2022年11月1日、一般社団法人シェアリングエコノミー協会主催の「SHARE SUMMIT 2022」が開催されました。
第7回目となる今年のテーマは『次世代へシェアすること。−先送りしない持続可能な共生社会を −』。12のセッションが開かれ、地域社会や不動産、スポーツ、WEB3など様々な分野で「シェア」を軸とした議論がかわされました。
greenz.jpではその中から、石山アンジュさんがモデレーターとなり、日本の知の巨人・田坂広志(たさか・ひろし)さんにお話をうかがうオープニングセッション「次世代へシェアすべきこと〜知の巨人と考える混迷の時代の資本主義と民主主義〜」を取り上げます。
「新しい資本主義」
オープニングセッションの内容に入る前に、まずは、田坂さんが著書『目に見えない資本主義』にて提唱している「新しい資本主義」と「見えない資本」についておさらいをしておきましょう。
資本主義と聞くと、私たちは貨幣経済のことを指していると思いがちですが、文化人類学の視点から見れば、それはひとつの側面にすぎません。人類は贈与経済から交換経済を経て、貨幣経済にたどりついています。その中でも社会を一貫して支えてきたのは贈与経済。田坂さんは、新しい資本主義ではこの贈与経済こそが大切だ、と提唱しています。
「見えない資本」
世の中には、目に見えるお金や物といった資本以外に5つの「見えない資本」が存在する、という田坂さんの考え。これからは、この見えない資本を社会でしっかり育てていくべきだ、と提唱しています。
ここからは、「SHARE SUMMIT 2022」で行われた田坂さんとアンジュさんの対話をお届けします。「次世代へシェアすべきこと」というテーマのもと、ふたりの会話は「民主主義・資本主義の混沌をどう乗り越えるか?」という内容にまで至りました。
民主主義がむかえている新たな局面
アンジュさん 戦争や気候危機。エネルギーの高騰や物価高騰、そして経済格差や貧困問題。地球規模で今、さまざまな問題が起きています。これは「誰もが自由にお金儲けをしてもいい」という資本主義を私たちが続けてきた結果とも言えるでしょう。田坂さんは、今のこの時代をどうとらえていらっしゃいますか?
田坂さん 私が20歳くらいの半世紀前、みんなある信念を明確に持っていました。それは「進歩史観」。つまり、歴史というものは進歩していくんだという考えです。例えば、第二次世界大戦も終わり、これからは戦争のない平和な社会になっていくだろう、どんどん民主主義というのも広がっていき、全体として豊かになっていくだろう、という考えです。
東京大学卒業、同大学院修了。工学博士(原子力工学)。1987年、米国シンクタンク・バテル記念研究所客員研究員。1990年、日本総合研究所の設立に参画。現在、同研究所フェロー。2000年、多摩大学大学院教授に就任。社会起業家論を開講。同年、21世紀の知のパラダイム転換をめざすグローバル・シンクタンク、ソフィアバンクを設立。代表に就任。2008年、世界経済フォーラムのグローバル・アジェンダ・カウンシルのメンバーに就任。2010年、4人のノーベル平和賞受賞者が名誉会員を務める世界賢人会議、ブダペストクラブの日本代表に就任。2011年、東日本大震災に伴い、内閣官房参与に就任。2013年、全国から4800名の経営者が集う場、「田坂塾」を開塾。著書は80冊余。
アンジュさん 私は平成元年に生まれて、失われた30年をまるっと生きているわけですが、その信念は想像ができないですね。あまり社会が成長しているという実感を持てないまま、今日を迎えているように思えます。
田坂さん アンジュさんのおっしゃる通り、現実はかなり逆行していることが多いですね。それは、誰も経験したことのない時代にはいっているからです。
例えばロシアのプーチン政権。よくヒトラーの再来と例えられていますが、ヒトラーは核兵器を持っていませんでした。そして、地球温暖化も過去に人類が経験していない大きな危機です。歴史に学べば、何か非常に深い洞察が得られて明るい未来に向かって歩んでいける、という時代ではなくなりました。
アンジュさん そうですね。民主主義国家は今世界に89カ国ありますが、昨年、権威主義国が約90カ国となり、民主主義の国の数を上回りました。資本主義と民主主義の根幹が大きく揺らいでいるように思えます。
1989年生まれ。「シェア(共有)」の概念に親しみながら育つ。シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案する活動を行うほか、政府と民間のパイプ役として規制緩和や政策推進にも従事。2018年ミレニアル世代の官民シンクタンク一般社団法人Public Meets Innovationを創業。ほか羽鳥慎一モーニングショー(テレビ朝日)コメンテーター、世界経済フォーラム Global Future Council Japan メンバー、新しい家族の形「拡張家族」を掲げるコミュニティ一般社団法人Cift代表理事などを務めるなど幅広く活動。著書に「シェアライフ-新しい社会の新しい生き方(クロスメディア・パブリッシング)」がある。
田坂さん 独裁的な国家は今や、7割を超えています。民主主義は明らかに後退していますね。世界で最も民主主義が先進的だと思われているアメリカですら、フェイクニュース、民主主義の象徴とも言える選挙結果を認めない、といったことが平気でまかり通っています。世界全体が、民主主義の危機を迎えているのだと思います。
目に見える贈与経済に明るい兆しがある
田坂さん この現代の資本主義の大きな問題は、その根本にある経済原理をちゃんと理解していない方が多い、ということでしょうか。
贈与経済がなくなったら社会や貨幣経済そのものが機能しなくなる。そのことをよくわかってない方々が、資本主義自体をすごく薄っぺらいものにしてしまっているんです。
例えばリーマンショック。貨幣経済だけで動いた結果、信頼資本が一気に失われ、誰も金融業を信用しなくなりました。
私たちが本当に豊かな社会をつくろうと思ったら、目に見えない資本をしっかりと地域社会に育てていかないといけないんです。貨幣資本も金融資本も、重要ではあるのですけれど。
でも、明るい兆しもありますよ。私たちは、インターネットの世界では贈与経済から大きな恩恵をうけているんです。SNSでの情報のシェアは当たり前のようにみなさんやっていますし、検索エンジンもボランタリー経済を実現しています。検索するのに私たちはお金を払っていませんね。世界中のエンジニアが無償で開発したリナックスも、贈与経済でできた賜物です。
アンジュさん Q&Aサイトやショッピングサイトの評価も、みんな無償で投稿していますね。
田坂さん そう。そういったサービスをユーザーは無償で使えるけど、事業者はがんがん儲けている。インターネットの世界ではどんどん贈与経済と貨幣経済が融合して、このハイブリッド・エコノミーと呼ばれる経済にどんどん向かっている、ということも、しっかり抑えておくべきことでしょう。
資本主義の成熟には「日本らしさ」が必要
アンジュさん シェアリングエコノミーでも、見えない資本が交換されている瞬間というのを何度も目にしてきました。ただ、この資本を見える化しようとした瞬間、ジレンマのようなものが生まれてしまう気もします。国や組織が成長を目標にして、ものさしや評価システムをつくったりして。
田坂さん 非常にいいご指摘ですね。
大昔からずっと社会を支えてきた贈与経済が、陽の目を浴びずに影の経済としておいやられてしまったのは、ずばり定量化ができないからなんです。しかも、家庭や地域という閉じた社会でおこっているので、ただですら見えにくい。だからと言って、じゃあ見えるようにすればいいのかと、すぐに定量化の手法に走ると、やはり矛盾がでてきます。
アンジュさん わかりやすい例で言うと、SDGsですね。いろんな企業や個人がSDGsを目標に掲げてアクションをしていらっしゃいますが、PRに走りすぎたり、エコグッズをつくり過ぎてしまって逆に環境破壊をしてしまう、いわゆるグリーンウォッシュのようなことが起きます。
田坂さん そうですね。もちろん定量的なものはあっていいと思います。アクセス数やいいねの数を指標に、コミュニティを大きくする、とか。
ただ、数字にばかりこだわると、気がついたら既存の貨幣経済の仕組みの中に巻き込まれてしまっていることも。むしろ、私たちの中で大切にすべきなのは、いいものをいいと見つめる人間としての目利き能力です。
1人の人間の精神が成熟するとは、一体どういう意味なのかを考えてみてください。私はそれは、目に見えないものが見えるようになる、ということだと思っています。目の前にいらっしゃる方のちょっとした心の動きや、この場の空気をふっと感じられるとか。資本主義の成熟も同じで、まさに目に見えないものをしっかり見つめることができるような社会だと思うんです。
例えば、新しい若い社会起業家が現れた時に、収益計算やリターンオンインベストメント(ROI)といった数字だけで見るのではなく、その志が素晴らしいとか、事業モデルがなかなか楽しみだとか、そういったところがが見えるかどうか。そうすることで、私たちは豊かで成熟した文化を築き上げていくことができるんだと思います。
アンジュさん 私は月の半分は大分県の豊後野市という田舎の集落に住んでいるのですが、野菜のお裾分けをよくいただくんです。
移住したてのころは、すぐに何かをお返ししなきゃいけないんじゃないかとか、道の駅で買ったらこれはいくらになるんだろうとか、すぐに数字やものに換算していました。
でも3年も経つと、こういうことは巡り巡っていて、信頼や関係性につながっているんだと、目に見えないものを信じることができるようになりました。
田坂さん そう。実は先ほどのインターネットで贈与経済と貨幣経済が融合しているという話。年配の方は、なんか懐かしいな〜、と思いながら聞かれていたかもしれません。というのも、日本の地域や企業では、見えない資本は当たり前に持ってきた価値観なんです。
例えば、「三人よれば文殊の知恵」ということわざは「知識資本」について言及しています。「世間様が見ているよ」という表現は評判資本。そして私も新入社員のころに上司から言われましたが、「お客様の信頼を築くのは10年。失うのは一瞬」という教えは、信頼資本を大切にしなさい、ということです。日本では古くから、見えない資本が大切にされ、蓄積されてきたんです。
ところが、欧米では「あなたはプロフィット(営利)かノンプロフィット(非営利)か」とすぐに聞かれます。社会貢献と利益追求は対立したもの、と考えられているからです。
アンジュさん 資本主義やSDGsは、西洋から流れついたものといった印象ですね。だからか、社会の利益と企業の利益を完全に分けて考えてしまいがちな気がします。
田坂さん そうですね。もう何年も前になりますが、CSR(コーポレートソーシャルレスポンシビリティ/企業の社会的責任)が日本にやってくるとき、私が最初に申し上げたのは、海外からわざわざCSRを導入する必要はないんじゃないですか、ということ。
日本にはもともと、志とか使命感を持って活動されてきた企業がたくさんあります。
わざわざ新しい横文字を使わなくったって、日本型経営の原点に戻ればいいのではないでしょうか、と。
でも結局、外からやってきた新自由主義的な資本主義が、パサっと日本らしい良さをそぎ落としてしまった部分はありますね。
ただ、まだ遅くはない。因習的な部分は落としていく必要がありますし、遅れているところは改善しなくてはいけません。けれども、この日本型信用主義というものを再評価して、絶対に失ってはいけないと思っています。
始まるきっかけは、「目の前の現実を1ミリでもいいから変えるんだ」という願い
アンジュさん ただ、そんな日本では政治不振につながるニュースを目にすることが多く、どうしても、今の民主主義に期待をもてない風潮があります。
田坂さん そうですね。私は、今の日本の民主主義の定義を根本から変えるべきだと思っています。昔から言われていることですが、国民の意識以上の民主主義っていうのは生まれてこないんです。今の日本は「おまかせ民主主義」。選挙の時は投票に行く。それで民主主義に参加していると、みなさん思っているわけです。
しかし、それで何が起こっているかといえば、公約では立派なことをおっしゃる政治家はたくさんいるけれど、選挙が終わったら、党内力学とかつまらないことで動いてしまう。そして結局、私たちはそこに無力感を感じるんです。
「社会の変革に参加すること」。これが民主主義の根本的な意味です。そこに定義を定めない限り、私たちの意識は高まっていかないと思っています。「目の前の現実を1ミリでもいいから変えるんだ」と思う人が無数に生まれる時に、この国に本当の意味での民主主義が生まれてくるんだと考えています。
ここで、みなさんにドイツの劇作家・ブレヒトの言葉を紹介しましょう。
田坂さん 私たちはつい、誰かすごい人がこのどうしようもない世の中をバッと変えてくれないものか、と期待してしまいます。
でも、それは間違い。
「私たちひとりひとりがこの国を変えていくんだ」
「英雄などは必要がない」
そういう考え方が広がっていかない限り、歴史の中で私たちは同じようなことを繰り返してしまうんです。
強力なリーダーを待望して、拍手喝采で迎えたけど、しばらくすると、ああ、こんなはずじゃなかったと。世の中の変革のその方法そのものを根本から変えるべきです。
アンジュさん すべての責任をリーダーに求めてしまう。そして、そのリーダーが使えなくなったら、次。そしてまた次。日本で短命な政権が続いているのも、イギリスで首相が45日で辞任してしまったのも、この流れの一端かと思います。自分たちが主体的になって国をつくっていけるか、という視点が大事ということですね。
志ある動きこそが社会を変えていく
アンジュさん シェアリングエコノミー協会では、個人や団体の声を自治体につなげることで、地域の政策に影響を与えてきました。
一方で、こういった機会があることを知っている方、また実際に選択肢として選ぶ方はまだまだ少ないのではないかな、とも思っています。田坂さんは、選挙に行く以外にどういった方法で国を変えていけると思いますか。また、どうやってその機会を増やしていけばいいと思いますか。
田坂さん 少し「えっ」と思われるかもしれませんが、「日々の仕事をしっかりやること」だと思います。
どんな些細な仕事にも、世の中を良きものに変えるため、という意味あいがどこかにあるはずです。その志を大事にしながら、自分の日々の仕事を通じて社会に光を届けるのです。
例えば、街で食堂をやっている方が、その街の人々に本当に栄養のある料理を安く届けたいと思う。それだけで、そこにひとつの素晴らしい社会起業家的な動きが生まれます。有機野菜を育てているあの農家さんと一緒に何かできないかとか、健康についてもっと知りたいのであのお医者さんに会いに行こうか、と。
そういう街の片隅で行われている志のある動きこそが、本当に社会をしっかりと変えていく活動です。千万、何百万人を救った。必ずしもそれだけが社会企業家の姿ではありません。
そして、日本の労働感の素晴らしさを見つめ直すべきだと思っています。なぜなら、日本という国にはあの言葉があるからです。
伝教大師・最澄の言葉「一隅を照らす。これ、国の宝なり」。
自分が世間の目立たない処に在っても、又自分の力が目立たない力でも、真の心に努め、尽くすこと。最澄はその大切さを説かれ、そのような人を国の宝として比叡山延暦寺で育てるよう、教えを残されました。
このような考えをしっかりもち、広げていくこと。これがアンジュさんの質問に対するひとつの答えかと思っています。
アンジュさん 驚きました。参加型民主主義をつくっていくためには、新しい選択肢が必要なのではないか、と思っていました。でも、まずは今目の前にある仕事から。次世代にシェアすべき、すごく大事な視点をいただいたように思います。
田坂さん さきほどのインターネットの話に戻りますが、なぜネットの世界ではハイブリッドな経済が生まれているのだと思いますか? それは、誰もが世界の中心だからです。
その人がお金持ちかどうか、有名かどうかはあまり関係ありません。わたしたちは、誰もが中心となれることを原点として、新しい民主主義をつくっていくべきではないのでしょうか。
アンジュさん おもしろいですね。ただ現実社会では、自分を守ることで精一杯だったり、他人と関わっていくことに遠慮を感じたり自信を持てなかったりする人も少なくはないかな、と思います。 その殻を打ち破って、社会と関わっていくにはどうしたらいいのでしょうか。
田坂さん 目の前の現実と格闘されてるアンジュさんらしい、深い質問ですね。
人間の幸せとは何か、というところに目を向けてみましょう。わたしたちが幸せを感じる時というのは、誰かの幸せのために活動し、誰かと結びついている時ではないでしょうか。
「使命」という言葉がありますが、これは、「命を使う」と書きます。
決して偉そうな意味ではないです。
一回かぎりの自分の命。それを何に使いたいのか、一度だけでいいのでしっかり見つめてみてください。使命のような想いを抱いた時、本当の意味で、あなたを中心とした志ある生き方が始まるのではないでしょうか。
田坂さん 使命感を持って動く方の周りには、人間同士の結びつきがあり、未来に向かっての思いがあります。活動は大変な時もあるし、何もかもがバラ色ではないにしても、誰かを幸せにしようとしてるんだ、という喜びがそこにはある。こういった幸福感がもう一度しっかり再生されていけば、社会との関わりは増えていくことでしょう。
自分の欲望のまま世界をカスタマイズできるインターネット。人のため世のため、という労働観をもつ日本。この油と水のような二つの世界に、資本主義の未来をひらくヒントがあるとは、思いもよりませんでした。
社会をよくしたいという思いをベースに、それぞれの街でかたちづくられていく小さな経済。その経済が同時多発的に生まれ、そして各地で大きくなることで、日本独自の資本主義が積み上がっていくのかもしれません。
とはいえ、日本のガラパゴス化を憂う風潮があるのも確かです。特に環境問題や貧困問題。実態がわからないまま、メディアやメーカーの言うことを鵜呑みにしてしまうこともあります。世界で起こっているニュースやデータも、自分の使命を考える上で大切なリソースになると思います。
次世代へシェアすべきことは何か。日々、自分に問いかけながら実践する。その背中を見せることが、私たち一人一人に今、できることなのではないでしょうか。
(編集:スズキコウタ、廣畑七絵、greenz challengers community)
(協力: SHARE SUMMIT 2022)