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いま考えたい、タネのこと。種苗法改正の意味と「たねの里・のや」からの言葉。

トマトやキュウリは食べるところにタネがある。
大豆も米もそのものがタネだ。

では、ゴボウのタネを見たことはあるだろうか。
にんじんはどうだろう?
じつはゴボウは、可愛いらしいギザギザのボール状のサヤにタネができる。

一株のゴボウから取れるタネの数は5000粒、にんじんは1万粒以上。1粒が1万粒に増えるということで、小さなタネにとてつもない命のプログラムが仕込まれていることがわかる。

タネをめぐる議論がここ数年、活発化している。種子法の廃止と、種苗法の改正によるものだ。その必要性は見る視点によって違う。だがいずれも、民営化や権利保護により、タネを経済社会のものさしではかる延長上にある。

本来タネは商品である前に、古代から人間の命の源であり続けてきた。
だからこそ「法律の話云々の前に、もっとタネのことを知ろうよ」と話すのが、在来種を育てる農家の日野克哉さん・えりさん夫妻である。

タネをめぐる話 その① 固定種、在来種とは

昭和30年代まで、日本で販売されていたタネはほとんどが固定種だった。固定種とはタネを採り、選んでまた撒いて…をくりかえすうちに、遺伝的な形質が安定していった品種のこと。そのうち農家が自家採種をくりかえして、土地の気候風土に合った作物を在来種という。(『どう考える?種苗法』(農文協)より)

ところがいま、私たちが食べている野菜のほとんどはすでにF1種である。F1種とは1代に限り収量が安定し、形質のそろった作物ができる交配種(※1)。「甘い」種と「病気に強い」種をかけ合わせるなど、栽培しやすくおいしいものをと品種改良されてきた野菜たち。だがそうして育った作物のタネを撒いても多くに同じ性質は表れない。「メンデルの法則」だ。

つまり、育てやすいが、一度きりしか使えないタネを農家は毎回買うことになった。それが日本の野菜栽培の現状である。後述するように、国によってはいまも自家採種する農家が一定数存在し、自家採種を禁止する動きに対して、農民による反対運動が起きた。

品種改良を否定はできない。約1万2000年前に始まった人類の農耕の歴史は、品種改良の歴史でもある。

ただ、いま日本で利用されるF1種の9割は、海外生産(国内の種子メーカー品も含め)。国内の種苗メーカーは「原産地に近い気候で育てたほうが、高品質のタネを安定して生産しやすい」点を理由として挙げている。一方、海外ではオシベをもたない異常株などでのタネづくりも行われているという(※2)。

えりさん 種苗法の改正で、タネが採れなくなる! って騒がれていますが、野菜に関していえば、すでに多くの日本人が食べている野菜はF1種。買ったタネであって、採ったタネからできた野菜ではないんです。まずはそのことを知ってほしい。

日野えりさんと、間引きした白首大根。形がいろいろなのが在来種。


南米では自家採種を禁止する動きに対して、農民の大きな反対運動が起きた。それはタネを採る農家がいまも数多く存在し、種子企業には依存していないためだ(※3)。日本では、一般の野菜はほとんどがF1種のタネを買っていて、採種している農家は少ない。

ただし有機栽培においては自家採種の割合が高く(※4)、日野さんたちのようにタネを採って自分の畑に合った品種にしていく農家が多い。自家採種の話以外にも、将来タネが市場の原理にさらされ、値段が高騰したり、特定の企業に独占されてどんなタネを持ち込まれても選択肢がなくなってしまう危険性もある。

そうした法律をめぐる立場の違いは別として「まずはもっと、タネを身近に知ってほしい。在来野菜の美味しさを知ってほしい」と日野さんたちは話す。

えりさん 何より地域に残るいろんな在来種が食べられなくなるのは勿体ない! こんなにおいしくて楽しいもの。一度は食べてみてもらえたらと思うんです。

(※1)F1種からもタネは採れる。F1種からタネ採りを続けて優れた品種を生み出す農家もいるが、F2世代(F1種から採ったタネ)の多くに親と同じ性質は引き継がれないため、F1種を増殖しても「同一品種の増殖」には当たらない。

(※2)「雄性不稔」を用いての異常株からつくられるタネのこと。「野口のタネ/野口種苗研究所」の野口勲さんは、以下のインタビューで次のように述べている。「いま、どんどん「雄性不稔」というオシベを持たない異常な株を利用して作られたタネが増えて、花粉ができない、子孫ができない、そういう野菜が増え続けていて、これが危険なのではないかと訴えている、危惧しているんです」(https://nextwisdom.org/article/1156/より)

(※3)『どう考える?種苗法』(農文協)P61より

(※4)自家採種を行っている農家の割合は38.2%(2008年)。自家採種している有機農家の割合は66.1%。うち、イネで80.6%、野菜やムギ類、マメ類で92.8%。(『どう考える?種苗法』(農文協)P29より)

日野さんのタネの活動。なぜ、在来種か?

日野さん夫妻の暮らす大分県九重町野矢は、人口約400人が暮らす小さな集落。緑豊かなエリアで、小規模の田畑が点在する。

ここで日野さんたちは年100種類ほどの固定種野菜やお米を育て、個人のお客さんや飲食店、宿に販売している。車で15分ほどの温泉町・湯布院で、日野さんたち自身も一日一組限定の宿を営み、育てた野菜を食事として提供している。

大分県九重町野矢地区。克哉さんの生まれ故郷でもある。

私が初めてゴボウのタネを見せてもらったのも、日野さんの畑でだった。克哉さんは、ちょっとしたタネマニアで、タネの専門サイトなどで固定種を取り寄せたり、食べておいしいトマトがあれば取っておいたりしてタネを集めている。トマトだけでも箱いっぱいになるほどあり、キュウリに大根、大豆…と続く。

ゴボウの花のあと。ここにタネができる。タネ採りのため畑の隅に残してある。

オクラのタネ。

だが、いくらタネ好きとはいえ、日野さんたちはプロの農家である。タネ採りには手間と時間がかかる。多くの農家がタネや苗を購入するのがあたりまえの現代。なぜあえて在来種を育てるのか。

克哉さん F1種は、タネを撒いたら何日後に肥料、何週間後に農薬をまいて…と栽培が農薬や肥料とセットになっているものが多いんです。そのとおりにやればよく育ちますが、育てる面白さがないというか。

その点、自家採種したタネは年々その土地に適応していくので無肥料無農薬で育てるには向いていると思っています。気温や天候、災害や病気の影響を受けにくい。農業に絶対はないんですが、10年以上育ててきてそう感じます。形は色々で、収量もF1種に比べれば少ないけど、味では劣りません。

(左から)日野えりさん、克哉さん。在来種の栽培に協力しているご近所の方。

栽培の面白さと自然との調和感。人間が過保護に世話をせずとも、土地の力で力強く育つ野菜は生命力にあふれている。

“おいしい”の規準は人それぞれだが、在来野菜は「味が濃い」と表現できるのではないかと私は思っている。にんじんはにんじんらしい味がする。ねっとりするものはねっとり、香りのものは香り高く。同じナスでもさまざまな種類があり、みずみずしかったり、ぎゅっと濃かったり。

日野さんたちの野菜は一般市場には出していないため、いわゆる「規格品」の規準による値付けとは無縁で、おいしいと思ってくれる人に届けている。なかでも湯布院の老舗旅館、亀の井別荘では料理長が日野さんの在来種を気に入り、お得意さんなどに提供しているという。

作物がタネをつけるまで畑に置いておき、サヤを取ったら乾燥させて、瓶などで叩いて中のタネだけにする。

タネの話 その② 種子法、種苗法のこと

ここで改めて、いまのタネをめぐる状況を俯瞰してみたい。

遺伝子組み換えやゲノムの話もあるが、5年ほど前から世間でタネへの関心がにわかに高まったのは、2018年に廃止になった種子法と、2021年4月より施行になる種苗法の改正をめぐってのことだ(※5)。二つはまったく異なる目的でつくられた法律だが、どちらも共通して、経済社会におけるタネや育種の商品化を後押しする動きといえる。

ごく簡単に説明すると、「種子法」は、国の主要農作物(稲、麦、大豆)のタネを安定的に供給することを目的にできた法律である。戦後の食料難だった1952年に制定された。各都道府県は土地に合った品種を開発し、質のいいタネを配布するよう国によって義務づけられた。おかげで、公的に認証された推奨品種がJAなどを通して一般の農家に行き渡ってきた。

だが「一品種を開発するのに約10年、研究員3名ほか職員など人件費など多くの経費がかかる」といわれるほど(※6)、品種改良には年月と手間がかかる。この公が行ってきたプロセスに民間が入ると、これまで丁寧に行われてきたタネの生産や保全、審査が十分に行われなくなる可能性がある(※7)。

そこで都道府県ごとに条例をつくり、公共の種子を守ろうとする動きも広がっている(※8)。

そして「種苗法」。こちらは品種改良した人の権利、知的財産権を守るための法律である。ただしこれまでは例外として農家が採種したり、交配に使用するのは問題なかった。それが改正により、農家であっても自家増殖を制限される品目が増える。

種子法の廃止も、種苗法の改正も、命の源としてのタネより、商品としてのタネを重視する。タネや育種を個人や企業の所有物とし、換金化する後押しだ。

世界に目を向ければ、いくつかの国際条例によって、やはり「種子は人類共有の財産」とする考えと、種子を商品と見る視点の間でせめぎ合いがあるという(※9)。

「時間やお金をかけて品種改良されたタネには、その分の対価が支払われるべきという点ではそう思う」と、克哉さんは言う。一方で、タネは生きものだ。改良された種子も含め、人間だけでなく風土や虫など多くの自然が関わってできる。長くは保存できず、使われなければ消滅する。ゆえに世界の共有資源として持続的に利用したり交換できるようにしようとする考え方がある。

この両立をどういうシステムで実現するか、が今後の鍵になるのかもしれない。龍谷大学の経済学部教授で、種子をめぐる状況に詳しい西川芳昭氏は自著で、種子の供給方法として、農民や市民を中心とするローカルシステムと国や公の機関に管理されるフォーマルシステムの両方がうまく連携、相互補完し合うような形を提示している(※10)。

(※5)種子法は、正式には「主要農作物種子法」。2018年4月に廃止になった。種苗法の改正施行開始は2021年4月より。
(※6)茨城県農業センター農業研究所、農業研究所作物研究室の岡野克紀さん談。(『種子法廃止でどうなる?』(農文協)より。P39)
(※7)法律廃止後に各都道府県を対象に行われたアンケートによると、まだ実施内容や予算に大きな変更はみられなかった。ただし「10年先頃にじわじわと(影響が)出てくる」と言われている。(『種子法廃止でどうなる?』(農文協)より)
(※8)2020年1月時点で兵庫、新潟、埼玉、山形、富山、北海道、岐阜、福井、宮崎、鳥取、熊本、長野、宮城、栃木、茨城の15道県で条例が制定されている。(20年1月17日時点「日本の種子(たね)を守る会」公表)
(※9)『種子が消えればあなたも消える』西川芳昭著 P39
(※10) 『種子が消えればあなたも消える』西川芳昭著 P45-51

タネの個性を味わう食事会

こうしたタネをめぐる現状に加えて、在来種の多彩な味を知ってほしいと、日野さんたちはタネをテーマにした上映会やトークイベント、食事会などを開催してきた。

2020年10月。コロナ禍が少し落ち着いていた時期に野矢で催されたのが「タネの個性を味わうイタリアンランチ」だ。福岡天神の一等地にイタリア料理店「リストランテKubotsu」をかまえる、窪津朋生シェフが訪れ、日野さんたちの在来野菜を用いての料理がふるまわれた。

私も声をかけてもらってこの会に参加したのだった。到着すると、料理長自らヤマメの藁焼きをしたり、おくどさん(かまど)を使っての料理が行われていた。

(写真:江藤慎治。以下食事会の5枚はすべて)

大分市や別府市、湯布院などから16名ほどのお客さんが訪れた。

会場には、日野さんたちが山から採ってきた草花による内装のあしらいが施され、料理も栗のいがや竹の器、杉のお皿に盛られて提供された。

右下の皿に、異なる4種類のナスをそれぞれ違った調理法で。

料理はどの品も素晴らしかった。バターナッツかぼちゃのクリームを詰めたシュー。幾種類かのトマトと、バジルを使った冷製カッペリーニ。ナスだけでも4種類。調理法がすべて違う。生の梨ナス、蒸かしたえんぴつナス、焼いた仙台長ナスと薩摩白長ナス。
固定種ゆえの多彩な味とはこういうこと、が膳の上であますところなく表現されていた。

えりさん 私たちの野菜を地元で料理してふるまうという試みに、窪津シェフが賛同してくれたんです。固定種にはいろんな種類があって、こう調理するといいという性質が違います。今回それぞれ野菜のポテンシャルを引き出してもらえたんじゃないかと思います。

会場は野矢で日野さんたちが一昨年より始めたゲストハウス「sako」。

野矢という集落を「たねの里」へ

タネの活動の一方で、日野さんたちはNoya Villageというプロジェクトを掲げて、農業体験などのプログラムを提供してきた。タネまきに始まり、季節に応じて梅仕事や干し柿、豆腐づくり、おくどで焚くごはんづくり、田仕事などを体験できる。

えりさん この集落には、昔から当たり前にタネを採って野菜を育ててきたおばあちゃんたちがたくさんいます。そうした人たちの培ってきた農や食の文化に触れてほしい思いもあって。

自分たちが育てる在来種の苗をそうした集落のお年寄りに配って育ててもらい、買い取って旅館に納める活動も行っている。里をあげて自給やタネの文化、ひいては地域の食文化を伝えられる発信地になれば。「たねの里 Noya Village」は、そんな思いから生まれた。

Noya Villageの活動にも協力してくれている、ご近所の農家のヤエさん。

克哉さん タネのこともそうですが、いま、これほど不安定な世の中で、自分で食べものくらいつくれないと危ういなって危機感を持っている人もいると思うんです。でも多くの人の日常は食べものをつくる現場から遠い。だからそうした人たちに、入り口をつくれたらいいなと

福岡などからNoya Villageの活動に参加した人の中には、その後市民農園を借りて野菜づくりを始めた人や、タネ採りにも挑戦したいという人が出てきている。

えりさん 数は多くはないけれど、まずは3人、5人と増えて。それがすごく嬉しくて。ああ私たちがやってきたことが、こういう風につながるんだなって

昨年は、トマトやキュウリを自分で育てられる「固定種栽培キット」を販売した。今年はそのお米版を販売予定。

えりさん この先キャベツがひとつ500円になったとして、「ああ高いね。じゃあ買うのやめようか」で終わるかもしれないけど、多くの野菜がそうなったらどうするのか。自分で食べものをつくれる力って、読み書きと同じくらい大事だと思うんです

スーパーに豊富に食べものが並ぶ世の中では実感しづらいが、今回のコロナ禍は予想もしないことが、実際に起こることを教えてくれた。それも突然に。

タネの話は、食をめぐるあらゆる問題と結びついている。食の源であるタネの多くを海外産に頼っている怖さ。見えないところで育種のプロセスがどんどん合理化され、命の一線を越えてしまう可能性。

農は資本主義の経済合理性とは相容れないものだといま、多くの識者が主張し始めている(※11)。水やエネルギー同様、人の命に関わる食や農には最低限必要なインフラとして守るべきラインがあるのではないか。

タネは、そうした農や食のあり方を考える、身近なツールになるのかもしれない。

「まずは、タネをまいてみませんか?」すべてはそこから始まるからと、日野さん夫婦は言った。

(※11)『「農業を株式会社化する」という無理 これからの農業論』(家の光協会)

– INFORMATION –

「たねの里のや」公式サイト

http://noya-village.com/