みなさんは「家を建てる」と聞くと、どんなイメージを思い浮かべますか?
「人生で一番高いお買い物」、「ローンを組んでハウスメーカーに建ててもらうもの」といった声も多いのではないでしょうか。
これからご紹介するのは、そんなイメージを根本から変えてしまう”家つくり”のお話です。
神奈川県大磯町。海も山もある自然豊かなこのまちで、伝統工法「石場建て」による家つくりが始まりました。
できる限り地域の資源を生かし、さまざまな職種の人が混ざり合いながらつくりあげていくというこの家つくり。”現代版コミュニティビルド”とも言えそうですが、なぜ、伝統工法で家をつくるのか、そこにはどんな気づきや可能性があるのでしょうか。
施工を担当したのは、神奈川県湯河原町に拠点をおく杢巧舎。伝統工法を得意とし、古民家の改修や自然素材で建てる新築住宅などを手がける工務店です。
今回は、杢巧舎代表、木村真一郎さんと施主の明石タカフミさんのお話を石場建ての現場よりお届けします。
本当に安心して暮らしていく家をつくること、人とつながりながら建てるその先にあるものとは。おふたりのお話から感じてみてください。
神奈川県湯河原出身。社寺建築の親方につき、その後一般の工務店を経て杢巧舎を創業。一般住宅はもちろん、社寺建築から数寄屋建築までこなす伝統工法継承者。
伝統工法で造る家が一番強いと信じ、100年先も感謝される家づくりを手がける。
http://mokkohsha.jp
神奈川県横浜出身。修士課程修了後、「歩いて木を植える旅」に取り組む。農的暮らしと都市的暮らしの程よいバランスを見定めつつ、できる限り地球に低負荷な暮らしを探求する。好きな詩はナナオ・サカキの「これで十分」。https://akashi.cc
限られた資源と多様な人の力で建てる。
まずは石場建てについて詳しくお伝えしましょう。
戦前はスタンダードだったという石場建て。その大きな特徴は、鉄筋コンクリートの基礎を打設し上棟するのではなく、国産材と竹、麻縄、土といった自然素材を使い、地面に据えた石の上に柱を据えて建てるという点にあります。
湿気の多い日本の風土では、床下を開けることは家が痛むのを防ぎ、地面に固定しないため大きな地震の揺れも逃し、倒壊を防ぐと、さまざまな利点もあります。
その一方で、地面に固定されていないことがネックにもなります。現行の建築基準法では、基礎と建物が固定されていることが前提となっており、この石場建ての思想は違法建築に位置づけられてしまいます。
特筆すべきは、今回の石場建てがその現行の建築基準に則ってつくられたということ。
「幻の石場建て」とも呼ばれることもあるこの工法。建築基準法において、構造適合判定(家の強度や耐震の目安)の数値をクリアするための計算が難しいため、この工法を選ぶ人は非常に少ないのが現状。そして石場建てを選択したとしても、コンクリートなどを使わずに実現するのはとても困難だとか。
神奈川県内の審査機関において純粋な限界耐力計算における審査前例がほとんどないこともあり、申請には4ヶ月(一般住宅では2週間ほど)の時間を有したといいます。
※現行法の仕様規定を満足した上での審査事例を除く。
このハードルをいかに越えたのかという質問に木村さんは、「ただただこの家を建てたいという情熱です」と言い切りますが、設計士さんの「法的に計算をして、この石場建てが合法だと証明する道があるのならそれを歩みたい」という情熱とプロの仕事で、今回の家つくりは始まりました。
では、現場の模様をお伝えしましょう。基礎の要となる地固めの作業は「ヨイトマケ」と呼ばれ、昔はご近所さんが集まり、大きな杭を縄でひっぱりながら打ち込んだそう。
ヨイトマケの様子。独特の歌を歌いながらタイミングを合わせて地面を叩く光景は圧巻です。動画提供: Hiroshi yahata
上棟の様子。木材に”ほぞ”と呼ばれる凹凸を刻み、はめ込みながら建ち上げていきます。構造を組み立てるのに釘は一切使いません。
土壁の下地となる竹は、明石さんが住む借家の裏山から大家さんの許可を得て仲間とともに切り出したもの。みずから運び、割る作業を繰り返します。そして、竹材は「竹小舞」という工程へ。大人も子どももみんなでひたすら編んでいきます。
完成までおおよそ1年を要するという家つくりには、これまで、明石さんの友人を始め、石場建てに興味のある人など、のべ250人もの人たちが作業に参加。多くの人の情熱と力で、800年先も残る本物の石場建ての家つくりは2021年夏に完成予定です。(2021年6月取材時点)
参加した人の中からは「自分も石場建てで家を建てたい」「築100年以上の祖父の家を改修することにした」など、次なる実践者も生み出しています。関わった人の数だけ想いの詰まった家つくりはこれから石場建てを熱望する人たちの道標にもなる、そんな場にもなっていました。
家つくりを単なる消費行動にしない
現代の建築基準法の中で石場建てをする難しさ。
大工さんに任せるのではなく、自らも作業し、時間と手間をかけながらの家つくり。
ただ単に家を建てる、買うのではない、そこに至った理由とはなんだったのでしょうか。
明石さん 石場建てのことを知ったのは学生のときに拾った本がきっかけです。西岡常一さんという法隆寺を直した宮大工の棟梁が書いた本でした。本の中の「土壁は700〜800年はもつ」という記述がずっと記憶にあって、それはすごいなと。そういう衝撃とともに、石場建てと土壁の家の印象が頭の中に残っていたんです。
その後、所属していた研究機関で世界各地の都市や建築の調査に同行することに。そこで見た光景が「家つくり」に大きく影響していると話します。
明石さん 東南アジアの家は高床式が多いんです。湿気が強いから床下をあけて暮らす、そういう理にかなった家はかっこいいというか、日本の風土にも機能性としてあっているんだと感じたんですね。そういうプリミティブな思想が石場建てにつながっています。
さらに家をつくるという概念も変わっていったそう。
明石さん チリのパタゴニア地方では、地域の男たちが何もないところに家をつくる光景を見ました。家をつくってそこに住むっていうシンプルなこと。実際、3週間くらい床が平らじゃないところで暮らしてみましたが、生きていけるなと実感しました。家は斜めでもいい、自分が家をつくるなら、誰とどうつくるのかっていうところにつながっていて、セルフビルドじゃなくてコミュニティビルドだと思ったんです。
明石さん そして、いざ石場建てで家を建てたいとなったとき、ちゃんと建てるためには大工さんにお願いしないとできない。とりあえず、伝統工法を得意とする工務店を調べて、電話したのが杢巧舎さんでした。
明石さん 実際、始まってみて、家つくりが単に消費行動になるのではなく、つくりたいという気持ちが強かったんだなと実感しました。木村さん始め、みんなとつくることがただただ面白いんです。
自分、そして、多様な人とつくる。そこに派生するのものもまた面白いと明石さんは続けます。
明石さん 例えば、竹小舞に何度も通うことでスキルを習得するとか、他の家つくりにはない産物ですよね。石場建てが共通の言語になって、コミュニケーションが生まれたり、コミュニティへと発展していったり、次の実践者が出てきたり、流動的にいろんなものが伝播していくのも面白いです。
それに、僕は、この家の構造も壁の中も全部見て、触っているので、少々壊れたとしてもその状態を判断することができる。全部知っているということが安心につながっています。耐震基準や法律を満たすことで得る「安心」ではなく、土地や家の全体性を把握することやそれらがつくり上げられる過程を見て触れて感じることで得る「安心」なんです。
家つくりを単なる消費行動にしない。すると、様々な人が石を叩く、竹を編む、そんな実践者になり、家つくりというキーワードでコミュニティが生まれる。
昔ながらの伝統的な家つくりだからこそ、消費だらけの現代で学びなおすことが多くあり、実感できる。石場建てはそんな家つくりだと強く感じるお話でした。
800年先も残る家をつくるための選択肢
今回、現場で指揮をとった施工会社杢巧舎さん。これまでも伝統工法での施工や戦前に建てられた石場建ての修繕などを行ってきましたが、新築の石場建ては初めてだったそう。
明石さん曰く、電話での問い合わせに対して「できます」の即答には正直驚いたと笑います。
木村さん 独立して杢巧舎を立ち上げたときから、やりたくてしょうがなかったんです。だから、とうとうきたかという感じですよ。
もともとお寺の大工さんからこの世界に飛び込んだという木村さん。なぜ伝統工法で家をつくるのか伺うと意外にも答えはシンプルでした。
木村さん 一番強いからです。お寺も、普通の一般住宅も体験してきましたが、自分がいいなと思う工法がこれだったんです。劇的な出会いはない。仕事として一番かっこいいからです。
環境のためにとか、僕は考えてません(笑) ただ、一番、この建て方が強いと信じてるだけなんです。
木村さん 石場建てをきっちりやる機会があるのなら、正真正銘の本物の仕事をしたいと思いました。
100年以上もつ家をつくるためにどうやって建てるのか、なにを使うのか。一般住宅で使われる新建築素材は大体3、40年の寿命と言われています。なので、結果としてコンクリートを使わないとか、伝統工法っていう選択肢になるんです。実際、本物の石場建てをやるというのは本当に大変っちゃ大変なんです(笑) でも、こんなにおもしろい建て方はないので。
一番強いから伝統工法で家をつくる。できるだけ地元の資源を使い、さまざまな人とつくり上げていく。そこになにか思惑があるわけではないと木村さん。
木村さん 率直にいいますと、予算の中で石場建てをやるとなると、そうせざるを得ないんです。僕はコミュニティビルドとか地産地消とか、そういうことはまったく考えてないんですよね。これを建てるためにはどうするか、ただそれだけなんです。
木村さんのお話しに明石さんも「木村さんから学んだこと」と続けます。
明石さん そういう部分もありますよね(笑) 人を雇ってヨイトマケをやるというと人件費がすごい金額になりますよね。だから自分たちでやる。竹も買ったほうが早いけど、地域の材を使って自分でやれば節約につながるというか。
この家を建てるために結果として地域の材だったりコミュニティビルドにつながっていった感じです。
建てるために、地産地消や人の循環、つながりが生まれる家つくり。そんな家つくりがもう一度スタンダードになったとしたら。日本の林業や山の課題、資材の運搬に伴う二酸化炭素量の削減など、多くの課題解決にもつながるのではないでしょうか。
木村さん それはそうですね。でも、スタンダードにするには、やりたいという人に届く金額でなければ難しい。
例えば、土。ここは名古屋から持ってきたんですが、土より運搬費の方が高い。
今、神奈川で土を見つけたので、次はそれでやろうかなと思っています。地元の土でできたほうが、運搬費の比率を下げ、多少でも予算を下げることができる。僕はそれしか考えてないんですよ。それに、手間返しというんですが、ここに手伝いにきてくれた人が石場建てをすると明石さんはいかなければいけない。手伝ってくれた分を返す、それはお金とかではないってことですよね。
明石さん 家を建てる=お金がかかるしかイメージがないけどそうじゃない。そういうつながりがこれから大事だし、人生が豊かになる、木村さんに教えてもらったことです。
永くあり続ける強い家をつくること。
そこを見つめ続けることで意図せずとも、あらゆる循環が生まれ、地域の材が生かされる。
きれいごとは語らない、ただやるのみ。
そう教えてもらいました。
家をつくって、家で死んで、でも家は永くあり続ける
幻とも言われた石場建て。この家つくりの事例ができたことで、行政も動き始めています。
木村さん 設計の山中さんが建築確認申請を扱う機関の講師を勤めることになりました。石場建ての申請がきた場合はこうしましょうと。事例ができたことでこの家つくりがスタンダードになったら、おもしろい未来になるんじゃないかな。
ただ、家を建てるのではない。
その土地とそこに暮らす人、関わった人の想いを乗せて、そこにあり続けるものをつくるということ。家つくりはそんな未来への豊かで力強い作業、そう気付かされたお二人のお話でした。
最後に印象的だった明石さんの言葉をみなさんに贈ります。
明石さん 昔の人が家で死にたいと言った意味が今はわかるんです。自分がもし100歳120歳まで生き延びて、家族や、知人もいなくなったとしても、この家の大黒柱を触ったら全部思い出すのかなとか、みんな見ててくれてるのかなとか。この家で成仏できたらいいなと思います。
家をつくって、家で死んで、でも家はその後も永くあり続ける。そんな家を家族でなくても継いでくれる人がいればいいなと思います。
石場建てのこと、家つくりのこと、気になったら、まずは杢巧舎の扉を叩いてみてください。
画像提供: 杢巧舎 明石タカフミ(さとうきび畑)
(個人宅のため、見学の際は必ず施工会社にお問い合わせください。)