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ハレの日の祭りが人をつなげ、まちのうねりをつくっていく。アートで科学を楽しむ松戸発の国際芸術祭「科学と芸術の丘2018」

まちがより活気に満ちるためには、どんな方法があるでしょう。

ここ数年各地で行われている芸術祭は、この問いに対するひとつの解になりそうです。地域を盛り上げ、人を外部から呼び込み、まちの魅力を掘り起こす。うまくいけば、まちによい循環がうまれます。

では、芸術祭という祭りによってうまれた循環は、まちにどのような影響を与えるのでしょう。

千葉県松戸市で2018年10月に行われた国際芸術祭「科学と芸術の丘2018」。松戸の一住民として、この芸術祭、そして祭りとまちの関係をレポートしていきます。

全身をつかって科学を体験する

「科学と芸術の丘2018」は2018年10月20日(土)と21日(日)に開催されました。

メインとなった会場はJR常磐線松戸駅徒歩10分ほどのところにある戸定邸(とじょうてい)。水戸藩主・徳川昭武の邸宅だった趣のある建物です。

作品を見てみましょう。

こちらはオーストリアの世界的なメディアアート研究所「Ars Electronica Futurelab」の参加型作品『Flower of Time(フラワー・オブ・タイム)』。時間の多様性と伸縮性がテーマです。

photo by Hajime Kato

「あなたの最初の記憶はなんですか?」「この後なにがおこるでしょう?」「この時間を音で表すと・・・」などの問いかけの答えを訪れた人が花びら状のカードに書き、時計の周りに並べていきます。

私は、「この後なにがおこるでしょう?」という問いかけに「おいしいお弁当を外の芝生で食べる」と書いてみました。それまで鑑賞者として自分の外側に向いていた意識が、この問いかけにより内側へと変わり、自分とより深くつながるようなそんな感覚がありました。

この時間を音であらわすと? の問いかけに対する答えの花びらたち

続いてこちらは、「Quadrature(クアッドラチュア)」というアーティストグループによる作品『Orbits(オービッツ)』。

photo by Hajime Kato

このインスタレーションは宇宙を漂う人工物の軌道を表す映像と音響です。地球の周りを回転する人工衛星や宇宙ゴミの軌跡のシミュレーションがされており、最初は混沌とした軌道がだんだん規則的な動きになっていきます。

この人工衛星の位置データは、制作開始時はアメリカ空軍の公開データに基づいていました。しかし「憂慮する科学者同盟」という情報公開を促すNGOが公開データにいくつかの物体のデータが足りないことを発見し、熱心なアマチュア天文家の発見したデータを補ったそう。

権力と市民、提供先が異なるふたつの情報データを重ね合わせることでつくられています。それは市民参加、つまりシチズン・サイエンスの重要性を視覚化する取り組みでもあります。

たしかに、不規則に動く星々がだんだん統一された動きになるにつれ「はて、私は星を見ていたはずがなにか不思議な宇宙船に乗っているような気が・・・」と暗闇と相まって遠近感などが異空間にいってしまったような不思議な感覚におそわれました。

こちらは、『Bug’s Beat(バッグスビート)』という作品。

いつ行っても列が途切れることのない人気のインスタレーション。アーティストの滝戸ドリタさんと東京の科学館に勤務するサイエンスコミュニケーター佐々木有美さんによる作品。(photo by Hajime Kato)

虫の足音を拡張し、指向性スピーカーでダイレクトに人の聴覚へ届けます。虫が歩くたびに振動するスピーカーを伝わって椅子が震え、音を体感できます。

photo by Hajime Kato

見ているのは小さな生き物なはずなのですが、聞こえる音は大きく、虫が動くたびに私の座る椅子を振るわせるというのは、「小さい物は音も小さいはずだ」という固定概念を覆すような新しい感覚です。

それまで賑やかにしていた子どもたちもここに座ると、無言でじっと音に耳を澄ませ、虫の動きを見つめていました。

こちらは『未来トンネル』。戸定邸と富士山をつなぎ、山びこや自然界の音をリアルタイム通信する体験型アート作品。

東京大学生産技術研究所とロイヤル・カレッジ・オブ・アートが共同で行うデザインプロジェクトRCA-IIS Tokyo Design Lab、そして空間情報科学研究センターによる作品です。(photo by Hajime Kato)

ラッパのような形の口に耳を澄ますと、風とも鳥とも水ともとれる音が聞こえます。「おーい」とラッパ口に向かって叫ぶと数秒~数分おいて自分の声がかえってきます。試してみて「まあ、かえってきたわ」とふふふと笑う女性たちや、何度も試す子どもの姿がありました。

どれも科学の世界を全身で体験できる仕掛けが随所にちりばめられている作品ばかり。来場する方々も、親子連れ、学生、さまざまな年代のカップル、地域のサークル仲間同士と思われる年配の方など、じつにバラエティに富んでいました。

ところで芸術祭というと、自然豊かな地方で開催されているケースが目立つように感じられます。なぜ、松戸という東京にほど近い都市で、芸術祭を行おうと思ったのか。そしてなぜ、あえて科学という切り口をもってきたのか。

この国際芸術祭のはじまりを発起人の方々に聞いてみました。

いま熱いのは、イーストサイド!?

国際芸術祭のはじまりは、アートディレクターの清水陽子さんが松戸市に注目したことでした。

清水陽子(しみず・ようこ)

清水陽子(しみず・ようこ)

科学と芸術を融合するテクノロジーやインスタレーションをグローバルに研究、制作、発表。アメリカで育ちNY のアートに影響を受ける。大学では生物化学を専攻。制作会社においてクリエイティブ・ディレクター兼コンサルタントとしてキャリアをスタートし、現在は自身のラボ「+1e」においてバイオテクノロジーなどの先端科学を用いたデザインを研究しながら、ギャラリー、ミュージアム、企業、地方自治体と協業。国際放送局でのパーソナリティや、TED、FITC、アルスエレクトロニカなどのグローバルイベントにおけるトークやパフォーマンスなど、メディアを通じた活動の他、各種芸術賞を受賞。

清水さん 都内や海外で仕事をしていて、関東圏内で他に面白いエリアがないか探していたんです。

松戸市にはクリエイティブスペースがたくさんあって、いろんな人が活動されていると聞いて、そのおもしろい人たちをつなぐ中心となっているらしいomusubi不動産とコンタクトをとりました。

すでに個々の活動は活発なので、そういう人たちをつなげ、行政や文化施設を巻き込んで何かできたらおもしろいイベントがつくれるのではないかと。

都内で活動していると清澄白河や蔵前のようなイースト東京の勢いを感じるんです。松戸はそのさらに東、イーストオブ東京ですよね。関東の東側もそういういい流れが来ているんじゃないかという気がします。

greenz.jpでも取り上げたアーティストインレジデンス「PARADISE AIR」をはじめとしたさまざまな取り組みのおかげで、芸術家が世界各地からやってくるようになった松戸市。たしかにここ数年、ずいぶんと国際色豊かになってきたことを、いち住民としても感じます。

ゆっくり育ってきたアートの土壌

では、そうした松戸におけるアートの取り組みはどのように育まれてきたのでしょう。「PARADISE AIR」の運営に携わる庄子渉さんに伺いました。

庄子渉(しょうじ・わたる)

庄子渉(しょうじ・わたる)

PARADISEAIR プロデューサー、音楽家、アートコーディネーター。 1987年、仙台市出身。2010年、東京芸術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。専門はコンピュータ音楽/インプロヴィゼーション。在学中、音楽家や建築家とともに古民家を改装したアートスペース「おっとり舎」を立ち上げ、国内外のアーティストを迎えて様々な公演や展示の企画、制作を行う。2013年より、アーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」を立ち上げ、アーティストや行政、住民と協働しながら、地域資源を活かした創造的なまちづくり「暮らしの芸術都市」に取り組んでいる。

庄子さん 僕はもともと北千住でアートスペースをしていて、2010年頃に行われていたJOBANアートラインというプロジェクトではじめて隣の松戸に来てみたんです。それがこのまちに関わり始めた最初の一歩。MAD Cityのプロジェクトが同時期ぐらいからはじまって、行政も関わってくれるようになってきました。

何年か続けているうちに行政も文化や芸術に力を入れていこうという機運が高まってきて、最近特にサポートが手厚くなってきたと感じます。

芸術祭にタイミングを合わせるかたちでPARADISE AIRでは、オープンスタジオが行われていました。モントリオール出身のパフォーミングアーティストであるジュピター・ブラウン氏の部屋に入ると、松戸に来てから撮りためた写真と、来訪者へ色について問いかけるワークが。(photo by Hajime Kato)

たしかに、松戸市の広報誌『広報まつど』などを見てみると、「PARADISE AIR」まわりの取り組みについて囲み記事で毎号のように載っていて、全市民の目にわかる仕組みになっています。

もともとはアートも、科学も、哲学も、ひとつだった

国際芸術祭の作品はどれも、老若男女が全身で科学の世界を感じ、楽しむ芸術だと感じました。科学とアートの融合というのでしょうか。

考えてみれば、なにか経験したり見たりしたときの感動が作品をつくるのですよね。

たとえば、虫は人とは大きさはちがうけれど、人と同じように生き、人と同じように緻密にできたしくみをもっていることに気づき、その感動を伝えたいと思ったらどうしますか?

言葉で伝えてもいいけれど、前述した『Bug’s Beat(バッグスビート)』のように、音と振動を編集して伝えるというのは言葉とはまたちがったインパクトを持って、虫たちの存在を立ち現します。

国際芸術祭前の風景。運営ミーティングをPARADISE AIRにて行っていました。

アートというのは誰かの心の動きを伝える、ものすごくマイクロなメディアなのではないでしょうか。国際芸術祭を指揮した清水さんはどのような想いを持っているのでしょう。

清水さん アートの語源はもともとはラテン語の「ars(アルス)」。芸術という意味もあるけれど、科学、技術という意味もあった。もともとは科学も芸術も哲学もひとつのものとしてつながっていたんですよね。だからむしろ、分けてしまったことの方が不思議なくらい。

人類は文明全体として進化しているから、科学技術が進化したらアートも進化する。すべては連動しているから、今回の国際芸術祭も「科学と芸術」というふうに一緒にタイトルをつけるのが自然でした。

この国際芸術祭を取り仕切るomusubi不動産のスタッフであり、アーティストでもある吉田あさぎさんも同じく、根底ではつながっているのだと語ります。

吉田あさぎ(よしだ・あさぎ)

吉田あさぎ(よしだ・あさぎ)

東京藝術大学大学院先端芸術表現科修了。DAYS.(西尾健史)アシスタント。2018年夏まで芸術家として活動し、その後デザイナーに転身。芸術家時代から続けている感覚の研究をベースに空間の中での振る舞いをデザインする。

吉田さん 表面に出てくる技術はすごく最先端だけれど、その奥にある精神的なものはアートと同じように、「人間の持っている感性などがどうなっていくのかということに挑戦する」というすごく哲学的なことをメッセージとして持っている。そういう科学技術もあるんです。

逆に出てくるものはすごく伝統的なものではあるけれど、考えていることはすごく最先端なものということも起こっている。

科学と芸術は、目指す方向が似ている、それゆえにつながっている部分もあって、同時に分断されてもいる。うまく定義しづらいんですけれど、それが今の時代なのではないかという気がしています。

かつてはつながっていたものを分けていくことに新しさを見いだしていたのだけれど、分けて分けて分けきったら行き詰まってしまった現在。

いま、次の時代に進むために必要なことがあるとしたら、今度はばらばらになったものたちをいくつかつなぎ合わせながら、新しさを生み出していくことなのでしょう。お二人の話を聴いてそのように感じました。

たまってきたパワーを解放してつなげていく

「お、いいねえ。行ってみようかな」と松戸の若年層が思えるような取り組みは、たいてい元をたどるとomusubi不動産につながっています。

社宅をリノベーションしたせんぱく工舎は地域のアーティストとカルチャーのハブとして近所のSLOW COFFEEとともにまちに外から人を呼び込み、今までなかった20~40代の集う場となっています。

ほかにも、マンションの一階にパン屋限定の募集をかけたり、曜日ごとにちがうマスターのカフェ「OneTable」を運営したり、今までよりもちょっとだけ変化球と言えるプロジェクトもたくさん。

私が国際芸術祭の話を聞いたとき、そういった各所の賑わいを知っている分、「なぜあえて、入居者の枠を超え、市全体を巻き込むような大きな祭りをやるのだろう?」という疑問もありました。

omusubi不動産代表の殿塚建吾さんは、そんな私の疑問にこう答えます。

殿塚建吾(とのづか・けんご)

殿塚建吾(とのづか・けんご)

omusubi不動産代表/宅地建物取引士 1984年生/千葉県松戸市出身。
中古マンションのリノベ会社、企業のCSRプランナーを経て、房総半島の古民家カフェ「ブラウンズフィールド」に居候し、自然な暮らしを学ぶ。震災後、地元・松戸に戻り、オーナーがセルフビルドした「自給ハウス」にて部屋のDIYをしながら生活する。2011年、松戸駅前のまちづくりプロジェクト「MAD City」に参画し不動産事業の立ち上げをする。
2014年4月に独立、おこめをつくる不動産屋「omusubi不動産」を設立。DIY可能物件を扱いながら、市川市初のシェアアトリエ「123ビルヂング」や二世帯住宅をものづくりスペースに変えた「8lab」、築60年の社宅をリノベーションした「せんぱく工舎」など多くのシェアアトリエを運営。空き家をつかったまちづくりと田んぼをきっかけにした入居者との暮らしづくりに取り組んでいる。

殿塚さん 松戸でJOBANアートラインが始まって、江戸川で結婚式をしてみたり、いろいろ公共空間で非日常をつくることをやってみたりした時期がありました。

その中で日常的にアートと交流できる場所があればいいよねということでPARADISE AIRが生まれたんです。毎日誰かがいて、何かをやっているという。そこからシェアアトリエも増やしていっていたら、いつのまにか、こういう人がここにいるよ! と外に発信する場がなくなってしまっていて。

日常を耕してきたおかげで地域の中にパワーは貯まってきているから、もう一回発信して見てもらう、もう一回つなげ直すみたいなことができたらいいんじゃないかと強く思っていました。

お祭りを行うと、祭りという目標に向かってみんながスキルを出し合える。イベントは数日で消えてしまうけれど、そこでできた人間関係とか新しくやってみた経験は残る。

御神輿を担いで屋台が出てという地域に根ざした伝統的な祭りももちろんいいのだけれど、もっと、違うかたちのものもあると地域の多様な人を惹きつけるのにいいかなと思って、芸術の祭りにたどり着いたんです。

日本には「ハレとケ」という考え方があります。ケといわれる日常に時々、祭事というハレの非日常がスパイスのように混じる。そのハレとケの循環で地域に住む人たちの結びつきが保たれて、活気も生まれていた。かつてそれぞれの地域のまちづくりはそうやってうまくいっていたのだろうなあ、というのが殿塚さんのお話をうかがって感じたことです。

国際芸術祭とともに開催された「丘の上のマルシェ」では、omusubi不動産と縁のある地域の人たちで運営が行われていました。

松戸でカフェやパン屋などを営む方々が集結。お昼過ぎにはどのお店もほとんど完売に近い状態でした。(photo by Hajime Kato)

屋台づくりもDIYワークショップイベントとして、シェアアトリエの入居者とDIYに興味のある人でつくり上げていったそう。

地域住民同士の横のつながりをつくりつつ、新しく人を呼び込んでもいく。あらためて、祭りという非日常のパワーを見た気がします。

photo by Hajime Kato

松戸市は隣がすぐ東京都という立地のため、都内に通勤通学する人のベッドタウンという要素が強いまちです。それは弱みだと思っていました。ですが、今回この国際芸術祭が開催されるにあたり、私自身も様々なSNSでこの祭りの告知をしたら、都内に住む何人もの友人がやってきてくれました。

関東近郊から思い立ってふらりと来られるくらい交通の便がよいところというのは、今後もイベントを開催する上でまちの強みだということに気づかされた一件です。

国際芸術祭は、松戸に関わる人たちが「アートとどう向き合っていくとまちはいい感じになっていくんだろう」という問いをもって試行錯誤しつづけた、数年の過程があったからこそできたことです。

日々の、個人個人の取り組みが評判になって新しく人を招き、まちの人をつなげる大きな祭りに昇華される。そしてまた日常に戻るのだけれど、それはちょっと新しいつながりや気づきを得た上でのバージョンアップした日常。

そうやってハレとケの循環がつくられていくと、松戸に関わる人たちのいかしあうつながりが育まれ、それぞれが充実感を持つようになり、自然とまちは活気あるあたたかなものになっていく。そんな気がします。

あなたの住むまちには、ほかのまちにはないどのような素敵な点がありますか?

どのようなまちの活気を生むしくみの種がありそうですか?

ちょっと立ち止まって考えてみると、自分の暮らす環境をよりよくする、はじまりになるのではないでしょうか。

(Top photo: Hajime Kato)