オフグリッドの暮らし、というと、どこかストイックなイメージを持っていました。機械に詳しい人や環境活動に熱心な人が根性で続けている、というような…。
しかし、そんなイメージを覆すようなお家がありました。「ほぼオフグリッド」なお家です。「ほぼ」って、どのくらい? どんな人が住んでるの? そんな疑問を抱きながら、埼玉県の川口に向かいました。
高層マンションや大きな商業施設が建ち並ぶ駅前からしばらく歩き、小さな工場やアパート、住宅がひしめくエリアに、その家はありました。ウッディな日除けが印象的なモダンな一軒家。そこが、一級建築士の新井かおりさんが、建築事務所「Atelier Bio」のオフィスとして、そして自宅として暮らしているお家です。
「おじゃまします!」玄関のドアを開けると、ふわぁっとやさしい木の香りに包まれます。いきなり、取材ということを忘れてリラックスしてしまいます。「いらっしゃいませ」とにこやかに迎えてくださった新井さんに、勝手ながらくだけたムードで話を聞きはじめました。
このままでいいんだろうか? 原発事故が突きつけたクエスチョン
「いつから、オフグリッドを意識するようになったんですか?」まずはそんな質問をすると、新井さんは遠くを眺めるような表情でこれまでのいきさつを振り返りました。
きっかけは、2011年3月11日の東日本大震災。当時新井さんは、パートナーの転勤についていく形で生まれ育った川口を離れ、名古屋で子育てをしていました。
新井さん 電気のことはそれほど気に留めていたことはありませんでした。スイッチをプチッと押してただ恩恵を受けていたという感じで、電気がどうやってつくられているかなんて意識したこともなく。それが、原発の事故が起きたことで、このままでいいんだろうかという大きなクエスチョンが心に浮かんできたんですね。小さな子どもを育てていたので、これから子どもたちはどんなふうに生きればいいんだろうか、という不安もありました。
原発事故をきっかけに環境について学びを深めるようになった新井さん。エネルギーを巡る地球レベルの問題を解決する一歩として、自分の生活を見直すことからはじめることに。子育てをしながら食と環境について学びをシェアする活動をしながら、電気についての知識を深め、ネットワークを広げていきました。そして、パートナーの転勤が終わり、地元の川口に戻ることになります。
新井さん かねてから、川口に帰るタイミングで自分たちの家を建てようと思っていました。建築士で家の設計ができるので、まずは地産地消のエネルギーで暮らせる家にしようと。そして、どうせなら自分たちがいいなと思えるようなアイデアを盛り込んだ家にしようとあれこれチャレンジしてみました。それが、徹底的な省エネと、電力のオフグリッド化です。
まずは暮らしを「観察」し、とことん省エネ!
オフグリッドの家にするぞ! と思い立った新井さんがまず考えたのが、徹底的な省エネ。自給自足の「自足」の量を減らすことで自給しなければならない量を減らすことができるのですから。
新井さん まず、家で使っていた家電を消費電力とともにリストアップしました。オフグリッドになると限られた電力で生活しないといけないので、どこまで消費電力を減らせるかがとても大事なんですね。
消費電力を洗い出すために、コンセントと電化製品のプラグの間につけて消費電力を測る「ワットメーター」という機械を使うことも。使いながら測ることで、消費電力の数値が感覚的に掴めて意識が変わるのだそうです。
リストアップして改めてわかったのが、熱を発生させる電気機器の消費電力の大きさ。電気で熱を生み出すのは効率が悪いということで、ご飯を炊いたりポットのお湯を沸かしたりするのはガスを使うことに。
熱を出す電気機器といえば、意外なものがありました…。
新井さん 暖房便座って、意外に電気を食うんです。24時間熱を出しているわけですからね。なんとなく、ずっとつけていたんですけど、これはいらないなと。座ったとき冷たくなければいいんだから、便座カバーをつければOK、ということで。
テレビも観たい番組があるときだけつける、照明も、必要なところに必要な分だけつける、冷蔵庫は詰め込みすぎず、開け閉めも減らす…。暮らしを観察することで見えてくるちょっとした工夫の積み重ねが、大きな省エネにつながっていくのですね。
可能性を残しておくための、あえて「ほぼ」なオフグリッド
新井さんのオフグリッドハウスへのチャレンジの舞台となった敷地は、住宅や工場が密集するエリア。前面の道路が4mということで、通りかかる人に圧迫感を与えないような2階建てに。そして屋根の上に家族4人分の電気が賄えるくらいの要領として5.4kWの太陽光パネルと、太陽熱温水器を載せて…と、まずは屋根から家づくりの計画が始まりました。
新井さん 電気については、まず原発に頼らないようにしたいと考えていました。設計をしている段階のときにはまだ電力が自由化されていなかったので、電力会社の送電網にはつながらないオフグリッドにしようと。太陽光パネルや蓄電池の容量は、自分たちが暮らしの中で使う電気の量を積み上げるように計算して決めていきました。
当初は完全なオフグリッドをめざしていた新井さんが、最終的には電力会社と契約しながらの「ほぼオフグリッド」に落ち着いた理由は?
新井さん 将来いろんな可能性があるなぁ…と思って。子どもが大きくなったときにどれだけ電気を使うのかわからないなぁとか、親といっしょに住むようになるかもなぁとか、家を暮らしのショールーム的に使うとなると…とか。先々の変化に柔軟に対応できるように、いろんな可能性を残しておけるようにしたかったんですね。
完全オフグリッドではなくて、「ほぼオフグリッド」にしてみてよかったと思うことがいくつもあったそうですが…。
新井さん まず、太陽光だけでは足りない時でも電気が使えるという安心感がありますね。いまは新電力で再エネ100%のプランの契約をしているのですが、毎月の基本料金も、保険料と考えたらリーズナブルですね。そして、太陽光で発電した電気がどれくらい余ったのかが数値でわかって売ることができるのもうれしいですね。蓄電池に貯めるだけだと、いっぱいになったらその先の容量はわかりませんし、貯めることができない電気が無駄になってしまうのももったいない。
「ほぼ」だからこそ、いろいろできる、楽しめる
「ポリシーじゃなくて、暮らしのためにやってるオフグリッドだから気楽にいきたい」と、朗らかに語る新井さん。太陽光だけで足りるとはいえ、地球全体のエネルギー効率を考えて電気以外のエネルギーを使うことも。
新井さん 省エネのために、コーヒーメーカーじゃなくてハンドドリップでコーヒーを淹れるようになりましたし、パンもトースターではなくガスで焼いています。前述のとおり、ご飯も、短時間で効率的に炊くために電気炊飯器からガス釜に替えたりといった変化もありました。コーヒーもパンもご飯も、断然そっちの方がおいしいですしね。お風呂は太陽熱温水器のお湯でまかなっているので、ガス代もわずかで何より気持ちがいいのです。
エネルギー消費というと、寒い季節にいちばん気になるのが暖房。新井さんの家では、暖房にはペレットストーブが活躍しています。
新井さん 暖房はペレットストーブだけです。このペレットストーブは電気式になっていて、ペレットを入れてスイッチを押すとつきますし、タイマーもついていたりするので面倒なことがないですね。遠赤外線でじんわり家全体を暖めてくれるのが気持ちいいです。ガスや灯油の鼻につく匂いとちがって、スギやヒノキの香りが漂うのもうれしい。田舎だったら薪ストーブという選択肢もありますけど、都会だと煙突からの煙が気になりますし、薪をストックしておく場所もないんですよね。その点ペレットストーブは手軽に使えて快適なのでオススメです。
オフグリッド生活といっても太陽光による電気だけではなく、おいしさや快適さのために柔軟にいろいろなエネルギーを使い分けているところが、「ほぼオフグリッド」な家のほんわかした居心地の良さにつながっているようです。エネルギーを効率的に使うために必須なのが、省エネ。そこにも、建築士としての新井さんの経験が生かされています。
新井さん 日本の住宅で使われる断熱材は、ほとんどが化石資源からつくられたものです。できるだけナチュラルな素材を使いたいので、木のくずを固めてできた断熱材を壁や天井、床に使っています。組み合わせることにより気密性も上がるので、化学的な素材を使わずに高い断熱性能が担保できます。サッシも、水まわり以外は木製で、結露しないんです。こうした断熱材やサッシはドイツ製なのですが、いずれは日本でも当たり前になるといいですね。
電気や環境のことだけじゃない、暮らしにとって大切なこと
お話を聞いていると、エネルギーのことだけではなく、安心して快適に過ごせる暮らしへの眼差しが感じられます。建築士として新井さんは、どんな提案を心がけているのでしょうか。
新井さん とかくコストや効率が重視される世の中ですが、私は長い目で「暮らしの質」をよくするにはどうしたらいいかを考えています。心地よさみたいなものですね。自然素材で健康に過ごせたり、機械音を抑えてストレスを減らしたりすることって、暮らし続ける上でとても大切なことだと思うんですよね。自然のエネルギーを自給して生活できる安心感も、暮らしの質を高めてくれるんです。
エネルギーやオフグリッドというと、どこか遠い、難しいもののように感じてしまいがちですが、「暮らしの質」という視点で捉えると、すっと心に入ってきますね。
新井さん 食べ物における地産地消って、いまは給食なんかでも取り入れられていますが、エネルギーを自給することの大切さって、まだあまり伝わってませんよね。自分で育てた野菜を味わう喜びがあるように、自分の家でつくった電気を使えるという安心感も、生きる喜びとか、暮らしのゆたかさにつながると思います。
まだまだ実践している人が少ないオフグリッドを暮らしに取り入れるというのは、なかなか実感が湧きづらいもの。そこで、新井さんは、「えねこや」という団体の活動に参加して、オフグリッドのトレーラーハウスを学校などに運んでの出張授業なども展開しています。理想的な概念ではなく、現実的な手段としてオフグリッド生活を子どもたちが体験できる、親しみやすいアイデアですね。
新井さん オフグリッドって、まだマニアックでストイックなイメージがあるのかもしれませんね。私は、いろんな人が、自分のやりたいレベルで、できる範囲でやっていけばいいんじゃないかなと思っています。まずは、どのくらい電力を消費しているのかに向き合って、できることから。人によって好みも生活スタイルも、住んでる場所も家族構成もいろいろですからね。電気って自給自足できるんだと一人でも多くの人が感じて、生活に取り入れていきながら広がっていく。そんなふうになればいいなあと。
新井さんのお話を聞いていて面白いと思ったのは、地球規模の問題と、身近な暮らしの心地よさという二つの視点が常に行ったり来たりしているところ。持続可能な環境も、心地よい暮らしも、人にとってはどちらも大切なもの。その二つをつなぐヒントが、「ほぼオフグリッド」な新井さんのライフスタイルから見えてきました。
(撮影:廣川慶明)
(編集:増村江利子)
– INFORMATION –
わたしたちの暮らしを守るエネルギーミニカンファレンス
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