木のまちをつくろう。
そんなビジョンを掲げて、株式会社竹中工務店とともに進めている連載企画「キノマチ会議」では、木が循環するまちをつくるために、さまざまな領域の実践者にお話を伺っていきます。
今回は、現代のデジタルファブリケーション技術を用いて、伝統を引き継ぎ、木造建築の未来をつくる「VUILD」代表・秋吉浩気さんにインタビュー。
富山県・利賀村(とがむら)に建てられた地域の木材×伝統×デジタルをかけ合わせた「まれびとの家」の話を中心に、木のまちのヒントを探っていきます。
アーキテクト・メタアーキテクト
1988年生まれ。VUILD株式会社代表取締役CEO。建築設計・デザインエンジニアリング・ソーシャルデザインなど、モノからコトまで幅広いデザイン領域をカバーする。2019年、「まれびとの家」にてUnder 35 Architects exhibition Gold Medal賞を受賞。
家の新しい所有のかたちをつくる
標高1,000メートル以上の山々に囲まれた人口500人程度の限界集落、富山県・利賀村。山深いこの地域に、不思議な形をした建物ができました。入口のある正面から見ると台形、横から見ると三角形。木材でつくられたその“顔”は、自然に馴染むやわらかさとモダンな雰囲気を漂わせています。
そう、この建物こそが「まれびとの家」。「家」と名付けられていますが、個人が所有しているものではなく、また単なる宿泊施設でもありません。両方の顔を持つ場所なのです。
家に対して、一人1戸の「定住」か、最近出てきた定額制で全国にある拠点に宿泊できるサービスを利用する「流動」の二極化が進んでいると感じています。
その中間にあたる「自分の家という感覚を持ちつつも、他者と共有している家のあり方」をつくりたかったんです。ここのような山深い場所には頻繁には来られないけれど、通うことならできるかもしれない。そんな答えのひとつになればと思っています。
こう話すのは、「まれびとの家」を設計した「VUILD」代表・秋吉浩気さん。「VUILD」では、「「生きる」と「つくる」がつながる社会」をビジョンに掲げて、誰もが自由に家具を設計することができる「EMARF」(*)の開発をはじめデジタルファブリケーションを用いたさまざまな活動をしています。
(*)ウェブ上でつくりたい家具のデザイン、サイズ、木材の種類などをイメージに合わせて選んでつくることのできるサービス。詳しくはこちら。
秋吉さんの「自分の家だけれど、みんなで共有している家のあり方」に共鳴したのが、「まれびとの家」がある集落の住民であり、これからVUILDと共同で運営を行う上田英夫さん・明美さん夫妻。もともと上田さん夫妻の家には山菜採り体験などで学生たちや一般客が通っていたそうで、彼らのための場所がほしいと以前から願っていたのです。
現在「まれびとの家」の所有権を持っているのは、クラウドファンディングで所有権を含むリターンを選んだ20数名ほど。さらに、所有権を持っている人以外でも宿泊できるようにして2020年の春頃から運営していく予定だそう。ちなみにクラウドファンディングは、目標金額を大きく上回って達成! 注目度の高さがうかがえます。
秋吉さんは「まれびとの家」を「現代の合掌造り」とも呼んでいます。そう、あの変わった形は合掌造りをヒントにしてつくられたのです。利賀村のある南砺(なんと)市は、世界遺産の五箇山合掌造り集落がある地域。秋吉さんは、合掌造りの形だけでなく、集落を存続させてきた相互扶助のあり方も、現代の形にアップデートしていきたいと考えています。
合掌造りは、茅を葺くときみんなで行います。市場経済の概念を介さず建築をつくり続け、維持し続ける仕組みが、コミュニティのあり方とセットになって構築されているんです。
ここに来てもらうとわかるのですが、かなり僻地でそもそも都市流通が行き届かなかった地域だったからこそ、限りある地域の資源と自分たちの力だけで創意工夫してやっていく相互扶助の形が生まれた。僕らが実現したい暮らし方の文脈とシンクロすると思いました。
自分で空間をつくり、自分の感覚や意思で生きていく
2019年の春先から基礎工事がスタート。「まれびとの家」をつくる課程で欠かせなかったものが、アメリカで誕生し「VUILD」で販売も行っている「ShopBot(ショップボット)」というデジタルファブリケーション機器です。
これは、設計データさえあればその通りに木材を削りだせてしまう画期的な機械。極端に言うと、専門店や工務店を挟まずに希望通りの家具や調度品が自分でつくれてしまうのです。
木を組み上げてつくる骨組みまでは、ShopBotを使ったデジタル加工でできてしまいます。今回は、隣町にある建設会社「長田組」さんが導入しているShopBotを使いました。
実は、この地域には大工さんが一人しかいないので、各地から大工さんに集まってもらったんです。上棟式が今年の6月にあったのですが、Shopbotで加工したパーツを現場に運んで、骨組みは一日で組み上げました。そのほかの外装や内壁を張る作業は、地元の職人さんや地域住民の方たちに協力してもらいました。
上棟の様子。大工さんと「VUILD」スタッフの十数人で、一日で骨組みを組み上げた。
「まれびとの家」では仕口(しくち)(*)という伝統技術を使って木材を組んで建てられているのですが、その優れた加工技術を扱うことのできる大工の数が減っているのだそう。ですが、ShopBotを使えばあっという間に加工が可能で、さらに同じクオリティでいくらでもつくることができます。今回、「まれびとの家」では仕口を1000個ほどつくったそうです。
(*)二つの木材を水平方向に金物なしでつなぐ方法。
大工が技術を持っていたとしても、おそらく1000もの量はやらないでしょう。大量に同じパーツをつくるなら機械のほうが向いています。
衰退し消滅しかかっている伝統技術も、デジタル技術をうまく使うことによって後世まで残していける可能性をも「まれびとの家」は示しています。
さらに、もうひとつうれしい効果も。今回、力を貸してくれた大工さんたちと、「VUILD」のメンバーとでお互いに高め合う関係になれたのだそう。
大工さんたちも、機械でつくってもやっていることは同じだとおもしろさを感じてくれました。データをつくって、ものを実際につくって初めて対話ができました。「VUILD」のメンバーも大工さんから教わったことをどんどん吸収して、加工する際の木の扱いについて教わったことを実践しました。
デジタル技術を使うことについて、職人さんの約99%の人から邪道だと言われてしまいます。ここに集まってくれた大工さんは残りの1%ということですね(笑) むしろ、ノミや丸ノコの延長として、積極的に新しい技術を吸収しようという意図を感じます。
どんなに邪道と言われても、秋吉さんたちはデジタル技術の可能性を信じています。それは、「まれびとの家」をつくったことでさらに強固な思いになっています。
ここ数十年は、地場産業が中央集約型の工業化社会に飲み込まれて、地域の生産力が奪われていた時代だと感じています。明治以前の近代文化が入る前は町場に大工さんが必ずいたのですが、いまでは、この地域には大工さんが一人だけで、その先を継ぐ方はいません。
それに対して僕たちは、デジタルファブリケーションのなかでも500万円程度と安価なShopBotを使って、地域内だけで「まれびとの家」や家具程度のものをつくれる状況を生み出しています。いままでだったら家を建てるとなると、ものすごい木材の移動距離やCO2排出量を出して外に発注していたものが、データとShopbotさえあれば、地域内で加工が完結し、地域の外に木材を輸送する必要がなくなるのです。
「まれびとの家」に、このような新しいデジタル加工を用いることで、利用価値がないとされてきた地域の木の価値が今回初めて見出されました。それって、昔の合掌造りで行われていた限られたもののなかでやっていく話とほぼ同じ話だと思うんです。
自分で空間をつくっていく課程で得られる幸福感、喜び、生きている実感、それらを感じて暮らせているか。自分の感覚や意思で生きていくということが重要だと思っています。
ShopBotはすでに全国44の地域で使用されていて、データの共有もされているとのこと。「まれびとの家」のデータも今後、オープン化し共有する予定だそうですが、そのデータを誰がどうやって使っていくのかという点も含めてデザインしていくそうです。
データさえあれば、それを編集して自由に間取りなどを変えることも可能。自分たちが暮らす地域で、しかも自分たちの力で家がつくれるかもしれない……想像するだけでワクワクしてきませんか?
目指すのは地域内で生産・消費する「小さい林業」
デジタルファブリケーションを通じて、家のあり方だけでなく、林業のあり方までをも変えていきたいと思っている秋吉さん。東京大学生産技術研究所の腰原幹雄教授が用いる「大きい林業、小さい林業」という言葉を使って説明してくれました。
住宅の建造に使われる角材などは、パワービルダー(*)によって大量の供給が行われ、同じように大量に木が切られて流通されています。それがいまもメインフレームとして回っている「大きい林業」のシステムです。
(*)一般的には初めての住宅購入者などをターゲットにした、床面積30坪程度の土地付き一戸建住宅を2,000~3000万円程度の価格で年間1000戸以上を分譲する建売住宅業者を指す和製英語。
一方、地域内で生産・消費する「小さい林業」は、少ない本数だけれど良質材はそのまま使って、低級材は、CLT(*)やバイオマスにしてむだなく使い切る。このふたつのメインエンジンが両立する必要があると思っています。
(*)板の層を各層で互いに直交するように積層接着した厚型パネルのこと。「大きい林業」はすでにプレーヤーたちが行っていてそれは今後も形を変えて回り続けていくと思うのですが、「小さい林業」のなかでもとくに良質材をどうやって地域のなかでちゃんと使ってあげられるのかという部分の回答があまりにも少なすぎる現状があります。
そのひとつの解が「まれびとの家」なのだと秋吉さんは続けます。
まれびとの家は、「小さい林業」を目指しています。あまり労力をかけないかたちで少量の木をきちんと維持管理してお金を稼げる仕組みさえつくれば、利賀村でも林業は成り立つと思っています。
一番いい材を地域のなかで小ロットかつ小回りよくアウトプットできる仕組みによって、いいものがちゃんとした価値をもって使われる未来をつくっていきたいんです。
この言葉どおり、今後も「まれびとの家」のような仕組みを全国各地に増やしていきたいと考えているそう。あなたのまちでも、いつか実現されるかもしれません。
設計者・施工者も木造流通の背景も知らない
キノマチ会議が目指している、都市木造の新しいかたち。もちろん秋吉さんも注目しているそう。しかも、2018年に日本建築学会学会誌の編集委員を務めていた際、「木造」をテーマに特集を担当したこともあるのだとか。
主に都市部の設計者や施工者は、木材流通の背景を知らない人が多いんです。だからこそ、その特集では川上側の人のインタビューをたくさん行い、いままで届いていなかった流通の話を盛り込みました。両者のコミュニケーションがとれていない現状を浮き彫りにする特集を組んだのです。
木造流通の背景も知らずに単純に木造をやりましょうと言って、建築家が木造の新しい使い方とか新しい加工だけをやっていても、全然意味がないと思っています。
川上にどういう材があって、いま何を使ってほしいのかという情報があります。そこに建築関係をはじめ多くの人がアクセスできないのが大きな問題だと思うんです。
ではなぜ、こんなにディスコミュニケーションが生まれてしまったのでしょうか。そこには、コストの問題が大きく関わっていると言います。
いろいろな背景や原因があるとは思いますが、まずは大量流通しているもののほうが安く、経済的な合理性があるんです。たしかに、使う当初は安いとなるかもしれませんが、壊したあとどうするとか耐久年数とか「影の経済」も考える必要がある。安さを追求すると、その裏で誰に不利益を及ぼして、逆に誰に利益が落ちているのかまで目を向けて判断することが本当は重要なんです。
目先の短期的な指標ではなく、あらゆる角度からの指標を考えたうえで選択する。これは私たち消費者に共通する、これからの「持続可能な社会」を実現する際に必要な考え方でもあります。
デジタル技術がつくる未来の木のまち
参加する人が増えれば増えるほど、データや知見がたまっていくデジタル技術。さらにそれが共通のプラットフォームになることが価値だという秋吉さん。
企業だと一人勝ちをしようとして特許を取って情報を囲いこんでしまう場合もあるんですけど、仲間を増やしていきたいなら、ある程度の仕組みを公開して、誰でも再現できるようにしないといけないと思います。
それは、建築の話に限りません。とくにまちづくりや地域づくりって、人に依存している部分が多すぎて、再現性がないんです。でもデータは誰にとっても使える共通のもので、どんな地域でも再現性があります。それがデジタルデータでできあがる世界のおもしろいところであり、社会の基盤をアップデートすることだと思っています。
一人勝ちの世界から、仲間になって手をとりあう世界へ。さまざまな専門家の知見を集めて一緒に木のまちづくりを考えていくキノマチ会議ととてもリンクする話です。しなやかなデジタル技術が木のまちをつくる。そんな未来がくるのも、そう遠くないように感じました。
(写真: 秋山まどか)
– INFORMATION –
10/29(火) キノマチ大会議 2024 -流域再生で森とまちをつなげる-
「キノマチ大会議」は、「キノマチプロジェクト」が主催するオンラインカンファレンスです。「木のまち」をつくる全国の仲間をオンラインに集め、知恵を共有し合い、未来のためのアイデアを生み出すイベントです。
5年目となる今年は2024年10月29日(火)に1DAY開催。2つのトークセッション、2つのピッチセッションなど盛りだくさんでお届けします。リアルタイム参加は先着300名に限り無料です。
今年のメインテーマは「流域再生で森とまちをつなげる」。雨が降り、森が潤い、川として流れ、海に注ぎ、また雨となる。人を含めて多くの動植物にとって欠かせない自然の営みが、現代人の近視眼的な振る舞いによって損なわれています。「流域」という単位で私たちの暮らしや経済をとらえ、失われたつながりを再生していくことに、これからの社会のヒントがあります。森とまちをつなげる「流域再生」というあり方を一緒に考えましょう。