コロナ禍を経て、行政のデジタル化の必要性が盛んにいわれるようになりました。人手不足が進む中山間地では、とくに効率が求められ、デジタルは避けては通れないものになっています。
ですが、むしろ先行する地域から聞こえてくるのは「技術優先ではだめだ」という声。
「デジタルはあくまでツール」であって「主役は市民」。
それも既存の制度をデジタルに置き換えるだけでなく、新しい暮らし方やシェアリングなど、テクノロジーをいかしてこそ実現できるしくみを導入しようとする考え方です。
2020年8月、岡山県西粟倉村では「一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所(以下、むらまる研)」が設立されました。
むらまる研は、テクノロジーをいかして「村人の生活を豊かにする」ことを目的に立ち上がった組織。そこで得た知見はほかの土地でも役に立つかもしれない。そのためのインフラづくりを、村内外の人たちと進める研究所です。
そのむらまる研が、今回いくつかの職種の人材を募集します。中山間地の地域課題解決に関心のある人、編集やデザイン、プロジェクトマネジメントのスキルを地域でいかしたい方、ものづくりを通した学びの場づくりに興味のある人などにとって、ほかではなかなか経験することのできない仕事に携われる機会かもしれません。
むらまるごと研究所って何ですか?
西粟倉村は、岡山県の北部、中山間地にある人口1400人の小さな村です。2008年から「百年の森林(もり)構想(通称:百森)」を掲げて森林整備を進め、木材をいかしたプロダクトの開発、バイオマスボイラーの設置、多くの起業家支援などに取り組み、移住者だけでなく関係人口を増やす施策にいち早く取り組んできた、自立心の強い村でもあります。
この村が、「百年の森林構想」に加えて掲げたのが、「生きるを楽しむ」というキャッチコピー。地域に暮らす人たちがそれぞれの役割を担い、楽しみながら暮らせる「上質な田舎」を目指して、まだないものを創意工夫、発明するという意味の「インベンション(創意工夫)」のプラットフォームをつくろうとの思いが込められた言葉です。
そのプラットフォームづくりの担い手として設立されたのが、むらまる研でした。
代表に就任した大島奈緒子(おおしま・なおこ)さんはこう話します。
奈緒子さん スマートシティだ、デジタル化だといっても、すべてオンラインで済んで、ひと気のないまちに誰も住みたいとは思わないですよね。
でも、だからといって田舎が不便なままでいいわけじゃない。防災、環境、生物多様性、役場の負担軽減と、あらゆる面でデジタル化は必要なんだけど、同時に人や、生きものが本能的に住み続けたくなる村をつくっていく必要があるんだろうなって。それを私たちは、“生態系の本領発揮”と言っているんです。
「黙っていればテクノロジーは人口の多い都市部や企業の理論で進化していく。でも中山間地の小さな村に合ったテクノロジーのいかし方があるのでは?」。
そんな問いを持った奈緒子さんたちは、中山間地域に合ったテクノロジーが生まれる状況を待つのではなく、地域内外の人たちと実験しながら実装していく機関として、むらまる研を立ち上げました。
デジタル領域一辺倒ではないキャリアの奈緒子さんが代表に就いたところにも、「むらまる研が進めるデジタル化」の可能性を感じます。
奈緒子さんは10年以上前に、西粟倉村で家具づくりや建築設計等を行う会社「ようび」をご主人の正幸さんとともに立ち上げ、その後は「ようびのお母さん」のような存在として、村内外の人たちと信頼関係を築いてきました。建築部門を立ち上げた後は、自らも建築家として活躍してきた人でもあります。
むらまる研は、中山間地域における「デジタル化」と村内外の人をつなぐ役割
ひと言でいえば「村の暮らしをよくし、願いを形にするために、テクノロジーをいかす」のがむらまる研のミッション。
ただし「テクノロジー」とひと口にいっても、その技術はとても幅が広い。それに、これまで多くの企業や研究者が時間をかけてきた開発を、いきなりむらまる研で実現できるわけでもない。
そこで、むらまる研の役割は大きく3つあります。
さらには、この3つの柱を実行するだけでなく、この場を村内外の人が入り交じる多様で「楽しい場」にしていきたいという思いがあります。今回募集する職種に、コミュニケーションにまつわる仕事が多いのもそれが理由。
奈緒子さん 村が政策をつくりやすいように、また企業が使いやすいように基礎データを整える作業は、むらまる研の仕事の土台になります。それはそれで大事。人口や面積、地籍など、公開できるありとあらゆる村内の情報は1箇所に集めて整理して、どんどんデジタル化していこうと。
ただ、データが整備されているだけでは、どこまでいっても村の暮らしが魅力的にはならない。地域課題はよそにもあるけど、たとえば「地元のおじいちゃんと一緒に、小さな田畑で草刈りロボットの実験をするなら、西粟倉がやりやすい」と思ってもらえるようなパートナーになりたいんです。
そのため、今回募集するのは、特にデジタルに強い人よりも、その橋渡しができる人材。村内外の人とコミュニケーションを取りながら、情報発信をしたり、プロジェクトを進行する役割を担う人です。そして新しく、このむらまる研と「VIVITA株式会社」が協力して立ち上げるのが、子どもたちに遊びと学びの場を提供する「VIVISTOP(ヴィヴィストップ)」(詳細は後半で)。この立ち上げマネージャーを募集します。
村内のエネルギーをデータ化して、見える化する
ではデータやテクノロジーを使って、どんな風に村の暮らしが変わっていくのでしょうか。イメージしやすいよう、先行して進んでいるプロジェクトについて、担当者に話を聞いてみました。
まずは「村のエネルギーのデータ化」です。
西粟倉では「百年の森林構想」によって、森の整備から木材の活用までさまざまな施策を行ってきました。その一つに、木質バイオマスの活用があります。村内の温泉施設では、バイオマスボイラーの熱をつかって灯油代の約半分が薪ボイラーによって代替されています(※1)。ですが、村民に及ぼす影響が見えにくい。
「株式会社エックス都市研究所」に所属し、むらまる研の客員研究員としてエネルギー分野を担当している河野有吾(こうの・ゆうご)さんは、次のように語ります。
河野さん たとえば温泉で使っていた灯油が薪に変わったと聞いても、村に住む多くの方は「ふーん」と思うだけかもしれません。ですが、灯油を買っていたお金が薪の料金として森に手を入れる方にまわって、森林保全、環境維持につながり、CO2排出量や村の新規事業創出にも関係しているとなると、村にとっていいことだとわかりますよね。それが、村の次の政策にもつながります。
村全体でいまどれくらいの電力を使っていて、どれくらいを再エネで自給できているのか? そのために必要なのがデータと、それを使った可視化です。
各戸の発電や電力使用量は、個人情報なので許可が必要になりますが、それが見えるようになれば、蓄電量の多いときには「電力のおすそわけ」ができるかもしれない。情報がオープンになれば、「今この家ではEVの充電ができます」を示すアイコンがマップに表示できるようになるかもしれない…。そんなふうに、データの使い方は幅広く考えられます。
(※1)「国民宿舎あわくら荘」では、2016年の灯油代8000万円の約半分が、2018年には薪ボイラーによって代替。当施設は令和3年1月31日に閉館したが、ほか村内の公共施設や2軒の温泉でも同様にバイオマス熱が利用されている。
送迎、物流、車両、人をシェアリングするモビリティセンターの構想
エネルギー分野のほかに、もう一つ進んでいる取り組みが、「モビリティ」です。もともと西粟倉村で、福祉とモビリティをかけあわせたしくみをつくろうとしてきたのが、猪田有弥(いのだ・ゆうや)さん。2021年よりむらまる研に客員研究員として参画しています。
猪田さん まずは小さい規模で有償ボランティアの力をいかした移動のしくみをつくってきました。その過程で、運転手や車両のシェアリングと、送迎や物流といったニーズをワンストップで管理する「モビリティセンター」の構想を持つようになって。これが、むらまる研の役割とかなり重なるんです。
調べてみると、いま西粟倉の自動車保有台数は1391台で、ほぼ1人1台。将来的にはシェアのしくみを導入して、一世帯から1台ずつ削減できたらいいなと思っています。」
猪田さん モビリティのシェアリングには、今お話したような「車両そのもののシェア」だけでなく、「人のシェア」があります。誰が運転手になって、誰が管理運営していくか。運行の管理運営は一人だと責任が重いので、むらまる研から生まれる、コミュニティとの連動が欠かせないんです。
こうした取り組みが進めば、地産エネルギーで村内を移動するモビリティを導入し、コミュニティ内でエネルギーをシェアできるようになるかもしれない。また、オープンデータにより車両が今どこにあるかわかれば、「何分後にここにくるから、私も乗せていって」などのコミュニケーションも可能になります。
「村内のエネルギーのデータ化」「モビリティセンター構想」のふたつの事例でわかるように、大都市に比べれば、村の規模が小さいぶん、フットワーク軽く実験ができる。それが西粟倉村の利点です。そして、エネルギーやモビリティに限らず、さまざまな分野で「実証実験のフィールドとして西粟倉村を利用してもらう」ための窓口を、むらまる研が果たそうとしています。
百年の森林構想の次は、「基礎インフラとしてのデータ」だ
こうした取り組みの土台となる、あらゆるデータがのるプラットフォームをつくっているのが、「合同会社Georepublic Japan(ジオリパブリック・ジャパン)」の社員であり、むらまる研の一員でもある川上泰明(かわかみ・やすあき)さん。広島県福山市などのオープンデータ化にも携わってきた方です。
川上さん 最先端の技術はどんどん進化しているのに、役所のなかを見渡すと、まだ紙とハンコで仕事している人たちが大勢いて。西粟倉にくる以前から、歯がゆい思いがありました。行政には一生懸命仕事している人も多いのに、効率の悪いしくみのせいで批判されたりしていて、なんとかならないのかなって。
川上さんはいまは地域活性化起業人(※2)として、年の半分を西粟倉村で過ごし、プラットフォーム構築を進めています。
川上さん 今年度中にはデータの箱ができる予定。そのあとは企業や研究者の方が使いやすい形でデータを提供したり、「こんなデータがあるので、こんな活用ができるのでは」と提案する役割が必要になると考えています。
西粟倉村としては、むらまる研の役割をどう見ているのでしょうか?
地方創生特任参事を務める上山隆浩(うえやま・たかひろ)さんはこう話します。
上山さん じつはむらまる研は、一人の役場職員の困りごとから始まっているんです。お父さんが亡くなって田んぼの管理が大変になったのを、技術の力で何とか軽減できないかという発想から、最初は「ローカル研究所」の名前でプロジェクトがスタートしました。
一方で、これまでにも村では、森林データや雨量、水位など、あらゆるデータ収集とそのオープン化を進めてきました。データを蓄積して重ね合わせることで、課題解決につながる研究や実証事業に使える可能性が高まるんです。
そこでテクノロジーをいかした村の課題解決と、データの活用を一手に引き受けられる組織をつくろうと。
むらまる研に期待するのは、まずはデータを格納する基礎インフラをつくること。そしてデータを活用する企業や研究者との関係を構築していくこと。その事業を村から委託する形で、むらまる研がスタートしました。
上山さん 企業や研究者などの関係人口を構築していくことも大事ですし、同時に村民とのコミュニケーションも必要です。研究を村に役立てることも考えていきたい。将来的には、村からの委託事業だけでなく、むらまる研が進めたい研究や自主事業を、パートナーを見つけてどんどんやってほしいと思っています。
(※2)地域活性化起業企業人(企業人材派遣制度):三大都市圏に勤務する企業の社員が、そのノウハウや知見をいかし、一定期間、地方自治体において、地域独自の魅力や価値の向上、安心・安全につながる業務に従事することで、地方自治体と企業が協力して地方圏へのひとの流れを創り出していけるような取組に対し必要な支援を行う、総務省の制度。
場づくりと関係人口づくりが事務局の役割
つまり、むらまる研で進めるのはどれもデジタルを用いたプロジェクトなのだけれど、大切になるのはコミュニケーションだということ。専門家と村人、役場職員などをつなぐ役割が求められます。
いま事務局には代表の奈緒子さんのほか、事務局長の秋山淳(あきやま・あつし)さん、飯田桃子(いいだ・ももこ)さんが所属。そして客員研究員として、エネルギー担当の河野さん、福祉・モビリティ担当の猪田さん、プラットフォーム担当の川上さん、VIVISTOP担当の山千代さんが関わっています。
秋山さんは事務局の中心にいて、今回の募集で採用される方々がおそらく深く関わることになる一人です。
秋山さん 外部の方々を含めて僕たちはコアメンバーと呼んでいて。立場はさまざまですが、同じ目標をめざして動き始めています。
むらまる研の面白さって、普段違う専門で活動する方々が、ここでは一緒にご飯を食べ、同じビジョンに向かって働いているところなんです。関わり方もみんなそれぞれで。
たとえば川上さんは「地域活性化起業人」の制度を使って、河野さんは東京の会社に勤めながら出向という形で、それぞれ月の半分ほどは西粟倉でむらまる研のプロジェクトを担当して頂いています。お二人のような専門性をもつ人たちが関わりやすいよう、僕ら事務局は場づくりや関係人口にあたる人たちとこの村をつなぐ環境づくりを担当しています。
研究所は、「失敗してもいい、開かれた場所」に
テクノロジーありきではなく、あくまでこの村のもつ豊かな自然環境や、暮らす人の幸せ、村内外の人と人のつながりを大切にしながら、よりいかすために、テクノロジーを道具として用いようとする思いがあります。
そこでむらまる研は、その方法を住民と一緒に考え、願いを吸い上げる、ワンストップステーションとしての役割も果たす場所になろうとしています。まず旧JA跡の建物を改修し、工作機械を備えた地域工房である「ファブラボ」の要素を取り入れた拠点を準備中です。
加えて、子どもたちに「遊びと学びの場」を提供する意味で「VIVISTOP」をこの拠点に立ち上げることになりました。
VIVISTOPとは、「VIVITA株式会社」が提供する「遊びと学びのクリエイティブ・フィールド」。21世紀型の新しいハード、ソフト含めたツールが揃う環境のなかで、アイデアを実現するために、大人と子どもが共創し合う機会を提供しています。その一つの拠点を、むらまる研のなかにも置くことになりました。この立ち上げのマネージャーが、今回募集する仕事の一つ。
VIVISTOPの正式オープンに向けてのプレ企画として行なわれたのが「VIVITA」との共同開催によるロボットコンテストでした。今回のロボットコンテストでは、西粟倉らしく「草刈り」がテーマに。子どもたちがロボットをつくり、競いあう「WEEED Robot Challenge」です。
このロボコンの企画運営を任されたのが、これまで各地でVIVITAとともに活動してきた山千代航(やまちよ・わたる)さん。むらまる研にVIVISTOPができる意味を、こんな風に話してくれました。
山千代さん VIVISTOPがいわゆるファブラボと違うのは、場だけでなく、コンテンツも参加者と一緒につくっていく点です。
3Dプリンターがあって、デジタルで…と言っても、村の人たちにはわかりづらいですよね。なのでこの場の役割を、「たとえばこういうことだよ」って知ってもらえたらと思い、ロボットコンテストを開催しました。
先端技術にふれる機会の少ない山間地で、子どもたちが真剣にロボットづくりに挑み、「法面の傾斜を登れるかどうか?」といった現実にある課題に挑戦する。その機会になったことは、むらまる研にとっても大きなチャレンジであり、成果でした。
すぐに田んぼで実用できる草刈りロボットにはならなくても、「あんな風に斜面をのぼるロボットがつくれるんだ」「やはり傾斜がきついと小回りが大変なんだな」といった実感を、大人が持つ機会にもなりました。
奈緒子さんは、このVIVISTOPをむらまる研の横に置く理由をこう話します。
奈緒子さん 大人になると、失敗はしちゃ駄目なものと思ってしまいがちです。でも、この研究所でやっていく実証実験には、すぐに成果が出ることのほうが少ないと思っていて。
そこで子どもにも加わってもらって、たくさん失敗をしながら学んでいく姿を大人にも見てもらい「ここはどんどん失敗しながら新しいものを生み出すラボなんだ」という空気感を感じてほしい意図がありました。
子どもが走りまわっている場所は誰もが立ち寄りやすく、開かれた場になりやすいもの。VIVISTOPは、子どもと大人が学び合う、一つのきっかけにもなりそうです。
頭だけでなく手も一緒に動かせる研究所に
話を聞いて見えてきたのは、今まで村にあったものが、ただデジタルに置き換わるのではなく、「データを活用して新しいしくみを模索していく」試みが始まっていること。
そして、これまでにはなかったコミュニティ、コモンズのあり方、シェアリングのしくみが生まれようとしていること。
そんな風に目指すものがあった上で、テクノロジーをいかす、という順番なのだと理解しました。
奈緒子さん 西粟倉村の困りごとや叶えたいことは、現場にあります。
机上で整理された地域課題について頭で考えるのではなくて、田んぼや土に詳しいおじいちゃんおばあちゃんも交えて、「こうなったらええな」ってワイワイ話し合える場でありたい。
研究者や企業の人たちも一緒に手を動かせるフィールドといいますか。考え方は「リビングラボ」に近いです。
リビングラボとは、生活空間を実験の場としていかし、イノベーションに役立てる場や概念のこと。むらまる研でも生産する側ではなく生活者の視点から新しいサービスやプロダクトを生み出す役割を目指しています。
奈緒子さんが話す、数年後に見たい景色の話が素敵で、印象に残っています。
「村のそこら中に、実験に失敗したロボットが倒れているのを、おじいちゃんたちが『また、こけとる〜あかんわ〜』『俺たちの方が働いとるで〜』とボヤキながら起こしている図」というもの。
デジタル、テクノロジー先行ではなく、地方らしい暮らし方、そして立ち行かなくなっているしくみを刷新する手段として、テクノロジーをつかっていく。
課題ではなく、願いやリクエストを共有しあい、ともに暮らすことのできる村をつくる。
興味を持たれた方、その挑戦に加わってみませんか?
(写真: 荒木翔吾)
– INFORMATION –
この記事ではくわしく紹介できませんでしたが、今募集中の仕事については、西粟倉むらまるごと研究所の公式noteでまとめられています。興味を持った方はぜひ、こちらをご覧ください。
また、グリーンズジョブとむらまる研は、1/20(木)に「生きるを楽しむ」村の未来に、あなたの個性をいかす。西粟倉むらまるごと研究所の仕事とは?」と題したイベントを開催予定です。今回の募集についても詳しくお話しする予定ですので、そちらもぜひご参加ください。