起きてもいない不安を案じ、青々とした隣の芝生にため息をつく。現代人はえもいわれぬ苦悩が尽きない。
のんびり暮らすために街を離れたわたしも、スローライフと呼ぶには程遠い今の暮らしを振り返って、ため息がこぼれるときがある。他者との比較や誰かを羨むことになんの意味もないと分かっていても、SNSを眺めながら「悩みがなさそうでいいなぁ」などとよく知りもしないひとに毒づいたりして。
想像だが、”悩みのなさそうな人”というやや中傷を含んだ言葉には、ある種の羨望も含まれていて、本音ではただ楽しく生きたいだけなんだと思う。
一方で、悩みがなさそうなある有名人にハマり、連日YouTubeで見ていた時期がある。(というか今も毎日のように見ている)
そのひとりが、はじけるような満面の笑顔と大きな声で風刺を放つ、コメディアンのTrevor Noah(トレバー・ノア)だ。ツイッターのフォロワー数は970万人、TIME誌が選ぶ「最も世界に影響力を持つ100人」にも選ばれ、スターの超ど真ん中にいる彼は悩みなんぞ無縁に見える。
Just hit 1 Million subs on my Youtube! 🎉 Thank you to everyone who subscribed. If you aren’t a subscriber please don’t try and accept this thank you. Unless however you go subscribe and come back. If that’s the case, thank you for letting me thank you 🙏🏾 pic.twitter.com/JpqoZP7tQ2
— Trevor Noah (@Trevornoah) 2019年4月17日
2016年、彼の自伝が発売され、瞬く間にベストセラーになった。本のタイトルは『Born a crime (犯罪として生まれる)』、2年後に発売された日本語版は『生まれたことが犯罪!?』という疑問形の邦題となり、その意味は彼の出身にヒントがあった。
南アフリカ、ヨハネスブルグ。トレバーが生まれた1984年は、まだアパルトヘイトの最中。人種差別の象徴である同政策下では、異人種同士が一緒にいることも禁止されており、結婚は犯罪にあたる。しかし、トレバーの母親はアフリカ系黒人で、父親は欧州から来ていた白人、つまり彼らは法を犯してトレバーを授かり、ミックスとして生まれた彼は壮絶な差別的社会で育つことが運命づけられていた。本書にはその自分史が綴られている。
ページを進めながら「理不尽」という言葉がぬぐえない。どれほどの怒りと無力さを抱えたことだろうと当時のアフリカを想像する。しかし彼はいつしか怒りを笑いに変えた。苦悩なんかに自分のハピネスを邪魔させないという気概があったから。
その支えになったのは、類まれで破天荒ともいえる母パトリシアの存在。本書では母の教えをこうまとめている。
どこにでも行けるし、なんでもできる、そんなふうに育ててもらった。
この世界は好きなように生きられるところだということ。自分のために声をあげるべきだということ。自分の意見や思いや決心は尊重されるべきものであること。そう思えるようにしてくれた。
今や押しも押されもせぬスターとなったトレバーは、差別意識や人間のおろかさをジョークにして、ひとは過ちをおかすものだと発信している。
彼の半生に触れると、思想の大きさが感じられ、安心感に包まれる。理不尽なことに屈する必要なんて全くないことや、誰だって望んだことに挑戦する自由があると感じる人も多いだろう。どちらも当たり前のことなのに、なぜか自分で制限をつけていたと気づくことができる。
もしも今あなたが、表現しにくいモヤモヤに向き合えずにいるんだとしたら、この本を勧めたい。崇高な教えや誰かの偉業の”したり顔”とちがって、明るい太陽のような笑顔に救われるはずだから。
脳科学者の茂木健一郎さんもたびたびトレバーファンを公言されてますね