バリアフリーやユニバーサルデザインといった言葉は、決して珍しいものではなくなっています。それでも、障がい者やお年寄り、子ども連れの方たちが一歩街へ出れば、不自由を感じることはまだまだ少なくないはず。誰もが居心地のよい社会をつくるカギはどこにあるのでしょう。佐賀県で取り組まれているのが、県内約700件(2019年1月時点)のバリアフリー情報を掲載しているWEBサイト「さがすたいる」です。
「さがすたいる」を制作している佐賀県庁職員の安冨喬博さんと、「LITALICO発達ナビ」編集長でgreenz.jpシニアライターでもある鈴木悠平さん、そしてUbdobe代表理事の岡勇樹さんによる鼎談をお届けします。一人ひとりの意識や行動から生まれるバリアフリーについて、自分ごととして考えてみませんか。
佐賀県県民協働課ユニバーサル社会推進担当主査。2年前より現職にて、「さがすたいる」の制作を担当。
文筆家、編集者。みんなでつくる発達障害ポータルサイト「LITALICO発達ナビ」、働くことに障害のある方の就職情報サイト「LITALICO仕事ナビ」編集長。NPO法人「soar」理事。
Ubdobe代表理事。医療福祉エンターテインメントを掲げ、医療福祉業界の課題を、エンターテインメントの力で解決しようと活動。
単なるバリアフリーマップではないのが「さがすたいる」
安冨さん 「さがすたいる」を始める前から、佐賀県では、ハード面のバリアフリーを10年間ぐらい進めてきたんですけど、ハード面はお金がかかるので、いくら行政がやろうとしても続いていかないところがあるんですね。ソフト面では、学校で子どもたち向けにバリアフリーの必要性を知ってもらうための普及啓発の活動をしてたんですけど、その場だけで終わっちゃうので限界を感じてました。
一方で、いろんな方がお店を利用することを踏まえて、お店を経営している事業者さん方も意識が高くなってきていて。それで新しく何かやろうかというときに、異動してきた僕がその設計を任されたんです。
安冨さん 僕は、身近に障がい者の方がいるわけでもないし、独身で子育てもしてないし、まだ親も元気なんで、課題がイメージできなかったんです。
それなら当事者の方に実際にお話を聞いてみようと、半年間ぐらい話を聞いてまわって。その中で、外とのかかわりに不安を感じていらっしゃる方が多いなという印象があったので、当事者と外の世界との接着剤みたいな役割を行政としてできないか考えたのが、「さがすたいる」のもともとの出発点なんです。
接着剤になりえるような場所をつくるために、飲食店やスーパーなどのお役立ち情報みたいな、たとえば多機能トイレがありますよとか、キッズスペースがありますよとか、手話ができるスタッフさんがいますよとか、そういう情報を積極的に発信しています。
岡さん 行政としてそういう取り組みをしてるのは珍しいですよね。初めて見たかもしれない。
安冨さん バリアフリーマップみたいなのは自治体もつくってると思うんですけど、ハード面の情報だけっていうものがほとんどで、お店の方のサポートや気遣いみたいなソフト面の情報もあわせて発信しているのは珍しいかもしれません。
ただ、そういう情報を発信するのは「さがすたいる」にとって一義的なものではないんです。去年12月にイベントを開催して、鈴木さんにも登壇していただいたんですけど、顔が見える、オフラインの関係性の中で、お互いの考え方を話し合って理解を深めていくことを最終的には目指しています。意識を変えていくことを、行政主導でおこなっているのはあまりないかもしれないです。
鈴木さん 「さがすたいる」のチームの皆さんは、お店を一軒一軒回って登録してくださいって話に行って、すごく地道に活動してますよね。
安冨さん めちゃめちゃアナログでやってます。まずは飲食店を中心に、最近は業態も広くなってきて、美容室や床屋さんもあります。
岡さん 美容室とか大事ですよね。あと、クラブとね(笑)。
安冨さん 僕らがお店を回るのはすごく大事なことだと思ってるんです。お店の方は、障がい者だ、お年寄りだ、子連れのお母さんだって特に意識してなくて、普通にお客さんとして来ていただいたら対応するのが当たり前ですよねっていう方々が非常に多いんです。
でも、こういうことをしたらダメなんじゃないかとか、そういう先入観からどう声をかけていいのか分からないという方もまだいらっしゃるんですよ。その線を僕らが取り除いていければ、誰でもウェルカムですよっていう雰囲気は出せるんじゃないかなと思います。
鈴木さん そう。だから「さがすたいる」は、ハウツーとか正解をつくるんじゃなくて、マインドがシェアされていって、いい実践が載っていくみたいになるといいですよね。お店や地域によって、「さがすたいる」の実践はそれぞれ違うと思うんです。
イベントのときに話を聞いた、アサヒ薬局がいい例ですよね。業態としては普通の薬局だけど、あの薬局の人がものすごく熱くて、発達障害のある子どもたちに対してできることを考えて、子どものスペースをつくって茶話会をしたりしてるんですよね。そこに、おじいちゃんおばあちゃんも普通に遊びに来てましたもんね。
薬局の機能がベースにあるんだけど、ちょっとはみ出た使い方や遊び方があって。そういうことを、いろんな業態のお店がそれぞれにやっていくみたいになるといいと思うんですよね。行政側であまりガチガチにルールや条件をつくるのではなく、ある程度の柔軟さを伴いつつ、目指したい世界観をシェアしていってもらえると、市民の側も自発的なアクションを起こしやすくなると思います。
岡さん 官僚とか県庁の人はマシンだと勘違いしてる市民の人が多いと思ってるんです。機械的で怖くて、意見を聞いてくれないとか。
でも、そう思ってた役所の人が自分のお店に来てくれて、こういうのをやりましょうよって言ってくれるだけで印象は変わりますよね。そうなると、お互いが信頼できるし、関係性も生まれるし。それをベースにして、次のステップに進みやすいんじゃないかな。行政が動けば動くほど市民側のイメージも変わると思う。
日常の中でできることがバリアフリーの始まり
安冨さん お二人も行政とお仕事することは多いと思うんでイメージできると思うんですけど、行政はすごく縦割りなんですよね。
障がい者福祉、お年寄りの介護福祉、子育て支援って、同じ組織の中なんですけど別セクションですごくカテゴライズされてて、それぞれが突き詰めてやってるんですよね。でも別に、そこだけをやらなくてもいいんじゃないかなと僕は思うんです。僕の部署はユニバーサルデザインで、すごく幅が広いし、カテゴライズを無視して広く関われるのがすごくよかったと思ってます。
岡さん でも実は、僕は縦割りが好きなんですよ。
安冨さん あれ? そうなんですか、すごく意外なんですけど(笑)
岡さん 性格がすごく細かくて、きちんと分かれてるのが好きで。ごちゃまぜ文化みたいなのがイヤなんですよ。行政の縦割りとか国の仕組みはわかりやすいし、指示系統もはっきりしてるし、好きなんです。
今、話を聞いててふと思ったのが、そのひとつひとつの縦割りは音楽のジャンルだなと。ジャズとかヒップホップとか、ほとんど相まみえないんですよ。ユニバーサルデザインは横串で、それってDJだからなんですよ。
安冨さん へ~。
岡さん DJであるユニバーサルデザイン課の人が、それぞれのジャンルをいい感じにミックスして、いろんなジャンルを表に出せる役割なのかなって。もちろんやっていることはオールミックスなんだけど、ダサいオムニバスアルバムみたいになってほしくないし、すごく突き詰めてる人たちがいて、それをこだわりのあるDJがミックスしてる感じがいいですよね。
鈴木さん 何も考えずにごちゃまぜにするんじゃないんですよね。編集者のやることもDJに近くて、それぞれの個をちゃんと理解して尊重したうえで、どう掛け合わせるかを丁寧にやっていかないと何も生まれないと思います。アサヒ薬局にしても、お客さんにも生活者としての違う側面が同じようにあるから、薬局という持ち場の延長線上で我々ができる価値提供は何だろうと考えたんだと思うんですよね。
岡さん その薬局さんとはどうして知り合ったんですか。
安冨さん アサヒ薬局さんは新聞の記事で拝見したんです。特別支援学校を卒業して、アート活動をしている子どもたちの作品を展示してますみたいな記事を見かけて興味をもったんで、話を聞かせてもらったのがきっかけだったんですね。
アサヒ薬局には、障害のある子どものためのコミュニティスペースをつくったりする素養があったんです。アサヒ薬局の向かい側に、障害のある子どもたちを受け入れてる児童クラブ的な施設があったり、近くに特別支援学校があったりして、子どもたちがお薬を受け取りに来てたんですよね。
そういう中で、単にお薬を渡すだけじゃない、自分たちだからできる役割について考え出して、子育てに悩んでる発達障害の子どものお母さんたちのケアをできるようなコミュニティをつくろうかとか、おじいちゃんおばあちゃんが来たいときに来て他愛もない話をして帰る場所にしようとか。
地域の中での居場所として薬局をやっていきたいという気持ちが芽生えて、今の活動につながってるという話を聞いて、ひとつのモデルケースとして紹介しています。お店側が自分たちにやれることを考えながら、結果的に当事者たちの居場所になるのは、理想的な形だと思うんです。
鈴木さん 薬局の近くにそういった施設があったのを“素養”とおっしゃいましたが、大事なポイントだと思います。その土地とそのお店とその人が暮らしている生活と関係性があって、その中でできる「さがすたいる」的なことがあるから、そこの人たちが見つけていくことが大事。啓発は外からの刺激でしかないから、イベントとかをやりつつ、日常に埋め込まれる実践がどれだけあるかが重要なんだろうと思います。
岡さん 最近、意識しているのはそこですね。今までUbdobeでは、非日常をつくるみたいなことをやってきたんで、イメージ戦略みたいな仕事が多かったんです。障がい者に対するイメージを変えましょ、みたいな。そうじゃなくて、毎日何かが変わっていく様が見えるほうがいいから、年に一回のイベントを規模を縮小して月一回にするとか、イベント的にしていたことをサービスにして毎日提供できるようにするとか、最近は事業自体を変えてます。
好きなことをきっかけに福祉に関わる
安冨さん 「さがすたいる」を見たことがあるよっていう人も前に比べると増えてきたんですけど、どうしてもまだ、掲載することで何かしないといけないんじゃないのってイメージを持つ方たちがいらっしゃるんで、そこは一軒一軒、丁寧に話をして、理解をしていただかないといけないかなと思っています。
岡さん お店を訪問するのに実行部隊として、学生とかを絡められないんですか。地元の学生と行政のスタッフが一緒に行って、ネタを抽出するみたいな。
安冨さん 学生を動かしていくのが難しいんです。結局、指示待ちみたいになっちゃって。
岡さん 最初にやることを決めないで、本人たちがやりたいことを採用するみたいな順番がいいんじゃないかな。昨日、Ubdobeに釣りマニアの高校生が来たんですよ。彼は、ひたすら釣りがしたいから全国いろんなところに行って、いろんなことをやってるんですね。そのパッションって、シンプルに好きだからやってるということなんです。
結果、高校生の彼が、おじいちゃんおばあちゃんのコミュニティづくりとかをやってるんですよ。「福祉とか全然わからないですけど、おっさん釣りが上手いんですよ、いろいろ教えてもらって超ヤバいっす」って。その感覚がめちゃめちゃいいなと思って。
好きの延長にたまたまコミュニティとか地域とか福祉みたいなのがあって、それに後から気づけばいいですよね。何が好きなの?みたいなところからつなげていくほうが上手くいく気がします。
Ubdobeでボランティアを募集するときはいつもそうです。野外フェスのキッズゾーンの運営をやってたときがあるんですけど、10代、20代の若い子がボランティアスタッフとしてめっちゃ来るんですよ。それは、フェスに無料で入れるから。それで全然いいと思う。Ubdobeだと、音楽とかアートが好きな奴がくるんですけど、「さがすたいる」だとどうかな。
鈴木さん こないだ佐賀に行ったときは美味しいものばっかり食べさせてもらったんですけど、やっぱりメシじゃないですかね。
岡さん ああ。それだと思います。
安冨さん いろんな知らないお店に業務として行けるのは、県庁の職員の中にもうらやましいって言う人はいますね。
岡さん ちなみに、店に行くと何か食えたりするんですか(笑)。
安冨さん うちのチームで、「ケーキを出してもらいました」とか言ってる女性もいますよ。僕らがカメラを持っていって写真も撮るので、ご飯屋さんに行くと、「1枚料理の写真があると…」みたいな感じになると、いただけたりしますよね。
鈴木さん (笑) そういうの大事大事、やっぱり食がひとつのきっかけになりそうですね。
安冨さん 同じ職場のすごく真面目な上司の人が、「急にこの店オススメだよ」とかって言ってきて。は? と思ったら、その上司の人は食べ歩きが趣味で、インスタとかをすごくやってて。僕はそれを知らなかったんですけど、僕らが普段、「この店がどうのこうの」って言ってるのを聞いて、すごくうらやましいと思ってたらしいんですよ。
鈴木さん そういう人に参加してもらえるといいですよね。誰でも参加した人には、個々人のアカウントでハッシュタグつけて、TwitterやInstgramは自由に、むしろ推奨してつぶやいたりしてもらうと、思わぬところでその人たちを起点に「さがすたいる」への流入も増えると思いますね。
障がい者のナイトライフにも目を向ける
安冨さん 来年度にやりたいこととしては、夜のお店を紹介したいんです。飲み屋とかキャバクラとかですね。夜のお店って、普段酔っ払いを相手にしているせいかホスピタリティが高いんですよ。車椅子の人とかも普通に飲み歩いたりしてるし、僕も一度、仲のいい車椅子の方に夜に呼び出されて行ったら、行きつけのキャバクラだったんです。
店の出入り口に段差はあるし、トイレも普通だから、そこはお店の女性が抱えてくれたりするんですね。帰りも彼はベロベロに酔ってるから、ひとりがタクシーを呼んでくれて、ひとりが抱っこして、ひとりが車椅子を運んでくれて、それを普通にやってるんですよね。僕としては、これも「さがすたいる」だな、と思って。
岡さん いいですね、これも「さがすたいる」、っていう表現。
安冨さん ビルの2階にあるラウンジだと、ボーイさんが階段の前で待っててくれて、おんぶで運んでくれるところもあるらしいんですよ。
鈴木さん ハード面が整ってなくて、スロープやエレベーターがなくても、「さがすたいる」できてますよっていう事例を出していくといいよね。
安冨さん あと、これも仲良しの車いすの方に聞いた話で、ラブホテル事情も、なるほどねっていうことがあるんです。佐賀は、車で入るシステムで、コテージタイプのラブホテルが多いんですね。それだと、部屋がひとつひとつ独立した建物だから、部屋まで車で行くんですけど、車椅子とかだと部屋に入るまでが大変らしいんです。
ドアを開けると、一度閉めたらもう開けられなくなるから、開けた状態で、車椅子を何とか動かして入るみたいな。すごく大変で、部屋に入るまでに気持ちが萎えるっていうのを聞くと、なるほどなって思うんです。そういう話題を入れていくと、へ~って思うじゃないですか。
岡さん すごくいいと思う。「さがすたいるナイト」みたいなのをつくるといいかも。
答えはみんなが考えて出すもの
安冨さん 2月23日のイベントでは、岡さんとsoarの工藤さんとで話をしてもらいます。12月のイベントに参加した方に感想を聞いたら、「ん~」って言う人が多かったんですよね。イベントに参加する=答えをくれるんじゃないかと思ってるみたいだから、答えがない、ああいうイベントに対して、消化不良になっているというか。
鈴木さん ねらいどおりですよね。
安冨さん そうですね。このイベントは、答えを伝えるものじゃないようにしていきましょうって言ってたし、それは僕の中でも新しいチャレンジなんです。ちょっと時間はかかるかもしれないですけど、僕らが答えを提供するんじゃなくて、みんなで考えていこうという流れに何とか持っていきたいと思ってます。
岡さん 「さがすたいる」を知って、シンプルにいいなと思ったんで、どんどん広げていったらいいと思うし、今日話ができて、こういう行政マンがいるのが知れ渡ったらいいなとも思います。イベントもよろしくお願いします。
安冨さん 佐賀でいろんなことにチャレンジしてる人を増やしていきたいんですけど、佐賀の人ってなかなか自信が持てなかったり、個人の活動にしかなってない人が山ほどいるんで、皆さんたちに来ていただくことで、僕らがDJみたいな形で、そういった人たちを上手く一つ上のステージに上げていくことがやっていけたらいいですね。
今は、僕らが場所とかを用意してあげないと、そういうことを語り合える場はないんですけど、お店に来た人たちが他愛ない話をしながら理解を深めていったりとか、そういう場が佐賀の中に増えていくと、「さがすたいる」のめざすべき方向性みたいなのが形として見えてくるんじゃないかな。今日、お二人と話していてそう感じたので、そこに向けて骨をうずめる覚悟で(笑)、これからもやっていきたいです。
ひとりでも多くの人が、“これも「さがすたいる」”、と思うことを見つけて実践すれば、社会は大きく変わるはずです。自分に何ができるか、何をどんな風にすればいいか、考えることが最初の一歩。そんな一歩を踏み出してみませんか。