10/11(日)3時間以内に、1本の記事を完成できるか? 編集部の挑戦を生中継!「OPEN WRITING SESSION」

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コロナ禍の社会を牽引するのは、こんな小さな学校かもしれない。わずか1ヶ月で全生徒へのオンライン授業配信を実現した島根県立隠岐島前高校に見る、自律分散型意志決定の可能性

何か新しいこと、初めてのことに踏み出そうとするときに立ちはだかる「壁」。

それはお金だったり時間だったり家庭環境だったり。ときには、法律や制度、あるいは慣習や苦手意識という心理的なハードルだったりすることもあるでしょう。

それを乗り越えられるかどうか。あるいは、乗り越えようとするかどうか。そこに人や組織としてのあり方が表れる。私はコロナ禍を生き抜く人々の取材を行うなかで、そんなことを感じるようになりました。毎回、自分自身のあり方を振り返り、身につまされる想いでインタビューイの方々の言葉を受け取っています。

今回インタビューを申し込んだのは、日本海に浮かぶ隠岐諸島にある島根県立隠岐島前高校(所在地: 島根県隠岐郡海士町)の大野佳祐さん山野靖暁さん高松芳弘さん

彼らは今年4月の緊急事態宣言下において、全国の学校でなかなか進まなかった授業のオンライン配信を1ヶ月にも満たない短期間で実現した立役者です。私は公立小学校に通う娘の母として、オンライン化実現の難しさをよく知っているだけに、このスピードと成果には驚きを隠せません。

隠岐島前高校の学校経営補佐官・教育魅力化コーディネーター(※1)としてオンライン化実現に奔走した大野佳祐さんは語ります。

大野さん 僕らがオンライン化に舵を切れたのは、おそらく小さい学校だから。小さいからこそ切り開ける機会があると思います。今回、小さな自治体や地域が自律分散型で走れるようになっておく必要性を強く認識しましたし、自分たちで決めていく習慣は手放さないほうがいいな、と感じています。

県の管轄にありながら、軽やかにオンライン化を実現した背景にあるものとは。生徒数154人という小さな学校だからこそ切り開ける機会とは。

通常授業に戻り、夏休みを迎え、オンライン化の議論が消え入りそうな今だからこそ、その確かなる歩みと築き上げてきた価値を記録として残しておきたい。
その中で浮かび上がってきた現在の教育における課題と可能性を、読者のみなさんと議論してみたい。

そんな想いで、緊急事態宣言下を一丸となって駆け抜けてきた3人の言葉を1本の記事にまとめました。

教育だけにとどまらず、あらゆる分野において普遍的な、社会を動かすためのヒントも見えてきた2時間の熱いインタビュー。まずは2月下旬、島根県内では新型コロナウイルスの感染者がゼロだった頃にさかのぼり、日本海に浮かぶ小さな島の県立高校で起こっていたことを追体験してみましょう。

左から高松芳弘さん(教務部長)、山野靖暁さん(教育魅力化コーディネーター)、大野佳祐さん(学校経営補佐官・教育魅力化コーディネーター)。

(※1)隠岐島前高校には、2008年、島前3町村(西ノ島町、海士町、知夫村)で立ち上げた「隠岐島前高校魅力化プロジェクト」の一貫として、教員ではない「魅力化コーディネーター」が常駐し、先進的な教育環境づくりを担っています。その成果が認められ、大野さんは2019年3月、公立学校としては全国初の「学校経営補佐官」にも任命されました。

47都道府県中、唯一休校しなかった島根県。
“念のため”に着手したオンライン環境の調査

2月27日の全国一斉休校要請を受け、島根県は47都道府県中で唯一、県立学校の臨時休校を実施しない方針を発表(※2)しました。「あれは県教委(島根県教育委員会 以下、県教委)のファインプレーだった」と当時を振り返る大野さん。隠岐島前高校では縮小版の卒業式を実施し、3月24日には在校生も終業式を終え、春休みを迎えました。

大野さん 島根県内の感染者はゼロでしたし、コロナもゴールデンウィークには収まるだろうと、当時はまだ楽観的だった部分もありました。生徒もいつもと少し違う空気を感じながらも、強い危機感を抱いている様子はなかったですね。

そんななか、3月中旬から下旬にかけて、全生徒の自宅のオンライン環境に関する調査を始めました。Wi-Fiの整備状況や日中使用可能な端末の有無など、大野さん、山野さんら教育魅力化コーディネーター(以下、コーディネーター)と主幹教諭の先生たちが手を取り合い、アンケート調査を実施。まだ休校になっていないタイミングでこのような調査を行った背景には、島留学(※3)している島外生が約6割を占める隠岐島前高校ならではの事情がありました。

隠岐島前高校のある隠岐諸島の海士町。隣が西ノ島町、奥が知夫村。三町村を合わせて島前地域と呼ばれています。

大野さん 3年生が卒業して春休みになって、在校生94人中54人の島外生が帰省してしまっていたんです。当時すでに感染が拡大していた北海道や東京に帰った子たちもいましたし、島の方々からも「彼らが島に戻って来るときが正念場になりそうだ」という声があがっていて。

ただ、あの調査の動機は“念のため”という感じでした。島外生が帰って来られなくなったときに授業ができるかどうか知っておくことは、たとえ今回使わなかったとしても今後有用な情報になるなんじゃないかな、と思って。まさかこんなにバッチリ使うことになるとは、想像もしていなかったんです(笑)

そう、この調査が、のちにオンライン化を実現するための大きな推進力となったことは、言うまでもありません。

(※2)2月28日、島根県教育委員会は、「流行の早期終息に向け極めて重要な時期であるとの政府の認識は十分に理解しつつ、児童生徒の学習の遅れ、休校時の家庭の負担を最小限とするため、県立の高等学校及び特別支援学校の臨時休校の開始は、県内で新型コロナウイルス感染症の感染例が判明した場合に、できる限り速やかに臨時休校の措置をとることとします。」とした文書を発表しました。 

積み上げてきた10年間がパーになってしまうかもしれない。
島外生をめぐる町との議論

生徒の自宅環境が把握できた3月下旬頃、大野さんたちは、今度は新学期に向けて島に帰ってくる生徒たちへの対応に動きました。人口約2,400人、高齢化率40%で、人工呼吸器もない小さな島(※4)においては、島外生たちがウイルス感染しているかもしれないということを前提に議論する必要があると判断したのです。

大野さん 島外生らが帰ってくるときに何らかのかたちで島の方との接触を避けなければ、と考え始めました。役場の方からは「万が一にも高校生が島のお年寄りにうつしちゃったら、これまで積み上げてきた10年間(※5)がパーになるかもしれない」と言われましたし、そうかもしれないな、と。

島の漁業を学ぶため、生徒が漁師さんの元を訪問する機会も。「高校生のためなら、と動いてくださる島の大人の存在が本当にありがたい」と、大野さん。そうした地域の方々との関係性を大切にしているため、今回の対応は慎重に慎重を重ねる必要がありました。

役場との話し合いを重ねた結果、帰島した島外生はホテルで受け入れ、2週間の健康観察期間をおくことになりました。大野さんたちは島外生の実家一軒一軒に電話をかけ、帰島の意志を確認。「島の方に迷惑をかけたくないので帰りたくない」、「子どもが感染しないように安全な島に帰したい」など、それぞれの思いを受け取りました。

結果として島外生54人のうち25人が自宅待機を選択。4月8日の始業式当日、島に戻ることを選んだ29人を島に迎え入れました。帰島後そのままホテルに滞在することになった生徒たちにはSIMカード入りの端末(iPad)を配布することに。

朝礼もiPadを使い、オンラインで行いました。

そしてすぐに、高松さんをはじめとした教員のみなさんと「オンライン授業をやってはどうか」という相談をはじめました。ここから、オンライン化に向けた怒涛の日々が始まったのです。

(※4)隠岐諸島・島前エリアには3つの町村があり、隠岐島前高校のある海士町(中ノ島)の人口は2,353人、65歳以上の老年人口割合は39.0%となっています。(2018年5月「2018海士町勢要覧資料編」より)

(※3、5)「高校魅力化プロジェクト」の取り組みが始まった2008年当時の隠岐島前高校は、新入学者数が28人にまで減り、全生徒数も100人未満。廃校の危機が現実として迫ってきていました。しかし、「魅力化コーディネーター」の就任や「島留学」制度の発足等、町と連携したさまざまな取組みにより、8年後には入学者数が65人程度にまで回復。現在は地方創生の一翼を担う学校として、全国的な注目を集めています。「教育魅力化」については、大野さんも登場するこちらの記事もご参照ください。

Zoom経験ナシ、研修1回でも、「やるしかない」。
トライ&エラーを積み重ねて実現したオンライン授業

「オンライン授業をやる」とひとことで言っても、もちろんそう簡単には始められません。オンラインツールの選定と契約方法の検討(今回はZoom)、iPad端末の準備、ルーターの手配、送付作業……。膨大なタスクに、コーディネーター、教員、隠岐國学習センター(以下、学習センター ※6)のスタッフがそれぞれに得意分野を活かし、手分けして取り組みました。

たとえばルーターのレンタル。不都合なことに、当時は大阪など都市部の需要拡大のためルーターの在庫がそちらに回されてしまい、島根県内では品薄の状態でした。そこで学習センターのICTディレクターが提案したのがSIMカードを契約すること。SIMさえ整えばWi-Fi環境がなくても学校が所有しているiPadが使えることを指摘してくれたのです。

(※6)「隠岐國学習センター」は、隠岐島前高校と連携した公立塾。2010年、幅広い学力層の生徒の学習をサポートし、進路実現を支援するために設立されました。今では3学年あわせて約130名が通い、高校と連携を取りながら、ひとりひとりの進度にあわせたカリキュラムで学んでいます。

さまざまなスタッフの活躍により、始業式後1週間のうちに、自宅待機生への端末送付、先生向けのZoom研修、対象生徒の接続テストや使い方練習、マニュアルの送付が完了。オンライン授業への準備は着々と整っていきました。

先生向けのZoom研修の様子。総立ちの様子から、真摯な姿勢を感じ取ることができます。

4月9日のオンライン入学式後には島外の新入生36名も来島し、迎えた4月13日。端末の調査から1ヶ月にも満たないうちに、全154人の生徒を対象としたオンライン授業の配信をスタートすることができました。

物理の授業のオンライン配信の様子。休校になる前は、教室にも一部生徒がいるなかで配信を行いました。

「すごいスピード感ですね……」と、圧倒される私に対して、大野さんは「あれはしびれましたね」と、ニヤリ。

大野さん オンライン授業をやるという意志決定もすごく早かったですし、ほぼ全員の先生方がZoomを使ったことがなかったのに、研修もわずか1回でいきなり授業やりましょう、という感じで。あのときは「いけるんじゃないか」って感じがあったんですよね。今考えるとよくやったな、と思いますが。

当時を思い返すように語る大野さんの話を受けて、数学教師である高松さんは苦笑いしながら、こう続けてくれました。

高松さん 有無を言わせないというか、「やるしかない」という前提で進めていましたからね。最初は3教科のつもりで話していましたが、会議で「できる教科は全部やろう」と、5教科になって。当初、授業中は(5教科以外の)家庭科や体育の先生に撮影のサポートをお願いして、学習センターのスタッフにはチャットやアンケートに対応してもらったりと、困難なことがあったらその都度調整をしていきました。

生徒には、大野さんや山野さんが中心となって連絡を取り、毎時間フィードバックをもらうようにしていました。「黒板が見づらい」「声が聞こえにくい」といった声を休み時間のうちに先生たちに伝えて次の授業で改善をかける、というサイクルでトライ&エラーを積み重ねていったそう。

高松さん 生徒はこういったツールに慣れているので、オンライン上でもどんどん質問してくれましたし、逆に生徒に機能を教えてもらうようなこともありました。

大野さん 先生の指示をチャットに書いてくれたり、教科書の該当ページを生徒同士でLINEで送り合っていたり。「なんでインスタライブでやらないの?」なんてツッコミもありました。馴染むのは早かったですし、むしろ生徒のほうがそういう工夫は得意なんですよね。

デジタルネイティブで機転もきく生徒たちの意見を真摯に受け止め、自らも学び、失敗しても挑戦し続ける大人たちのあり方は、きっと子どもたちにとって何よりも大きな影響力になるはず。困難な状況を前にしても、未知の分野にも果敢に、しかも楽しみながら挑んだみなさんの様子を感じながら、私はそんなことを考えていました。

休み時間、職員室では総立ちで議論を重ねる先生たちの姿が。オンライン化に一丸となって取り組む姿勢を象徴するような1枚。

オンライン授業が軌道に乗り始めた4月17日、島根県内でのクラスター発生を受けて、県教委から県立高校の一斉休校の通達がありました。この時点で、オンライン授業の配信は一旦休止。休校がさらに延びた場合を想定して、島内の生徒の環境整備や自宅待機の生徒への教材郵送など、ゴールデンウィーク後に向けた準備を進めました。

5月5日には県教委が休校延長を発表。これを受けたゴールデンウィーク明け、さらに科目を増やすかたちでオンライン授業の配信を再開しました。

大野さん 家庭科の実習や体育の実技を除いて、ほぼすべての授業を配信できました。この頃にはもう先生方も慣れていて、ひとりでiPadを持って授業に行くというのが毎日の風景。「もうZoomで授業なんて当たり前だよね」といった雰囲気になっていました。すごく面白かったですね。

環境、お金、人。
緊急事態に力を発揮した隠岐島前高校の「強み」

3月に休校にならなかった島根県特有の条件はあったものの、休校直後にオンライン授業が“当たり前”になっていた学校はほとんど無かったのではないでしょうか。休校から約1ヶ月半後に行った文部科学省の調査によると、臨時休校に際し、オンラインでの双方向授業を実施した自治体は、わずか5%(※7)だったそう。神奈川県に住む私の娘の小学校は、5月半ばにようやく家庭環境の調査を開始しましたが、8月現在、未だにオンライン化は「検討中」というステータスです。

(※7)「新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した公立学校における学習指導等の取組状況について」より(文部科学省 2020年4月21日発表)

全国の学校が長引く休校下で学習機会の確保に苦戦するなか、こんなにも早急にオンライン化を実現できた背景には、隠岐島前高校ならではの「強み」があったのではないでしょうか。ここで少し立ち止まって、「環境」「お金」「人」の3つの視点で考えてみましょう。

90台のiPadと校内のWi-Fi環境

まず環境面では、SIM対応のiPadがすでに90台導入済みでした。これは普段の授業で調べ物や資料をつくるために使っていたと言います。また、校内にはすでにWi-Fi環境も整備済みで、ICT環境がある程度整っていたことは、オンライン化のスタートラインに立つ上で大きかったのではないかと思います。

オンラインで生徒とやりとりする大野さん(左上)。コーディネーターの方々は東京など島外の人々とのやりとりが多く、日頃から打ち合わせでZoomを活用していました。オンライン授業も「Zoomでやればいける」という感覚が彼らの中にもともとあったため、スムーズにスタートラインに立つことができました。

3町村でつくった財団の存在

また、オンライン化において多くの学校、特に公立学校で障壁となるお金の問題をクリアできた背景には、魅力化コーディネーターの人件費の財源となっている財団(一般財団法人 島前ふるさと魅力化財団)の存在がありました。

大野さん 島前3町村(西ノ島町、海士町、知夫村)でつくった財団があって、そこに僕ら魅力化コーディネーターの人件費と事業費があります。4月から5月は出張費を使っていなかったこともあって、Zoomのアカウント料やSIMの契約料(総額30万円ほど)は、僕の差配で事業費から捻出することができました。財団のお金でやると決めていたのも大きかったかな、と思います。

県立高校でありながら財団のお金でやると決めていた理由を尋ねると、「スピードが重要だったから」と、即答。県立高校の難しさのひとつは、県教委の直轄でありながら市町村などの自治体に置かれているところにあり、そのために意志決定が遅れることもあります。学校運営に限らずすべての事業において、日頃から活動の財源を複数確保しておくことは、スピードが求められる緊急時に柔軟に動くための大きなポイントと言えそうです。

「高校魅力化推進協議会」の会合の様子。島前三町村の役場職員や地元の方、保護者、高校教員、コーディネーター、学習センタースタッフなど多様なメンバーが参加し、議論を深めています。今回、オンライン化よりも高額となった生徒のホテル滞在費は当初町が負担しました(その後、県も負担)が、役場の方からは「町が支払うからとにかく安心して帰ってきてくれ」と言われたそう。隠岐島前高校の後ろには、いつも島の方々がいる。そんなバックアップ体制の厚さも、隠岐島前高校の大きな強みです。

先生、コーディネーター、町の人々のチームプレー

そして隠岐島前高校最大の強みは、なんと言っても「人」でしょう。先生とコーディネーター、役場を中心とした町の人々が一体となってコロナという目に見えない恐怖に挑んだチームプレーは、お見事としか言いようがありません。「やるしかない」という意気込みのもと、意志決定は迅速に進み、役割分担も自然にできていったのだとか。

大野さん 県教委の課長や町長との調整は校長先生、県教委との細々としたやりとりや校内伝達は教頭先生、島外生の受け入れは山野くんや寮務主任、オンライン授業は高松先生など教務部の先生が引き受けました。コーディネーターの間でも、現場は山野くんが回して、僕が校長、教頭、現場の間をぐるぐる動くという感じでそれぞれが主体的に動いていて。

役割ははっきり別れていたんですが、話し合ったわけではなく、結果的にそうなったという感じでした。そのベースには、「ここはあの人が動いてくれるだろう」という信頼感があったと思います。

もちろんその信頼感は、日々のコミュニケーションがあってこそのこと。先生とコーディネーターの間だけではなく、町の人との関係性においても積み上げてきたものが力を発揮しました。

大野さん 役場の人に「高松先生ががんばってる」と話すと、「あの高松先生が…」って、顔が見えるわけですよ。県教委とのやりとりでは先方の顔が見えにくいこともありますが、町の意志決定においては、はっきりと見える。

学校の中だけじゃなくて飲み会とかお祭りで培ってきた「あいつが言うことだから」みたいな感覚はいつもあって、それはすごく効いている気がします。

飲み会やお祭り、地区の清掃活動など、大野さんが「地味ですけどね(笑)」と笑う日々の小さな行動の積み重ねも、いざというときに大きな原動力となる。移住者が大半を占めるコーディネーターのみなさんが小さな町に根づくために続けてきた一つひとつの行動が、コロナ禍で価値として顕在化し、危機を乗り越える大きな推進力となったのです。

地区のお祭りに参加する大野さん。日頃のコミュニケーションを何よりも大切に、そして心から楽しんでいらっしゃいます。

第二波が来ても「このチームなら大丈夫」
“怪我の功名”を今後に活かすために。

6月、学校の再開とともに、全生徒が教室に戻ってきた隠岐島前高校は、この危機を乗り越えた大きな自信とともに歩み始めました。山野さんは「チームで危機を乗り切ったという実感が今につながっている」と語り、大野さんは、「第二波がやってきても、このチームなら大丈夫だろうという自信がある」と胸を張ります。

さらに、みなさんの現在のもっぱらの関心事は、今回の“怪我の功名”としてのオンライン化を今後にどう活かすかということ。コーディネーターは島留学の説明会をオンラインで実施したり、先生は保護者との面談をオンライン化したり、すでに精力的に実験を進めているほか、今後の授業改革につなげるアイデアも浮かんでいます。

山野さん 島外の中学生向け説明会はこれまでは東京や大阪でそれぞれ年に数回ずつ開催していましたが、4月末から週に2〜3回のペースで30回ほどオンラインで開催しました。先生方と4人のコーディネーターで試行錯誤する中で、毎回来てくれる子たちが何人も出てきて、逆に一人ひとりと顔が見える関係になれたのは、面白い発見でしたね。

高松さん 先生たちの間では、対面だからできることとオンラインだからこそできることがあるという気づきがありました。今回、いわゆる反転授業みたいな形式も取り入れられたので、授業の配信にとどまらず、もっともっと有効活用に突っ込んでいく方向で考えていきたいですね。

貪欲に挑戦し続ける多様なプレイヤーたちがつくる隠岐島前高校の未来は、今後どのように変化していくのでしょうか。これからの歩みも、継続的に追いかけていきたいと思います。

春に行われる町内の綱引き大会に、毎年教員チームで出場。町の人々とはもちろん、教員同士の一体感も高まっていきます。

みんなの問題と捉える。工夫する。自分たちで決める。
中央集権型意志決定の限界を超えていくもの

なぜ隠岐島前高校がやり切ることができたのか、ここまで読んでくださったみなさんは理解できたと思います。では逆に、なぜ授業のオンライン化を実現できた自治体は、わずか5%だったのでしょうか。「その数字には衝撃を受けた」という大野さん、全国の学校が置かれている厳しい状況についてこう指摘します。

大野さん 中央集権型の限界なのかな、と思います。特に緊急対応時において、しかもコロナという未知の存在を前に、地域によって特性や状況が大きく異なるなかで、意志決定を中央集権に寄せていくことのメリットは少ないと思うんです。

緊急事態宣言下で軽やかにオンライン化を実現した隠岐島前高校ですが、思い通りに進められなかったこともありました。特に島特有の高齢者の感染に対する不安感など、「県からの通達と町が感じている危機感のズレはどうしてもあった」と当時を振り返る大野さん。「県のビジョンには“地域のなかで意志を持って学校経営ができる”とある(※8)にもかかわらず、危機的な状況下でなかなかそうならなかった」と、冷静に分析します。

(※8)県教委は「県立高校魅力化ビジョン(2019年2月)」において、「地域と一体となって子供たちを育む地域とともにある学校(地域協同スクール)の実現を進める」とし、「地域協働スクールの実現にあたっては、地域、地元市町村等が学校運営・経営に参画する体制の構築を図る。また、地域協働スクールとして様々な事業を展開する際には、独自に事業費を確保する方法も研究していく」と明記しています。

それでも隠岐島前高校のみなさんは、「制約のなかでもみんなでやれる工夫をしよう」と動き出し、その結果が、オンライン化という実りになりました。

大野さん 僕らがオンライン化に舵を切れたのは、おそらく小さい学校だから。小さいからこそ切り開ける機会があると思います。

たとえ大きな学校でも「このクラスだけ」と範囲を小さくして考えることで、「端末がなければクラスメイトに借りる」とか、「友達の家に行けばWi-Fiがあるから一緒に受けよう」とか、工夫してなんとかできると思うんです。それなのに、それぞれの立場で分断して「それはこっちの問題じゃない」なんて言っているから解決できなくなってしまう。みんなの問題なのに。

今回、小さい自治体や地域が自律分散型で走れるようになっておく必要性を強く認識しましたし、自分たちで決めていく習慣は手放さないほうがいいな、と感じています。

一見難しそうなことも工夫し、自分たちで決めていく習慣。それは大野さんたちが10年かけて築き上げてきたものです。

山野さん 「できないと言う前に工夫しよう」という姿勢は、島の環境ならではのものかもしれません。僕らがこれまで島外や海外の方とやりとりするときにオンラインを活用したりして、工夫してきたことが生きたとも言えると思います。

大野さん 僕らは、いつでもみんなの問題として捉えてみんなで工夫する土壌を10年かけて築いてきて、それが今回、ひとつの成果として表れました。逆に言うとそれは、時間はかかるかもしれないけど、どこの学校も持っているポテンシャルですし、つくれる土壌だと思います。

僕らは自分たちのことをタグボート(大型船をロープで牽引する船)だと言っていて、ここでの僕らの工夫が、やがて大きいところを変えていくひとつの種火になるんじゃないか、と思いながらやっています。どうすれば大船団の方に「僕らも1回やってみるか」と思ってもらえるか頭を悩ませることもありますが、中央集権型と自律分散型の二項対立ではなく両方の“いいところ取り”をしていけるといいですよね。

インタビューはZoomにて。大野さん(写真下)、山野さん(左上)、高松さん(授業で先に退出されてしまい、画面キャプチャーにご登場いただけず…)の熱意、オンラインでもひしひしと伝わってきました!

「タグボート」という言葉に象徴される隠岐島前高校のあり方は、一向に変わらないと言われる日本の教育を動かしていく推進力として、もっと言えば、ますます先が見えなくなる社会を牽引する存在として、私たちに大きなヒントを与えてくれています。

私は社会と教育のあり方について取材を続けるライターとして、また、まちとともに子どもの環境づくりを担う2児の母として、励まされるような気持ちで彼らの言葉を受け取りました。

今回の記事は、休校時の生徒により良い環境をつくるひとつの手法として、授業のオンライン化に着目して執筆しました。もちろんオンライン化以外にもどのような手法があるか議論が交わされるべきだと思いますし、オンライン化そのものの是非を問う声もあるでしょう。

どんな視点でも、みなさんの中にもなにか気づきがあったのなら、ぜひ周りの人と対話をしてみてください。その小さな行動が積み重なり、これからの社会をつくる大きな一歩となります。

一緒に、つくりたい未来の前に立ちはだかる壁を乗り越えていきましょう。
自分たちで決めて工夫を重ねる習慣を、手放さずに。