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移住ありきではなくビールありき。でも、地域に根ざしたビールづくりができている。東京・奥多摩のブルーパブ「VERTERE」の”地”へのこだわり。

クラフトビールは好きですか?
私は好きです。

普通にビールが好きなんですが、クラフトビールってそれぞれ特徴があって楽しいし、その土地でつくられたお酒ってその場所で飲むと、どこか遠くで飲むより何倍も美味しく感じられませんか?

土地に根ざしたクラフトビールをつくりながら、パブもやっているお店をブルーパブといい、日本でも各地に増えていますが、今回は東京の奥地、JR青梅線の終着駅、奥多摩駅前でブルーパブ「VERTERE(バテレ)」を始めた鈴木光さん辻野木景さんにビールと奥多摩への思いを聞きました。

なぜクラフトビールなのか

鈴木さんと辻野さんは共に東京農業大学出身、大学でみっちり醸造学を学んでビールの道へと進んだのかと思いきや、「よく言われるんですが、醸造学科出身ではないんです」とのこと。ではなぜクラフトビールをつくることになったのでしょうか。

鈴木さん 辻野とは高校のときから仲が良かったんです。大学も推薦で高校3年の1学期に決めて、2学期と3学期はバイトしてお金を貯め、カナダに旅行に行くという計画を立ててそれを実行しました。その時に、そうやって計画を立てて目標を達成するっていうのが面白いなと思って、一緒に事業をやろうという話になったんです。

鈴木さん(奥)と辻野さん(手前)

高校時代から仲が良かったということですが、それが「事業をやる」ことへとつながったのは、タイプが異なる者同士だったからだといいます。

辻野さん 鈴木は本当に考え方が面白くて、みんなと興味を持つものがずれてるんですよね。なんでもぱっとできちゃうし、発想が飛躍して全然関係ないところを結びつけたりするところが面白いなと。それまでに、出会ったことがないタイプの人間でしたね。

鈴木さん 逆に辻野はとことんやりこんで極めるタイプ。お互い違う気質を持っていたので、一緒にやれば一つのことをやり遂げられるなと思いました。

そして同じ大学に進み、事業をやろうという気持ちを引き続き温めるわけですが、まだビールは出てきません。

鈴木さん 大学の時に、いろいろな事業計画をつくったりしてたんですけど、その時点では誰でも簡単に真似できるようなものしか思いつかないのが現実だったんです。それでとりあえず3年は仕事をしてお金を貯め、そこからスタートしようということになって、辻野は実家の便利屋で働き、私は就職して営業の仕事につきました。

その3年の間に、二人はクラフトビールと出会います。

辻野さん 便利屋は4時とか5時で仕事が終わるので、その後にいろいろ飲み歩いていたんですが、ある時、高円寺のビール工房に出会ったんですね。ビールは比較的、簡単につくれるというのもそこで知りました。で、飲めるし醸造の勉強もできるしお金ももらえるならこれ以上のことはないなと思ってそこで働くことにしたんです。

鈴木さん 調べてみると、クラフトビールはアメリカのほうだと数年前からとっくに流行っていて市場が大きくなっているというのがわかって、日本でブレイクするのも時間の問題だなと思ったんです。それに、日本のクラフトビールのレベルが海外と比べて圧倒的に低かったので、(職人気質の)辻野なら勝負できるなと思いました。

こうしていよいよビールづくりで起業しようと考えた二人は計画通りお金を貯め、3年後、場所探しを始めます。

なぜ奥多摩なのか

高円寺での経験もあって最初は都心で場所探しをしたそうですが、資金面などの都合もあり難航します。そんな時、ふとした縁で奥多摩に足を運ぶことになります。

奥多摩駅前の路地。奥に20メートルくらい進むとVERTEREがあります

鈴木さん 辻野の父の知り合いが、僕らがビールづくりをやろうとしているという話を聞いて、若い人が減ってるから奥多摩でやらないかと言ってくれたんです。それで、「森と市庭」さん(参考記事: 東京で使う木材は東京の森で! 奥多摩で森と都市をつなぐ「東京・森と市庭」 の本拠地に行ってきました! )とつなげてくれて、最初に見に来た物件がここだったんです。もともとは森と市庭さんがカフェか何かをやろうと思っていたらしいんですが、その計画がなくなって僕らに回ってきたみたいですね。

ここを見て、小さいけど醸造所は確保できるし客席も確保できるというのですぐ決めました。市場調査も半年くらいしましたが、そもそも醸造所がやりたかったので、お客さん来なければ来ないで樽でどんどん出荷して、細く長くやれればいいなと。家賃がほとんどかからないので、好きなものを極めていって、いずれそれが認知されればと考えたんです。

場所も決まっていざビールづくりとなると思いきや、道程はそんなに簡単ではありませんでした。まずは工事からです。

鈴木さん 建物はボロボロだし、庭は森みたいになっていたので、天井は全部張り替えて、床も奥多摩の杉をもらって加工して貼って。庭にも道をつくったりしていたら、全部で8ヶ月くらいかかりました。いつビールがつくれるんだろうねって感じで、すごく長く感じましたね。

古民家の雰囲気はしっかり残っています

会社を設立したのが2014年12月、工事を終えてビアカフェとしてオープンしたのが2015年7月、そこからようやく免許申請ができて、醸造免許を取得したのが12月、オリジナルビールを提供できるようになったのは2016年2月でした。

オープンまでは時間がかかりましたが、オープンしてみるとあっという間に人気店になりました。お客さんはどのような人が多いのでしょうか。

鈴木さん 登山やサイクリング、トレランやラフティングをしに奥多摩に来るグループの人が多いです。下山したあとはここで飲むプランみたいなものを、山歩きで有名な清野明さんという方が本(『山を下りたら山麓酒場』)に書いてくれたらしく、他の駅から登っても帰りはこのあたりに降りてうちでビールを飲んで奥多摩駅から帰るっていうルートに変えたという話をする人がたくさんいます。それで、予想以上にパブが繁盛して、つくったビールは全部店だけではけてしまうというのが続いています。

一面ガラス戸なので庭を見ながらビールを楽しめます

奥多摩に飲食店が少ないこともあり、行楽客の人気を集めることになったようですが、地元の人たちも足繁く通ってくれているそう。

鈴木さん 地元の若い方もよく来てくれます。保育園のお父さんやお母さんが子どもを連れてきて、子どもは庭で遊んでたりとか。シーズンオフの平日なんかは、ほとんど地元の人しか来ませんね。

奥多摩に住む

鈴木さんは八王子市、辻野さんは杉並区出身で、奥多摩エリアに特に思い入れはなかったものの、ふたりとも奥多摩町に移住してきました(辻野さんは現在は昭島市在住)。一軒家を無料で提供するなど、移住者の誘致にも積極的という印象がある奥多摩町ですが、移住先としてはどうなのでしょうか。

鈴木さん 僕は家族がいるので、町が若い夫婦を積極的に誘致している物件があって、そこにたまたま入れたんです。移住に力を入れていると言っても人口を増やすことが目的なので、子どもがいたり結婚の予定があったりという若い人たちには積極的ですが、その分単身者は厳しいですね。

辻野さん 僕なんかは、最初は全然紹介してもらえませんでしたよ(笑)

鈴木さん 不動産屋がないので、人対人で借りるしかなくて。辻野もここでずっと活動してて周りの人たちに「ビール屋の子ね」って認知されて初めて「家あるよ」って言ってもらえたみたいな。

辻野さん ある程度素性がわかってないと貸してくれないんですよね。

空き家がたくさんあっても、借りようと思うと誰に話せばいいかわからなかったり、持ち主にたどり着いても貸してもらえなかったりという話は田舎ではよく聞きます。奥多摩は東京都だし都心からもアクセスしやすいのに、カルチャーとしては思った以上に田舎なのに驚きました。

これからのビールとこれからの奥多摩

さて、奥多摩に根付いて2年間、試行錯誤を繰り返しながらつくり上げてきたVERTEREのビールの特色とはどのようなものなのでしょうか。

辻野さん 今の設備はタンクが3基で、基本的にエールだけをつくっています。ラガーは時間がかかるので。

現在、ビールを発酵させるタンクは3つ

エールというのは、上面発酵する酵母を使ったビールで、ラガーは下面発酵する酵母を使ったビールです。上面発酵酵母のほうが高い温度で発酵し、発酵期間も熟成期間も短いことからクラフトビールではもっとも多い種類です。

辻野さん 水は水道水を水質調整して使っているんですが、奥多摩の水はすごく美味しくて、ビールもスッキリした味わいになります。

水の違いはビールの味に大きく影響するといいます。クラフトビールの味が場所によって違うのは、原料や製法の違いももちろんありますが、水の違いも大きいのかもしれません。そして、水以外にも奥多摩のものを使ったビールづくりに取り組んでいるのだそうです。

10のタップ(樽生ビールの注ぎ口)が並ぶ。オリジナルビールは常時7種類ほど。

鈴木さん 畑を借りられることになって、最初は単純に、興味本位でホップを植えてみたんです。でも、夏の農作業は、店も繁忙期なので結構きつくて。しかもホップって毎年どんどん増えていくのですぐ手に負えなくなってしまったんです。

それで今はOBC(Ogouchi Banban Company)というまちおこし団体に頼んでやってもらっています。そのホップで「とれたてホップのビール」というのをつくっていて、それを店に出すときは盛り上がりますね。ほかにも、奥多摩は昔、麦の生産が盛んだったらしく、お客さんのひとりがつくってくれて、それで仕込んだビールが今年初めてできました。

辻野さん ここはお客さんが「はちみつを使ったらどうだ」とか、いろいろ提案してくれるので、ひとりで考えているよりも発展性がありますね。都心ではなくてこっちにしてよかったと思います。じっくりつくれるというのもありますし。

特に思い入れがあって来たわけではないですが、来てみたら都心でやるよりもいいことがたくさんあったというのが正直な感想のようです。地元の食材もいいものがあれば使ってみるけれど、地元にこだわるよりもまず味にこだわって、それから製造量を増やして奥多摩のビールとしてブランドを確立していくことを第一にしているそうで、じつはいま、すぐ近くの空き家を新たな醸造所に改装中なのだそう。

改装中の新しい醸造所。「大工仕事はこれで最後にしたい」とも

鈴木さん 工事しているところができれば、今の5倍くらいはつくれるようになると思うので、店の醸造所でつくって好評だったものを新しい大きな醸造所でつくっていけたらと思っています。まず、車で来ている人が買って帰れるようにボトル売りや量り売りを増やして、それから西東京などのローカルに出荷していきたいですね。川越でいうCOEDOビールのように、エリアで圧倒的に支持されるようになりたいです。

実際、何種類か飲ませていただきましたが、お世辞抜きに美味しくて、都心から2時間、3時間かけて飲みに来るのもわかると思いました。それと、これが近くの飲み屋で飲めたらもっといいなとも。

残念ながら都心のほうへ出荷できるようになるのはまだ先の話になりそうですが、流通量が増えるのはそんなに先でもなさそうです。

インタビューを終えて飲んでいたら地元の方や遠方からのお客さんもやってきました

そしてクラフトビールに関して「奥多摩エリアに何軒か醸造所ができて飲み歩けるようになったらもっと人が来るようになるのではないか」ということも言っていました。

無理に地域の名物をつくるのではなく、自然と人が集まってコミュニティができていく。それを特に意識せずにやろうとしているところにどこか未来を感じました。

そして、住むところや仕事など移住のハードルの話もありましたが、そんなに難しく考えなくても意外とその場所の未来に貢献することはできるんだということも、お二人の話を聞いて思いました。

奥多摩は東京なのに自然が豊かで”田舎”、そのことを再確認したのでまたビールを飲みに訪れたいと思います。みなさんもぜひ。

(写真: 廣川慶明)

– INFORMATION –


お持ち帰りビールを一般的に。 醸造所併設グロウラーショップをオープンさせたい。
奥多摩町にある小さなクラフトビール醸造所VERTEREには多くのアウトドアファンや観光客が足を運びます。
車移動の方も多いため、ビールの量り売りを専門とするお店「グロウラーショップ」をオープンさせるのが今回の目的です。
https://motion-gallery.net/projects/VERTERE