またたく間に世界に広まった電子マネー。その電子マネーを地域のために何か役立てられないかという試みが、長野県松本市で始まりました。その名も「ALPSCITY pay(AC pay)」。北アルプスに象徴される自然と松本という20万都市を結びつけようという意図が込められているようです。
AC payは、共感資本社会の実現を目指す電子決済システム「eumo」をプラットフォームにし、電子マネー決済にギフトを組み合わせた仕組みです。具体的には、AC payにチャージした電子マネー(アルプ)を加盟店の決済に使えるのに加えて、その決済額にギフトをチップとして乗せられるというもの。
そして、eumoの「3ヶ月で失効する」という特性をいかして、失効した金額の一部を地域課題の解決に活用するというのも特徴のひとつ。電子マネー決済とギフトによって地域経済が活性化するとともに、地域課題の解決も行おうという二段構えのプロジェクトなのです。
このAC payプロジェクトの中心メンバーになっているのが、9年前に松本に移住したという清泉女子大学教授の山本達也さん。国際政治や情報通信技術、エネルギーの研究を続ける中でたどり着いたのが、松本でのAC payの試みでした。
AC payとはどのようなもので、これによって山本さんは何を実現しようとしているのか。千葉県いすみ市で地域通貨を実践している編集長の鈴木菜央が(オンラインで)聞きました。
エネルギーと情報通信が交差する技術が世界を変える
菜央 山本さんは、これまでどのようなキャリアを経てきたんですか?
山本さん 専門は国際政治なんですが、ずっと世界を理解したいと思っていました。大学教員になったのが、ちょうどインターネットを一般の人たちが使い始めたころで、近くに情報通信技術やコンピューター科学系の先生がいて、そんな人たちの話を聞いて、世界を変えるのは情報通信の技術だろうと思って注目するようになったんです。
当時はアメリカに注目していたんですが、9.11に直面して、イスラム圏からも世界を見なければいけないと感じて、2002年から3年間シリアで暮らしました。
そこで感じたのはエネルギーが文明をつくるということ。メソポタミア文明に始まるシリアの歴史をみると、エネルギーの配分に失敗すると文明が滅びることが分かるんです。そこからエネルギーと情報通信の技術が交錯する地点で世界がこれから変動していくだろうと思うようになりました。
その視点で日本を見ると、20世紀の東京は面白かったけど…みたいな感じになってきて、これからは自然との距離感がテーマになってくるだろうと思いました。その中で、社会科学学者として自然との関係がつくれる中で一番大きい社会に注目して、その限界が20万人だという仮説を立て、20万人規模の松本に移住しました。
菜央 20万人というのはなぜですか?
山本さん ひとつのエリアが運命共同体だとして、リアルにイメージができるコミュニティの大きさの最大規模が20万人程度ではないかと考えています。
ここには匿名性が関わってきて、20万人までは「誰かの誰かは誰かだよね」みたいなことがリアルに共有できる。
社会学者の宮台真司さんとお話ししている時に過去の研究について教えてもらったのですが、人口が20万人を下回ると援助交際という現象が消えるのだそうです。20万人を下回ると、知り合いの知り合いが知り合いになっちゃう可能性がすごく出てきて、匿名性が機能しなくなるかららしいんです。援助交際は匿名性が担保されないと出てこない。だから20万人を下回ると援助交際は成立しないのではないかと言います。
大きな都市には地方のしがらみがないから、個人主義的で、自分のルーツと切り離されて能力を発揮できる良さがあると思うんです。でも個人主義が行き過ぎると歪みも出てくる。20万人だと確かにしがらみはあるんだけれど、そのしがらみの中の最大サイズってことは、その中では匿名性が一番担保された場所なんじゃないかと。
これから地域の時代とか言われる中で、共同体の最大規模である松本で何ができるか。実践する研究者として、他の地域の人たちがはっと気づくような石を投げたいなって思いもありました。
AC payって何?
菜央 技術が社会をどう変えるかというところから、技術を使ってリアルなまちをつくっていくというところに進んでいったのかと思うんですが、そこから今回のAC payにどうつながったのでしょうか。
山本さん 大規模チェーン店に払うのか、ローカルの店に払うのかによって地域に残るお金の乗数効果が違うという話は進んできました。「Buy Local」だとか、漏れバケツ理論の話(参考記事:https://greenz.jp/2018/06/20/localeconomy_1/)などですね。こういったことが最近、言論界でもやっと通じるようになってきたんです。資本主義の限界みたいなことを言論のメインストリームにいる人たちが口にするようになって、それが受け入れられる土壌ができてきた。それはすごく大きな潮目の変化だと思うんです。
山本さん 加えて、今は世界をデザインし直す時期なのだろうと思っていて。共同体レベルで人類史を紐解くと、ほとんどがギフトや贈与で回っている中で、僕らは交換の論理で進んできてしまった。
このまま資本主義という交換の世界にいると、お金はある人のところにどんどん集まって格差が増大し続けると言われているので、コミュニティにおいて贈与が果たす役割を合わせて考えて、交換の論理に贈与を組み込むことで、ローカルなレベルでこれを解消できるのではないかと思ったんです。
eumoの代表取締役である新井和宏さんとの出会いも大きくて。僕にとって投資やお金って自分の中で少し遠いところにあって、あえて距離をつくるようにしながら社会を見てきたところがあるんですが、新井さんは投資と投機の区別をすごく明確にしていて、投資をもう一度民主化できるんじゃないかと彼に出会って思ったんです。
どういうことかというと、投資のリターンを金銭ではなく、いい会社とかいいお店とかにして、まちの将来に投資するという形にリデザインする。それを子どもでもできるような10円とかのマイクロなレベルでできるなら、投資が一部の専門家のものではなくてみんなのためのものになります。
そうやってまちに投資することができれば、もうちょっとまちが自分ごとになっていくんじゃないか。そして、それに「払う」という行為を噛ませていけば効果的かもしれないと思ったんです。
菜央 eumoからAC payに換金できても、eumoに戻すことはできない仕組みになっていますよね。その不便さも、リデザインを狙ってのものなのでしょうか?
山本さん はい、都市にお金が行かないようにしたいという意思を明確に見せるための仕組みです。それに、技術によって便利になることと、あえて不便にすることのバランスもすごく考えたかったので、その実験でもあります。
菜央 eumoとの一方向性以外に、地域のお金が出ていってしまうのを防ぐ仕組みは考えているんですか?
山本さん 出て行かないことも重要なんですけど、それよりもどうやって地域が自分たちの足で立っていけるのか。そのほうが重要だと考えています。
コミュニティの中にいる人間を含めたあらゆる生命体が持続的に生きていくために必要な1つのまとまったエリアを英語で「バイオリージョン」と言うんですが、まずはこれをAC payをうまく使って見えるようにしたい。農産物を地域内で流通させるとか、自然エネルギーで電力を賄うとか、そうやって中をもう1回ちゃんとつなぎ直して、自分たちの足で自立するところの方が、今、優先順位としては上にあります。
菜央 3ヶ月で失効してしまうというのは?
山本さん 3ヶ月で消えてしまうというのも技術で不便を取りに行っている部分ですが、この消えてしまう部分の2割を地域課題の解決に当てて、7割をユーザーに返すというのが実は非常に重要です。
ひとつは、ローカルビジネス中心にお金を流すだけでなく、地域の問題を地域内でもう1回解決しようというプロジェクトを入れ込んだというのが新しいということ。
もうひとつは、3ヶ月で消えちゃったときに、やめてしまうユーザーがいると思うんですが、そのユーザーに対してアルプスシティ・ペイからのギフトという形で、失効分のアルプを循環させながら贈ることでもう一度使う機会を提供する。そうやって相互にギフトし合うカルチャーを作っていくためにギフトをうまく循環させて、お金を流せるんじゃないかなって思っています。
菜央 7割の再付与の方法っていうのはどういうふうに?
山本さん 今のロジックではギフトを与えた量で、たくさんギフトをあげた人はたくさん戻ってくる。これを率で考えることもできると思うんですが、1回100円のものを買って、100円寄付した人が100%になってたくさん戻ってきてしまう。でも額でやると今度は金持ちの方が多くもらえるから、どれも確実にこれがベストだってのがないんです。なので、とりあえずこれで始めてみて、やりながらいろいろなロジック組んでみようと。
僕らは与えられたお金のシステムの中に入って、お金によって縛られたりお金によって従属させられたりって経験をいっぱいしてきたけれど、みんなで関わりながら「お金の仕組みって自分たちでデザインできるよね」って気持ちをみんなにもってもらいたい。そういう意味でお金の支配からもう少しみんなが脱出するきっかけみたいなものっていうのもAC payで意識してるところです。
菜央 面白いですね。
山本さん もうひとつだけ言うと、イスラム圏にいて面白いと思ったのは、僕が滞在していた20年前のシリアでは、一人あたりのGDPがフィリピンと同程度にもかかわらず、格差の問題が大きかったフィリピンと比べて、格差が少なくてホームレスもほとんどいなかったんです。
政府の社会福祉システムもほとんどゼロに等しいにもかかわらずホームレスがなかなか出てこない裏には、イスラム社会が宗教として組み込んだ贈与の仕組みがある。
イスラム教の5つある義務のうちのひとつが「ザカート」という喜捨なんですが、生活に使って残ったお金の数%を共同体に拠出しないといけないんです。実はそれで社会が回っているところがあって、コミュニティに寄付の仕組みを組み込むのは、地球で人類が共同体をつくりながら生きていくうえでは重要なことなんだと感じました。
菜央 ザカートはどう分配されて、どうするとホームレスがいない社会になるんですか?
山本さん 共同体の中心にあるのがモスクなので、モスクに寄付をして、モスクにくる貧しい人たちに再配分されるというのがひとつ。あと、人によっては自分でザカートに拠出できるお金を、生活必需品、例えば砂糖とか塩とか油に変えてリアカーや車で貧困層のいるエリアに行って、その人の顔を見ながら配る人もいます。
このことからも、寄付が共同体の格差を縮小するとわかります。だから、AC payも「コモンズの創出と再デザイン」を目指しています。右肩上がりに経済成長している社会だったら税収はどんどん伸びていくので、公的な領域が再配分をするための原資がたくさんありますが、どう考えてもこの後の100年、どんどん税収が右肩上がりに伸び続けるとは思えない。
にもかかわらず、僕らは東京のような大都市に集まって、市場によっていろいろなものが交換できるという方向に進んでいく。それによって、共的なコモンズと言われる領域が消えかかってしまっています。
松本の場合もそうで、もう1回里山をっていう話もあるんですけど、それとはまた別な形で、21世紀的なコモンズをもう1回創出したりデザインし直すっていうことがやってみたいなって思っているところです。
ギフトって気持ちいい
山本さん 実際に自分がAC payを使ってみて思ったのは、いい意味で感覚が麻痺することです。
よくクレジットカードで支払いをするといくら使ってるか感覚が分からないと言われますが、AC payもチャージして3ヶ月で消えるからか、チャージした時点ですでに自分から手離れちゃったお金みたいな感覚になるんですよ。
だから、その中からギフトを払うのは、現金でギフト乗せるのと心理的な抵抗が全然違う。頭で考えるよりも抵抗がないことが自分でやってみてちょっと驚きました。
それに、やると実は自分が一番気持ちいいんですよ。心理学の実験で、ひとつのグループは1万円を全部自分のために使って、もうひとつのグループはその1万円を全部人のために使うというものがあって、その後にどっちの方が幸福度が上がってるかってやると、全額人のために使った人の方が高いんですよ。
経済合理性では説明ができないけど、人間ってそうやって贈与することの喜びがDNAレベルに刻み込まれている。だからAC payを1回体験すると、頭で思っていたのとは違う、いい意味のギャップが感じられて、それが考え始めるきっかけになるんじゃないでしょうか。
菜央 すごい想像ができますね。気持ちいいでしょうね。その気持ち良さって何ですかね。
本格的に交換経済が始まったのはここ数百年だと思うんですが、その前はずっと贈与経済だったわけで、仲間を助けることが翻って自分を助けることになるとか、将来ここに住むであろう自分の子孫にとってもいいことだみたいな、直接の経済合理性ではないところで合理的なんじゃないかなと思ったりします。
山本さん おっしゃる通り。人間の頭ってシステム1とシステム2があって1の方が直感的な「可愛い」とか「かっこいい」とかっていうシステムで、2は論理的に考えて腑に落とすシステムだと言われています。
僕らはシステム2になれすぎてるところがある。けれど、実はシステム1のほうが脳の深いレベルにあるので、1の感情や直感を考慮しないと、共同体って維持できないんだと思うんですよね。
菜央 共に生きる行為そのものですよね。周りを助けられる存在こそが翻って自分を助けることができるし、幸せって人と人の間にあると思うので、相手が幸せになることを通じて地域全体が幸せになり、その結果自分自身も幸せになる。さらには、未来の世代も別に血がつながっていなくても幸せでいてほしいと願う、そこには運命共同体と思える感覚というのあるんですかね。
山本さん あると思います。単純に子どもにクリスマスプレゼントをあげるとか、誕生日にプレゼントあげることって幸せな気分になるじゃないですか。本当は一番喜ぶはずのもらった人以上に、あげてる人の方が幸せになったりする。
そこをもう1回意識するきっかけを与えてあげることで、「あ、そっか俺って人間だよね」と再認識するのも面白いかなって思ってます。
ギフトを促す仕組み
菜央 実際体験してみれば気持ち良さは分かると思いますが、ギフトを促す仕組みとしては、どのようなものが仕込まれてるんですか?
山本さん デフォルトで10%ギフトする設定になっているので、面倒くさい人はそのままポンと押せばできます。0から100まで自分で設定することもできますが、それは意思がないと変えられないんですよ。
菜央 なるほど。
山本さん もうひとつは入ってる店がポイントです。
例えば、朝からむっちゃがんばって全部信州産の小麦でパンをつくっている。すごい美味しいパン屋があるとします。そういう店だとギフトを払いやすいですよね。加盟店側もそういう意識のある人が今は入ってくれています。それに、今のユーザーは相当なアーリーアダプターで、ギフトを払いたいからユーザーになってるので喜んで払ってくれているんです。
ギフトと一緒にお店にコメントをすることもできる
山本さん そうではないユーザーにギフトを促す方法としては、これがもっと回って来たときに、「実はここの公園のベンチってAC payでできたんだよ」とか「この給水スタンド、AC payでできてるんだよ」みたいなことが見えてきて、それをいいと思った人がユーザーになるようなことが起きると思うんです。
そうやって、ギフトをすることの意味が形になるのは大事かもしれない。すぐにはそうならないと思いますが、何百年もの間、常識だと思っていたものを少しずつ変えようという話なので、じっくり長期戦でやろうと思っています。
菜央 お誘いですね。まずは気持ち良さを体験してみて、この店が地域にあって本当にありがとうという気持ちでギフトを払うことを日常化して、それからお金やギフトついて考える。AC payがゴールではなく、AC payは入口でそれをきっかけに考えたことで暮らしが変わって、そういう人が集まってまちをつくっていくことでより素敵な未来が開けていく。そんな未来へのお誘いなんだと感じました。
山本さん 実際それはすごく思っていて、これが入口になって、僕らはどういう関係性を持ってきたいのか、どういうコミュニティに住みたいのか、どうまちと関わっていきたいのか、そこを考えていきたいと思ってるんです。
その導入として”払う”という日常的にやってる行為を提案しています。その意味ではクラウドファンディングも入口になり得ると思うんですが、クラウドファンディングって1回の負担額がまあまああるし1回きりじゃないですか。それが常時、超マイクロな小さなレベルで起きているって感じだと思うんです。
その背景にあるEdition4論
菜央 山本さんの著書『暮らしと世界のリデザイン』では、現在までの人類の歴史を3つのEditionに分けていますよね。
菜央 Edition1の狩猟採集社会から、Edition2の農耕社会を経て、今はEdition3にいると。ただ、このまま右肩上がりの社会も続かないし、縮小の時代になってきたときに、今まで出てこなかったいろいろな問題が出てきて、生き方自体も変えていかなきゃいけない。その変えた先にEdition4の社会があると。
松本という場所をつくっていこうとしている山本さんが、Editionという見方で時代を区切っていくというのは分かりやすいしワクワクしましたが、どうしてそういう考えになったのか聞かせてもらえると、どういうところからAC payに至ったのか分かる気がします。
山本さん Edition自体は画期的な分け方だとは思わないんですが、エネルギーをベースに時代を区切っていくと、今まさに転換点にあることが分かります。
いつか次の時代は来るだろうけれど、それがいつなのかという話がなかなか出てこない中で、エネルギーをベースにEdition論を繰り広げることに価値があると思ったんです。そうすればいつ変化がやってくるのかを設定できて、それが今だということも示せますから。
この種のことに気づいた人の中にはいくつかのパターンがあって、ひとつはEdition2の時代、例えば江戸時代から学びましょうという発想で、これはすごくたくさん出てきます。
たしかに江戸時代に学ばなきゃいけないこともありますが、じゃあ2に戻りましょうってなるかというと、私はそうは思いません。3の時代に手に入った、さまざまな技術や地球や宇宙に関する科学的知見を使って、戻るよりも先に進んでいくほうがいいと思っています。
何かが悪くなった時に、同じエネルギーかけるんだったら、悪いところをあげつらうよりも、新しいクリエイションに使っていこうという発想です。
その中で、Edition4がどういうものかというと、今、世の中で言われてるDXとかSociety 5.0のようなものではないと思います。あれは僕に言わせるとただのEdition3の亜流でしかない。3から4への変化はもっと深いレベルのもので、自然観や文明観の変化を伴うもの。技術の使い方という面では、3の亜流と4は似て見えるんですが、自分の中でははっきりと違っています。
山本さん Edition4にはいろいろな形があって、それぞれの土地の特性が生きる時代がEdition4なんだと思います。3はエネルギーがたくさん使えたので、画一的なモデルが組めました。でもそうではないとなると、いかに地域の資源、自然をうまく使うかが重要になってくる。その意味では、地元のことをよく知る人たちの話をたくさん聞いてヒントを得たいですね。
菜央 僕はEdition1にヒントがあると思います。
山本さん 僕も最近、Edition4のヒントはEdition2より1にあるんじゃないかと意識が変化してきました。日本でいうと縄文時代、ここ数年、縄文ブームも起きていますが、4の答えを本気で探しに行くためには1をかなり深く理解しないとダメなんだって思うようになりました。
菜央 僕はパッと見、AC payがEdition3の延命みたいに見えたんですよ。でも、新しい社会について考える入口という話を聞いて、今時のペイってつけたりしてあえてそう見せてるんだなと納得しました。
山本さん AC payでやりたいのは、周りの自然と僕らの社会との関係性をつなぎ直すことなんです。
今、松本ではおかしなことが起きていて、農産物でも東京に1回行ってそれが戻ってくるみたいな流通の流れがある。Edition3的にはそれが効率化なんだろうけれど、もう1回農家の人から直接とか、無人販売所とかで買えるようにしたい。
そこにAC payを入れていく。100円のきゅうりに150円払って、感謝を伝えることは起きうるし、技術を使いながら新しい文明をデザインしていくことに、自分の問題意識とか関心事があるんです。
コミュニティの人が本当にそれで幸せになっているか。本当にそこに豊かさみたいなものを感じてもらっているか。AC payのゴールはそこにあって、身体性を持った人間においています。Edition3とEdition4はデジタル技術を使うという点では同じでも、ゴールをアナログな部分に置いておくのが、Edition4的な捉え方なんです。
AC payをきっかけにもっと人々がEdition4的なものに関心を持って、Edition4的なアイデアや可能性を実現するためのプラットフォームとしてAC payを使ってくれれば理想的だと思っています。
行き過ぎた資本主義が生んだ格差という歪みを解消するためにどのような社会が望まれるのか、そんな大きな課題をAC payという小さな仕組みから考えみんなで共有していこうという山本さんの姿勢には、普遍的な解法へのヒントがあるように感じました。
最先端の技術を使って、ギフト=贈与を今の交換経済の社会に組み込むことができれば、共同体をベースにした持続可能な社会が実現できるかもしれない、その考え方は非常に魅力的です。
個人的には、日本のEdition1である縄文時代のコミュニティベースの贈与経済にEdition4の大きなヒントがある気がするのですが、まだまだEdition4の姿ははっきりと見えていません。松本に行ってAC payを体験して、そこからまた何か見つかるか感じてみたいと思います。
みなさんもぜひ松本へ行くか、それぞれの地元で実践してみてください。
(撮影: 丸原孝紀)
(記事本編には収まりきりませんでしたが、2人の地域との関わり方について興味深い話が聞けましたので、余談として掲載させていただきます。)
これからの松本といすみ
菜央 AC pay以外にも、松本で地域のためにやっていることがあるそうですが、どんなことをやっているんですか?
山本さん ひとつ大きいのは、松本市の新しい十年計画を策定する会議の座長です。今度(2021年)の4月が松本市の10年計画の更新時期なんですが、市長が去年の3月に変わって、10年計画のつくり方自体ももっと市民主体でつくっていくことになったんです。4期16年やった前の市長から変わって、移住組も含めた面白そうな人たちがこれまでよりももっと多く市政に参加するようになって、僕もそこに参加させてもらうことになりました。
この10年計画をつくるときに、僕が第一に前提として共有してもらいたかったのは、右肩上がりの成長を前提とした社会モデルではなく、いわゆる循環型の社会モデルでつくるということです。このあと50年100年続く社会モデルに向けてシフトしていくはじめの10年にしましょうと。一応それで合意していただいたので、松本はこれから面白くなってくると思います。
松本には大きなポテンシャルがあると思っているんですが、そのポテンシャルが少しずついかせるようになるのがやっと今年からな感じがしています。
菜央 いすみでは、地域経済フォーラムというのをやっていて、最近起業した人やまもなく起業する人に5分ずつピッチプレゼンしてもらって、5分しゃべったら会場側から大体15分くらいオファーをするんです。いろいろな人が来ているので、コラボレーションがその場で始まったり、市役所職員が「企画書持って来てください」って言ったり、銀行の人が「融資を希望しているなら出せる可能性あるので、企画書を持ってきてください」とか。お話を聞いていて、いすみは松本とはぜんぜん違うやり方だけれど、目指す方向は似ていると感じました。
山本さん いすみのほうが市役所の人が近いというか協力的な感じがしますね。松本市の市役所の職員って「エリート」のような感じで少し遠いところにいる感覚があるように感じるんですよ。市民目線から市役所を見ると。いすみくらいの大きさだとそれがなくてやりやすいのかもしれませんね。
最近、鹿児島のいちき串木野市といろいろやっていて、いちき串木野の人口が3万人弱くらいなんです。まちの規模としてはいすみに似てると思うんですが、僕はこの3万人が最小サイズだと思っています。これより小さくなると限界集落など別問題が出てきてしまいますが、3万人だとまちとして機能するし、面白い人もそれなりにいるので。その意味ではいすみも面白いですね。
菜央 松本との共通点でいうと、東京経済との距離感があると思います。東京とのつながりで発展してる部分もあるけども、その影響を受けきってないちょうどいいエッジにある。それによって、資源をうまく集約させて利用してきたEdition3の恩恵を受けつつ、自然もかなり残って、うまい具合にバランスが取れてる。
山本さん 長野県は東京との距離を痛感する場所です。新幹線が通ってる軽井沢なんかはミニ東京化しているところがあるのに対して、特急あずさしか通ってない松本は日帰りで行くにはしんどい距離にある。この適度の不便さと地理的に独立しているところで松本はたまたまよかったのかもしれないですね。
– INFORMATION –
アルプスシティ・フォーラム @長野県松本市