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ようこそ「奇跡の海」へ。自然を愛す研究者と旅行者と地元住民が集う、上関の“体験型”ゲストハウス「マルゴト」

猛暑がつづいた2018年の夏。裸足で足を踏み入れたくなるような、すみきった海が広がる山口県上関町(かみのせきちょう)に、個性的なゲストハウスが誕生しました。その名も、宿泊型体験施設「マルゴト」です。

上関は、本州西端の四国寄りにある室津半島の先端部と、その先に連なる長島、祝島、八島から成る町。下関と並び栄えた海の関所です。最寄りのJR柳井駅からはバスで約50分。

空にハヤブサやミサゴが舞い、エメラルドグリーンの海にスナメリが泳ぐ。そんな自然が旅行者を迎えてくれます。

作り手の愛情が詰まった家

さっそく宿泊型体験施設「マルゴト」を訪れてみましょう。

海辺の一本道から細い坂へ。低い瓦屋根が両側から迫る、瀬戸内地方らしい小道を登ると、のれんが揺れる軒先に突き当たります。

宿のロゴにちょこんと描かれている「カンムリウミスズメ」は、パンダのような配色とペンギンのような姿が印象的な海鳥(*)で、上関の豊かさの象徴。少し前まで生態が全くわからない謎の鳥でしたが、2016年に日本一周の渡りをする例が報告されました。1年を通してカンムリウミスズメがすんでいるのは、世界でも上関だけと言われています。

(*)IUCN(国際自然保護連合)指定の絶滅危惧種。換羽するので季節によって羽の色は異なり、パンダっぽいのは非繁殖期の夏(8-9月)です。この記事の下の方に写真があります

ゲストハウス「マルゴト」があるのは、ここらへん。緑色のエリアが国立公園です。瀬戸内海は、九州の雲仙や霧島と並んで1934年に日本初の国立公園に指定されながら、その後の高度経済成長期にかなり開発されてしまいました。それでも、南西端に位置する上関には、とりわけ貴重な自然が残されています。
図の出典:環境省ホームページ(https://www.env.go.jp/park/common/data/23_seto_map_j.pdf

さて、「マルゴト」の中に入ると、1階には、ワークショップやイベントが開催できるセミナールーム、キッチンやお風呂、2階に最大11人が泊まれる宿泊スペースがあります。

ゲストハウスと聞くと相部屋のイメージがありますが、2人用の洋室もあります。出窓の下の細い明かり取りは、この築46年の民家にあったものだそう。

ごろ寝が気持ちよさそうな和室も。窓の外に見える手づくりの土窯でピザを焼いたらおいしそう。

こちらはドミトリー。二段ベッドの中は、こんな感じ。隠れ家みたいで楽しいです。

シングルルーム1人5000円、ドミトリールーム1人3000円。6畳2~4人の和室とツインルームは部屋ごとのチャージで、どちらも8000円(つまり1人2000~4000円)。このリーズナブルな素泊まり料金もゲストハウスの大きな魅力

リノベーションには、地元の職人や山口大学工学部のサークル「リノベーション部」の学生たちや、支援企業の社員など約80人が参加したそうです。部屋の壁にかかる上関の風景画にも、素敵なデザインの照明器具にも、この家に心を寄せた人たちの愛情がたっぷり詰まっています。

瀬戸内の自然をディープに楽しむ“エントランスホール”

設計を担当したスターパイロッツ代表の三浦丈典(みうら・たけのり)さんによると、このゲストハウスのコンセプトは、「上関全体のエントランスホール」。

ある時は、海外旅行者などゲストを迎え入れ、上関全体を舞台としたエコツーリズムの場となり、ある時は、地域の皆さんが交流する集会所になり、上関のコミュニティーを育む。またある時は、上関の生き物を調査する科学者たちの宿になり、研究発表の会場になり、成果をアーカイブする機能も果たす。名前の通り上関をマルゴト楽しむための「滞在」と「暮らし」と「研究」の拠点というわけです。

ここで、「研究」が出てきたのはなぜか。何を隠そう、管理人としてマルゴトに住み込んでいる上田健悟(うえだ・けんご)さんは、数カ月前まで、広島県の福山大学海洋動物行動学研究室の大学院生だったのです。

管理人の上田さん。学生時代は上関の海を調査フィールドとしてオオミズナギドリの行動を研究していました

さらに、運営主体の「一般社団法人 上関まるごと博物館」の代表理事を務めるのは、20年近く上関の動植物を研究者たちと調査している市民科学者の高島美登里さん。「マルゴト」は、素晴らしい上関の自然をサイエンスの目で見つめるところから誕生したゲストハウスとも言えるでしょう。

3年間この町に通って、この海が好きになりました。そして人と触れ合ううちに上関町に魅力を感じました。2017年の6月に移住して、漁師をやりながら、なぜかこのゲストハウスも運営することになりました!

そう笑顔で語る上田さんは、管理人兼、駆け出しの漁師でもあります。山口県の「ニューフィッシャー制度」(漁業への新規参入を支援する仕組み)を利用して水産業に携わるようになりました。毎朝のように親方の船に同乗して、すぐ近くの海で漁をしています。

このように「マルゴト」は上関の自然を探求する人たちの運営する場所。生き物について詳しく話を聞いたり、現役の漁師さんと海釣りができたり、“ディープ”な自然に触れる機会があふれています。

取材日はあいにくのシケで船が出ませんでしたが、さすがは海の男たち。臨機応変に、他のお楽しみを用意してくれました。

まずは漁港でタイさばき教室! おいしさを保つために漁師さんが出荷前にいつもしている処理から体験します。マダイはプリプリの刺身になって振る舞われました。新鮮で臭みゼロ。近所の商店でしか手に入らないという地元の醤油との相性も抜群でした。

見事な手さばきと軽妙なトークで一同を魅了したのは、漁師歴40年の小浜鉄也(こはま・てつや)さん。「てっちゃん」と皆に親しまれているこの方が、管理人・上田さんの親方です。

小浜さん(右)は釣り体験ツアーなどを提供する事業者「シーパラダイス室津」としても、約15年の活動実績があります

じゃんじゃん海水を流しながら作業できる環境なので、タイ本来の赤い色がきれいに出るそうです。獲れたてのタイのまぶたには、新鮮でないと見られない青いアイシャドーが輝いていました。

世界の海で魚の減少が問題になっていますが、上関町のこのあたり(室津)では、まだ半径2kmほどの近海で、タイもスズキもたくさん獲れるとのこと。特にハモは“ぼんぼん上がる”そうです。小浜さんたちは、網の目を大きくして若い魚を逃がすなど、資源管理にも配慮しています。

お次は、魚拓体験。魚に墨を塗り半紙でそっと押さえ、頃合いをみてペラリと剥がします。人それぞれの出来栄えに、あちらこちらから歓声が上がります。

魚拓に使ったタイも、終了後はうろこの墨をきれいに洗い、おいしい刺身とカルパッチョに。

ちなみに、ここは食事なしの宿ですが、事前に注文すれば、てっちゃんたちが「漁師飯(3000円~)」を提供してくれます。

食後は雨ニモマケズ、山遊びへ。車に乗って数分の無農薬農家・山戸明代(やまと・あきよ)さんの山にお邪魔して、タケノコ狩りと無農薬のレモン狩りです。

すぐには採れないからこそ、収穫の喜びもひとしお。

水道を引かず雨水を炭で浄化して使う暮らしや、山中にドーン! と現れる不思議な巨岩のことなど、山戸さんのお話も大変興味深かったです。皆さんも、ぜひ現地でお楽しみください。

その他にもサイクリングや史跡めぐりなど、「マルゴト」を拠点に体験できることはたくさんあります。特に、目の前が穏やかな瀬戸内海なので、シュノーケリング、SUP(波に浮かべたボードの上に立ちパドルでこぐレジャースポーツ)、海釣りや船上ランチなどなど、海遊びメニューは充実。

生態系が豊かなので、大潮の夜のアカテガニ放仔観察、生きた化石と呼ばれるカサシャミセン(腕足動物)やナメクジウオといった希少生物の観察会、スナメリウォッチングなども楽しめます。

このあたりの海では、まだ「海底湧水」がこんこんとわき出る場所があり、水中めがねを付けてちょっと潜れば、約14mもスコーンと抜ける海中を堪能できるのだとか。橋からのぞきこんだ海は、雨の日でも、この透明感でした!

“奇跡の海”を探求する上関ネイチャープロジェクト

「マルゴト」界隈の海、実は、ただの海ではありません。生物学者たちが「奇跡の海」と呼び、国内外の研究者が注目している海なのです。

スナメリや国際的な希少種カラスバトに加えて、絶滅危惧種のカンムリウミスズメ(「マルゴト」のロゴにデザインされた鳥)も、ここで繁殖している可能性があるそうです。さらに、世界で1個体しか確認例がないナガシマツボ(巻貝)が見つかっています。


初めて聞いたときは、ちょっと「奇跡」は言い過ぎでは? と思いました。しかし、日本生態学会の学者たちの共著『奇跡の海―瀬戸内海・上関の生物多様性― 』を読んだり、50年以上前の瀬戸内海をよく知る方々から話を聞いたりするうちに、その意味がわかってきました。

「ここに来ると本当に懐かしい。昔のままの瀬戸内海が残っている」

半世紀前に瀬戸内海の生態系を研究していた方の言葉です。港湾開発や都市化に伴い瀬戸内海の生物多様性や美しさが損なわれていくなかで、かろうじて残ったこと自体が「奇跡」なのです。

日本生態学会の学者たちの共著『奇跡の海―瀬戸内海・上関の生物多様性― 』。昔ながらの生態系をしっかり残しておけば、瀬戸内海の環境が改善した時に、上関が命の発信地になる(卵、幼生、餌となるプランクトンなどが上関から広がっていき瀬戸内海全体を救う)ということが書いてあり、とても納得がいきました。この表紙の鳥が、カンムリウミスズメです

周防灘を埋め立てて大規模な工業地帯にする計画が持ち上がった時には、作家の故・松下竜一さんなど市民(利権と無関係な人たち)が声を上げて、美しい海を守りました。

今も上関の海辺には中国電力の原発建設計画があり、対岸の祝島の漁師たちが粘り強く反対しています。建設時の埋め立てや、稼動時の温排水、万が一の事故時の放射性物質が、持続可能な暮らしを根本から揺るがすからです。

だから、35年以上という想像を絶する長い間、彼らは反対の姿勢を変えていません。日本生態学会、日本ベントス学会、日本鳥学会などの科学者たちも、奇跡の海の価値と、それを失うリスクの重大さを伝えようと、国や県や電力会社に何度も要望書を送っています。

マルゴトは“推進派”でも“反対派”でもない

晴れた日は、このようにエメラルドグリーンの波が白砂の上に揺れています。この自然を愛する高島さんは「上関の自然を守る会」代表として20年近く活動を続けている市民科学者です

前出の高島さんは、科学者たちの協力を得ながら祝島の反原発活動を応援してきました。でも、今回の「マルゴト」に関しては、推進派も反対派もないそうです。

「マルゴト」は、ここでしか見られない自然や、ここでしか食べられないおいしいものの魅力を生かして町の未来を築きたいと考える有志が、分け隔てなく集まって始めた「上関ネイチャープロジェクト」の一環。

プロジェクトを支えるのは、高島さん、漁師の小浜鉄也さんとマルゴト管理人の上田健悟さん、そして、彼らの新鮮な魚を6年ほど前から「上関お魚おまかせパック」として全国約90件に配送している三家本誠(みかもと・まこと)さんたちです。

上関の自然を愛し、自立した町づくりを目指すメンバーの集まりです。「子や孫に素晴らしい自然を残したい! 全国・全世界の人たちに上関の魅力を味わってもらい、第二のふるさとにしていただきたい!」という思いで結成しました。

と高島さんは言います。メンバー共通の目標は、上関で、自然と共生する暮らしを、これからもずっと成り立たせることなのです。

我が家に届いた「上関お魚おまかせパック」の記念コラージュ。縮尺はバラバラですが、左上が到着した一式(3000円+送料)。添えられた笹の葉とサツキの一枝が嬉しい! 左下は新鮮なメイボ(ウマヅラハギ)の美しいヒレ。タイの刺身は撮影前にタイらげてしまいました(笑)。あらの吸い物もシンプルな焼き魚も感動的なおいしさ

同プロジェクトの応援団は全国にいます。「マルゴト」のリノベーションに向けた2017年のクラウドファンディングには358人が参加し、目標額を大幅に上回る523万9000円が集まりました。

アウトドアブランド「パタゴニア」も支援企業の一つ。高島さんたちの活動に息の長いサポートを続けています。今は、ホームページでオリジナルの短編映画「シー・オブ・ミラクルズ(奇跡の海)」も公開中。数十名の社員やスタッフがリノベーション作業からマルゴトにかかわり、完成後も研修施設や環境教育の場として、さらにはプライベートで遊びにくる第二のふるさととして、上関町と温かい関係を結んでいます。

タイのカルパッチョを前に、パタゴニアスタッフや支援者たちに挨拶をするパタゴニア日本支社長の辻井隆行(つじい・たかゆき)さん

小さな町に大規模な開発計画と、それを償う大金が舞い込んだ時に、それを受け入れたい人と、受け入れたくない人がいて、分断が生じてしまう。同じ構図は、ダムや原発が計画された多くの過疎地に見られます。その悲しい歴史に、水や食やエネルギーを山村や漁村に依存する都市住民が無関心でいてはいけないことも、3.11を経て私たちは学びました。

「マルゴト」では今、いろいろな考えの人が分断を越えて、数世代先の未来を見つめ一緒に進もうとしています。この希望あふれるストーリーこそがマルゴトの特徴。彼らに前進する力を与えた自然を、さっそく体感しに行ってはいかがでしょうか。

– INFORMATION –

宿泊型体験施設「マルゴト」
山口県熊毛郡上関町室津1057
https://www.facebook.com/staybynature/