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この記事がきっかけとなり、いくつかの雑誌の取材も引き受けてきた編集長・鈴木菜央(以下、菜央さん)。自分らしい生き方を特集する『Pen』 2016年4月1日号では表紙を飾ったこともありました。
それゆえ、トレーラーハウスと聞くと、千葉県いすみ市に設置された可愛らしい赤い建物が、今も頭に浮かぶ人は多いかもしれません。ですが実は、菜央さん一家がトレーラーハウスに住んでいたのは2020年まで。そして2022年春には、子どもの進学、菜央さんが武蔵野大学サステナビリティ学科で教鞭をとることが決まったのを機に、いすみから東京へ住まいを移すことになりました。
とはいえ、今のところ東京に住むのは子どもの進学に合わせた3年間の予定で、菜央さん自身は今でも週2日ほどいすみに戻る二拠点生活のような暮らしだそう。ですが、いすみでの暮らしはここで一時休止。
現時点で住む人がいないトレーラーハウスは賃貸にする予定だと聞きつけ、「『循環型の暮らし』を実践したい」と取り組んできた菜央さんのトレーラーハウスでの暮らしは、実際どうだったのか?「逆移住」した東京での暮らしをどうとらえているのか? など、さまざまな疑問をぶつけてみました。
トレーラーハウスに住むのは快適! とは言えないけど、面白かった
2016年からトレーラーハウスに住んでいた菜央さん一家は、娘さん2人を含む4人家族。なぜ住むのを中断してしまったのでしょうか?
子どもが成長してきて、一言で言えば家が狭くなった。
トレーラーハウスに住んでいたのは、2020年まで。そのあとは、あんまり活用できてなかったというのが正直なところかな。
と話す菜央さん。子どもの成長とともに、大人2人・子ども2人というよりも、大人4人という家族構成に近くなったこと、学校の制服や部活の荷物など、それぞれの持ち物が増えたことで、トレーラーハウスでは窮屈さを感じるようになったのだそう。
そんなとき、たまたまトレーラーハウスのすぐ隣の一軒家が売りに出されたため、そちらに移り住んだ菜央さん一家。居住スペースは広くなった一方、家に置けるものが限られているトレーラーハウスでの暮らしから一転、モノが増え続けるという状態に逆戻りしたといいます。
トレーラーハウスみたいなスペースの限られた家だと、常にモノの整理と捨てることが生活の中に組み込まれる。だから、モノは買うけど総量は増えない。自分にとって何が重要か常に考えるようになるしね。
だけど、スペースのある家ではモノを捨てないから、徐々に増えていく。一軒家へ移ったら、またモノが増えた(笑)
モノを買うときは楽しいけど、捨てることへの罪悪感もあるから、必要じゃなくなったときほんとうに面倒くさいしつらいなって、あらためて感じたね。
モノは、所有するほどメンテナンスが必要だったり、壊れたときの買い替えが必要になったりします。家族の変化に伴ってスペースが不十分になり、住み続けるのが難しくなってしまったトレーラーハウスですが、一軒家へ移ったことで、スペースの限られた住まいで暮らす良さも改めて感じたようです。
そんな菜央さんですが、今後、またトレーラーハウスに住むことは考えているのでしょうか?
今のところ、わかんないなぁ。でも、その可能性は全然ある。子どもが離れて、夫婦二人だったら、トレーラーハウスでもシンプルに暮せば十分だから、それも気持ちいいかなぁと思ってる。
トレーラーハウスでの旅は終わり。
でもここでの暮らしを糧に、旅路はまだまだ続く。
子どもの進学に合わせ、東京へ住まいを移すことになった菜央さん。それも、ある意味「実験」だといいます。
かつて「東京が違うなぁ」と思っていすみに引っ越してきたけど、それから12年くらい経ってみてあらためて感じるのは、東京の面白さや可能性。子どもが自分の意思で歩いて駅に行って、どこにでも出かけて帰って来られるのは、車が必須の田舎にはない部分だったりするし。
だから今は、その東京の面白さを楽しみたいし、すごく新鮮。長くいすぎたからかもしれないけど、田舎の面白いところが自分の中では当たり前になっちゃって、最近は面白くないところに意識が向いていた。草刈りしなきゃいけないとか、「庭が広くてめんどくさい」みたいなね(笑)
そういう感じで、場所を変えていくことで自分の視点が変わったり、面白いと思うことが変わっていくのも、楽しいなぁと思ってる。
ちなみにね、この裏にブラウンズフィールドがあって歩いていける。それが僕的には、めちゃポイント。お店があってお茶が飲めて、ご飯が食べられるから、借景じゃないけど自分の庭代わりに使ってて(笑)
そういう意味では、便利じゃないけど、ここはめっちゃいい場所にある。
地方に移住することを考えたとき、言葉を選ばずにいえば、「都市部へ戻ること=移住の失敗」ととらえがちですが、そのときの自分の環境やあり方、興味・関心に素直になってみてもいいのかもしれない。そしてそれは、失敗でもなんでもない。
自分の心を観察し、そのときどきの家族の状況などと相談しながら暮らしの実験を続ける菜央さんの肩肘張らない言葉に、そんなふうに感じさせられました。
あと、僕らはミニマリストじゃなかったというのは、小さな暮らしをやってみてわかったかな。ミニマリストにはなれないというか、ならなくてもいい。田舎に住んでいると工具はやっぱり必要だし、スーパーまで距離があるから、それなりに買いだめをする場合もあるしね。
今は、そんな4年間のトレーラーハウスでの旅を終えて、いいことも楽しいこともあったし、いまいちだったこともあったから、次に行こう! みたいな感じかな(笑)
トレーラーハウスよりは広いけど、いすみの一軒家よりは狭い東京の新居。物欲を煽られるCMや広告にあふれる東京に身を置いても、何度か小さな暮らしにチャレンジしてきたからこそ、ほんとうに必要でかついいものを使いながら暮らす、ちょっと不便なくらいの「ちょうど良さ」をやっと実践できていると菜央さんはいいます。
トレーラーハウスに住んでいた4年だけでは、それまでのモノの蓄積を減らすくらいでなんとかなっちゃうから、ほんとうにいいものを吟味して買うところまでは行き着けなかった(笑)
今の東京の家では、これまでモノを減らすことに何度も挑戦して、いろいろ実践したからこそ、なんでもかんでも買っちゃうんじゃなく、手元にあるもので工夫する努力をするようになったし、工夫によって生まれるスペースとか、気持ちよさのほうが重要だと実感できている。
モノに追われないという感じにやっとなれたね。
平和のために断熱する。エネルギーを自給する。
モノとの向き合い方に取り組みつつ、小さくて大きな暮らしを実験してきた菜央さん。これからの暮らしのテーマは「断熱」だといいます。
トレーラーハウスでも実感したけど、外気温に応じて家の中の温度がガンガン変わる環境って、すごく疲れる。体力も奪われるし、お年寄りとかだとヒートショックで亡くなったりするじゃない。それくらい温度差って強烈なんだよね。
断熱がしっかりされた家に行ってみたことがあるんだけど、快適の次元が全く違う。2月の真冬に、家の中はTシャツ、短パンで過ごせる20℃の世界。3階建てなんだけど、3階の一番高い窓の側と、1階の床近くの空気の暖かさがあんまり変わらない。すごいなと思って。
どこの国もそうだけど、気候とか、風土とか、いろいろな蓄積があって家がつくられているけど、トレーラーハウスはそういう蓄積が少ないから、いろんな課題が出てくるんだよね。
僕は自分で壁や天井を壊して自分で断熱材を入れたりしたんだけど、やっぱり、そういうのを面白がって手直しできる人じゃないと、所有するという意味では、トレーラーハウスに住むのは難しいというのは実感した。賃貸で借りるなら全然いいと思うんだけど。
小さいからこそ、冷暖房などの電気代やガス代を節約できる良さもありつつ、天井や壁との距離が近いために、外気温に影響されやすかったり、居住スペースが限られているために家の中で同じ場所ばかり繰り返し使うことにもなり、傷みが早いといった課題もあるトレーラーハウス。心地よく暮らしていくためには、いろいろな工夫が必要なようです。
最初に断熱がほとんど入っていなかった状態のトレーラーハウスでは、家の中で仕事をしているだけで熱中症になってしまったと話す菜央さん。窓から隙間風が入ってくるような築60年のプチ古民家に住んでいる私としては、断熱のありがたさや必要性がよくわかる気がしました。一方、菜央さんが断熱に関心を寄せているのは、そういった快適さだけが理由ではありません。
断熱がしっかりできることで快適なのは間違いないんだけど、ウクライナ侵攻を経て思うのは、やっぱり、エネルギーを使わない暮らしや社会のあり方を本気で模索しないといけないなということ。
石油だけが侵攻の原因ではないし、これまで石油を含む帝国主義的なことをやってきた国もあるから、ロシアだけが悪いわけじゃないと思う。だけど、独裁政治が生き残るお金や原資に石油がなっているのは間違いないし、もっと民主的なエネルギーや、再生可能エネルギーをどうしていくかと考え、取り組んでいかないといけない。
一番大事なのは、まず使うエネルギーの量を減らすこと。でも、減らすと言っても我慢するんじゃない。断熱がしっかりしていれば、暖房を減らしても、真冬の部屋の温度も18℃ぐらいに保ててめちゃくちゃ快適。
だから断熱は、これからすごく大事なことなんじゃないかな。次は断熱を研究して、暮らしに取り入れていきたいと思ってる。
いくら環境のため、平和のためと言われても、「我慢しよう」では変化も広まりづらい。心地よく快適に暮らしながらエネルギーを節約できる断熱は、たしかにこれからの社会にとって大きなキーワードになりうるのかもしれません。
あと、家のエネルギーを自分で賄う暮らしをかたちにしていきたいね。薪ストーブがあれば、ロシアから石油を買ってくるんじゃなく、近所の森が育ててくれた木を使って暖まることができる。最近、電気代の高騰もすごいけど、自分の家で電気をつくれれば、それに振り回されずに済むし、雨水タンクや太陽熱温水器があれば、災害時にも役立つ。
そういった意味での「循環型の暮らし」は、この4年間ではあんまり実践できなかった。なかなかやりきれなかった部分を、今度いすみに戻ってきたら、少しずつやれるようにしたいと思ってる。
トレーラーハウスを借りてくれる人がいれば、その原資でトレーラーハウスでのエネルギーの自給を実践していきたいと菜央さんは話します。
小さな暮らしの本領発揮って、エネルギーの自給だと思うんだよね。でっかい家に合うエネルギーを自分でつくろうと思ったら、何百万、下手したら一千万円くらいかかる。でも、ちっちゃい家だとその金額がすごく下がる。
そういう意味では、トレーラーハウスみたいな小さな家だといろんなことをやりやすい。でも僕の4年間の暮らしでは、エネルギーやお金、時間が回らなかったから、トレーラーハウスを借りてくれる人と一緒に学びながら、循環型の暮らしの実践に取り組みたいなと思ってる。
すごい楽しかったし、ムカつく。思い出の旅をありがとう。
愛憎入り混じるっていうと重いかもしれないけど、トレーラーハウスでの暮らしを総括すると、すごい楽しかったし、ムカつくみたいな感じかな(笑)
狭いなぁと思ったり、つくりが悪いなぁと思ったり。でも、トレーラーハウスを人に貸すことへ抵抗が芽生えるくらい愛着がある。なんか、インド旅行みたいだね。「二度と行きたくないけど……もう一度行きたい!」みたいな。「楽しい旅、ありがとう。」という気持ち。
結構大変だったけど、その分楽しかったのもほんと。荷物を少なくするために日々工夫するし、トレーラーハウスというちょっぴり変わった暮らしに興味をもった人が次から次へとやってきたから、自分は動いてないのに旅をしてるみたいな感覚で、それがすごく面白い。
「旅に行かなくても、旅する」という言葉がピッタリな暮らし方だった。
旅するように暮らす。そんな生活を夢見る人には、トレーラーハウスはきっとすごく面白い。とはいえ、それは万人に合う暮らし方ではないからこそ、トレーラーハウスを購入するとなると相当な覚悟が必要になってしまいます。だからこそ、ちょっと試してみたい人にとっては、賃貸のトレーラーハウスがほどよい暮らしの実験場になっていくのかもしれません。
移住、起業、子育て、パーマカルチャーなど、思わずワクワクする事例や取り組みが活発ないすみ市。賃貸として再出発することで、トレーラーハウスを中心に新たなワクワクが生まれていく予感がしました。
(企画: スズキコウタ)
(編集: greenz challengers community)
(撮影: Shinichi Arakawa)
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