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地域循環をつくるため、都市部の人を迎える“玄関”になりたい。「宝塚にしたに里山ラボ」は、課題をあえて楽しむ姿を子どもたちの原風景にする。

兵庫県宝塚市と聞くと、「宝塚歌劇」や「手塚治虫記念館」などのイメージが浮かぶ人が多いことでしょう。

でも、実はそれらは市南部の都市部に集中し、市の北部約3分の2を占める高さ350m前後の山並みに囲まれた自然豊かな農村部についてはあまり知られていません。

宝塚市北部のこの地域は明治22年から西谷村と呼ばれ、昭和30年に宝塚市と合併して地図上には名称がなくなりますが、今でも「西谷地域」と呼ばれています。西谷地域は宝塚市に併合された昭和30年の人口約5800人をピークに、令和3年12月で2267人まで減少し、高齢化率は46.6%になっています。(出典:宝塚にしたにSMOCCA

(※)アイキャッチ写真提供:宝塚にしたに里山ラボ

JR福知山線の武田尾駅が西谷の最寄り駅。トンネルを抜けると自然豊かな風景が広がります(撮影:村崎恭子)

都市部から車で20分ほどのこの西谷の地で、少子高齢化の現状に危機感を持ち、地域の社会的な課題を解決しようと2017年4月に立ち上がったのが今回紹介する団体宝塚にしたに里山ラボ」(以下、里山ラボ)です。

今回の記事では、全国的に里山保全活動の担い手が高齢化していく中で、私たちがどのように地域と関わっていけば里山が抱える課題を解決できるのか、里山ラボの活動からその可能性を見出していきます。

里山と都市をつなぎ、共存する

はじめに、里山ラボの活動をいくつかダイジェストで紹介しましょう。里山ラボは、里山と都市の人たちをつなぎ、「里山とまちが共存する循環型社会」をつくることを目的にしています。

設立当初から西谷の魅力に触れるさまざまなイベントを開催し、これまで延べ1500人以上が参加しています。

「ごはんフェス」は新米がおいしい秋、西谷の自然の中で飯盒炊さんや自然の素材を使ったワークショップなどを体験できるイベント。「ごはんフェス」の規模を小さくした、少人数制の「ごはんフェスミニ」では、夏の野菜や水遊びを楽しみます(写真提供:里山ラボ)

「にしたに森の図書館」は、移動図書館を招き自然の中で本を楽しむイベント。シニア世代と子育て世代をつなぐ、クラフトや読み聞かせを行政と共催しています(写真提供:里山ラボ)

「里山の小さなおもてなし」は餅つき、味噌づくりなど、里山の暮らしを体験するイベント。シニア世代と子育て世代をつなぐ、気軽に参加できるプログラム(写真提供:里山ラボ)

また、「西谷のおいしい野菜を知って活用してもらいたい」との思いから、西谷の野菜を使ったレシピ集を地元の人気店とコラボレーションして発行するなど、最近はイベントにとどまらず活動の幅を広げています。

(写真提供:里山ラボ)

近い未来、暮らしづらくなる西谷の状況を放っておけなかった

ここからは里山ラボ代表の龍見奈津子(たつみ・なつこ)さんにお伺いします。

龍見奈津子(たつみ・なつこ)
一般社団法人宝塚にしたに里山ラボ 代表理事。早稲田大学第一文学部卒業後、米国留学。帰国後は西谷にUターンし、数ヶ月ほどの大阪での就職を経て、家業の測量設計事務所を手伝う。現在はNPO法人コミュニティリンクにも所属し、人や地域をつなぐ活動に取り組んでいる。

大学への進学以降、西谷を離れて東京や海外で暮らしていた龍見さんですが、2011年の東日本大震災を機に「日本で暮らしたい」と感じ、地元に帰ってきました。久々に西谷で暮らす中で、地域の変化に気づいたそうです。

龍見さん 父の測量設計事務所を手伝うことになって西谷で仕事するようになってから、地域に子どもが大幅に減っていると実感したんです。何か手を打たないとマズいと感じました。

龍見さんは「何をしたらいいんだろう?」と模索し、宝塚NPOセンター主催の「ソーシャルビジネス講座」を受講するようになりました。

そこで出会ったのが、現在の里山ラボメンバーの前中梨沙(まえなか・りさ)さんです。龍見さんは、前中さんたちが2014年に創刊した地域情報誌「にしたによいしょ」を手伝うことになり、地元の人たちと話す機会が増えていったそうです。

収穫祭に「にしたによいしょ」で出店した際の様子(写真提供:里山ラボ)

龍見さん 地域の大人たちと話していると、「自分の子どもたちはいつか西谷に帰ってくるだろう」と考えている人が多いと感じました。10年後にはその人たちは高齢者になるのですが、運転免許を返納しはじめると生活もままならなくなります。危機感を持たないといけないし、この状況をそのままにしておくのは無責任だと思いました。

そんな考えのもと、龍見さんは、前中さんを含むソーシャルビジネス講座の仲間たちと2017年1月に団体「宝塚にしたに里山ラボ」を立ち上げました。

宝塚にしたに里山ラボのコアメンバー。左から田村典子さん、龍見さん、前中梨沙さん、小紫祐さん(写真提供:里山ラボ)

里山ラボ設立時からのコアメンバーは龍見さんを含めた4人。理事の田村典子(たむら・のりこ)さんは建築系のフリーランサー。前中さんは隣の三田市で暮らし、実家の家業である農業や飲食店などで働き、小紫祐(こむらさき・ゆう)さんは宝塚市で訪問マッサージの治療院を運営。龍見さん自身は神戸市のNPOで働くなど、全員が兼業で里山ラボに関わっています。

龍見さん 西谷を支える役割を担う若い人が必要で、だったら西谷地域の人だけでまかなうよりも、西谷に興味がある人たちが手伝ってくれたら一番いい。そのために里山ラボが西谷の良い部分を外に紹介して、いろんな人に来てもらおうと考えました。

西谷の良いところとは、里山ならではの自給自足の文化です。龍見さんはしばらく西谷で暮らしていなかった分、地元に戻った際、西谷に伝わる独自の昔話や風習を新鮮に感じたといいます。

龍見さん 端午の節句で食べる「ちまき」ひとつとっても地域で手に入るものを使ってつくっているので、ほかの地域とつくり方が違います。なんでも手づくりが当たり前の地域だったので、西谷地域のおじいちゃん、おばあちゃんから技を教わる機会をつくっていきたいと考えました。

お正月のしめ縄は、田んぼからしめ縄のために収穫した青い稲穂の稲わらを使って編みます。しめ縄づくりワークショップは年末恒例のイベントになりました(写真提供:里山ラボ)

地域には、そんな龍見さんの思いを理解しサポートしてくれた大人たちも。危機意識が高く、若者を呼ばないと西谷地域は続かないと感じ、龍見さんを宝塚市西谷地区まちづくり協議会(以下、まち協)などの地域活動の会議の場に呼んでくれました。龍見さんは「時間が許す限り積極的に参加するようにした」と言います。

現在、龍見さんは西谷まち協の総務部部長でもある(撮影:村崎恭子)

龍見さん 「まち協」の会議に参加して、「こんな地域活動をしてもらっているから私たちは暮らせているんだ」と実感しました。都会にはない地域活動だと思いますが、消防団や道路の溝掃除、道路にはみ出す木の伐採などを地域の人たちが担っているんです。

だけど私の70代の両親が車の運転をしなくなったときに、どういう暮らしになるか。暮らしたい人が暮らせるようなまちにならないと、もうまちとしてダメだなと感じます。まち協の会議に入れてもらったこともいまの活動の原点ですね。

意識しているのは、自分たちが西谷の玄関になること

龍見さんたちは西谷地域の会合に参加しつつ、イベントで外から来る人との「関わりしろ」をつくり、里山で暮らす人と都市部で暮らす人との接点をつくります。

「イベントで出会った人たちがつながり、西谷の地域の方々と交流を持たれている様子を見るのがうれしい」と語る龍見さん。また、うれしいことに、イベント参加者だった人がボランティアスタッフとして関わる循環も生まれているそうです。

龍見さん 私たちができることは何なのかをよくみんなで話し合うんですが、西谷の先輩方のような職人的な技や料理の腕、里山をいかすスキルはないけれど、里山で暮らす人や都市部で暮らす人のニーズはわかっているので、「自分たちが西谷の玄関になることはできるんじゃないか」と考えています。

公式Instagramに投稿された移動図書館の様子。「定期的にInstagramを更新すること」も玄関をつくる活動のひとつ

人を呼び、循環をつくるために「玄関」の役割を意識した里山ラボの活動は、里山の文化を伝えるイベントだけでなく、レシピ集の発行や移動図書館の開催など、多岐に渡っていきます。今、こうして都市部と里山の距離感が縮まっていくことで新たな変化が生まれているようです。

龍見さん 里山ラボのイベントに定期的に参加してくれている方が、西谷に移住されたんですよ。家族の同意も必要なので、3年ぐらいかけてバスで通われて、パートナーの方も説得して。子どもや家族に関わる対人援助職をされている方なので、自然の多いこの場所は事業に最適と考えてくださったようです。

このような「西谷に移住したい」というニーズが生まれつつも、現状は市街化調整区域のために新築が建てづらいなど、いくつかの壁があり、簡単には物件を紹介できないと龍見さんは語ります。そもそも入居できる物件自体が少なく、空き家があっても家主が貸すことにあまり積極的でないといった背景もあるそうです。その現状を変えるため、龍見さんは移住定住に関する分野にも関わっています。

龍見さん 「まち協」からの依頼で移住促進サイト宝塚にしたにSMOCCAを制作したのですが、移住者を迎えるステップとしては、西谷で仕事ができる環境が足りていないと感じています。

(撮影:村崎恭子)

現在、宝塚市役所西谷庁舎や消防署、郵便局などが集積する、いわゆる西谷の官庁街にある空き家をリノベーションして移住の窓口にする計画が進んでいると言います。

龍見さん お店を出すなど何か新しいことにチャレンジしたいと思った人が気軽に活動できるスペースをつくることで、都市部から移住者を迎えるための玄関の役割のひとつになればと考えています。

宝塚自然の家を、みんなの愛着のある場所に育てていきたい

里山ラボは2021年5月に法人化し、現在、市の指定管理者として「宝塚市立宝塚自然の家」を運営しています。

宝塚自然の家。広大な敷地内にはアスレチックコースや飯ごう体験ができるスペースなどがあります(撮影:村崎恭子)

施設の再開に際して、アスレチックコースを拡充(写真提供:里山ラボ)

広大な敷地内の森林や湿原などを維持するため、宝塚市自然保護協会、宝塚エコネットなど、さまざまな団体が協力し、ボランティアで里山の生き物の多様性を守り、環境保全に関わってくれているそうです。

龍見さん 本当にありがたくて。環境保護団体のメンバーは市街地の方が多く、意外と西谷地域で活動場所を求めていることがわかりました。

そこで環境保護団体などとともに、親子が楽しく里山の課題解決に取り組む布石として「里山さくせん」を実施することに。親子で自然の中で遊びながら、豊かな里山を考えていくプログラムです。

2021年秋の「里山さくせん」では、クラフトに使う素材集めのため、宝塚自然の家の道や広場をどんどん歩き、落ち葉や枝、どんぐりを収集。子どもたちはカエルやバッタに興味津々で、生き物や植物にたくさん触れることができました(写真提供:里山ラボ)

龍見さん マッチを擦って火をつけたことのない子どもたちにたくさん出会うと、生きのびるスキルを育てていく必要があると感じます。「里山さくせん」では環境保全団体と一緒に、子どもたちもその親御さんも遊びを通じて里山の価値を知る機会になったり、ケガをすることからも生きのびるスキルにつながったり、そういうことを伝えあうコミュニティを育めればいいなと考えています。

火を使うイベントも多数。都市部の子どもたちにとっては生きるスキルにつながります(写真提供:里山ラボ)

里山と都市の人をつなぐ上で、龍見さんには最近心がけていることがあります。

龍見さん ちょっと外ばかり向いていた部分があり、なかなか西谷地域の方たちのお手伝いができていなかった部分があって。地元の人がこの施設に愛着をもってくれるようにしていかなければいけないと感じています。

そう考える背景には、龍見さんが地域の一部の人たちに「彼女たちは何をしたいのか」と言われたことがあります。

龍見さん それはごもっともな話で「自分たちも積極的に言ってこなかった」と反省しています。外から来る人の「関わりしろ」だけでなく、地元の人の「関わりしろ」をもっとつくっていかなくてはと考えています。

活動当初は親にさえなかなか理解してもらえなかったと振り返る龍見さん。関わりしろを増やしながら、地域の人たちに「西谷の価値」に気づいてもらうことが理解につながると考えています。

(撮影:村崎恭子)

龍見さん 世代間ギャップや、私の説明も下手だったのかもしれないですが、いずれは伝わると思ってやり続けてきて、ようやく少しずつ伝わりだしたというレベルです。それほど「西谷に価値がある」ということに気づいてもらいづらい。西谷の文化を地域の人から教えてもらうにしても、聴き方を間違えないよう、丁寧にコミュニケーションを重ねていかなければと考えています。

里山の課題をあえて楽しむ姿勢を見せる

(撮影:村崎恭子)

全国的に里山保全活動の担い手が高齢化していく中で、「どのように地域と関わっていけば里山が抱える課題を解決できる」と龍見さんたちは考えているのでしょうか。

龍見さん まず第一に、大人が楽しむ姿を若い人たちに見せることが大事だと思います。不平不満を言っても変わらないので、里山にある課題をあえて楽しみ、そこに向かっていく姿勢を見せることが大事だと思う。そうすれば子どもの頃に楽しい経験をしたなと思って戻ってきてくれるかもしれません。


イベント「森の光のサーカス」の様子。子どもたちの嬉しそうな表情に注目。西谷での思い出は心に刻まれているはず

龍見さんにはそう考える、原風景があります。

龍見さん おばあちゃんが七輪で焼いたおかきを食べた子どもの頃の思い出が今でも残っていて、今でもおかきが好きなんですよ。そういう経験があれば戻ってこようと思ったり、西谷地域のことを広めたいと思うんじゃないかと思っています。

西谷の魅力を体験してもらうために、龍見さんがずっと難しいと感じているのは、「西谷地区をどうしていきたいか」についての地域の合意形成だと語ります。

龍見さん まだまだわからない部分が多いんですよ。 地域の合意形成って本当に難しいなと思っています。「もうええねん」という人もいましたし、「ええねん」で終わったら無責任だという声もありました。何をしたらいいかわからない人たちもいると思います。

ただ、「地域の人たちが西谷をどうしていきたいか」を最近なんとなく感じられるようになってきていて、その道に一緒に行けたらなと思うのと、自分たちのやりたいことと合う部分があるので、そこを伸ばしていけたらと思います。

地域の人たちがどうしていきたいのかが見えづらい中で、法人登記前に「自分たちがどうしていきたいか」を共有するために、里山ラボのみんなで議論してビジョンマップをつくったことが大きいと龍見さんは言います。

1年以上議論して制作した、里山ラボのビジョンマップ(写真提供:里山ラボ)

龍見さん 視覚的に見えるものがほしくて、いろいろ話し合いながら、自分たちの進むべき方向を決めようと議論をしました。実は1年以上、議論してかたちになったものです。これをつくったことで自分たちの役割も明確になり、最初に話した「玄関になる」、その上で都市部の人たちに「循環してもらいたい」という思いが明確になりました。

里山ラボのコアメンバーと、サポートメンバー(写真提供:里山ラボ)

地域の会合は年配の男性が多いことも。そこに若い女性が飛び込んで意見するのはハードルが高いと思いますが、子どもの頃から異文化社会に触れてきたからか、龍見さんは地元の人たちと外からやってくる人たちの間でバランスよく立ち回るスキルが高く感じました。

また、交渉事やコツコツこなす作業はそれらが得意なコアメンバーに任せていたのも印象的でした。ざっくりとですが、「無理しない」「自分にできないことは、できる人にまかせる」「楽しむ」というのが里山の課題に立ち向かうためのコツなのかと思いました。

夏から秋にかけてイベントもたくさん予定されています。西谷に興味がある人は、ぜひ宝塚市自然の家に足を運んでみてください。

– INFORMATION –

宝塚市自然の家

・住所/宝塚市大原野字松尾1番地(駐車場あり)
・営業時間/10:00~16:00
・定休日/月、火、水及び12月~2月
・TEL/0797-91-0303(宝塚自然の家事務所)

(編集:村崎恭子、スズキコウタ)