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材木やバイオマスだけなんて、もったいない! 森のシゴトをアップデートする「INA VALLEY FOREST COLLEGE」

「こんにちは!」 山道に颯爽と現れたマウンテンバイクの男。その背中には、箕(み)や鍬(くわ)に、チェーンソーが…!

こう書くとヤバい人と出会ったかのようですが、彼は森林にマウンテンバイクのトレイルをつくる達人。長野県伊那市の森林に80キロに及ぶマウンテンバイクのフィールドをつくり、維持運営をしている株式会社TRAIL CUTTER代表の、名取将さんです。

名取さんが取り組んでいるような山を活用したレクリエーションや、薪ストーブを使う家庭に灯油のように薪をデリバリーするサービスなど、これまでの森林にまつわる取り組みとは一線を画すビジネスが続々と生まれている伊那市。そこで新たな動きがはじまるとのことで、話を聞きに行きました。

山小屋のようなたたずまいのやまとわオフィスは、木の香りでいっぱい

JR中央本線の岡谷駅から車で30分ほど。畑や田んぼが広がる集落にある、株式会社やまとわのオフィスに到着。マスクを外して深呼吸をすると、体中に木の香りが行きわたるような心地に。ずっとまったりしていたい気持ちをグッと抑えて、インタビューをはじめました。

話をお聞きしたのは、株式会社やまとわの取締役である奥田悠史さん、同じくやまとわの森事業部の榎本浩実さん、そして伊那市農林部・50年の森推進室の伊藤満さんのお三方です。

左から榎本浩実さん、奥田悠史さん、伊藤満さん

伊那市が挑む、豊かな森林を活かした豊かな社会づくり

まず、伊那市についての基本情報を。長野県南部に位置し、南アルプスと中央アルプスに囲まれた伊那市では、自然を生かした産業が盛んです。豊かな米と水の賜物である酒造りなど、一次産業に根差した幅広い分野の産業が培われてきました。また、水がきれいなことから、精密機器産業も発展してきました。そして、なんといっても、森林。

伊藤さん なんと、市の面積の83%が森林なんですよ。でも、その森林がもったいないことになっているんです。管理が行き届いていないところも多くて、十分に活用されていないんですよね。

いちばんの資源である森林を、ちゃんと使って、次の世代に残していきたい。そんな想いで伊那市では2016年2月に「伊那市50年の森林(もり)ビジョン」を策定しました。同年の9月には伊那市長が「ソーシャル・フォレストリー都市宣言」を出して、実行フェーズを進めています。

伊那市農林部・50年の森推進室の伊藤満さん

「伊那市50年の森林ビジョン(以下、50年の森ビジョン)」の基本的な考えは、伊那市の自然・森林を資本と捉え、50年という時間軸で市民とひとつになって社会資本として価値を高めていこう、というもの。

「ソーシャル・フォレストリー都市宣言」は、そのビジョンをかたちにするための取り組み指針。市民を主役とした自律的な経済の循環をつくることで、社会が森林を育て、森林が社会を豊かにすることをめざしています。

50年の森ビジョンを実現するには、担い手が必要です。そこで伊那市ではこの秋から新たなプログラム「INA VALLEY FOREST COLLEGE」をスタートさせます。

このプログラムを企画・運営しているのが、伊那市の企業、株式会社やまとわ(以下、やまとわ)。「森をつくる暮らしをつくる」を理念に、豊かな暮らしづくりを通して豊かな森をつくることをめざす企業です。林業はもちろん、木を使ったものづくり、そして森づくりの提案まで、森林に関する幅広い事業を行っています。

伊那の木を使ったユニークなプロダクトが生まれるやまとわの工房

奥田さん 木を伐る、運ぶ、製材する、家を建てる、家具をつくるという、森から暮らしまでのプロセスは、これまで分断されがちでした。でも、分かれているプロセスをつなげたり、組み合わせたりすることで新しい価値が生まれると思うんですよね。森の川上から川下までをトータルでデザインすることで事業を生み出していく。それが、やまとわの仕事です。

環境問題をきっかけに森林に関心を持った、株式会社やまとわ 取締役 奥田悠史さん。「森と人のあり方を変えていく仕事がしたい」という思いで会社を立ち上げました。

森の手入れの仕方を学ぶ「KOA森林塾」や森に関わるコーディネート業務、また森の新しい楽しみ方を提案するフリーペーパー「tent」を発行している森事業部、伊那のアカマツを使ったポータブルな家具「pioneer plants(パイオニアプランツ)」やラッピングなどに気軽に使える信州経木「Shiki」といったユニークなプロダクトを製造する木工事業部、そして循環する農林業を目指し、夏は農業、冬は林業の複合経営でナリワイづくりに挑戦している農と森事業部など、やまとわは、森のことならなんでも、というくらい幅広い活動を行っています。

伊那のアカマツでつくった、軽くて折りたためる無垢の家具「pioneer plants(パイオニアプランツ)」(写真提供:株式会社やまとわ)

ラッピングなどに気軽に使える信州経木「Shiki」(写真提供:株式会社やまとわ)

「森林×〇〇」が次々と生まれる新しい学びの場、出会いの場を

そんなやまとわが、伊那市50年の森林ビジョンを実現する事業としてこの秋スタートさせるのが、「INA VALLEY FOREST COLLEGE」です。

伊藤さん やまとわさんは、親会社のKOAさんが1994年から伊那で行っている森林塾を引き継いでいて、50年の森ビジョンの委員としても活動しています。今回の「INA VALLEY FOREST COLLEGE」は、50年の森ビジョンの重要な要素のひとつである「人材の育成」の一環として、奥田さんから提案をいただいて、ぜひやろう、ということになりました。

やまとわが実施している「KOA森林塾」は、1994年にスタート。森について何も知らない人がゼロから森の手入れを学べる講座として開校当時から人気を集め、林業に挑戦する人や、森の手入れをする人たちを全国に送り出す実績を上げています。

(写真提供:株式会社やまとわ)

榎本さん 森林で調査をし、チェーンソーの使い方の現場での体験を通して学ぶのはもちろんなんですけど、出口となる製材所や建具屋さんなどにも行って、市場価値も含めた林業の現実や、地域材の活用についても学べるプログラムになっています。

「森にいるだけでリラックスしてテンションも上がるので、ここで仕事をしていてどんどん森にハマっていく感じです」と話す、株式会社やまとわ 森事業部 榎本浩実さん

そして、新たにスタートする「INA VALLEY FOREST COLLEGE」は、ひとことで言うと、業界やエリアを超えて、森の可能性を広げるためのプログラム。林業はもちろん、教育、観光、レクリエーション、建築、素材、環境、ものづくり、まちづくりといった多様な視点で森林について考え、新たな取り組みを生み出すことをめざしています。

奥田さん 森林の仕事と言うと、まず林業やバイオマスが思い浮かぶと思うんですけど、ホントはそれだけじゃないはずなんですよね。森林には、もっともっと可能性があるんです。森とまちづくりとか、森とものづくりとか、森と教育とか、いろんな切り口をテーマにした全6回のセッションを通して、森をフィールドにしたこれまでにない取り組みを生み出す学びの場として企画しました。

これから始まる学びの場についての話で盛り上がるお三方

初年度となる2020年のカリキュラムは新型コロナウイルスの影響もあり、オンラインでの開催。外部講師と伊那市の森を回り、地元で活躍するプレーヤーを交えてクロストーク。そして、実際に動いているプロジェクトの現場での課外授業も。

外部講師は、森のプロフェッショナルはもちろん、デザインや建築、教育、アウトドア、ITといったさまざまな業界から参加。オンラインで多様な視点から森について考え、課外授業で地元の方と森で交流し、新たなアイデアをいっしょに考えることができる、充実のプログラムになっています。

森林が多い地域は日本にたくさんありますが、伊那市がユニークなのは、森林をめぐるビジネスの多様さ。冒頭でちらりと触れた、薪の宅配サービスや、森を子どもの学び場としてひらく活動、地域材を活かした家や家具づくりなど、民間ベースで様々な事業が展開されています。

奥田さん 伊那市の森林の多くはアカマツやカラマツなんです。スギやヒノキより市場価値が低かったので、多くの人が頭をひねった結果でしょうか、地域の資源を活かすという素地があるように思います。そういう意味でも、「INA VALLEY FOREST COLLEGE」から、これまでの森林にはない面白いアイデアがどんどん出てくるんじゃないかと期待しているんですよね。

伊藤さん いいアイデアが出てきたら、伊那市として地域おこし協力隊や地域おこし企業人といった制度も活用しながら、実現に向けてバックアップしていきたいですね。地元の人たちだけでは思いつかないような、森を活かしたビジネスが生まれてくることを期待しています。

森を活かした新しいビジネス…なんだか面白そうですが、なかなかイメージができないかも知れませんね。そこで、冒頭でチラリとご紹介した、株式会社TRAIL CUTTER(以下、TRAIL CUTTER)代表の名取将さんに再び登場していただきます。

会うなりすぐ、森の話で盛り上がってしまうのでした…

社会に認められ、堂々と走ることができる
マウンテンバイク利用環境を山につくりたい!

南アルプス公園そばのTRAIL CUTTERの事務所に伺ったあと、森の中にあるマウンテンバイクのトレイルを案内していただきながら、開放的な気分でお話を聴きました。まず、TRAIL CUTTERではどんな事業をしているのでしょうか。

名取さん かつてふもとの人たちが山に入るために使っていた山道を整備再生して、マウンテンバイクのガイド付きの、ツアー限定トレイルとして活用しています。初心者から上級者まで、マウンテンバイクを山の中で走りたい人のリクエストに応えてベストなトレイルを楽しんでいただけるよう案内しています。

伊那市に来て12年目になる名取さん。それまでは、山の向こうの富士見町を拠点に林業をしながらマウンテンバイクのガイドをしていたそうです。

名取さん 以前からこの地域がマウンテンバイクに適した環境だと感じていた中で、人のつながりで伊那市の行政の方を紹介していただき「山の環境を壊すことなく、社会に認められたマウンテンバイクを楽しめる環境をつくりたい」と提案したんです。

山の新しい活用の仕方に関心がある方だったので「ぜひやってみよう!」ということで、行政の方の協力で地元のみなさんを紹介いただいたり地域への説明会を開いていただいたりして、足掛かりをつくっていただきました。

行政のバックアップのもと、地域の理解を得ながら進めるマウンテンバイクトレイルの整備。ハードルが高そうなチャレンジへと名取さんを突き動かしたのは、マウンテンバイク愛好家としての苦い体験と、高い理想でした。

名取さん 山の中を走るマウンテンバイクは、歩行者とのスピード差や無配慮な走り方などが起因となり、地域の人や登山者との間でトラブルとなりがちなんです。そもそもマウンテンバイク走行が容認される山道が少ない上に、トラブルが起きて締め出されるようなケースも少なくありません。そうして山道でのマウンテンバイクは、トラブルを防ぐためにどんどんアンダーグラウンドな遊びになっていく傾向があります。

実は私も過去にすごく怒られた経験があるんですよ。だからこそ、マウンテンバイク乗りとして、堂々と走れる場をつくりたいと思ったんです。地域や土地関係者の方の了解をもらって話を通したうえで遊ぶ。そういうスタイルを確立したくてTRAIL CUTTERを起業しました。

株式会社TRAIL CUTTER代表 名取将さん

遊ぶ楽しさも、山の自然も、地域の喜びも持続可能なスタイルに

名取さんが心掛けているのは、地域の方にも喜ばれるのはもちろん、マウンテンバイクが楽しめることと、山の環境保全を両立させること。それが、持続的に遊べる環境をつくることにつながるのです。

名取さん マウンテンバイクって、どんどん新しい遊び方とか技術とかが出てくるんですよ。ただマウンテンバイクの楽しさばかり優先すると、山の環境を壊してしまったり地域との軋轢を生んでしまったりして、持続できないですよね。山林環境への影響を抑えつつ、地域と共存できる関係を意識して山を利用させていただいています。

昔ながらの山道を走れるという面白さはもちろんですが、TRAIL CUTTERのトレイルが人気を集めているのは、雄大な南アルプスの自然の中を心ゆくまで走ることができるというところですね。いちばん長いコースは20キロ以上ずっと山道を走れますし、私たちが維持管理しているマウンテンバイクツアー用に了解を得たトレイルを合計すると80キロというスケールは他にないのではないでしょうか。

山をぬうように走る、TRAIL CUTTERのマウンテンバイクトレイル

山の環境を守りながらのトレイルづくり。考え方はわかりましたが、実際はどのような形で進めていくのでしょうか。

名取さん 山道といっても、もはや藪になっているところがほとんどです。まずは、地元の人に話を聞きつつ山道を探し、利用のための了解を地域や関係者から得て倒木などを取り除いて道を整えます。基本は、昔の道をそのまま使うようにしていますが排水対策をしたり、崩壊箇所を補修したり、道としての耐久性を向上させる作業を施します。もちろん地域の皆さんが利用するうえで支障にならないという部分もしっかり心がけますよ。

そのうえでガイド付きツアーという利用形態をとっています。これは責任所在の明確化、利用者満足度向上や安全性の確保などにより、地域とマウンテンバイク利用者のより良好な関係づくりを目指しているからなんです。

山の環境を考えたトレイルづくりには、林業をしていたときの経験も生きているそうです。

名取さん 海外で実践されている持続的なマウンテンバイクトレイルづくりの技術の他に、日本の木材搬出のための作業道開設の技術、さらには、日本の山林植生や土壌、気候、風土特性など、林業に従事する現場で身に着けた知識と経験が、マウンテンバイクの楽しさと山の環境を両立させる上ですごくプラスになっています。

昔の人びとが山の手入れをするために切り開いたうねりのある道、そして南アルプス西麓の風景を心ゆくまで楽しめるコースは国内外のマウンテンバイク・ファンから人気を集め、昨年は約1,300人のお客さんが走りを楽しんだそうです。訪れる人たちの満足はもちろんですが、意外なことに、地元の人たちにも喜んでもらっているとのこと。

名取さん 今まで藪のようになっていたところが道として整備されることで、地元の人たちから、キノコ採りなどのときに山に入りやすくなったと言われます。あと、これは感覚的なものだと思うんですけど、鹿が出てこなくなって助かると言いう人もけっこういます。

これからは、地元の人に感謝の気持ちを込めてもっと還元できるようにしたいですね。今は事務所からコースに行くまでのマイクロバスの運転を定年退職した地元の方にお願いしています。今後もこのように、地元の方の雇用などを通して、地域を盛り上げていきたいです。

山を味わいながら走るという感じの、実に気持ちいいコースです!

「可能性の森」伊那の森で、いっしょに学ぼう! 遊ぼう! つくろう!

名取さんは、これから伊那市を舞台に始まる「INA VALLEY FOREST COLLEGE」で、地元プレーヤーという立場で課外授業に参加されます。そこで、カレッジへの期待を語っていただきました。

名取さん 山がある地域の人たちの思いをくみ取り、山の環境をつないで行くことを考えながら、伊那の魅力を発信していく仲間が見つかるといいなあって思います。伊那の森林には、まだほとんど人に知られていない絶景や、他では体験できない面白いことがたくさんあるんですよ。

秋の涼しい風を受けてさらさらとささやくような葉っぱの音、ほんのりあたたかい木漏れ日、何度も深呼吸したくなるような澄んだ空気、足の裏を包み込むようなやわらかい土、そして、のびのびと生きる木々たち…。心と体が「ずっとここにいたい」とゴネだした頃、日が傾き、帰りの時間がきてしまいました…。

森の担い手が減ることで荒れた人工林が増えるなど日本の森林はさまざまな問題を抱えていますが、実は、それを上回る可能性があるのではないか。伊那市の森で働くみなさんのお話を聞いた後、森への見方がガラッと変わりました。森と言うと、都会に住む私にはどこか遠いもののような気がしていました。それが、知れば知るほど、付き合いたくなる友だちのように思えてきたのです。

森を仕事にするとなると覚悟がいりますが、まずは森とのつながりをつくるくらいの感覚でも参加できる「INA VALLEY FOREST COLLEGE」は、森、そして地方での暮らしの新しい入り口として期待せずにいられません。

(撮影: 秋山まどか)

– INFORMATION –

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通常のオンライン受講は受付が終わりましたが、
2021年の2月27日まで、
講座動画の視聴のみの「オブザーバー枠」を受付中です。
関心のある方はぜひお申し込みを!

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3/7(火) 「森と関わって生きる」


2020年から3年間に渡って開催された「INA VALLEY FOREST COLLEGE(伊那谷フォレストカレッジ)」。
今回のgreen drinks Tokyoでは、「フォレストカレッジ」を企画運営した株式会社やまとわ/森林ディレクターの奥田悠史さん、プログラム参加をきっかけに伊那へ移住し、現在は市町村向けの森林コンサル事業などに関わっている杉本由起さん、関係人口として赤松を原料にしたシャンプー開発に取り組むフリーライターの黒岩麻衣さんをゲストにお招きします。

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