教育や福祉、まちづくりに環境問題…これまで公共セクターが担い手だったソーシャルな領域の課題を解決しようと、株式会社やNPO法人といった形態で事業を立ち上げる人たちが増えてきました。
ですが、会社を立ち上げて数年経ったものの、なかなかスケールしない…
ソーシャルな課題にまっすぐ向き合いたいけれど、事業の継続性を考えるとなかなか思うようにいかない…
といった、事業運営上のハードルを越えられずに行き詰まってしまうというケースも少なくありません。
そんな、ソーシャルな事業を立ち上げた人たちが共通して直面する課題に応えるべく開講されたのが、グリーンズの学校の連続講座「ソーシャルな会社のつくりかた」です。
ソーシャルな領域で事業を立ち上げ、収益を上げて持続的に発展している会社やNPOの組織運営やビジネスモデルについて学んでいくクラスとして昨年よりはじまり、今年も6月より、全8回の講座がスタートします。
今回の記事では、この春、NPO法人グリーンズからビジネスプロデュース部門を分社化し、その代表を務める小野裕之と共に同クラスのナビゲーターを担当する元パタゴニアで、愛される企業を増やす活動を進めている「フルクラム」代表の但馬武さんの対談をお届けします。
「ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」ことをミッションとして掲げ、環境への影響を最小限に抑えながら高品質のアウトドアウェアをつくり届けてきたパタゴニア。まさに「ソーシャルな会社」の先がけと言える企業の日本支社で経験を積んだのち、日本各地のさまざまな企業のコーチング・アドバイザリーに取り組む但馬さん。
そんな彼が見てきた、ソーシャルな会社が突き抜けるために必要な条件とは? ソーシャルな会社と、そこで働く個人の健全な関係性とは? 気になるトピックが盛りだくさんの対談です!
1971年東京生まれ。パタゴニア日本支社にて約20年、ダイレクトマーケティング全般を担ったのちに独立。愛される企業になるための各種サービスを提供する傍ら、社会的事業に関心を持つ人々が集うコミュニティ「home」を運営。岡山県西粟倉村を拠点に、エーゼロ株式会社に関わりながら、持続可能な地域環境づくりにも携わる。
「市民権」を得てきたソーシャルな仕事。
でも、「会社」として突き抜けるには何かが足りない…?
小野 但馬さんとは、グリーンズのスクール事業の一環として展開している連続講座「ソーシャルな会社のつくりかた」のナビゲーターとしてご一緒しています。
僕の問題意識として、ソーシャルなことを掲げるプロジェクトや事業の大半が、「会社」として今一歩「突き抜けられない感」がある、ということがあります。共感は得られても、数年に渡って持続している事業の数はグッと減ってしまうし、会社として人を雇ってある程度スケールしている数で言えば、もっと減ってしまいます。このままでは一過性のトレンドで終わりかねない危うさも感じているんです。
ですので今回但馬さんには、前職パタゴニアでの経験や、ソーシャルな事業づくりに関心のある人が集まるコミュニティ「home」を運営している立場から、ソーシャルな会社が突き抜けるための企業経営やチーム運営のあり方についてお聞きできたらなと思っています。
但馬さん わかりました。この対談が僕自身にとっての棚卸しにもなればいいなと思います。
僕はいま、西粟倉に本社がある「エーゼロ」という会社にも関わっていますが、パタゴニア在職中から副業として、パタゴニアという会社がやってきたことを日本の他の企業でもできるようにと、経営者へのコーチングやアドバイス、組織づくりのためのファシリテーション、顧客へ響くマーケティング戦略つくりなどを行ってきました。企業変革の取り組みに伴走する仕事です。
業態も規模感もさまざまな、多くの企業の経営者と関わらせてもらいました。
それでも…
「ソーシャルな会社のつくり方は?」と問われたときに、自信満々に「こうやったらつくれるよ!」とは明言できない自分がいるのが、今の正直なところです。
小野 ほう。
但馬さん パタゴニアのようにソーシャルなミッションを掲げ、なおかつ事業も持続発展していくレベルの会社になれるのか、そうでないかは、僕の肌感では「たった1%」の違いに過ぎないんです。色んな企業と関わってきて、そのことを痛感しています。
ソーシャルな会社として突き抜けられるかどうかは、
たった1%の違いでしかない?
小野 「たった1%」の違いというのは?
但馬さん パタゴニアの過去の事例でいうと、製品の素材となるコットンを、オーガニックコットンに全面切り替えした際の、創業者イヴォン・シュイナードの意思決定がわかりやすいと思います。
これまで、農薬を使って栽培したコットンを使っていたところを、オーガニックコットンに切り替えるとすると、製品単価も上がりますから、売上が下がることも予想されます。短期的な売上のマイナス、それによる企業経営への影響も鑑みて、段階的に切り替えるという選択肢もあったはずです。
ですがイヴォンは、「環境に害があると分かっているものをつくり続ける選択を、自分たちはしたくない」と、全面切り替えの方針へと意思決定したんですね。結果的に困難なプロセスではありましたが、そのかわりパタゴニアに対する熱狂的なファンが生まれ、そのファンがパタゴニアを支えてくれるようになりました。
これは、社会に対してだけでなく、社内の従業員に対しても、パタゴニアのあり方を示す鮮明なメッセージになったと思います。右か左かで悩んだときに、「より環境に良い影響がある方を選んでいいんだ」ということを、従業員が迷わず信じられるようになるわけですね。
小野 なるほど。
但馬さん 会社経営というのは決断の連続です。パタゴニアという企業の文化やブランドも、一朝一夕にできたものではありません。
トップの一個一個の決断を、やっぱり従業員はちゃんと見ているんですね。その積み重ねの先に強固な企業文化というのが育ってくる。だから途中で、トップの決断がブレることの影響は大きいんです。当時のイヴォンがもし、「売上もちょっとは大事だから無理なく段階的に変えていこう」なんて言っていたら、従業員はどっちを優先すればいいか迷ってしまいますよね。
小野 それが、ソーシャルな会社として突き抜けられるかどうかを分ける1%、ということなんですね。
但馬さん はい。会社の存在理由—ミッションと、どんな社会を実現したいかというビジョン、この2つが、ソーシャルな会社として突き抜けられるかどうかを決めるポイントで、そのふたつをどれだけ本気で社員に伝え邁進していくのか? で、わずかな1%の違いが発生するのだと思っています。
ですが、この大切な1%の違いをブレずに決断し実行し続けられる企業は、そうそう多くはありません。阻害要因は、創業者のプライドだったり、会社の人間関係だったり、目先の収益だったりとさまざまですが、結局決めきれない、という場合が非常に多い。
小野 あぁ。
但馬さん これまで、会社の存在意義やビジョンを含めたミッション・ステートメントをつくるための伴走をしてきましたが、10人、20人とあまりに多くの人の声を聞こうとしすぎると、やっぱりうまくいかないパターンが多いです。
「平均」を拾いにいって、突き抜けたものにならない。経営者やそれを支えるチームが、たとえ従業員に反対されても構わない、光り輝くものをつくるんだっていう決断をできないと、難しいなと感じています。
小野 たった1%の違いなんだけど、その1%にこだわり抜ける経営者があまりに少ない、と。
但馬さん はい。
小野 それで先ほど、ソーシャルな会社を「つくれるとは言い切れない」と言われていたんですね。たった1%の違いだけど、それが一番、難しい。パタゴニアでのイヴォンの意思決定を見てきたのち、個人事業主としてさまざまな企業経営者に伴走してきた但馬さんだからこそ感じる重さがあるように思います。
現実的にソーシャルな企業への変革は難しいのは痛感していて、それでも但馬さんが「ソーシャルな企業をつくることが大事だ」と信じて語り続けられるのは、なぜなんでしょうか。
但馬さん やっぱりそれは…パタゴニアという会社に出会って、僕自身がすごく救われた、生きるのが楽になったという経験が大きいのだと思います。
小野 但馬さん自身が救われた、と。
但馬さん 僕が30歳のときに子どもが産まれたのですが、その日の朝に抱いた気持ちを今でもよく覚えているんです。ひとつはわが子が生まれたことへの喜び。そしてもうひとつは、これからこの子が生きていく社会が、どんどんひどくなっていくであろうことに対しての絶望感。子どもが生まれたときから、もう不安でしょうがなかったんです。
当時は既にパタゴニアで勤務していましたが、その頃に見たのが、とあるイヴォンのインタビュー動画です。そこで彼が言っていたのは、「クライミングでは、手足の4点のうち3点で安定した場所を確保し、残り1点で少しでも動いていける場所を探して登っていく。自分は環境問題については絶望しているが、どんなに世界に絶望しても、1点を動かし続ける存在でいたい」と、そのような趣旨のことでした。
そんなイヴォンの思想が体現されたパタゴニアという企業は、環境問題に対して、まさに1点を動かし続けてきた企業です。愚直にアクションを取り続けてきた結果、強い理念を持ちながらも社会的にも様々な素晴らしい結果を残すだけではなく、企業経営としても成功し存在感を増している。
イヴォンとパタゴニアに出会ったことで、僕自身が「未来がよくなる確信が持てなくとも、いまできることを愚直に続けていこう」と思えたことが大きかったんでしょうね。
だから今でも、どんなに難しくてもミッションとビジョンを追い続けることが大事だと、信じられているのかもしれません。
「正しさ」だけでは遠くへ行けない。
ひとりぼっちを経験して気づいたこと
小野 これまで、ソーシャルな会社においての経営者の意思決定—たとえ反対を受けてもミッション・ビジョンを貫き通すことの重要性について語っていただきました。
一方で、僕がこれまでかかわってきた印象からすると、但馬さんには「和」を重んじるようなパーソナリティも持ち合わせているように思えます。実際に、ソーシャルな事業に取り組んでいたり関心があったりする人たちが集う「home」というコミュニティも運営されていますし。自分の中の、ある種対照的なベクトルにどう折り合いをつけているんでしょうか。
但馬さん それはたぶん…僕自身が「正しさ」だけで突き進んで、みんなを置いてけぼりにしてしまったことがあるからなんです。
パタゴニアの日本支社で働いていた当時、早く社会を変えなければと、ものすごく焦ってたんですね。
「孫の世代に地球環境を残す」ことを自分のミッションとしていて、そのための手段としてパタゴニアで働き続けることを選びました。担当のダイレクトセールス部門で売上も大きく伸びましたし、それなりに結果は出せたと思います。
それでもまだまだ焦っていて、環境団体のお手伝いをしたり、自然エネルギーの推進に関する活動を日本支社で開始したり…色んなことに手を出していました。
小野 はじめて但馬さんと会ったのは僕がグリーンズに入った直後、但馬さんがまだパタゴニアにいた頃ですが、当時はそんなに焦ってたんですね。
但馬さん だけど、そんな風に一人で焦って進んでも、ふと後ろを見ると人を巻き込むことができていないことに気づきました。アフリカに「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」ということわざがありますよね。確かに一人では早く結果を出せるかもしれない。ただ、僕らが取り組んでいることは長く時間のかかる問題で、長くかかるためにみんなで取り組む必要があることを痛感しています。
僕は早く行こうとしていつの間にか一人で取り組んでいたようです。最終的に人事異動で部署が変わることになって、そこでようやく気づきました。
小野 そこが転機だったわけですか。
但馬さん だから僕の役割はいくつかあるのですが、ソーシャルな企業になる変革の伴走者としてとらえると、経営者が自分一人でがんばるんじゃなくて、みんなで「遠くへ行く」ための従業員や顧客を交えたコミュニティをつくっていくことなのかもしれない。そう思うようになったんです。
小野 遠くへ行くためのコミュニティ。「たった1%」の違いをつくり出す上では創業者の意思決定が不可欠になりますが、会社を大きくしていくうえでは、ミッション・ビジョンをそれぞれが自分ごと化して歩んでいくためのコミュニティが重要になりますよね。
但馬さん 僕はいま46歳なのですが、環境問題の解決や、僕自身が理想とする社会の実現って、やっぱり僕の世代だけでは難しいなと実感しています。ですが、greenz.jpの記事などを見ていても、より良い社会や環境をつくるために素晴らしい活動をしている次世代のプレーヤーは次々と生まれてきています。
ただ、ソーシャルな取り組みを積極的に広げていこうという人は、どうしても会社の中では“出る杭”になりやすい傾向があると思っていて、そういう人たちが孤立しないで連帯していくためのホーム(居場所)をつくりたかったという思いもあります。コミュニティ名を「home」と名付けたのもそうした理由からです。もしかしたら、パタゴニアにいた当時の僕自身が一番homeを必要としていたのかもしれません。生きづらかったので(笑)
ミッションを掲げることが、かえって社員を苦しめる?
ソーシャルな会社が、集団としてブレずに進んでいくために
必要な仕組みとは
小野 創業者を中心に「たった1%」の違いにまでこだわり抜くことが大事、でも一方で、遠くに行くためにはみんなとも共通の価値観や文化をつくっていく必要もある…この、一見矛盾する2つを乗り越えて、ソーシャルな会社として突き抜けていくには、どんな方法があるんでしょう?
一つは、パタゴニアのようにミッション・ビジョンを言葉で現した「ミッション・ステートメント」を明確に打ち立てて、それをスタッフレベルまで浸透させていくということだと思うのですが。
但馬さん そう、僕もそれが必要と思っていて、企業に依頼されて「ミッション・ステートメント」をつくるお手伝いをしてきたこともあるんですが、最近では、確固たるミッション・ステートメントを打ち立てようとすることが、かえってしんどさを生むこともあるかもしれないと感じています。
小野 ミッションにこだわることで、かえってしんどくなる?
但馬さん 具体的にそれを気付かされたのは、「クルミドコーヒー」の影山知明さんの経営方法をお聞きしたときのことです。クルミドコーヒーは、会社としてのミッションやビジョンはつくっていないそうなんです。
そのかわり、影山さんは年に50回以上スタッフとミーティングをしているそうです。みんなと対話を重ねるなかで、明確に言語化されていなくても、クルミドコーヒーとしてのミッション・ビジョンはみんなの行動によって体現されていく、という考え方でした。
喫茶店という形態で自分たちがどんな価値を提供するのかという「コアバリュー」は言語化しているけれど、会社が目指す抽象的な状態像としてのミッション・ビジョンは掲げていない。ミッション・ビジョンを強く掲げることで、スタッフをそれに向かって突き進むためのツールのように扱ってしまう恐れがある、そのような組織をつくりたくなかった、と語られています。
僕はお話を聞いたとき、ああ、また自分は「正しさ」に囚われていんたな、と気付かされたんです。その場で、当時ミッション・ビジョンの策定のアドバイザリーに入っていたいくつかの企業の姿が思い浮かんだのですが、企業によっては、いまミッション・ビジョンを掲げるステージではないのかもしれない、産みの苦しみを与えてしまっているのかもしれない…と、そう考え直したんです。
小野 なるほど。言語化されたミッションではなく、日々の営みのなかで体現されていく「らしさ」が会社の姿をつくっていくというモデル
ですね。僕が考えるのは、どちらが正しいかではなく、会社の業態や規模感、歴史によっても有効なアプローチが違ってくるだろうなということです。
クルミドコーヒーのように「喫茶店」というコアな事業モデルやサービス提供方法が固まっている会社の場合、自分たちらしく成長していく上で、ミッションやビジョンはあまり必要ないのかもしれません。一方、グリーンズのように課題解決型のNPOで、課題解決のためのツールやアプローチは柔軟に変えていくという組織の場合は、何か一つ軸となるミッション・ビジョンを言語化していかないと、やるべきことの優先順位をつけにくくなってしまう問題があります。
但馬さん 確かにそうですね。もう一つ、ミッション・ビジョンを固めることが有効だなというケースは、創業から社長が3代目・4代目へと世代変わりしたという時期にある会社の場合です。
会社をより成長させていくために、社長も何か新しいことをやろうとするけれど、単に思いつきで新規事業を打っても大抵はうまくいきません。もっと必然性を伴う深い意思決定をするために、会社のこれまでの歴史を紐解いて、根っことなるミッション・ビジョンを改めて言語化するという作業が有効である場合があります。
小野 ミッションを言語化すること自体を絶対視するのではなく、会社の業態や課題を踏まえて、必然性のある意思決定をするためにどのような仕組みが必要かという視点で柔軟に考えられると良さそうですね。
ソーシャルな領域で働く人こそ、会社をドライに捉えた方が良い。
会社のミッションに共感しながら、個人の幸せを犠牲にしない働き方
小野 これまで、ソーシャルな会社について、どちらかというと経営者側の目線で、課題やその乗り越え方について語ってきましたが、そこで働くスタッフのキャリアや、会社と個人の距離感・かかわり方という点ではどうでしょうか。
但馬さん これまで「ミッションが大事だ」という話をさんざんしてきましたが、僕自身の失敗談があってぜひ共有したいです。会社のミッションに強く共感し、自分の人生の一部のように行動することで、何かを成し遂げている感覚が強くなりますが、僕自身の幸福度はむしろ下がってきたように感じています。
特に、経営者ではないスタッフ個々人の立場に立つと、むしろ会社経営と個人の人生はうまく分離してほどよい距離感を保てた方が、「みなで遠くに行ける」組織になると感じています。
小野 会社経営というものの成り立ちが本来そういう考え方ですよね。経営と従業員を分離して、さらに個人の経営者とは別の人格を持った「法人」という装置をつくって育てていく…という。日本人の場合は、会社を装置としてドライに捉えるのが苦手で、自分の人生と一体のものかのようにウェットに考えてしまう人が少なくないように思います。ソーシャルなことを掲げている企業であればあるほど、その傾向は強くなりがちですね。
但馬さん 米国のパタゴニア本社へ訪れるときの印象になりますが、宗教のようにイヴォンに心酔していたり、自分の人生の全てをパタゴニアに捧げるような感じではありませんでした。
パタゴニアのミッションには共感しているし、自分の役割も果たすけれど、家に帰ればそれとは別に自分の人生があるし、必要以上に経営に巻き込まれる必要はない、無理にポジションに就かなくても良い、という人が比較的多かったです。
おそらく独立心の旺盛な米国でのミッション・ビジョンを中心とした組織の在り方と、独立心よりも協調性を重んじる日本とではそのミッション・ビジョンを掲げた上での組織の運用方法は変えたほうがいいと感じます。
小野 むしろ、ソーシャルな会社で働くからこそ、そういうドライな距離感を持てた方が健全な気がします。なぜなら、大抵の場合、ソーシャルな会社は、これまで収益化が難しかった領域、つまりマーケットの成長がまだゆっくりな領域で事業を起こしているから。
マーケットの成長と会社の成長は比例しますし、そこで働く社員も、マーケットの成長スピード以上には大きくなれないんですよ。プレイヤーが増えていってマーケットの成長スピードが上がってくるまでは、その会社にいてもなかなかポジションは増えてきませんから。そこでその一社だけに自分の人生を重ねていると、かえってしんどくなってしまいます。
但馬さん パタゴニア時代にもそのような働きかけをしていたのですが、ソーシャルな会社に勤める人たちは、もっと複業を積極的にやれば良いと思っています。
高い志を持って入ってきている人が多いと思いますが、会社のなかで機会やポジションを提供できない場合もありますので、期待値のミスマッチが起こりやすくなる。ここでは自分のエネルギーを十分に使い切れないなと思ったら、どんどん複業をやった方が個人の幸福度は上がりやすいと思います。
小野 僕がグリーンズ以外で複数の会社の経営に携わっているのは、まさにそういう理由ですね。なぜなら、グリーンズが会社として向き合っているマーケットはどうしても成長がゆっくりだから。僕のエネルギーをグリーンズに全部投下すると、組織が壊れてしまいます。グリーンズが大好きだからこその複業ですね(笑)
但馬さん 会社のミッションに共感しつつも、自分自身のミッションも大事にして、本業と副業をうまく組み合わせながら自分のやりたいことを追求できると良いですよね。
自分のミッションに忠実に生きるからこそ、働き方は揺らいでいって良い。
小野 今回、「ミッション」という言葉をひとつのキーワードに、ソーシャルな会社のつくり方や、その中での個人の働き方について語ってきましたが、最後に但馬さん自身のミッション、パタゴニアを辞めて残りの人生で成し遂げていきたいことやこれからの展望についてお聞きして良いですか。
但馬さん これまで、個人事業主としての企業のアドバイザリーと、西粟倉に本社を構えるエーゼロ株式会社での仕事と2足のわらじでやってきましたが、今は自分の会社を立ち上げたいという思いが強いですね。
小野 おお、いよいよご自分で会社を起こすんですね。
但馬さん 「ソーシャルな会社のつくりかた」って、方程式に落とし込むというよりは、サーフィンの練習なんかに似ていると思うんですね。海に出るたびに毎回違う波に出会う。一方、サーフボードにも色々な板の種類や特徴がある。何度も何度も波に乗ろうとしているうちに、ちょうど良いマッチングのパターンが身体で分かってくる。
おのっちのように複数会社を経営しているとわかることがたくさんあると思うんだけど、僕はまだ対岸で乗り方を観察研究しているのに近いと思っています。
今回の対談だけでなく、スクールのナビゲーターとしても呼んでもらいましたが、僕が話せることはパタゴニアでの経験と、個人事業主として色んな企業のパターンをみてきた中からの引き出しなんですね。でも、やっぱり個人事業主ではなく自分で企業経営をしないとわからないことがあると思います。
小野 なるほど。自分で会社をやっていくうえでは何をミッションとするんでしょう。
但馬さん 愛される企業になるための推進力となる事業を展開したいです。因数分解すると、企業理念やビジョンをつくり、ビジョンを実現するマーケティングプランの策定や、顧客を熱狂的ファンに変えるファンベースマーケティングが軸になると思います。まだソーシャルな課題や事業に対する距離感が遠い40〜50代の経営者のマインドを変えていき、社会を変える仲間にしていくことが、自分に与えられた役割なんじゃないかと感じています。
21世紀型の問題を解決していくためには、20世紀型のマインドやアプローチでは対応できないと言われていますが、現在ポジションや影響力を持っている40〜50代の人たちは、多くは20世紀型のマインドに留まっています。彼らと世代的にも近くアクセスしやすい、なおかつパタゴニアというソーシャルな会社を経験してきた僕だからこそできることがあるんじゃないかと思っています。
まだ自分のなかで揺らいでいる部分があって、「これだ」ってはっきり言えないんですけど、まぁ、実際に波に乗ってみないとわからないんで、やってみようと思います(笑)
小野 それはきっと但馬さんにしかできない仕事になりますね。これからの但馬さんの動きを楽しみにしています。今日はありがとうございました!
但馬さん ありがとうございました。
パタゴニアという、企業として環境問題に真正面から向き合いながら、大きな成長を遂げている「ソーシャルな会社」のトップランナーにおけるミッション・ビジョンに基づいた経営の力を肌で感じてきた但馬さん。一方で、ミッションに対して純粋になりすぎるあまりに、周囲の人たちを置き去りにしてしまったという苦い経験も。
ソーシャルな会社が、そのミッションの純度を保ちながらも、働く個々人が健全な距離感で関わることができ、そして事業総体として成長を続けていくためにはどうすれば良いのか…簡単には答えの出ない問いですが、大切にしたいポイントのいくつかが、グリーンズ小野との対話の中で、輪郭を伴って立ち現れてくるようなひとときでした。
「自分自身もまだ揺らいでいる」という但馬さん。パタゴニア時代や個人事業主としての経験を活かしながら、新たな挑戦へと漕ぎ出す前の素直な心境を語ってくださいました。これからソーシャルな会社を起こそうと考えている人も、現在事業を運営していて壁に直面している人も、自分の「ミッション」を大切に活動する人たちの参考になったなら嬉しいです。
– INFORMATION –
6月4日より、第2回「ソーシャルな会社のつくりかた」クラスが開講します。ナビゲーターの但馬さんをはじめ、今回も豪華講師陣が続々登場。詳細はこちらからご確認ください。