生活の聞き取りや、学生からの得意ごとの発表なども行いました。

これらの活動で、プロジェクトに参加した医学生や研修医にはどんな気づきや発見があったのでしょうか?

新野さん 医学生・研修医には、人の暮らしを大事にしながら診療することを学んでもらいたいと思っていて。実際に住民の方が知恵や意見をいろいろ授けてくださり、家庭医療についての学びを深められることができました。

さらに、「人としてこういうことを大事にした方がいいよ」というような、人生訓のような部分も学びがあったようで、そこは個人的には意図しない、よりよい効果だったように思います。

まちへ出向き、お話を聞く体験は、学生・研修医にとって貴重な時間となりました (撮影:栗原成美)

今後、住民へのインタビューなど、活動の様子は写真や動画でまとめられ、公式サイト「家庭医とゲストハウス宿主が贈る里山の幸せな暮らしのマガジン」上で公開されるほか、出版物にして発表することを目指しています。

人生を振り返り、自己肯定感が上がったインタビュー体験

地域の方々は研修医・医学生の活動からどんな印象を受けたのでしょうか? インタビューを受けた方にも感想を聞いてみました。

玉村屋と同じ通り沿いにある「上山精肉店」の上山優美(うえやま・ゆみ)さんは、ご自身のことについて学生からインタビューを受けただけでなく、学生と一緒に肉屋の仕込み作業や、趣味の革細工をするなど、交流を深めたそう。「医学生がうちの3番目の娘と同じ歳だったから」と明るく振り返りながら「自分の人生を改めて知るいい機会だった」と話してくれました。

上山さんは以前、身体の調子を崩し突然入院することになった経験から、健康第一。今は週5回の水泳も欠かさず、なにかあれば診療所にすぐに行くようにしているそう

今庄駅からまっすぐ伸びる通り沿いにあるお土産屋「SHOP山麓郷」を営む高谷直樹(たかや ・なおき)さんは、20歳の医学生からのインタビューを受け「とても純粋な子たちで、お年寄りに寄り添ってくれそうだと思ったし、いいお医者さんになってほしいなぁ」と、学生の素直さに感銘を受けたと話してくれました。

「自分の子供の頃に4つあったまちの小学校は2校になり、息子の同級生は9人」と高谷さん。人口減少のリアルさに言葉を失います

高谷さんは地元が今庄で、大学から県外へ出たものの、30歳を区切りに故郷に戻り、家業を継承。さらに2021年には、家業の洋品店の前にあった空き店舗を改修し、地酒やそばなど地場産のお土産を扱う店をオープン。マルシェイベントを開催するなど今庄宿の活性化に尽力しています。

医学生のインタビューに帯同していた中谷さんは、「自分の話を聞いてもらう」という経験自体がまちの人にとって珍しく、うれしいことで、「わたしたちの生活って悪いものじゃない」と自分の価値を再認識し、自己肯定感を高める体験だったようだと言います。

コロナ禍で難しかったまちのイベントでの屋台出展ですが、3月に本格デビューする予定

ゲストハウスはゆるやかに医療とつながる場になれる

インタビューや暮らしの体験に応じた今庄在住者は全部で10組。若い女性から高齢の方まで、しかもパン屋さん・お肉屋さん・豆腐屋さん・最高齢の看護師さん・移住者など、さまざまな生活スタイルを持つ方に協力を得ることができたのは、その多くが玉村屋に縁があったから。

通常、宿には旅行者は訪れても、まちの人が訪れたり、関わったりすることは少ないものですが、玉村屋では食事会やワークショップを開催したり、毎月出張のタイ式リラクゼーションを行うなど、地域の方にゲストハウスの存在を認知し、親しんでもらうよう工夫を凝らしていました。

「診療所の外に出る」と決意した新野さんですが、「どのように普段病院に来ないまちの人と知り合うことができるのか? 」は、難問でした。

その解決策のひとつが屋台であり、玉村屋との連携です。

新野さんは、「まちの人の暮らしや生き様を体感し、県内外の医療を担う学生や研修医の将来にいかしてもらうには、学生・研修医がゲストハウスに滞在するのが最適では」と、コロナの影響で見送られた宿泊型プログラムの来年度以降の実現に向けて意気込んでいます。

コミュニティスペースがあるゲストハウスで、まちの人と医療従事者が卓を囲んでざっくらばらんに話をすれば、敷居が高いと感じる医療への意識も変化していきそうです(提供:地域まるっと体感宿 玉村屋)

診療所の枠を越えた地域医療にチャレンジしたい

今庄診療所に来る医学生・研修生とまちの人たちをつなげていく、まちづくり診療所プロジェクト。一過性のものにしないため、プロジェクトの成果をWEBサイトや冊子出版のようなかたちで残していくほか、新野さんと中谷さん共に、引き続き家庭医・総合診療医を目指す人の研修や体験の受け皿として宿のプログラム継続していけたらと考えています。

最後に、今後このまちづくり診療所プロジェクトをどんな風に発展させていきたいか、展望を聞いてみました。

新野さん 遠い未来の話になりますが、診療所らしからぬ診療所をつくりたいんですよね。

例えば表向きには診療所の看板は一切出さないとか、道の駅のような公共施設の端っこにちょろっと診療所があったりとか、カフェを装っておいて、「ちょっと行ってみない? 」って気軽に行けるとか。そんな場づくりができたらいいなと思っています。それも、できれば公立の施設として。

実は、民間の病院や診療所では、ヤギを飼っていたり、スタジオを併設するなどユニークな施設をつくっているところも既にあるのだそう。新野さんはそういった既存の医療施設の枠からはみ出した施設を、公立でつくっていくことに意味があると考えています。その背景には、今の医療のあり方を変えていきたいという、新野さんの強い思いがありました。

新野さん 今、全国の公立の診療所はどこも高齢化に直面しています。患者もそうなんですが、実は医療者も高齢化が進んで、担い手がいないんです。

公立で、病院・診療所という概念自体を捨てるような施設づくりにチャレンジして、「楽しいよ」とアピールすることで、地域医療を目指す医療者が増えてほしい。最終的には、住民の方の健康が維持できて、その地域が持続可能になるところまで持っていけるといいですよね。

診療所を担う医師のなり手不足は、その原因のひとつに宿直勤務が多いなど、厳しい就業環境があります。「家庭が維持できない」「趣味と両立できない」と思われ、いいイメージを医師や学生が持てないことで、地域医療に興味を持ちづらくなっていることも挙げられます。

新野さんは、そうした状況を打開するためにも、公立の診療所が、もっと地域とつながり、開かれた「楽しい」ものに変化していく必要があると言います。

新野さん 医師って、割と体育会系で、今までは強い使命感があってなんとか日本の医療が成り立ってたわけです。けれど、そんな環境で無理に頑張っていたら、きっと医療従事者同士も仲良くできないし、患者や住民にやさしくできない。そういうあり方はもうやめた方がいいんじゃないか、と僕は思うんです。

宿直の多い勤務形態など、診療所が持つ構造的な問題も、やり方次第では変えていけるはず。身体の不調だけではなく、暮らしもこころも診る家庭医療的なかたちが、地域のひとも、医療従事者も救っていけたらいい。そう新野さんは力強く話を締めてくれました。

白衣を投げ診療所を出て屋台を引く新野さんと、後ろから支える中谷さんのイラスト。似てますよね!

あなたの地域でも、気軽に医療とつながる取り組みに
チャレンジしてみませんか?

取材を終えて、率直に思ったことは「家の近所にも新ちゃん先生がいてほしい!」ということ。また「お医者さんは偉くて遠い存在で、忙しいから短時間の診療は当たり前。人や地域に寄り添うお医者さんなんて理想に過ぎない」と達観している自分にも気づきました。

地域医療が持つ課題は、人口減と高齢化による従事者のなり手不足など、そのまま過疎と呼ばれるまちの課題そのもので、決して楽観視できるようなものではありません。

ただ、今はまだ診療所の外に出る医療者は少ないかもしれないけれど、新野さんのように地域医療に新しい風を吹き込む意欲的な家庭医・総合診療医は世の中にたくさん存在していて、活躍の場を求めている可能性は大いにありえます。

「今庄診療所の先生は、もともと患者の話を10分20分でも聞いてくれるくらい距離感が近いんやけど、新ちゃん先生はさらにまちへ出て、気軽に話をしてくれるのが素晴らしい」と上山さん

重い病気でなくとも気軽にお医者さんに相談できるような、医療と暮らしのあいだにある垣根が低い状況であれば、どこでも、誰もが安心して生きていけるはず。

あなたがお住まいの地域でも、ゲストハウスやカフェのような地域に開かれた場所に医療を組みこんだ活動をしていくことは可能かもしれません。ぜひみなさんも「まちづくり診療所プロジェクト」を参考に、まちの医療の未来を開く一歩を踏み出してみませんか?

「地域まるごと体感宿 玉村屋」で、まちの人を講師にしたワークショップも継続開催中。今庄へぜひ遊びにきてくださいね!

(編集:山中康司)
(撮影:佐野誠二)

[partnered with 暮らしつなげるまちづくり診療所プロジェクト]

– INFORMATION –

「暮らしつなげるまちづくり診療所プロジェクト」公式HPはこちら

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