「greenz.jp」の立ち上げに関わり、2010〜15年まで編集長を務めた兼松佳宏さん。2016年に、京都精華大学人文学部の特任講師に着任すると同時に、”フリーランスの勉強家”としての活動を行うようになりました。
「勉強家」とは、兼松さんの「beの肩書き」です。
私たちは、自己紹介をするときに「○○会社の△△です」とか、「ライターの○○です」というように、所属や職業を表す「doの肩書き」を話します。そうではなくて、あり方の部分を表すのが「beの肩書き」。仕事が変わっても、世の中が変わっても、変わらない自分自身を表現するものなのです。
いま、兼松さんは京都精華大学での経験をいかして、勉強家としての”本丸”となる学びの場づくりに軸足を移しつつあります。この2020年4月からは「グリーンズの学校」の”学長”として復帰。同時に、地域を旅する大学「さとのば大学」では、カリキュラム担当の”副学長”として、深く関わりはじめています。
編集長から学長へ。そこで今回は、さとのば大学の受講生や講師との出会いのなかで、兼松さんが考える「学びあいの場」についてインタビューしました。
1979年秋田生まれ。元greenz.jp編集長。 2016年にフリーランスの勉強家として独立し、京都精華大学特任講師に着任。2020年より「グリーンズの学校」学長としてふたたびNPOグリーンズに復帰。”ワークショップができる哲学者”を目指して「スタディホール」「beの肩書き」「MOYAMOYA研究」などの手法を開発中。著書に『beの肩書き』(グリーンズ出版)、共著に『ソーシャルデザイン』(朝日出版社)、『これからの僕らの働き方: 次世代のスタンダードを創る10人に聞く』(早川書房)など。
「目標金額1000万円」に感じた
「新しい学び」づくりへの本気度
2018年6月、さとのば大学の発起人・信岡良亮さんが、「“地域を旅する大学”をつくりたい!」と、設立準備のために目標金額1000万円のクラウドファンディングを立ち上げたとき、兼松さんは「スカッとした」気持ちを味わったそうです。
僕のまわりのクラウドファンディングでは数百万円が多かったのですが、1000万円というのは桁がひとつ違うし、「これは僕にはできない大きなことをしているなあ。信岡くん、すごいなあ」と思ったんですよね。
もともと、兼松さんと信岡さんは旧知の仲。信岡さんが起業に関わった、島根・海士町の「巡の環」はgreenz.jpでたびたび記事にしてきましたし、ここだけの話ですがグリーンズとの合併話が出たこともあったそう。「信岡くんのお誘いじゃなかったら、こんなに深くコミットすることはなかったと思う」と言います。
実は『beの肩書き』が本になる前に、その意義を言語化してくれたのも信岡くんで。ものすごく頻繁に会っているわけではないけれど、心の底で通じている、そんな仲間だったんですよね。
はじめは「さとのば大学で『beの肩書き』のクラスをやってほしい」と誘ってもらったんですが、そのときはまだビジョンにピンときてなくて、信岡くんを応援したいという気持ちのほうが大きかったです。あとはグリーンズ以外の、新しい仲間たちと新しいプロジェクトの立ち上げに関われることも、単純にうれしかった。
とはいえ、「さとのば大学と”いかしあうつながり”を掲げるグリーンズは、目指すところは重なっている」と兼松さんはいいます。
今、地域で必要とされているのは、ゼロから何かを生み出すイノベーターだけでなく、”イノベーティブな気持ちを持ったコーディネーター”だと思うんです。「ここにはなにもない」と嘆くのではなく、「すでにあるものはなんだろう?」と地域のリソースを引き出して、“いかしあうつながり”を紡ぎ直す。そんな新しい仕事づくりを、さとのば大学では探究していきたいと思っています。
一講師としてのさとのば大学との関わりを大きく変えたのは、2019年11月に宮崎県で開催された、さとのば大学の合宿。受講生、オンライン講義の講師、各地域のプロジェクトパートナーが一同に集う場で、いったいどんなことが起きたのでしょう?
講師陣を目覚めさせた卒業生のひとこと
合宿が開かれたのは、第1期生が卒業して間もない頃。「受講生はオンライン講義をどう受け止めていたのか」「他の講師陣はどんな授業をしていたのか?」を確かめたくて、兼松さんも参加することにしました。
合宿のハイライトのひとつが、仲間のひとりが始めたタロット占いだったんです。そこで信岡くんが「弱さを開示する」という意味深げなカードを引いたことで、そのメッセージが合宿全体を覆うことになりました。
信岡さんはそのとき「実は、集客を考えるのは苦手だと気づいた」「カリキュラムの詳細をつくるより、新しい教育観のあり方を考えたい」など、「無理してがんばっていたこと」をはじめて口にしたそうです。
信岡くんが「僕はできない」って言ってくれたおかげで、「だったら、みんなで手分けしたいね」という空気が自然と生まれました。カリキュラムづくり、ファンドレイジング、卒業の出口とかいろいろテーマが出てきた中で、僕も「カリキュラムづくり、やりたい!」と手を上げてしまったんです。
もうひとつ、兼松さんを”本気”にさせたのは、卒業生たちのオンライン講義に対する評価でした。さとのば大学では、午前にオンライン講義、午後は地域のプロジェクトパートナーとともにプロジェクト学習を行います。
さとのば大学の講師には、日本にソーシャルイノベーションという考え方を定着させた井上英之さんや起業家育成・地域再生のスペシャリストであるソシオデザイン代表の大西正泰さん、『Zoomオンライン革命』著者の田原真人さんなど、その道の第一人者が集まっています。
しかし、兼松さんが「午前と午後、学びになったと思う比率は?」と問いかけてみると、卒業生は「午前が2割、午後が8割かな?」と答えたのです。
講義とプロジェクトは単純に比較できるものではないし、今思うと本質的じゃない問いだったなと思うんですけど(笑) ただ、「20%問題」はオンライン講義の講師陣のキーワードになって、一気にみんなのスイッチが入りました。ひとつひとつのコンテンツは素晴らしいけれど、カリキュラムというひとつの流れになっていなかった。それが根本的な課題だったんです。
それを解決するためには、講師同士の連携がもっとも大切。そこで兼松さんは、さっそく講師陣へのヒアリングを開始します。
greenz.jp編集長時代にもっとも大切にしていたのは、書き手であるライターさんたちのコミュニティの温度を高めることでした。それを続けていれば、「いい記事を出そう」と意気込みすぎなくても、いい記事が生まれていく。結果的に読者にとっても嬉しい。だからさとのば大学でも、受講生の満足度を高めるためにも、講師コミュニティの温度を温めて、いい授業が生まれる環境づくりをしてゆきたいと思っています。
伴走から自走へ
受講生を導く学びのステップ
あれよあれよといううちに、カリキュラム担当の副学長となった兼松さん。一人ひとりの講師とじっくり話し合い、カリキュラムのなかに各講義を位置付け。学びのプロセスを共有し、全員で見渡せるようにしました。
兼松さんがよく口にしていたのが、「学び1.0」「学び2.0」「学び3.0」というキーワードです。
普通の講義のように、基本的な知識をダウンロードする「学び1.0」、講師がファシリテーターとなって対話しながら学ぶ「学び2.0」。そして、受講生の間で自然と学び合いが起こる「学び3.0」は、個人も組織も進化し続けるティール組織に近いイメージだそう。それぞれの段階で、講師の役割も「教える」から「対話を引き出す」、そして「学び合う環境を整える」へと変化します。
新しい知識がたくさん増えてワクワクする時期もあれば、実際にプロジェクトが動き始めてモヤモヤしてしまう時期もありますよね。そういう複雑な学びの深まりの全体像を描いておくことで、「今日の講義ですごくモヤモヤしたんですけど…」という感想が出たとしたら、「おお、それはよかった! 成長してるね!」ってフィードバックすることができます。
他に気を配ったのが、地域に移り住む受講生の”居場所づくり”。さとのば大学に入学したての頃は、地域の暮らしに慣れていない受講生もいるため、前半はあえて学び1.0や2.0的な必修科目を多めに。テレワーク時代となった今では、定期的な朝会が見直されていますが、毎日オンラインで過ごすルーティンをつくることで、さとのば大学に所属している感じをつくろうとしています。
一方、後半に地域プロジェクトが本格化し学び3.0へと移行すると、保健室のようなメンタリングやキャリア相談のための場も増えていきます。
こうして安心して地域でチャレンジできるように、“授業のオンライン化”だけでなく、地域での暮らしや学びのプロセスまで含めて、”大学そのもののオンライン化”を目指しているのも、さとのば大学の魅力なのです。
受益者負担だけではない、新しい学費モデルとは?
さとのば大学が挑戦しているのは、新しい教育のあり方。その中で、”勉強家”である兼松さんが特に関心を持っているのが、ズバリ学費です。実際に大学教員になってみて、学費を何とかするために、学業よりもアルバイトを優先する学生がかなりたくさんいる現状を痛感したのでした。
現在、さとのば大学の収入の柱は、受講生の学費です。しかし、こうした受益者負担モデルは、つきつめればお金のある人とない人の間に、教育を受ける機会の格差を生むこともあります。
講師たちとよく話すのは、働き方が多様化していくこの流動的な時代に、人を育てるコストは誰が担うんだろう? ということ。「自己負担だけでいいのかな?」という疑問はずっとあって。
そこでさとのば大学では、茨城県など自治体や、株式会社オンデザインパートナーズなど企業、あるいは大学との連携を強化し、本人の費用負担をなるべく抑える仕組みを用意しはじめています。
そうした流れの中で、兼松さんが注目している事例が、昨年、東京にも開校した学費完全無料のエンジニア養成機関「Ecole42」です。
学歴、職歴問わず「挑戦したい人であれば誰でも質の高い教育を受ける機会があるべき」という考え方のもと、2013年に起業家のグザビエ・ニール氏がフランスで設立。卒業生はお金を稼げるようになったら、次に入る学生のために学費を寄付するという、恩送りで成り立つ学校を目指しています。
無料とはいえ、1カ月間に及ぶ実技テストがあり、入学すること自体とても狭き門なのですが、テスト段階でも、世界中の最先端の課題に挑戦しながらスキルを高めたり、先生がいない”ピアツーピア方式”を通じて学び合う仲間を見つけたりすることもできます。
「試験さえも楽しい」というのはいいヒントで、さとのば大学でも、いろんな関わり方のレイヤーをつくれたらと考えています。半年ガッツリでも、夏休みだけでも、オープンキャンパスに参加するだけでも、とにかく、さとのば大学に参加すると、地域の最先端の課題に触れられたり、同じ志をもった仲間と出会うきっかけになる。地域の未来を真剣に考える人たちのコミュニティになっていくのが、カリキュラムづくりのゴールです。
カリキュラムやお金の部分も含めて「新しい学びのしくみ」をかたちにできたら、その仕組みを全国に広げていきたいーーさとのば大学が見ている未来はここにあります。
地域に根付き、オンラインで広がる学びの場がたくさん生まれて、さとのば大学の卒業生が活躍する地域が増えれば、日本の未来にあたらしい光が差し込むかもしれません。
トランジションに寄り添える学校づくり
最後に、兼松さん自身が、さとのば大学を通じて学びたいことについて聞いてみました。
いま起こっている新型コロナウィルスがまさにそうですが、いまは時代の、社会の、そしてひとりひとりの人生のトランジション(転機)の時期だと思うんです。グリーンズの学校もさとのば大学も、そうした不安に寄り添える場になりたいなと思っています。
greenz.jp編集長だった頃の兼松さんは、グリーンズをはじめたきっかけとして、「ネガティブなニュースより、解決策を紹介したい」「素敵な未来をつくる人たちの、理解者として応援したい」という2点を挙げていました。
そして、『beの肩書き』や、内に秘めた情熱を傾ける行為としての”勉強”をサポートする『スタディホール』といったオリジナルワークを開発してきました。アプローチを変えながらも、兼松さんはいつも、一人ひとりが”本来の自分”とつながる方法を見つけようとしているように見えます。
たぶん、そうなんでしょうね。大切なのは、自分のなかの光を自分で見つけようと気負いすぎず、誰かに教えてもらってもいいということ。そのために学び合うコミュニテイがあると思っています。
でも、最終的に無限の可能性を秘めた庫(くら)を開くのはその人自身。ぜひさとのば大学で、自分も知らなかった”本来の自分”を大いに発揮してほしいです。まあ、僕が好きな空海が晩年「綜芸種智院」という日本ではじめての”誰でも学べる学校”を設立したこともあって、その真似事をしたいだけなのかもしれませんが(笑)
受講する一人ひとりの光を集めて、さとのば大学は地域にどんな学びあいの場をつくっていくのか、とてもワクワクしませんか? もし、さとのば大学と一緒に地域の未来をつくってみたいと思うなら、オンラインでの個別相談を受けてみてください。その一歩を踏み出した先には、あなたとともに学び合う仲間たちが待っているはずです。