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ニーズを知り、幸せになる。マンフレッド・マックス=ニーフの「ていねいな発展」をめぐる牧原ゆりえさんとの対話(前編)

NPOグリーンズの合言葉でもある「いかしあうつながり」とは、関わっている存在すべてが幸せになり、幸せであり続ける関係性のこと。それをみんながデザインできるような考え方、やり方をつくり、実践し、広めるのが、NPOグリーンズの新しいミッションだ。

とはいえ、それってどんなこと? 発案者の鈴木菜央も「まだわからない(笑)」という。「わからないなら、聞きに行こう」というわけで、これから、鈴木菜央が「いかしあうつながり」「関係性のデザイン」に近い分野で実践・研究しているさまざまな方々と対話していきます。第1回目はサステナビリティ・ダイアログ代表の牧原ゆりえさんです。

「いかしあう関係性をデザインする」とはどういうことだろう?
暮らしを、生き方を、プロジェクトを「いかしあう」には、何から始めればいい?

「いかしあうつながり」と牧原ゆりえさん

鈴木菜央(以下、菜央) 今日の目的から共有すると、まずgreenz.jpは2018年に「いかしあうつながり」っていう新しい合言葉に変わったんですね。

持続可能な社会、ひとりひとりが輝けて、自然が再生していったり、搾取する、されるの構造じゃなくてお互いにいかされるような。そういう関係性を人間同士も自分自身とも自然との間にも持てるような、そういう生き方とか、あとはその豊かな関係性を自分の分野に持ち込める人、関係性のデザインって言っても良いのかな。そういうものをつくれる人を増やしてくっていうのがgreenz.jpのミッションです。

そのうちの一つ、大きなところではやっぱり、生態学の理解っていうところと、あと気象とか、人間を取り巻くシステムの理解、それからサステナビリティの議論っていうのが結構中心にあると思うんだけど、「いかしあうつながり」と僕らが一旦呼んでいるなにかの中心に近いところを、いろんな人といろんなことをやってきたのが牧原ゆりえさんかなって思っていて、僕自身もそこから学びたいし、2人が意見を共有することで、新しい何かが見えてきたりしたらいいな、という感じの今日です。

牧原ゆりえさん(以下、ゆり) 嬉しい。

菜央 一つ取っ掛かりとしてはね、今年入ってくらいかな、マンフレッド・マックス=ニーフ(以下、マックス=ニーフ)というチリの経済学者が1991年に出版した経済書『Human Scale Development(人間サイズの発展)』(日本語化されていない)の第2章をゆりさんが『”ていねいな発展”のために私たちが今できること』と題して日本語に訳してくれたのを読んで、ものすごく面白かったんです。

そのきっかけは、NVC(非暴力コミュニケーション)を学んだ時に「ニーズ」という考え方に触れて、それから僕なりにニーズを勉強しているんだけど、マックス=ニーフによると「人間には基礎的なニーズが9つある」っていう風に言っている。そんなたった9つで、人間の活動全部をカバーできるのかな、って思ってたんだけど、読んでみたらすごく面白くて、もっと学びたいって思ったんですね。僕はそこで止まっててまだ原著は読めてないんだけど。

その前に、ゆりさんが何者なのか、ひとつ記事は出てるんですけど、自己紹介から始めてもらえたら。いつもどんな風に自己紹介してるんですか?

ゆり 自己紹介……、今、このために一個ひねり出したのがあるんですけど、普段はしないんです。

菜央 そうなんだ。

ゆり してもわかってもらえないから。

菜央 ははは(笑) わかってもらえない(笑)

ゆり それに、関係性をつくりましょうねって言ってる人が自己紹介するのはなんか変な気がして。

菜央 おーなるほど?

ゆり この後おいおい付き合ってもらったらわかる。名前はその人がつければよい話、と思って。最近ワークショップのときも「ゆりです。おいおい知ってください」みたいな。

菜央 ははは(笑) じゃあいっか今日も。この記事読んだらわかるかもってことで。

ゆり だって、肩書きについて話してもしょうがないから。実際、「はいじゃあ対話しますか」って投げかけても、自己紹介がなくてあんまり問題になったことがないんです。

菜央 ふむふむ。

ゆり でも、菜央さんとだったら、「SDプロセス・デザイナー」とか言ってみようかなと思いました。

菜央 なになになになに? SD?

ゆり サステナブル・ディベロップメント。みんなSDGsには関心があって、SDって言葉は認知されたと感じています。そのSDしていくプロセスをデザインする人。もちろん、SDGsって話している人でもSDってなんだか知りませんという人に結構出会うという現象は、不思議な感じはしていますが。

菜央 持続可能な開発のプロセスをデザインする人。

ゆり はい。って言ってみようかと思って。笑われちゃうかもしれないけど。菜央さんだったらわかってくれるかな。

「幸せ」を説明するための共通言語 
マックス=ニーフ 9つのニーズとは

菜央 そんなことないよ。笑わないです。すごくいいと思う。

このマックス=ニーフの本をね、初めて知る人にはどんな風に説明しますか?

ゆり 私は「幸せを説明するための共通言語を学びましょう」と最初に言って始めます。

「これは問題だ」みたいな言い方は比較的されるようになってきた中で、「これは問題なんだけど、だからどうしたいの」っていうような、デザインするほうの言葉が足りないなと思っていて。自分たちの幸せをデザインするとか、地域の幸せをデザインするっていう時に、どこかのもっともらしいこと言う人の話にただうなずくしかできない、なんてことがないように、自分の言葉で話すこと、それを応援してくれる共通言語が必要だと思ったんです。

ニーズのベーシックなものは9つだけだってマックス=ニーフが言い切ってみているのは、9だとみんなで収束して話せる感じがするギリギリの数字だったからじゃないかと思っています。共通言語が2万語もありますって言われたらやる気がある人だけやってくださいってなりそうですけど、9つってとっつきやすいと感じられる限界かなって。彼は社会で実際に機能することを目指してこの言語をつくったと思うんですね。

菜央 とっつきやすいってことは、小学生でもできるくらい?

ゆり はい。ワークショップに来てくれる子で一番若かった子は小学校3年生の女の子。

菜央 ひゃー。すごいね。小学校3年生でニーズを学ぶ。

ゆり はい。「学校のクラスで参加のニーズが満たされてない時ってどんな気持ちだった?」とか言いながら話ができました。それで、うまくゆっくりやると、みんなで使える言語になるなと思ったんです。

ワークショップの様子。参加者の間に貼られているテープは、「呼吸」をモチーフとして、創発を生み出す可能性がある話し合いや、一連の活動の形を表現したもの

菜央 自分の幸せを言葉にすることができるようになる。それは自分で自分に聞いて確かめることだから、小学生でもできる、ということ?

ゆり はい。「どんな時に幸せ? 何でもいいから言ってみて」と聞くよりは、「9つのニーズに関係しそうなこと言ってみて」と伝える。「普段話せなかったことも考えられてよかったです」って、彼女はチェックアウトで言ってくれました。

菜央 へー! いい話ですね。 大人でやる時も子どもにやるときも、内容はほぼ一緒?

ゆり はい。同じです、基本的に。私はもともと大学院でこのことを学んでいたんですが、当時5歳、6歳くらいだった息子に話して、伝わったことだけをもとに、ワークショップをつくり始めたんです。

菜央 なるほど。

ゆり みんなの共通言語って言いましたけど、「大きくなるまで待っててね」っていうのは嫌だな、ていうか、フェアじゃない。今回もね、コロナ対策で特別給付金10万円くれるの嬉しいですけど、あれ息子たちの借金ですよね。

菜央 そうですね。関係あるのに、招待しないのは違うと。

ゆり そういう議論に子どもたちがずっと入ってこられないのをやめるためには、今すぐ、老若男女、なんとか使いこなせるギリギリのものでないと、共通言語とは言えないと思いました。また一部の人だけが使いこなせるものより、伝え方を工夫すれば、5歳とか6歳でもわかる本質的なものがいいなと。

Art of Hostingのワークショップは、私たちが生き物だということを思い出すために、できるだけ自然に近いところで開催している

菜央 大人も、子どももフェアに使える。先進国だけでなく、途上国の人たちもワークショップをやったり、それぞれで幸せの言語化ってのができていく。それが重要なポイントなのかな?

ゆり はい。マックス=ニーフはチリの人だったから途上国で話されてきたし、私が卒業した大学院の後輩たちのプロジェクトで、ニューヨークの刑務所の人の幸せってなにかっていうのを考えるためのプロジェクトも実施されたと聞いたことがあります。どんな人にも9つの基本的ニーズがあって、牢屋の中では資源は限られてるんですけど、その中で幸せを満たしていくにはどんなことができるかを考えるプロジェクトだそうです。

菜央 これが基本的な9つのニーズなんだけど。

“ていねいな発展”のために私たちが今できること P41ページより

菜央 プロセスとしては、この9つのニーズを使って、どんどん自分の幸せを言語化していく、僕らの幸せっていうのをみんなでつくっていくっていう感じなんですか?

ゆり はい。それからあと、今ある「制度」について話をすることもできる。例えば、マックス=ニーフの本だと、検閲とか、ステレオタイプな宣伝とかが題材になっているんだけど、これは誰の何のニーズを満たしているのか。なんらかのニーズは満たしてるはずなんだけど、ほかの誰かのニーズは邪魔しているんじゃないか、みたいな議論ができる。

あらゆる制度は誰かが良かれと思ってつくったものだけど、今の私たちのニーズを邪魔してるとすれば、そのニーズを満たす他のやり方に取り替えよう、という提案にもつながる。

菜央 ということは、何かを決めるとか、何かの仕組みをつくる時に、自分のニーズだけを考えるんじゃなくて、隣の人のニーズ、向こう側の人のニーズとか、もっと広い人たち、もっと外にいる人のニーズ、もっと言うと、未来の人のニーズまで、考えてつくっていこうよっていう風になっていく、そのための最初の言語化が「ニーズ」?

ゆり はい。と思います。みんなの声をできればご本人から聞きたい。聞けない事情がある時も、その人たちの声を少しでも取り入れるために、この言語化は大事だと思います。

菜央 なるほど。

ゆり あと今ある社会のさまざまな仕組みやものを題材にして、これは、誰のニーズが満たされてるかな? と考えたり。

菜央 たとえば、あの全国民にマスク2枚というは誰のニーズを満たしてるんだろう? とか。

ゆり そう(笑) そうなんですよね。

菜央 マスクの予算は400億円だったそうだけど、その400億を医療体制の充実に回せば、違ったニーズが満たされたかもしれない。全国民にマスクを配るのは、一番数が多いお年寄りの有権者に安心してもらうってニーズは満たしたけども、本当の社会的なニーズ、医療のニーズを阻害したかもしれない。そういう見方になっていくってことだよね?

マックス=ニーフにみる①ニーズ ②サティスファイアー(ニーズの満たし方) ③PSS(その時に使うものとかサービス)の関係性

ゆり はい。すごくいい例ですね。マックス=ニーフの建て付けでは、①ニーズと、②ニーズの満たし方と、③その時に使う物とかサービス、っていう三段構えで考えるんです。「とりあえずマスク送っとけ」みたいな、3段階の下の方からあげてくるのはだめですっていうことをマックス=ニーフが言っている。つまり、物とか経済財ですよねマスクって。

菜央 あー、なるほど。ニーズから考えるんじゃなくて物とかサービスから始まった、と?

ゆり はい、そうです。でもほんとはニーズの満たし方って、自分の好きな人にコロナを伝染させたくないっていう満たし方(②)があって、満たされるものが愛情だったりとか、自分はそういう人間になりたいっていうアイデンティティだったりとか、そういうことがお互いの関係性の自由の証だとか、いろんなニーズ(①)とほんとは関係がある。

だから、マスクにいく前に、何したいのっていう「ニーズの満たし方」っていう、ニーズと物の真ん中らへんが一番重要ですっていうのが、マックス=ニーフの主張です。

私たちは「物やサービス」と「ニーズ」が一体のものと錯覚しがちです。だけど、同じものを使っても、どんな風に使うかによって、満たされるニーズが違うし、同じニーズでも、例えば、別に国から貰わなくても、奥さんにつくってもらうからいいです、とか、「一歩も家を出ない」のでいりません、とか満たし方はいろいろある。

菜央 まあそうだよね。満たされてる人は400億使うまでもなく満たされてるかもしれないし、ニーズを満たすことが目的なわけだから、最終的には。あらゆる物はニーズを満たすためにあるんだよね? だから、ほんと言うと、もう少し、違った満たし方があるんじゃないの? みたいな議論。

ゆり はい。あっ、ニーズを満たしていない物やサービスものもいっぱいあるんじゃないか、が彼の主張でした。

ニーズに注目すると使う資源は減るかもしれない

菜央 ニーズを満たさない物もいっぱいある?

ゆり とりあえずつくって、これがあなたのニーズを満たし方でしょ、みたいな宣伝をかけて売っていくパターンが該当しそうですね。

菜央 あーそうか、世の中の新商品のほとんどはそんな感じだよね。

ゆり はい。私、東京に久しぶりに帰った時に思ったのが、山手線に乗ると「幸せ」とか、「デキる女になるには」とかそうした広告だらけに感じたことがありました。

どうも私は、英語ができないといけないし、素敵な家に住んでないといけない。朝はこういうのを飲まないといけない。通勤電車に乗ったら朝から美しくならないといけないと思わされるなーって。大量の広告が訴えてくる、デキる女、いい女in東京。そんなイメージに当てはまってなくてすみませんね、という気持ちになりました。

菜央 海外ではほぼ見ない気がするけど、脱毛のCMも多いよね。

ゆり そうだそうだ! たしかに。

脱毛している肌を手に入れると幸せになれるよ、というメッセージがパワフルに発信されていますよね。でも本当は、一旦「そういう考えもありますね」と受け取って、自分は脱毛している肌を手に入れるとどんなニーズが満たせるだろうかと考える必要があります。そのことがどうしても必要なら、したらいいと思います。そうでなかったら、しなくていい、というように。

でもこれは、はいそうですか、とは行かない難しさも感じています。

私は昔とても肌が白く、髪は真っ黒だったので、肌に見える体毛は「いけないもの」に感じて、脱毛の広告はすごくストレスでした。広告は、周りの人の思い込みもつくるから。友だちに一度、「その肌だと目立って大変だね」と言われてから、もしかしてみんなに「この人は大変」と思われているかも、と怖くなったことがあります。

恐怖に駆られて、「それがないとだめ!」と思ってしまう、その状況を手に入れることはある意味保護のニーズにかなうかもしれません。ワークショップでは、このような「見せかけのニーズの満たし方に気をつけよう」みたいなところまで学んで対話ができるところまでカバーできることもあります。

あと、マックス=ニーフの主張は、ちょっとトンチみたいですけど、ニーズを満たすのは、満たし方が満たしてるからであって、物そのものが満たしている訳ではない、ということ。物があると、効率的だとか、ゴージャスだとか、色々わーってなるんですけど、規模を大きくしてるだけで、ニーズは直接満たしてない。っていうのが彼の主張でした。

菜央 なるほど。ってことは、ニーズにもっと注目すると使う資源が減るかもしれない?

ゆり そうなんです。

菜央 ハコモノ行政、いっぱいあるじゃないですか日本に。あれが最たるものなのかな。たとえば青空演奏会をやったらもっとニーズが満たされるかもしれないし、とか。そういうことですか?

ゆり はい。そういうことをみんなで考えていくための言語が、「ニーズ」なんだと思います。

菜央 世の中のものごとって、たいがい、一部の人が考えて実行するから、大体ろくなことにならない。けど、みんなでニーズを満たす方法を決めていければ、サステナブルディベロップメント(持続可能な開発)ができるよねっていう、そういうことでしょうか?

ゆり みんなが納得するSDができるかも。「あの人が良いって言ってるんだから良いんじゃろう」みたいなじゃなくて。「私もそう言ったし」とか「私もそう思う」っていう言葉の要素があちこちに見えるようなプロセスができる。

つながり方の質をあげていくことで、望む社会を実現する
アート・オブ・ホスティングとは

菜央 先に自己紹介してくれたSDプロセス・デザイナー。ゆりさんは、そういう捉え方ができる人を、増やしたい、っていう感じ?

ゆり はい。留学して、いろんな人とそれこそ対話と協働をしてみて、みんなでSDしていくための考え方や方法論はあると感じていました。でも、それを現場に合うようにデザインして実行できないといけません。対話と協働のためのプラクティスをみんなでやりながら学び、磨きをかけていくような実践者の輪が必要だと思って、アート・オブ・ホスティングということを始めました。

菜央 アート・オブ・ホスティングってどんなものですか?

ゆり カバーする所が広いんですけど、最近絞ってお話してるのは、「どうしてもなんとかしたいことがある時に、知恵と協力を集めてなんとか前に進もうとする人への、先人の知恵」とお伝えしています。誰かと対話をすること、一緒に働くことは誰でもできることだと思うのですが、この「誰でもできるつながり方の質をあげていくことで、望む社会を実現してきた人たちの知恵」から学ぶことを実践し、またそれを持ちよって学ぶことをしている人たちのコミュニティでもあります。

1つの仮説ですが、いくら難しくても解決できるとわかっている時、私たちにはもうたくさんの技術もノウハウもあると思うのです。また問題が発生しないように私たちの社会はヒステリックなほど、統制を強化してきた。だから、今社会に残っている課題や、その統制を潜り抜けて発生した問題って、どうしたらそれが解決できるのかわからないものが多いと思うのです。

そんな時は、まず私たちはうまくいくかどうかわからない仮説をたくさん立てて検証し、新しい仮説、つまり進む小径を見つけ出すという探索が必要になります。こんな時に役立つ知恵を学び、使えるように鍛錬してますよっていう。

菜央 それを、学ぶ場なのかな? それとも、考え方の体型なのかな?

ゆり どっちもです。トレーニングの名前でもあるし、日々実践してること、実践法でもあります。

菜央 じゃあ「僕は今日アート・オブ・ホスティングを実践しよう」って言っても間違いじゃないわけですね。

ゆり 間違いじゃないです。

菜央 アート・オブ・ホスティングは、世界中でやってる?

ゆり はい。今はたぶん、世界中でって言えるかな。

菜央 ゆりさん以外でも、日本でやってる人たちもいるってこと?

ゆり アート・オブ・ホスティングって、いっぺんに急にできるようにならないし、実践しようと思った時から全員が実践者なんですけど、「入門編」と呼ばれる3泊4日のトレーニングに来てくださった方の数はのべ400人くらい。1日のトレーニングとかも合わせたらもっとかな。

Art of Hosting Sapporo 2019 #Youth #SDGsにて。Art of Hostingのコアコンセプトの説明中

菜央 そのアート・オブ・ホスティングとマックス=ニーフの『Human Scale Development』は、ゆりさんの中ではどういう関係なんですか? この記事を読むであろう読者がまだわからないと思うので。

ゆり 共通言語って言ってるもの、マックス=ニーフの話もそうですし、さっき菜央さんが言ってくれた、つまり「資源がこれだと節約されていくよね」って時に、ナチュラル・ステップっていう、スウェーデンのもうひとつ枠組みがあるんですけど、どっちも、みんなで対話をしていこうねっていうことを前提につくられてるんですよね。

だから、「対話」という器をデザインして、整えて、ホストして、その実りを収穫して次へつなげていける人たちの力量が問われます。ないものから何か探索するという形の話し合いを支え、参加者が自主的に働き始めるための様々なつながりを仕掛けるというスキルが上がって行かないと、未知のことを探索する話し合いの数が増えていかないと思うのです。そんなことをやってみようと投げかけ、実際にやってみる形で学ぶという今なお発展中の実践知と、その実践のコミュニティがアート・オブ・ホスティングです。

持続可能ではない状態を議論する
ナチュラル・ステップとは

菜央 今もう1個キーワード「ナチュラル・ステップ」てのが出てきたんだけど、ナチュラル・ステップとは、なんですか?

ゆり ナチュラル・ステップは、30年くらい前に一度日本に紹介されて、一時期すごくファンを獲得した戦略的にSDしていくためのフレームワークです。

スウェーデンって、信じられないですけど、昔すごい環境破壊の国だったんですね。それはなぜってことを探究した小児癌の先生がいたんです。「人はみんないい人なのに、将来の子どもたちが生きる世界に対してなんでこんなひどいことするのか」という、素朴なところから探究を始めて、サステナビリティに関する科学的知識が、使いやすい形で整ってないからだ、という結論に至った。

菜央 サステナビリティに関する科学的知識が、使いやすい形で整ってない。

ゆり 一般市民にわかりにくいってことです。例えば、ある研究者は特定の金属の土壌の汚染の度合いを調べていたり、ある研究者は特定の野鳥の数が減少していること調べている。

全部「サステナビリティ」に関することなんですけど、何が良くて何がいけないのか、どの専門家に聞けばいいか明確じゃないから、なかなか自分ごとにならない。自分ごととして取り組むための行動基準になるものがないから、みんないい人なのにこんな風に、子どもたちの住む自然を破壊しまくってるんだ、みたいなことを考えて、科学者同士の対話を呼びかけました。

一般市民が必ずしも「科学的真実とは何か」ということを学んでいる訳ではない以上、科学に普遍的な正しさを求めてしまう傾向にはあると思います。だから、細かいことはいいから、どうしたら危ないの? 何をしたら安全なの? そういうこと教えてよ、というように、科学的ではなんともいいようがないことを市民から求められがちです。

科学者として、その期待に完全に答えることはできないのですが、この先生は、その期待に寄り添う形で「わかりやすく」科学的に何かをメッセージできないかを、様々な科学者とやりとりを通じて挑戦したんです。

当時のスウェーデン科学者どうしで起きていたという話し合いの形に、「自分の研究の方がサステナビリティの観点から緊急性が高い」という論点があったそうです。そうなってしまうと、専門用語や細かいデータが飛び交うので、一般市民の手が届くところから遠くへ行ってしまいます。

その方向での話し合いをするのではなく、両者に対して「サステナビリティの観点には両方必要ですね」という投げかけを始めました。そして、両方の研究から言えるサステナビリティにとって大切なことは何かを抽出し、それを合意してもらおうということを繰り返したのです。

例えば、野生動物の研究者に「どちらの野生動物が、絶滅の危機に晒されているのかわかりませんが、両方ともこのままでは絶滅の危機がありますね?」と言えれば、両者はYESと言えます。同じように、どちらの毒物が危険かは一旦置いておくとして、毒物が大気中に拡散していくことはいずれにしてもサステナビリティの観点からは避けるべきですね? と言ってみるとか。

そうやって、様々な領域の科学者と手紙を交換して、科学的合意を煮詰めていったそうです。そして、最終的に、地球を持続可能でない状態たらしめてい根本的な原因は、たった4つだけという結論に合意できたんです。

菜央 おもしろいですね。集約して、4つのポイントがあるよねってことになったと。

ゆり はい。この4つに抵触するするものは「だめ」というラインが引かれました。今から「だめ」な点をやめていくために戦略を立てましょうというというポイントが明確になったんです。今すぐやめられないから見なかったフリをするのではなく、やめていくため、そして始めないためにみんなが知恵を持ち寄ろうと呼びかけました。

サステナビリティに関する科学的知識を十分吟味した上で、その上でもし本当に「だめ」とわかったら行動しよう、なんて議論を科学的な知識がない人たちの話し合いでする必要が無くなったんです。同じ時間と同じ参加者のクリエイティブなエネルギーを、この4つに違反しないための手法を考えたり、デザインしたりするために使おうと呼びかけたんです。楽しいよ! と。

菜央 それがナチュラル・ステップ。その4つについて、もう少し教えてもらえますか?

ゆり はい。日本語ではこんな風に紹介しています。自然環境が持続しない条件をひっくり返し、それを一人ひとりがみんなとできる行動原則に落とし込んでいます。

菜央 (検索しながら)ある意味シンプルですね。

1. 自然が物理的な方法で劣化し続けることに加担しない
2. 自然の中で地殻から掘り出した物質の濃度が増え続けることに加担しない
3. 自然の中で人間社会が作り出した物質の濃度が増え続けることに加担しない
4. 人が自らの基本的ニーズを満たそうとする行動を妨げる障壁が存続し続ける状況に加担しない

ゆり そうそうシンプルだと思いますよ。

自然環境というシステムを持続させるための条件3つに、そこに生きていく私たちが幸せになることをあとおししてくれるような社会システムを持続させるための条件1つ、4つともないとだめ、と考えます。今この4つ目の条件は、研究が進んで5つに別れました。

だから今は全部で8個のポイントに集約されると言えると思います。

4-1. 人が心身ともに健康でいることを妨げる仕組みに加担しない。
4-2. 人が影響力を行使することを妨げる仕組みに加担しない。
4-3. 人が学び、成長することを妨げる仕組みに加担しない。
4-4. 公平性を担保することを妨げる仕組みに加担しない。
4-5. 人が意味や意義を求めることを妨げる仕組みに加担しない。

菜央 最初に出てきたマックス=ニーフのニーズ論とナチュラル・ステップと、アート・オブ・ホスティング。それぞれ、ちょっと整理したいんだけど、どうしたらいいかな。

ゆり もちろんスパッとはいきません。全部システム論でみんなつながっているし、お互いがお互いの影響を受ける関係にありますし。

菜央 そうそうそう、全部、システムについて考えるフレームなんだよね。システムを考えないと、今僕らが直面している問題解決はむずかしい。

ゆり むりくりシンプルに言ってみると、プラスを増やしていくための共通言語、幸せをシェアしていく、物を増やさず幸せを増やしていけないかって議論するための、プラスをプラスにするために必要なデザインの指標がマックス=ニーフのニーズ論。

菜央 プラスを増やす、とは?

ゆり あったらいいなーをみんなで育てて行くイメージです。

SDって、なぜか幸せを我慢することだと勘違いしている人がすごく多いのに驚きます。幸せな方がいいじゃないですか。クオリティ・オブ・ライフも高い方がいいに決まっているじゃないですか。どんな幸せを育てたいのかを少しでもイメージしたり、話しやすくして、必ずしも物を購入すること以外にも幸せを育てるデザインの方法を使って、みんなの幸せを育てたい。

菜央 じゃんじゃか物を生産しないと幸せになれないよね、じゃなくて、幸せって結構つくれるんじゃないの? みたいなことですね。それにはまず幸せを可視化しほうがいいよね、みたいな。

ゆり はい。こんな幸せ! って表現するための言葉があったら、「なんかこんな感じ」よりももう少し相手に伝わる形で共有できるんじゃないかと思っています。

それに対して、ナチュラル・ステップの方はマイナスを明確にして、それを無くすための共通言語。不幸せになる原因を科学的に明確に定義して、それをやめて行ったり、そこから足抜けして行くための方法をみんなで生み出すようなデザインの方法を使って、幸せになるために頑張っている私たちの足を引っ張っているものを減らして行きたい。

©Sustainability Dialogue, Inc. Miho Kobayashi

菜央 はあー! そういう違いがあるのか。なるほど。全員にとって良くないことをしっかり定めて、みんなが、あらゆる人たちが、そこから離れるようにしていこうと。一般市民もわかるし行政とか政治の世界にいる人も企業の人もフォローできる原則。

ゆり はい。あと途上国の人の世界にも、ナチュラル・ステップの原理原則は及ぶんですね。たとえば先進国にいる自分の利益だけじゃなくて、途上国から仕入れている原料が原理原則に違反してませんかって確認もしなくちゃいけない。自分がいるつながりの中に、普段つながりが見えにくいところまで含めて考えるための仕組みなんです。

企業のビジョン策定といった「達成できると考えられるもの」にどう向っていくかっていう計画づくりにはに、手法と知恵がこの社会にもうたくさんあると思うんです。

一方、いつまでやったら終わるのかっていうことが見えないけれど、そっちの方向に進もうねっていう対話の仕方は、まだこれから開拓する余地がたくさんあると思っています。少なくとも私は学校では習ったことがありません。それどころか、「これは答えや達成すべき目標の満たし方がわかっている課題に取り組むためですよ」と明確な説明を受けずにガリガリ勉強してきたので、答えを定められる時と定められない時の対話の原則や向いている手法は結構違うんだということを、結構年をとってから気がつきました。

幸せのための共通言語を使っても、はっきり3年後にこんなふうに幸せになろうぜとかわかるわけではありませんし。ナチュラル・ステップの原則の通り進んでいくことはまちがいないんですけど、10年後にどれだけ何ができるかわからない。

例えば「一体何年かかるの? そうするとどれだけ成果が上がるの?」という問いは、答えを定められるケースでは明確化にするためのいい問いだと思うんですが、はっきり言えないことに踏み出すときには、ブレーキになりかねない問いだと思うんです。そのぐらい違う。

菜央 答えを定められる、要するに何か目標を立てられる場合と、目標を立てにくい場合があると。

ゆり 目標を明確に立てられないけど進むしかないみたいな時の話し合いの仕方と働き方。

菜央 確かに。全然違うね。

ゆり それを意識的にみんなで練習したいんです。そのやり方を経験として知ってる人から学んだり、実際にやってみたりしながら。

アート・オブ・ホスティングって、そういうことに関する知恵の塊みたいな側面もあり、日々活動している人がいるからどんどん増えているんです。一方、ちょっと廃れていったりするものもある。「それうまくいかないから今あんまりやらないわ」みたいに。だから形は変わっています。実際私が2010年に最初に出会ったときと、だいぶ形が違って見えています。

菜央 少し混乱しているので、整理してみます。アート・オブ・ホスティングは、明確なこと、ゴールが定めにくい分野で、自分が動いていく時に、どうやって生きていったらいいのか、どうやって仕事していったらいいのか、どうやって人と対話していったらいいのか、どうやって社会をつくっていったらいいのかっていうのを、対話を通じて感じていくもの、っていう理解であってますか?

ゆり はい。マックス=ニーフの話もナチュラル・ステップも、いろんな人と対話していかなきゃいけなくなるんです。「これ、ちょっと〇〇じゃなくて△△にしませんか?」ってお願いに行くとか。そのやり方は、学ばないといけない。はっきりこうやったら利益がでますと言えないし。期限も定められないから、人をエンゲージしていくやり方が必要。

菜央 なるほどね。マックス=ニーフのニーズ論は、幸せを言語化していく。ナチュラル・ステップは、マイナスをはっきりさせていく。で、どっちもやっていくとつながりのある世界ってことが見えてきて、自分たちの専門分野だけやってても、とてもじゃないけどどうにもならないっていうことがわかってくる。それで対話が必要になってくるし、そこで、アート・オブ・ホスティングが出てくる。というわけですね?

ゆり はい。これから厳しい話が増えるんじゃないかと思っています。

宝の山があって、「それぞれどれだけ取るか」って話の時は、仲が悪くても話せると思うんですけど。「お互いのギリギリを譲り合って、両方勝つんじゃなくて両方負けるんだけどなんとかやっていきましょう」みたいな話し合い。限られた資源をどう分かち合うかについて話し合いをしていく時は、今から早くそういう事ができる関係性とか、そういう事ができる対話、信頼関係を獲得していかないと、パニックになったりする可能性もある。

菜央 これまでの産業社会の担い手を育成する教育システムで僕ら育っていて、僕らが受けてきた教育って、結局「勝つか負けるか」「それぞれどれだけ取るか」の世界での生き方だったんだね。

そしてここ数十年で、僕らは地球全体の限られた環境の中にいるんだっていうことがはっきりしてきたわけですよね。気候的にも、廃棄物的にも、海洋ゴミ的にも。多種多様な人と、どんどん減る資源を上手に、同じ世代間でも、未来世代とも上手に分け合っていく必要が大いに出てきた。

サステナビリティっていうのは、みんなが本当に仲良くなったり、様々な分野の、今までつながらなかった人たち同士がつながるチャンスがあったりもするのかもしれませんね。ある意味、持続可能じゃない現実に追い込まれたことによって、僕らは新しい可能性を開かれてる。

後編へ続く)

(編集: 福井尚子)

– INFORMATION –

マックス=ニーフのニーズ論やアート・オブ・ホスティングについてもっと詳しく知りたい方は、牧原ゆりえさんが監修されたブックレットをどうぞ。以下のリンクからダウンロードできます。

“ていねいな発展”のために私たちが今できること 
アート・オブ・ホスティングワークブック  
アート・オブ・ハーベスティング(アート・オブ・ホスティングのバックボーンとなるコンセプト)