突然ですが、質問です。
新型コロナウイルスによる経済への影響について書かれた、この5月22日付の日本経済新聞の記事。以下の見出しと文章を読んで、違和感を覚えますか? それともただ「人出が4割も減ってしまって、景気が不安だな」と思いますか?
店や施設への人出は、ニューヨークでは、81.9%減、東京では54%減(5月13日時点)とチャート付きの記事で語られますが、ん? ちょっと待って。
行動が追跡されていたって、知っていましたか? 聞かれた覚えもないし、OKもしていないけれど。誰が決めたの?
鉄則1. スルーすると、落とし穴が
こういった「ん?」という違和感は、必要な情報を探す原動力になります。では分析情報の提供元であるGoogleのホームページを確認しましょう。
公衆衛生当局というのは、アメリカの厚生労働省のことです。でも私は日本人だし、特に了解していないからデータは使われていないのかな? と、再び確認します。
このレポートの分析情報は、ロケーション履歴の設定(デフォルトではオフ)をオンにしているユーザーから集計された匿名のデータセットを使用して作成されています。(参照元)
対象はロケーション履歴の設定をオンしているユーザー情報ということです。スマートフォンを確認します。
私はiPhoneユーザーなので、プライバシー→位置情報サービスとタップすると…
完全、オンでした!
私たちが気づかないうちに、情報戦争の参加者になっているということ。それをまず自覚する必要があります。
個人情報不正流出で問われるモラルと安全性
こうしたスマートフォンやインターネットを通した位置情報・行動履歴、ホームページや動画の閲覧履歴などから得られる膨大なデータのことをビッグデータと言います。
ビッグデータには大きな価値があって、現在はGAFA(Google・Amazon・Facebook・Appleの4社の頭文字)をはじめとしたアメリカ企業のほぼ独占状態。分析を依頼することで企業はマーケットリサーチに生かせて、購買欲が高そうな商品の広告を効果的に流したり、「好き」「気になる」感情を操作しながら商品や店舗を紹介でき、ビッグデータはビジネスの世界に欠かせないものになっています。
私は、Googleマップ、iPhoneを探す機能などでロケーション履歴をオンしていましたが、ソーシャルメディアを使う人なら24時間オン状態かもしれません。非常事態だと、サービス提供者だけでなく、データ分析アルゴリズムを管理する企業を通じて、国家ぐるみでデータが見られる可能性があるんですね。
新型コロナウイルス蔓延前から、特にアメリカのメディアでは、ビッグデータの流用問題やその利用に法規制がなさすぎるとたくさんのジャーナリストが指摘されてきました。特に2016年のアメリカ大統領選挙で、トランプ陣営を支援した選挙コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」(2018年廃業)がFacebook利用者5000万人(※)の個人データを不正使用してからは。「これはマズイ!」と、無法地帯のインターネット社会に規制が必要との声が高まったのです。
(※)のちにFacebook社は8700万人と数字を訂正、ケンブリッジ・アナティカは3000万人以下と反論(津田大介著『情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー』(朝日新聞出版)より)
ところが現在は信頼できるワクチンが行き渡るまでは、他の選択肢もお金も時間もない。ビッグデータで管理してパンデミックを抑えるより他はない。政府がマスクを買って国民に分配したり、集団感染を防止した台湾の事例もあるし、個人が特定されるわけでもない。
命を守るために、そんなことは言っていられないと、政府によるビッグデータの利用に特に大きな反発は起こりません。メディアもそれほど声をあげません。私たちも「悪用はされないだろう」と信頼するほかないところもあります。このコロナ禍では、ビッグデータとAIを駆使した未来都市を目指すスーパーシティ法案も参院本会議で可決されました。
ネットの力で監視されるメリットとデメリット
ここに「健康保護」を名目に、民主主義が独裁国家に変わる可能性があると言うのが『サピエンス全史』のYuval Noah Harari(ユヴァル・ノア・ハラリ)氏です。
将来的には、ビッグデータを管理する組織や政府のほうが、私たちの健康状態を私たちよりも把握して、誰と会って、どこに行ったかを知ることになる。となると当然、病気にかかるリスクが減ったり、早期治療のメリットがあります。私たちのための、健康チェックだけにデータが使われた場合は。
恐ろしいのは健康状態を分析したのと同じアルゴリズムを使って、例えば政治スピーチを聞いたときの体温や心拍数から感情を割り当てて、私たちの体の内側まで監視して、私たちの信条や嗜好性を分析してコントロールするなんていうデメリットの可能性。好みを熟知すれば、思い通りに人を操作、教育することができるからです。
例えば北朝鮮などの独裁国家なら、これを用いて国民に24時間着用する腕時計のようなビッグデータ感知装置を装着させ、国の指導者の演説を聞いて怒りや反発を示すような体温や心拍数を示す国民は、「危険分子」の可能性が高いとして、速攻で政治犯収容所にブチ込むといったような制裁を下すなんてこともありえます。
世界市民総ジャーナリスト時代到来!
医療的安全を代償に、政府やデータ管理組織が「ケンブリッジ・アナリティカ」社よりも正確に私たちの感情や行動をコントロールできるような社会。それが私たちにとって良いビジョンかどうかは、ビッグデータがどう使われるかによります。
目を光らせましょう。
テクノロジーの進化で、私たちは膨大な情報にアクセスすることができます。受信も発信も可能な、世界市民総ジャーナリスト時代の到来。自分を守るためには、まず賢い情報の受信者になって、強者の逸脱を防ぐ必要があります。
ハラリ氏は未来は定まっておらず、私たちが今何をどう決定するかで、健康もプライバシーも守られた社会が叶うといいます。そのためには、信頼できるメディアと国、しっかりした公共衛生システムと有能な科学機関、正しく情報を得た市民が必要です。(※)
あふれる情報のなかで望まない未来を選択しないためには、自分よりも危険察知センサーが高い人の意見が助っ人になります。そこで自分だけのブレインを持つことがオススメ。
鉄則2. お気に入りのブレインを持つ
そこでまずは、ピンと来る人の意見をチェックしましょう。
私は、先ほど触れたユヴァル・ノア・ハラリ氏の意見は確認するようにしています。彼は、デジタル資本主義に警鐘を鳴らしながらも、”いかしあうつながり”に希望を見ていると、私は感じるからです。
海外メディアの記事も視野を広げるのに役立ちます。日本経済新聞で翻訳が掲載される、イギリスの「Financial Times」のRana Foroohar(ラナ・フォルーハー)氏のちょっと辛辣な論説もIT大手の動きをつかむ参考にしています。電子版では、イギリスの「The Guardian」は、「パンデミックをITで乗り切るのは大間違い!」とテクノロジー界の異端児Evgeny Morozov(エフゲニー・モロゾフ)氏が吠える論説などが無料で読めますし、アメリカの「The New York Times」も月に何本か記事が無料で読めます。DeepLなどの翻訳サイトで大枠をつかんでその後に原文を読むと論点が捉えやすく、英語の勉強にもなるから一石二鳥です。
フランス誌「Le Point(ル・ポワン)」では、ユニークな記事と出会えます。例えば、68歳の自分だからこそ言えると「新型コロナウイルスの外出規制は年寄りを守るために、若者を犠牲にする愚策だ!」と、立場が危うくなりそうな発言をあえてする、ソルボンヌ大学の哲学者の勇気ある寄稿文などが読めます。
10年以内にインターネット翻訳機能はさらに向上するでしょうから、そのときには言語も国境も肩書きも関係なく、自分よりも先見性がある人の声を直接購入します。いろんな考えに触れて、「ん?」という感覚を大事にしながら自分の声を持つことは、ますます価値になると思います。
インフルエンサーでは、タイプが近い人だけではなく、YouTubeで無料配信している起業家の堀江貴文氏、与沢翼氏などの率直な意見も参考にします。大多数がひとつの考えに向かっていたら、あえてその逆を行く人の意見を聞いておくことも、自分の「アリ無し」を育む助けになります。
ブレインを持つうえで大切なのは、どんな偉い人や有名人の意見もうのみにしないこと。誰のどんな意見も、その人の立場のものだと冷静に捉える必要があります。すべて発信者のバイアスがかかっています。今読んでいるこの記事もそう。自分が大事、ピンとくるものを吸収することで、適切な距離感が生まれます。私たちはデジタル資本主義という社会システムの一部なので、どんな情報や意見も自分との利害関係を持つと客観視することが大切です。
鉄則3. システム思考
では、システムとはなんでしょうか。Donella H. Meadows(ドネラ・H・メドウズ)氏によると、システムは3種類のものからなっています。
それは「要素」、「相互のつながり」と、「機能」または「目的」です。
デジタル資本主義社会に当てはめると、要素の私たちは、情報を使ったYouTube、LINEやYahoo! News、Twitterなどの商品やサービスでつながって、個人や企業が利益を追い求めるという目的の社会システムに生きています。(※)
そこで私たちが抱える問題は、ビッグデータの不正使用、情報操作、暴力的な報道やネット攻撃など。対策としては、規制や罰則を設けて、「発信者を封じる」ことが挙げられます。また、「受信者のニーズを断つ」ということも考えられます。
(※)参考: ドネラ・H・メドウズ著、枝廣淳子訳、小田理一郎監訳『世界はシステムで動く いま起きていることの本質をつかむ考え方』(英治出版)
受信者の私たちがアクセスするから、発信者側が注目を集められて快感したり、アクセス数が上がって広告主がつくという利益が生まれます。規制や罰則がない限り、売り上げがあれば資本主義システムにおいて供給が続きます。つまり見ていたらすでにゲームの参加者ということ。「見ない」ことでも、ダメージになる情報は抑止できます。
また「A(有害な情報)がB(私たちの苦しみ)を引き起こしている」としたら、「B(私たちの苦しみ)がA(有害な情報)を引き起こしている」という動的な発想もできます。このように考え始めれば、犯人探しや対症療法的な対処よりも、どんな社会システムが、発信者と受信者の両方を含む私たちの苦しみを生んでいるんだろう? と、より根本的な原因に目を向けることができます。
女子プロレスラーの木村花さんの訃報を受けて、ZOZO創業者で起業家の前澤友作氏は以下のようにツイートしました。
あなたは規制や罰則が必要だと思いますか? 高市総務相は5月26日の記者会見で、ネット上の発信者の特定を容易にして、悪意ある投稿を抑えるための制度改正を検討する意向を示しました。でも法律にひっかかる名誉毀損、侮辱、脅迫のボーダーラインってどこなんでしょう? 「ウザい」はアウトになるの? 微妙なところです。裁判で訴えるにも手間も費用もかかってしまいます。
それともそれは、表現の自由を奪う一歩になりうると反対しますか? メディアの規制は政治権力などが行き過ぎたとき、それが言いづらくなるというリスクもありえます。
オンライン上だとマナーを逸脱してしまったり、匿名だと凶暴化する側面があるなら、全員に「見られている」という監視状態をつくらざるを得ません。個人の善意に裏打ちされた自発的な信頼関係は、ネット上では築けないのでしょうか。
ここであなたが「ん?」と立ち止まって、自分なりの考えを持つこと。それがデジタル資本主義社会の資産になります。
そして、こちらは亡くなられた木村花さんの母・響子さんのツイートです。
なぜ報道するのでしょう?
それは視聴率が稼げるからです。
観る人がいて、お金が儲かるからです。
ネットリンチは、「受信しない」ことでも罰することができます。
未来の世界は、私たち受信者が描く
罰則や規制で発信者の凶暴化を抑えるのもひとつですが、私たちが健全な情報を選ぶスマートな受信者になることも、デマや攻撃的な報道を罰する力になります。ここにビッグデータを活用することも考えられるでしょう。例えばネットリンチをしそうな人や、自分の心を傷つけるリスクのある有害な情報を設定し、それを事前にアルゴリズムで検出して、情報端末で自動ブロックできるような機能の開発などです。例えば「The New York Times」は、Googleが開発したAI「パースペクティブ」を使って、有害な投稿コメントを自動で排除しています(※)。
(※)津田大介著『情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー』(朝日新聞出版、2018年)
それが良いか悪いか。あなたは、どう思いますか?
IT監視資本主義というシステムのなかで、「スルーしない」「ブレインを持つ」「システム思考」で情報を取捨選択する。未来を描くのは政府やメガ企業、インフルエンサーだけではありません。私たちは賢い受信者になることで、報道の価値やIT世界を健全に変える大きな発信力を持っています。
(編集: スズキコウタ)