木造と聞いて、どんな建物を思い浮かべるでしょう。よくある木造一戸建て? もしくは地方で見かける立派な梁の通った古民家、などでしょうか。
ところが、上の写真を見てください。
じつはこれも、木造建築の新しい提案です。
これまで中高層の建物をつくる構造材料は、コンクリートや鉄がほとんどでした。
ですがここ10年ほどの間に、中高層ビルにも木材を使う動きが本格的に始まっています。
日本は国土面積の約3分の2が森林。1900年頃から植林され、伐りどきを迎えているものの使われず、森に放置されている木々が多くあります。これを活用する手段として今注目されているのが、建築の構造部に木を使う都市木造です。
「木のまちをつくろう」というビジョンを掲げて進めている連載企画「キノマチ会議」。今回は木のまちをつくる上で欠かせない、木質構造を研究する第一人者、東京大学生産技術研究所の腰原幹雄さんにお話を伺いました。
1968年 千葉県生まれ。1992年 東京大学工学部建築学科卒業、2001年東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)。構造設計集団<SDG>、東京大学大学院助手、生産技術研究所准教授を経て、2012年 東京大学生産技術研究所教授。NPO法人「team Timberize」理事長。木質構造を中心に、土や石、竹などの自然材料の活用を構造の視点から研究。木材をほかの建築材料と同じように工学の視点で自由に使えるようになることを目指す。過去から続く木造建築と新しい価値観の木造建築の融合が将来の目標。
“冷めた木造”の可能性
近代以降、建築といえば、鉄筋コンクリート造や鉄骨造が当たり前。大学でも木造は「その他構造」の一つにすぎなかったと言います。
古くまでさかのぼれば、日本の建築には木造しかなかったんです。東大寺も江戸城も、大正初期頃の製粉工場や繭蔵(まゆぐら)など4〜5階建てでも、すべて木造でした。
ところが明治になってRC(鉄筋コンクリート)やS(鉄骨)の技術が入ってきて、”建築=鉄骨造、鉄筋コンクリート造”になった。こちらは大規模建築のための専用材ですからどんどん研究が進んで、実用面も効率化されて、あっという間に王道になったわけです。
一方で、木の建築は昔からの文化や技術であるために、かえって近代的な建物の材としての研究が遅れました。鉄骨やコンクリートと同様の“冷めた建築材”としては注目されてこなかったからです。
つまり今、木造には大きく二つの流れがあって。自然材を用いて伝統的な製法でつくられてきた木造と、鉄骨や鉄筋コンクリートと同じ建築材としての木質構造。伝統的なほうも文化的には大事だけれど、木を大量に使うことを考えたら、“冷めた木造”の方が可能性はあるんじゃないかと思っているんです。
都市にみっしり並ぶ中高層ビルが木に置き換われば、国土の3分の2を占める森林にも活路を見いだせるのではないか。
腰原さんは、近代以降鉄やコンクリートで占められてきた建築材を木材にするための研究を進め、中高層建築の木造化を加速するために、2010年、有志とともにNPO法人「team Timberize」を立ち上げます。
中高層木造ビルのある、都市の風景
中高層木造の実現が可能になったのは、実はほんの20年前、2000年のこと。
それまでは日本で初めての建築法である市街地建築物法(1919年)、建築基準法(1950年)で木造の大型建築物はかなり規制されてきました。
昔から木造の家が密集していた日本の町では火事が多く、「木造=燃える」というイメージが強い。こと都市部では、耐火や耐震などの面で、木造の大型建造物は敬遠されたのです。
それが木材の耐火技術が進み、2000年の建築基準法の改正で、木材でも鉄と同じ性能を出せるならいいと、木造の耐火建築が可能になりました。
それでも2000年代はまだ、木で中高層の建物をつくるなんて夢物語と言われていました。木でビルを建てるなんて馬鹿じゃないのって言われたりして(笑) 中高層木造の歩みはこれまでに大きく3つのフェーズがあって、これが第1フェーズです。
2010年代の第2フェーズに入ると、ちょっと進んだ考え方をもつ人たちが実際に建て始めました。公共施設でも、低層であればとシンボリックな木造建築ができ始めた。そしてここ数年、これが第3フェーズですが、大手デベロッパー各社が木造建築に乗り出してきています。
腰原さん自身も2005年、日本で初めて石川県金沢市に一部鉄骨を用いた5階層の木質ハイブリッド構造ビルを設計したのを皮切りに、5〜6階層以上の木造建築を手がけてきました。
さらに「team TIMBERIZE」では、2010年5月に「ティンバライズ建築展〜都市木造のフロンティア〜」を、東京・表参道のスパイラルガーデンにて開催。建築に関心のある人だけでなく、一般のお客さんにも木造建築の可能性を体感してもらいたい。そんな思いで企画されたこの展示では、表参道に巨大な木造建築が出現したイメージ図や、木に覆い尽くされた等身大の空間が設けられます。それはまさに、都市の中に出現した「木のまち」でした。
現在、海外でも木材建築の高層化が次々と進んでいます。
「Business Insider」によれば、アメリカ・オレゴン州ではこれまで6階までだった高さ制限を廃止し、中高層の木造ビルを合法化。カナダ・ケベック州では12階建ての宿泊施設に、主に直交集成板(CLT)が使われているほか、バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学の学生寮も18階建ての高層ビルながら木造。
また、グーグルの親会社であるアルファベットは、カナダ・トロントのウォーターフロントで木材を活用した再開発を計画する情報も明らかに。
日本では2019年2月に仙台で、初めてCLTを床材として使用した10階建てのマンション(※)が建てられ、木造の中高層建築は少しずつ増えています。
(※)建築主: 三菱地所、設計施工: 竹中工務店
飛躍的に進化した木質材
2010年以降は、大手デベロッパー各社も木造建築に乗り出し、建築材としての木材も格段に進化しています。
特筆すべきポイントは二つ。一つは、木と木を組み合わせてできる「集成材」。もう一つが木材の耐火性の進化です。
従来は、丸太から製材して柱になる部分を取り出して残りは不要という、無駄の多い木の使い方だったので、より効率的に木を使おうと、集成材の開発が進みました。
外側にはカラマツやスギでも強い材が使われますが、内側にはスギでも弱い材も使うことができる。強い木、弱い木、腐り難い木、燃えにくい木…など、どの樹種がどの集成材に使われたかを記録して、どの材をどう使うのがいいかといった研究が進んでいます。
一方で、耐火性です。集成材には、中に鉄骨を内蔵することで周囲が燃えても燃え止まりする材や、化学的な処理で燃えにくくした不燃木材を間に挟むなどの耐火部材が開発されてきました。
竹中工務店が開発した耐火集成木材「燃エンウッド」もそのひとつ。周囲はある程度燃えても炭化して酸素が炎まで届かなくなり、火が自然に消えるのです。
木を使う規格品、メニューの必要性
ところが、まだまだ国内で中高層木造への動きは鈍いのが現状です。
今、木で中高層をつくるには、すべてがオートクチュールになってしまうからです。倉庫やトイレなどの裏方の空間もゼロからつくらなければならない。一方で木造住居の方はすでにハウスメーカーが規格品をつくっていて、安くすませられるパーツがたくさん用意されています。
これから必要なのは、中高層木造でも汎用的な仕組みを用意すること。木の使い方のメニュー化と、規格化ではないかと思っています。
まずはペンシルビル(狭い土地に建てられた3〜4階建ての建築物)を木造にできないかと、腰原さんたちは、規格品をつくり、設計ができる人向けに講習会を開くなどの取り組みを始めています。
現在、住宅建築において、約6割が木造です。これまで輸入材が多く使われてきましたが、2002年以降は国産材の利用促進が進み、木材の自給率は36.1%にまで回復。(※)
(※)林野庁の「森林・林業・木材産業の現状と課題」によると、製材用材の約半分が国産材に、また国内生産される合板材の原料の国産比は82%にまで達している。
ただし、3階以上の中高層住宅や、事務所・店舗などの非住宅建築物になると、木造率がそもそも低く、木の利用にはつながっていないのです。
中高層用の構造木材も、規格化して量産できるようになれば、比較的安価になりお金をかけずに建てることができるようになる。そうすれば市場が生まれることは、木材住宅の規格化を確立してきたハウスメーカーがすでに実証済みです。
さらには今市場に出てこない細い木、太すぎる木、ダメージのある木なども使えるようにしていきたい。使える方法を用意するから、どんな木でも市場に持ってきてよ、と。そのためのメニューをつくることが大事だと思っています。
全体像を見据えて、木の使い方を考え直す必要性がある
腰原先生自身、中高層ビルを木造で建てる中高層木造の世界と、文化としての伝統的な木造建築の二つの世界の間を行き来するような感覚で仕事をしていると言います。
両方が共存していくべきだと思っていて。「冷めた木造」の方はまだ建築材として進化すべきなので、それはそれでやっていく。
一方で経済合理性を追求しすぎて性急に答えを出してしまうと、それ以上、木の使い途を発想する余地がなくなってしまう。かためてしまうにはまだ早いんじゃないかと思うんですね。
木でつくるもののよさって、DIYなど個人が手を加えられる関りしろの大きさにあるとも思うから。まだまだフラットに考えていく方がいいんじゃないかと。
今、民間では、混構造(木造と鉄骨造の両方を用いた建物)がもっとも効率的とする流れにあると考えられています。そんな風に現段階で木材の役割をかためてしまわず、さまざまな考え方や使い途を追求することを、研究者やTIMBERIZEなどの組織で補っていきたいと話します。
そもそも「木を使え」と言うわりに、日本全体でどれくらいの木を活用すべきかという全体像が示されていないのも問題だと思っています。たとえば今、人工林が約1000万ヘクタールあって、50年間ごとに植え替えて循環させるとしたら、年間20万ヘクタールの森の木を使わなければならない。
今は到底使い切れていないわけですが、建築でこれくらい、パルプでどれくらい、チップでこれくらい…と割り振ったっていいわけです。すぐには無理でも、20年かけて近づけていこうとか。
また、木で建てたいという人がいても、知識のない建築士が多いので「お金がかかるからやめておいた方がいいよ」で終わってしまう。木造をわかる建築士がたくさん必要なわけではないかもしれませんが、各都道府県に何人くらい必要か、全体像と具体的な数字があれば見えてくるはずです。
何よりまだ、こうした建物が実現可能という事実が知られていません。多くの人に知ってもらうためにも、公共施設などでは、思い切った技術を使った木造建築物を建ててもいいと思う。それが遠い将来をみんなで共有する場にもなり、みんなで木の使い方をフラットに考え直すいい機会になるかもしれません。
林業をやめてみる、という選択
どれほど都市の木造化が進んでも、原料を輸入材に頼れば、国内林業の復活にはつながりません。さらに、林業の川上から川下まで利益をきちんと分配できる仕組みをつくらなければ現場である山は元気にならない。
そのために、どんな方法が考えられるものでしょうか?
林業という考え方をやめてみることが一つの方法ではないかと思っています。森や木って建築のためだけにあるわけではないですよね。台風被害の土砂災害を防ぐ意味でも、山の管理は大事です。そこで、山を管理してくれる人たちには、その対価として環境税のような形で支払う方法もありえます。
スイスの美しい牧草地も、人工的につくられた自然として有名です。景観保全上も、防災上も、大きな観光資源になることも加味して、酪農家には放牧助成金が支給され、まさに環境税のような意味合いで対価が支払われています。(※)
国土の3分の2を占める日本の森も、それに匹敵する話かもしれません。
(※)『環境にやさしいスイスの村』(本の泉社)参照。
中高層木造、都市木造は木を使う一つの大きなポテンシャルです。今、山にはすぐにも伐らなければならない木がたくさんあるわけですよね。それらをとりあえず伐ってビルとして都市にストックしておくという考え方もあります。必要に応じてまたそれを別の形で利活用すればいいわけです。小さめの建物をつくる材にもなるし、さらには家具にも、最終的にはチップとしても使えます。
森に余っている木をどう活用していくのか。
衣食住の衣や食と同様に、自分の住む家やまちをつくる資源にも、意識を向けることが問われています。
木で都市をつくるという選択は、木を利用する大きな方法になり得る。
表参道の真ん中に木造の中高層ビルをどんと出現させることも、決して不可能ではないのです。
(写真: 廣川慶明)
– INFORMATION –
10/29(火) キノマチ大会議 2024 -流域再生で森とまちをつなげる-
「キノマチ大会議」は、「キノマチプロジェクト」が主催するオンラインカンファレンスです。「木のまち」をつくる全国の仲間をオンラインに集め、知恵を共有し合い、未来のためのアイデアを生み出すイベントです。
5年目となる今年は2024年10月29日(火)に1DAY開催。2つのトークセッション、2つのピッチセッションなど盛りだくさんでお届けします。リアルタイム参加は先着300名に限り無料です。
今年のメインテーマは「流域再生で森とまちをつなげる」。雨が降り、森が潤い、川として流れ、海に注ぎ、また雨となる。人を含めて多くの動植物にとって欠かせない自然の営みが、現代人の近視眼的な振る舞いによって損なわれています。「流域」という単位で私たちの暮らしや経済をとらえ、失われたつながりを再生していくことに、これからの社会のヒントがあります。森とまちをつなげる「流域再生」というあり方を一緒に考えましょう。