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ラジオ、チーズ、地方、旅行。どんなものも「日本酒」と美味しく合わせて、人とつなげる。ジャスティン・ポッツさんの発酵的な仕事のつくり方

今、都会ではなく地方で起業する「ローカル起業」という選択をする人が増えて来ています。

千葉県いすみ市は、豊かな自然環境に恵まれており、伊勢海老やチーズ、お米の名産地です。また、個人でも出店しやすいマーケットがとても盛んだったり、市がローカル起業を応援している地域でもあります。

アメリカ生まれのジャスティン・ポッツさんは、ワシントン州から、大阪、兵庫、東京と移り住み、今はいすみで家族と暮らしながら、日本酒に関わることを中心に様々な仕事をしています。

その仕事のつくり方は、まるで微生物がお米と水を美味しい日本酒にしてくれるかのように、不思議でわくわくするもの。ジャスティンさんのちょっと発酵的なローカルな起業のお話を伺ってみましょう。

ジャスティンさんの現在の仕事の一つ、インターネットラジオ「SAKE ON AIR」の収録風景。Photo by Yoshiki Hase

アメリカのワシントン州で生まれ育ったジャスティン・ポッツさん。現在は千葉県いすみ市で家族と暮らしながら、日本酒に関わることをメインに様々な仕事をしています。

海外に向けて、日本酒の魅力を発信するインターネットラジオ「SAKE ON AIR」のプロデューサー兼DJ。お酒とその土地にある素材とを組み合わせることで、観光客にその土地を丸ごと味わってもらう「酒ツーリズム」を、日本酒の蔵元さんと一緒に考えるセミナーのコーディネーター。訪日外国人に「うどん」の生地づくりから体験してもらう、香川の「UDON HOUSE」のアドバイサー。

また、いすみ市にある、創業140年の酒蔵「木戸泉酒造株式会社」の蔵人として、みずから日本酒づくりにも携わっています。

ちょっと聞いただけでは、ジャスティンさんが何をしているかわからず、素直にそうお伝えすると、「僕も何をしているか、よくわかってないんです」と、チャーミングな笑顔で回答が返って来ました。

ジャスティンさんは一体どうして、アメリカから日本、そしていすみに移り住み、色々な仕事をするようになったのでしょうか。

たまたま決まった大阪留学、「日本にいるから和食やろ」

ジャスティンさんが初めて日本を訪れたのは、故郷にあるワシントン州立大学を卒業する間近のことでした。

元々日本に特別な興味があったという訳ではなく、学生の内に一度どこかに留学して、他の国に住んでみたいという気持ちがあったそうです。

大学の最後の最後に単位もほとんど取り終わって、海外留学したいと教授に相談に行ったら、「今からじゃもう遅いぞ、どこにも行けない」って。え、そんなはずないやん!? 何とかしてくれ! って言ったら、「ここなら何とかなるかも」。じゃあそこで! ちなみにそこはどこ?

それが日本でした。こうしてたまたま大阪に留学することになったジャスティンさんですが、日本に来て最初に、小さいけれども、後の人生を変えるような選択があったと言います。

ユースホステルみたいなところに泊まって聞かれたのが、「朝食は和食にするか? 洋食にするか?」。そりゃあ「日本に来たんだから当然和食やろ!」と。

出てきたのは、焼き魚と生卵、そして謎の色をした漬物。

アメリカでは卵は生で食べちゃいけないものだし、漬物はそもそもこれが何なのかすらわからない! 食べてみてもますますわからない!

それまでは典型的なアメリカ人の食生活をしてきたジャスティンさんにとって、和食の味は、これまでに食べた、どの料理とも似ていなかったそうです。比較対象のない味を「どう捉えて良いか、全くわからなかった」と言います。

未経験の味だったので、とりあえず留学期間の4ヶ月間は食べ続けてみて、きちんと経験してから自分のなかで美味しいか美味しくない決めよう、と

ジャスティンさんは居酒屋に通い、日本酒にもチャレンジします。

留学が決まってから、アメリカで試しに飲んでみた時には、正直「不味い」と感じて、敬遠していたそうです。それが日本の居酒屋で和食と合わせると、それは今考えるとかなり安い日本酒であったにも関わらず、「悪くない! これで食卓が成り立つんだな。」と感じられたと言います。

和食の味がわからないなら、まずは知ろうって選択をした。もしもその選択をしてなかったら、今ここにいなかっただろうな。留学中ずっと、そのときの自分が食べやすいものを探し続けて、辛い思い出だけになっていたかもしれない。

慣れない和食を食べ続け、日本酒を飲み続けたジャスティンさん。すると4ヶ月後には「美味しい」と感じるようになったばかりか、身体が「和食の方がいい」と言っている感覚を味わうまでになったそうです。

初めて住んだのが大阪だったからなのか、関西弁を交えてインタビューに答えてくれました

英会話講師を経て、「日本でしかできないことがしたい」

たまたま来た日本でしたが、そこで和食という異文化を受け入れてみる選択をしたジャスティンさん。そんなスタイルは仕事の面でも共通しているようです。

なんと「仕事の面接には行ったことがない」というので、どうやって仕事が続いているのか尋ねると、首をひねりながら答えてくれました。

何だろう……? なんとなく。自然な流れに乗って、自分のやりたいことを意識しながら、積極的に楽しくやっていけばなんとかなるだろうって。

短い留学期間を終え、これで日本ともお別れかと帰国したジャスティンさんですが、友人から誘われ、家族経営の英会話スクールの講師として再び日本へ。今度は兵庫県の田舎に1年ほど住むことになります。その時、地方ならではの四季の美しさや食事の美味しさを味わいながらもどこか物足りなさを感じるようになったのだとか。

せっかく日本にいるのだから、「日本でしかできないことがしたい」。

スクールでひたすら英語を喋る毎日で、それ以外の出会いがなくて。日本は経済大国なのに、外国人が働いてるのは英語の先生か、金融関係か、マーケティングくらい。面白いことをやってる外国人を1人も知らない。それって不思議だなぁ、って。

人とつながりながら、「自分がその地方で何ができるか?」

日本でしかできないことがしたい。でもそれがどんな形か具体的に想像できないまま、一度帰国。そして3度目の来日では、フルタイムで働けるビザを得るために東京の大学に留学する形を取りました。

大学の就職相談をフル活用して、人を紹介してもらい、おもしろそうだと感じたインターンシップやボランティアをいくつも同時にやり続けたと言います。

英会話講師とは違い、こうすれば「日本でしかできないこと」がやれるという決まった道がある訳でもなく、すぐに望む方向に進めた訳ではありませんでした。でも働いたところで出会った人から、また次の仕事を紹介してもらったりして、大学を卒業した後もなんとか仕事がつながっていったと言います。

ずっと流されて来た人間なんで、流されながら、あるタイミングでちょっとしたことを決めるだけ。具体的に決めてた訳では全然ない。でも意識はしてた。何をやりたいのか、やればどんなことを学べるのか意識しながら、次の世界が開けそうな方に。

そんな中で現在の奥さんとも出会い、一緒に関西旅行した時に、いつもよりちょっと良いお店で飲んだ日本酒がとても美味しかったことから、初めて日本酒がそれぞれの土地の蔵でつくられていることに気付かされたそう。

奥さまの実家では、大葉で味噌を巻いた「しそ巻き」を食べて感動したりと、より日本酒や日本の発酵文化にも惹かれていったと言います。

奥さんとお子さんと一緒にとっても素敵な笑顔の一枚。
Photo by Lance Henderstein

そして、奥さんの親戚が経営する、地方でのプロジェクトづくりをおこなう会社「umari」でも働くようになり、仕事で地方に行くことが増えるにつれて地方の魅力を感じ、東京を脱出したいという想いが強くなっていったそうです。

東京より、地方の方が居心地が良くて。でも日本全国、いいところはいっぱいある。いいところだからと言って、「そこに行って、どういう風に暮らせるか」。

それが見えてないと住むのは厳しい。自分がその地方で何ができるか? 僕がそこに行って、貢献できるような環境があればどこでもよかった。

いすみで見えた「ここにあるものをつなげ、ここに来る人とつなげる」暮らし

ジャスティンさんがいすみとつながる拠点となった「ブラウンズフィールド」。古民家を活かした素敵な空間や、身体が喜ぶような食事を体験できる。

ジャスティンさんといすみの出会いは、「umari」のプロジェクトの一つ、社会人向けに様々な学びを提供する「丸の内朝大学」でした。

いすみ市にあるカフェ兼宿泊施設「ブラウンズフィールド」を拠点にして、魅力的な場所や人を訪ねるクラスが好評で、2回目、3回目と続き、クラスが終わった後もいすみに遊びに行くようなつながりが生まれました。

ジャスティンさんが現在蔵人として働いている「木戸泉酒造」と出会ったのもこの頃。独自の仕込み方法から生まれる、他にはない味わいに「これまでの日本酒の概念をぶっ壊された」と言います。

60年以上前から時代に先駆けて、「身体にも美味しい」自然な日本酒を造り続けている「木戸泉」。Photo by +JUU

そのつながりから、今度はジャスティンさんにいすみに来て、「ブラウンズフィールドで働かないか」というお誘いが舞い込みます。

いすみかぁ、木戸泉もあるじゃん。木戸泉がつくるナチュラルなお酒に興味がある人たちは、きっとブラウンズフィールドにも興味があるんじゃないかな?

木戸泉の蔵には、買ったお酒を飲めるようなスペースはないし、それならブラウンズフィールドで飲んでもらったらいいじゃん! チーズの生産者のところに行って、みんなでバーベキューしながら飲んだら美味しいじゃん! って。

丸の内朝大学で出会った、いすみの農家さん、生産者さんをつなげて、地域を丸ごと美味しく味わってもらう。そうやって地域の素材を組み合わせることで、新しい人たちが来てくれるきっかけにもなる。海外で盛んなワインツーリズムのようなことが、いすみでなら自分でつくれそう。そんなビジョンが浮かんだと言います。

「いすみの素敵な食や場所をつなげて、いすみを訪れる人とつなげる」
いすみで「自分がどう暮らせるか」を見つけて、ジャスティンさんは移住を決めました。

「お酒は違和感なく、全てをつなげられる」

いすみに移住すると同時に、ブラウンズフィールドに住み込みながら、「木戸泉」の蔵人としても働き始めたジャスティンさん。

日本酒にはただ美味しいというだけではなく、どんな人も、どんなものでもつなげられる可能性と魅力があると言います。

たとえば都会と地方。

日本酒をきっかけに、地方っていいな、と気付いてもらえるような存在になりたい。日本酒は全国各地に必ずある。その土地によって全然味が違う。日本っていうひとつの国じゃないと思うくらい(笑)

味の幅が広いから、どんな好みの人でも、その人が美味しいと思うお酒が必ずあるはず。

日本全国にその土地の酒があり、その土地の素材と組み合わせて楽しむことができます。その組み合わせは食べ物だけに限りません。

お酒は楽しくて、自由に遊べる。日本の楽しいところを知りたければ、お酒を持って行って、組み合わせてみればいい。お酒を持って、ビーチ行って、海眺めながら飲めば最高でしょ?

「お酒×何か」は、いくらでもできる。お酒と音楽とか、アートとか、サーフィンとか。いろんな趣味や仕事を持っていても、お酒が好きって思ってる人ならいくらでも一緒に遊べる。お酒は違和感なく、全部をつなげることができるから。

今している仕事の6~7割が日本酒に関わることだそうですが、日本酒単独ではなく、他の業界を絡めた仕事をすることが多いと言います。

2人目の子どもが産まれたタイミングでブラウンズフィールドからは離れ、今は「日本酒と何か」をつなげることで、また「新しい人たちと日本酒」をつなげています。

いすみ市の特別授業「房総すごい人図鑑」で中学生にインタビューを受けるジャスティンさん。

「受け入れて、楽しく、美味しく、過ごす」ローカルとともに発酵する暮らし

Photo by Lance Henderstein

海外の人たちは麹が当たり前にある環境じゃないから、逆にとんでもない実験をやってる人がいっぱいいて、僕も全然追いつかないくらい。そういう人たちがより楽しく、面白く実験できるようにサポートできたらいいなと思って。

ジャスティンさんは「麹づくり」や「麹を使った発酵食づくり」を海外の人に教える「Koji Akademia(麹アカデミア)」を千葉県にある「寺田本家」という酒蔵の元蔵人と一緒に立ち上げ、母国アメリカのニューヨークやポートランドを回るツアーに出る直前でした。

「人間として、みんな持つべきノウハウ」なんだなぁ、とすごい思っていて、半分仕事、半分ライフワーク的な感じで。

ジャスティンさんにそう思わせる、「麹」の魅力とは何でしょうか。

味覚で感じるんじゃなくて、「身体が喜んでくれる美味しさ」ってあるでしょ? 飲んだ瞬間に「うめぇ〜〜!!」って。そういう味わいを生み出してるのは、麹由来のものがほとんどなんで、身体が喜ぶような、生きてる酵素を頂くには自分でつくるのが一番! 自分でつくった方が面白いし。

お酒づくりもそうなんですけど、毎日やっていると、世界のルールがそこに見えてくる。全然必要ないやろ、と思ってた微生物が急に働き出したりとか、色んな生物が自然に共生してる。

発酵は技術って言うよりも、同じ空間で一緒に過ごしてる、過ごさせてもらってる感じ。

微生物の自然な働きがリレーのようにつながり、食物を美味しく醸してくれる「発酵」。それは自然な流れに乗りながら、そこにあるものをつなげて、美味しく組み合わせて来た、ジャスティンさんの「働き方」とも重なるような気がします。

たまたま色んなご縁の積み重ねで、ここに流されて来た訳なんで。折角ここにいるから、どうやって楽しく美味しく暮らすのか。その結果、今に辿り着いたって言うだけなんで。

お母さまと家族と。今ではすっかり玄米菜食がメインの食生活だそうです。いすみ市内のカフェ「green+」にて。

インタビュー前、どうやってジャスティンさんが色々な仕事をつくれるのか、とても不思議でした。お話を伺って、こんなに色々な仕事をつくれる理由は、自分で一から仕事をつくろうとしなかったからではないかと思いました。

「誰かに”やってみない?”と誘われたこと」
「もともと、そこにあったもの」

そんな一つ一つの出会いをまずは受け入れて、どうやったら、楽しく、美味しく、過ごせるのかをずっと続けてきた結果が、今ジャスティンさんがやっている仕事なのではないかと思います。

それが日本に来て初めて和食を食べた日から、変わらないジャスティンさんの生き方なのではないかと思いました。

自分で一からつくる起業ではなく、地方にあるものと一緒に美味しく発酵していくような起業。そんな仕事のつくりかたもまたローカル起業の醍醐味の一つなのでしょう。



(Text: 佐々木大輔)
(撮影: 磯木淳寛)

– INFORMATION –

いすみで起業したい人、起業した人が集まる「いすみローカル起業部」は部員数が100名を突破しました。今回は、4組(予定)のローカル起業家たちに事業を通じ、いすみをどんなふうに楽しい場所にしていきたいか? というビジョン、そして彼/彼女らが今、必要としているサポートを聞き、参加者がどんな支援・応援ができるかを話し合うフォーラムを行います。ぜひご参加ください