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今日からはじまる森との共生。最も身近な隣人、木との出会いかたを森の案内人・三浦豊さんから学ぶ

何気ない道の端っこに、きれいな花が咲いていることにふと気が付く。それだけでいつもの景色が新鮮に感じられるなんてこと、ありませんか。

今まで、せわしなく先のことばかり考えて生きてきた私たちが、新型コロナウイルスの流行によって半ば強制的に「今、目の前」だけを見なければならなくなった、2020年。小さな部屋とスーパーと公園を行き来する毎日で、これまでにないほど足元の自然を意識するようになったのは私だけではないと思います。

「それならいっそ、足元に広がる世界にグッと入って見てみよう。私たちが立っている日本の風土は、どんな土壌なのだろう。そこに育っている木々は、どんな生き物なのだろう。」

まちと森がいかしあう関係が成立した地域社会を目指し、竹中工務店、Deep Japan Labとグリーンズの共同で運営している「キノマチ会議」としても、今だからこそ足元を見つめ直してみたいと思います。

今回ゲストにお呼びしたのは、森の案内人・三浦豊さん。三浦さんと東京のまちを歩くことで、足元の自然の魅力を再発見するだけでなく、私たち自身の生き様まで考えさせられる時間となりました。

三浦豊(みうら・ゆたか)
森の案内人
1977年京都市生まれ。日本大学芸術学部に在学中、庭の魅力に惹かれ卒業後は庭師の修行。その後、日本の自然や風土をもっと知りたくなり全国津々浦々を15年間漫遊。とてつもなく感動しこれを分かち合うため森の案内人となった。全国やWEBサイト上で森の案内を催行している。著書に『木のみかた 街を歩こう、森へ行こう』(ミシマ社)。2020年9月よりオンラインサロン「森と 〜 (ほにゃらら)」を始める。

世界でも稀な、豊かな風土に恵まれた日本

岩の間から芽吹いたばかりの紅葉(もみじ)

東京・神田のまちを歩きながら、まず三浦さんに教えてもらったのは、日本の風土のこと。

日本には豊かな自然があると多くの人が肌で感じていると思うのですが、実はその自然がとても貴重で、世界を見渡しても他にないほどの特徴を持っているそうです。

三浦さん 日本は、国土の99%が森になる素質をもっています。つまり、放っておいたら勝手に木が生えてきて、森になる。当たり前のように聞こえますが、これは世界的にみてもめずらしいことなんですよ。

その証拠に、世界の全陸地の3割しか、日本のように勝手に森になる場所はありません。

さらに、生えてくる植物の種類がとても多様です。シダ以上の高等植物で数えると、日本の森は約6300種もの木々が生えています。EU諸国を見渡しても1500種ほどですから、日本1つでEUの4倍もの多様な植物が生えていることになります。

なぜこんなにも多様な植物が生きられるかというと、日本には四季があり、降水量が十分にあること。さらには、また急斜面や湿地帯や岩山など様々な地形があるとが理由として考えられます。

本当に、日本は豊かな場所なんです。こういう豊かさがあったから、これほどの人口や暮らしを賄えたのだと思いますね。

江戸時代には、およそ100万人が住む木造建築のために大量の木材が必要で、そのために一気に木を伐採したのだと言います。それでも今なお自然が残っているのは、自然の力と人の営みによるものなのです。

そんな江戸時代から400年。森のサイクルはおよそ500年なので、今の東京のまちでも所々で長寿な木々に出会うことができます。

けれど、今やアスファルトが敷き詰められている東京のまち。どんな目線で歩いたら森と出会うことができるのでしょうか。

都会の森は、小さな隙間からはじまる

きれいな緑色の赤芽柏(あかめがしわ)の葉

歩き始めて私たちが最初に出会ったのは、赤芽柏(あかめがしわ)。フサフサと元気そうに葉を揺らしていますが、足元を見てみるとなんとフェンスと建物の狭い隙間に立っています。

人がかろうじて通れるほどのフェンスと建物の狭い隙間に立っています

三浦さん うおお、赤芽柏ですね。フェンスの横にわざわざ植えることはないですから、生えてきたんでしょう。

赤芽柏はまさに森の先頭バッターで、痩せ地やアスファルトの隙間からも生えてくるんです。彼らが育ったらその下に日陰ができて、葉が落ちて、土になる。そうして他の植物が育つことができて、森がはじまる。だから、森の先頭バッターなんです。

彼らの小さな種は、アスファルトや小さな隙間に入って発芽の時を待ってます。隙間は、都市における森の営みのキーワードですね。

アスファルトの隙間から、先ほどの赤芽柏の赤ちゃんが生えています

東京のアスファルトの隙間にも、森は生まれる。私たちがいつも歩いている道の下に土やタネが眠っていると思うと、自然の底知れぬエネルギーを感じます。

小さな木々が自然と「盛り上がって」森になる

ここまでに「森」という言葉で出てきましたが、はたして「森と林って何が違うんだっけ?」と思われている方もいるかと思います。その疑問こそ、東京で森を見つけるヒントになるんです。

こんな小さな芽の集まりが、森のはじまりです

三浦さん 実は、先ほどの赤芽柏のように自然と生えた木々が集まった場所のことを森と呼んでいます。なぜなら、森の語源は「盛り上がる」。土から芽が次々と出て成長していくところをイメージすると、「盛り上がる」ってわかる気がしませんか。

だから、森で「手入れ」って概念はないんですよ。「森づくり」という言葉とか、「森が荒れてる」って表現は実は少し矛盾していて。森は自然のままで成立している空間なんです。

一方で、林は人間に恵みがあるような木を選んで育てられた場所のことを言います。防潮林や防火林がそういうものです。つまり、林の語源は人間が植えて「生やした」ことに由来しています。

森と林の違い イラスト:三浦豊

自然の力で生えてきた天為としての「森」と、人間が植えた人為としての「林」、この2つの対比構造に気を付けながら景色を見ると、グッと面白くなってくるそうです。

さっき見た赤芽柏が森の先頭バッターだとすると、人間が植えた林としてのわかりやすい例はどんな木々なのでしょう。そう思っていると見えてきたのは、大きく育った銀杏(いちょう)の木でした。

銀杏は学校の校庭でもよく見かけます

三浦さん 立派な銀杏の木です。いやあすごいですね、気根(きこん)っていう根っこが地上にたくさん出ています。これは、下まで垂らすと銀杏自身の支えになるようになっているんですよ。そうすることで、年輪以上に太くなることもできるし、支えにすることで構造上強くなることもできる。賢いですよね。

白く垂れ下がっているように見えるのが気根

三浦さん それから、銀杏は水分が多い木です。江戸時代はこの辺りは木造住宅が立っていたでしょうから、一番の危険である火災から家を守るために、銀杏のような防火林を育てていたのだと思います。

銀杏は日本に昔から生息していたのですが、一度絶滅してしまいます。その後、中国の奥地でひっそりと生き残っていた銀杏が、人の手を介して平安時代頃に日本へ戻ってきたと言われています。

銀杏は、人々の生活を守る木として育てられていたのです。だから銀杏は、人が「生やし」た「林」の代表格なんですね。

林というと、戦後に全国で一斉に植えられ日本中に生えている杉や檜(ひのき)ばかりが注目されますが、まちなかのこんな身近なところにも林があることに気づきました。

マッチョな欅、木漏れ日が好きな紅葉、最強の木スダジイの個性派3人組

大きな木で囲まれた「錦華公園」

続いて到着したこのエリアは、江戸時代に徳川家康が新しいまちをつくるために掘削(くっさく)工事をした跡が残る公園です。

ここで出会ったのは、なんとも個性的な木々ばかり。

三浦さん これは欅(けやき)です。幹に拳(こぶし)で殴ったような跡が残っていることから、拳が中に入った「欅」という漢字を書くようになりました。彼らは、崖でも急斜面でも育ち、自分の体をひらすらマッチョにしていく。そうやって硬く、引き締まった幹にしていくんですよ。

欅の幹。カビや病気がつかないように、自ら樹皮を剥がしています

三浦さん やせ地でも育ちますし、光が差し込んでいい条件だと思えば、こんな風に根っこの途中から何本も幹を出すこともあるんです。

根っこの途中から、上に幹を伸ばしています

どんどん自分の体を大きくしていく姿勢に、とても生命力を感じます。そんな欅の次に出会ったのは、日本の風景に欠かせない紅葉(もみじ)。

三浦さん 紅葉は、木漏れ日が好きな子です。欅や椋の木(むくのき)の下が好きで、ほどよい木漏れ日を受けて育ちます。

でも、この紅葉を見てください。スダジイという木に接近されて困っています。スダジイの下だと光が入ってこないので、成長が難しいのです。

左側は紅葉で、右側はスダジイ。スダジイの下は日光があまり入らないことがわかります

三浦さん スダジイは、最強の木です。スダジイはとても大きくなる木で、下がとても暗くなります。

葉っぱの裏に白い産毛が生えていて、そのおかげでスダジイ自身は光を乱反射させて中まで光が通るようになっています。他の植物にとってはスダジイと隣あったらなかなか勝てない、強敵ですね。

スダジイの葉っぱ。葉の裏が少し白っぽくなっています

あの木この木と指差して、木の物語を教えてくれる三浦さん。

三浦さんの説明を聞いていると、木が人のような特徴を持った生き物に見えてきます。

のびやかに、そしてマッチョに成長していく欅(けやき)、その欅からこぼれた木漏れ日を浴びて豊かに生きる紅葉(もみじ)、土壌の豊かさを存分に使い自分の下に植物が生えないくらい光を独り占めするスダジイ。

あなたの周りにも、それぞれに似た人が思い浮かびませんか?

「人生」ならぬ「木生」。いろいろあるのよ、木々だって

三浦さんと神田の街を歩く中で、少し調子の悪そうな木々にも出会いました。そういう木々のことも、三浦さんは丁寧に教えてくれます。

三浦さん この栃木(とちのき)や榧(かや)は、気候が合わなかったり、周りの環境が変わったりして苦労しながら育っています。

栃木。温暖な気候を好む栃木は、東京23区だと少し暑くて調子が出ないそう

榧。樹肌に陽が当たるのが苦手で、公園周りの工事に困惑しています

三浦さん でも彼らは「こっちも色々乗り越えて生きてるんで、よろしく」って感じでいますよね(笑) 木には、そういう苦労とか成長の営みが見えるし、彼らはそういうものも引き受けながら今を生きています。

僕は、森に入る入り口として「森が損なわれている、このままではいけない」ということは言いたくなくて。「美しいね、物語があるね」と言うのが森への礼儀だと思っています。

たとえ人間から見て損なわれているとしても、今生きている木々は精一杯生きてますからね。

「木のひたむきに生きる姿勢には、いつもこちらが勇気をもらいます」と語る三浦さん

森は、人間が手を入れないと保たれないものではなく、自然でありのままでこそいい。原生林は美しいのだと、三浦さんは5年間かけて日本中の森を歩く中で知ったのだそうです。

三浦さん それまで、人が手入れしないと森は美しくならないって思ってましたからね。

でも、「美」っていうものは生き物が生きてたら自然と宿るものであって、我々がつくるから美しいっていうものじゃないんだって思ったんです。

木々との出会いは、自分自身との出会い

2時間たっぷりと歩き様々な木々に出会ったあと、なぜか心が少し軽くなったように感じました。それまでは「自分」や「人間」しか目に映らず、狭い中でものごとを考えてしまっていたのかもしれません。

三浦さん 新型コロナウイルスが流行って、ソーシャルディスタンスだ、ワクチンだ、法制度だと様々なことに対して私たちは向き合っていますよね。でも、ちょっと人間だけを見すぎていませんか。

何も、世の中は人間だけじゃない。「私たち」の中には自然だって含まれていると思うんです。

それに、今日見てきた木々はみんな個性があって、みんな違っていましたよね。人間だってそうだと思うんです。

人間の世界ではどうしてかお互いの違いを潰そうとしたり、消そうとしたりする光景が見られますが、僕は違いがあるって豊かなことだと思います。

木々と出会うことでぐんと視野が広がり、私自身の生き方を考えさせられ、彼らの多様さや生きる姿勢に多くを学ばされた1日でした。

足元を見ると、野草の中に小さな紅葉が

混沌とした社会や遠い未来を見てもっと頑張らないとっと思いながら過ごしてきたけれど、ふと足元を見てみたらそこに大切なことがありました。

日本という奇跡のように恵まれた土地で、個性を輝かせながら生きる木々たちに囲まれて、私たちは今ここにいます。2020年は、そのことを何度も噛みしめることができる年になるのではないでしょうか。

みなさんの足元には、どんな森が広がっていますか? 今日は少し休憩して、いつもの道をちょっと違う視点で歩いてみてはいかがでしょう。

(撮影:廣川慶明)

– INFORMATION –

2024年は先着300名無料!
10/29(火) キノマチ大会議 2024 -流域再生で森とまちをつなげる-


「キノマチ大会議」は、「キノマチプロジェクト」が主催するオンラインカンファレンスです。「木のまち」をつくる全国の仲間をオンラインに集め、知恵を共有し合い、未来のためのアイデアを生み出すイベントです。

5年目となる今年は2024年10月29日(火)に1DAY開催。2つのトークセッション、2つのピッチセッションなど盛りだくさんでお届けします。リアルタイム参加は先着300名に限り無料です。

今年のメインテーマは「流域再生で森とまちをつなげる」。雨が降り、森が潤い、川として流れ、海に注ぎ、また雨となる。人を含めて多くの動植物にとって欠かせない自然の営みが、現代人の近視眼的な振る舞いによって損なわれています。「流域」という単位で私たちの暮らしや経済をとらえ、失われたつながりを再生していくことに、これからの社会のヒントがあります。森とまちをつなげる「流域再生」というあり方を一緒に考えましょう。

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