世界有数の大都市・渋谷では、先の先を見据えて、「地方創生」並みのまちづくりが、着々と進んでいます。
そのプロジェクトのひとつが株式会社フューチャーセッションズが主宰する「渋谷をつなげる30人」、略して“渋30(しぶさんじゅう)”。
渋谷区の企業、行政、NPOなど30名が参加し、つながりを深めながら、まちの課題を解決するためのビジネス活動を約半年かけて立案・実行しよう、というもの。
詳しくは、こちらの記事をどうぞ。
ちょっと難しく聞こえるかもしれませんが、気軽に相談しあえる渋谷の同級生をつくり、そのつながりを生かして、渋谷でおもしろいことをやっちゃおう! そんな取り組みです。
今回は、第1期生として参加した、「東急不動産株式会社」の関口冬樹さん、「ボッシュ株式会社」の佐伯妙子さん、そして、われらがグリーンズの植原正太郎の“同級生”3人が集まり、渋30に参加したきっかけや、感想、企業とNPOがお互いのメリットを生かしながらどうプロジェクトが生まれるのかなどを、わきあいあいと、ざっくばらんに語り合いました。
東急不動産株式会社都市事業ユニット渋谷プロジェクト推進本部渋谷プロジェクト推進第2部事業企画グループ課長。1999年入社。現在は、明治通りと表参道が交差する神宮前六丁目地区の再開発を担当している。行政、地域の人、原宿企業と連携して原宿のまちを盛り上げる地域の一員として日々町会や商店会の理事として地元活動に勤しんでいる。
ボッシュ株式会社コーポレート・コミュニケーション部。2005年に入社。社会貢献を担当するコーポレートコミニケーション部所属。ボッシュ株式会社は自動車機器や電動工具で知られるドイツのグローバルカンパニー。「車の歴史はボッシュの歴史」とも言われる。2011年は創業125周年、創業者生誕150年、日本進出100年のアニバーサリーの年だったが、その費用を震災復興にあて、以降、社会貢献活動を担当している。現在、育児時短勤務中で、在宅勤務などを利用しながら勤務。
なぜ“渋30”に参加することに?
植原 今回、集まった僕を含めた3人は、1期生として、「新しい渋谷のしかけづくり」をテーマにプロジェクトを考えた、同じチームの仲間です。おふたりは、どうして渋30に参加されることになったんですか?
関口さん 僕はある日、部長から呼ばれて、「お前が行くことになったから」と宣言されました(笑) 行って何をするんですか? と聞いても、よくわからない。ただ、渋谷区がバックアップしているプロジェクトなので、ちゃんと寄り添って走れるようにがんばってやってこい、と言われました。
なぜ僕だったのか聞いたことはありませんが、おそらく地元の人とか地権者の人と話をすることが好きで、そこをセールスポイントにしているので、それがよかったのかもしれませんね。
佐伯さん 私は社会貢献を担当していて、渋谷で働く一員として、ずっと渋谷で何かできたら、と思っていたんです。渋谷区のドアを叩くきっかけは、私が育児休職から復帰した時です。出産をし、育児をするようになってから、社会がより自分ごとになると同時に、地方自治体や地元の人のありがたさを感じるようになりました。
独身時代は区役所などに住民票を取りに行くくらいしか接点がなかったんですけれど、子育てをしていると、いかに育児に対して地方自治体がサポートをしていて、また同時に助けが必要なのだということを実感しました。そこで、会社として本社のある渋谷区で、子育てのことや次世代の教育でできることはないかな、と思って、渋谷区に電話したら、経営企画部の方とお会いすることになったんです。
その時にS-SAP(シブヤ・ソーシャル・アクション・パートナー)協定をご紹介頂き、その翌月には、副区長の澤田伸さんがわざわざ弊社までお越しくださり、上司も交えてお話をお伺いしました。その際に、渋谷をつなげる30人というのがあるとお聞きしました。
その後、フューチャーセッションズの方から詳しいお話をいただいて、上司にも話した結果、渋谷区としてどのようなニーズがあるかを住民目線を含めヒアリングする場になるのではないかということで参加することになりました。 植原さんはどうして参加することになったのですか?
植原 僕はフューチャーセッションズの野村恭彦さん、加生健太朗さんと、うちの小野と4人でランチをして、こういう研修をやるんだけど、NPO枠があるので、ちょこちょこ参加してくれない? と誘っていただきました。その時に“ちょこちょこ”でしたら大丈夫ですよ、と返事をしました。
実際、グリーンズの事務所は原宿にあるんですけれども、全然、渋谷区との関わりがない。こんなにも企業には地域とつながろう、と発信しているのに。そこで渋谷とつながるきっかけがあれば、僕たちとしても嬉しいし、ということで参加してみたら、結果的にはちょこちょこどころではない参加になりましたね。
本業のなかで、プロジェクトをつくる
植原 渋30は30人が集まって、渋谷のまちがどうなったらいいか、みんなでアイデアを導き出す“フューチャーセッション”という手法で、プロジェクトを生み出す内容でした。参加してみて、どんな印象を持ちましたか?
佐伯さん 初めて30人が集まった時に、渋谷のまちがどうなったらいいか、という質問があったんですよね。その時、私と関口さんは何か災害があったときに、みんなで助けあえるようなまちづくりをしたい、というほとんど同じような内容をを書いた紙を持っていました。近い意見の人たちがチームになって、さらに、アイデアを話し合ったんですが、その時に関口さんに声をかけたら「僕はなんでもいいっす、ついていきます」という感じで引き気味でしたよね。
関口さん 最初は何をすればいいのかよくわからず、僕の中では会社の研修的に、そつなくこなしていればいいのかなと思っていました。それまでも、いろんな研修を経験して、それが終わったら、「はい、それまで」だった。だから、その場かぎりのことに、汗をかいてもしょうがない、と思っていたんです。
佐伯さん でも、関口さんはきっとプログラムを通して、気づきがあったんですよね? 残り1ヶ月の最後の方でスイッチがグッと入ったポイントがあったような気がしたんですけれども。
関口さん スイッチが入ったのは、プロジェクト内容を報告するプレゼンがあって、自分の上司も呼ばなければいけなかったときですよ。渋30の主催者のフューチャーセッションズの野村さんが、うちの上司にお話されたみたいで、部長に「お前、頑張っているのか? 思い切ってやれ」と言われたんですね。
その時に会社も、渋谷区の長谷部健区長や澤田伸副区長も応援してくださっている、ということを感じたんです。大人が本気で渋谷区を良い方向に動かそうとしている、自分も思い切ってやっていいんだ、という熱が伝わってきて、これはちゃんとやった方がいいなというか、やったことが形になって報われるんだな、と思ったんです。やるからには良い形にしたいし、自分が入って、何もできなかったら情けない、と。
佐伯さん みんなでお昼休みに集まったり、アイデアを出したり、ミニワークショップもしましたよね。
植原 プロジェクトのなかで、何かこうしないといけない、という枠があるわけでもなく、完全に任されていた。何かプロジェクトを生み出すことを考えた時、本業と切り分けて、初めてのことに挑戦して関わるのはヘビーだから、本業のなかでやらないと動けないよね、とみんなが気づいて、それぞれの仕事の話を初めて聞いたんですよね。
それまで、意外とメンバーがどんな仕事をしているのか理解ができていなかった。その時に、佐伯さんがこのカフェはデジタルだけでなく実際に人とつながる場をコンセプトとしてつくられたので、このカフェでまちとつながる何かをしたい、とおっしゃって、それであれば、ボッシュ渋谷本社1階にある「café 1886 at Bosch」で、グリーンズが得意とする「green drinks Shibuya」を一緒にできるんじゃないか? ということで、発表することになりましたよね!
登壇者とお客さんがつながる「green drinks Shibuya」
佐伯さん 「渋谷のこれからのまちづくりに関わっている、いろんな方々にゲストとして登壇いただいて、来ていただいている方にも交流の時間をもうける」というプレゼンを最終発表でしていただきましたよね! 実際に、卒業後に実現されるようになって、次の2月でもう8回目ですね。
「シブヤ経済新聞」の西編集長が、この1ヶ月でおもしろかったトップ5のニュースをお話してくださったり、「渋谷のラジオ」に出演された女性が、アコースティックギターを弾き始めたり、渋谷のまちづくりがテーマなんですが、渋谷に関することならなんでもありの状態で、どんどん進化していますね。
植原 渋谷で働いている人もいれば、渋谷に住んで何十年という地元の人、渋谷の大学生、渋谷のバスケットボールストリートでVRのバーを立ち上げました、という人もいましたね。みんなそれぞれバックボーンがあるんですけれども、渋谷に関心があったり、まちづくりにチャレンジしている人が、集まってきてくれて、おもしろいですね。
佐伯さん 私が好きなのは、登壇者と参加者のやりとり。
登壇者の方が、「実はこういう話がみなさんとできるんじゃないかと思って、登壇しました」とおっしゃってくださったり、登壇者がただ話すという立場ではなく、会場にいるみんなで仲良くなっていく。
渋谷にゆかりの深い金王八幡宮のそばにある「café 1886 at Bosch」がサロンのような役割を果たし、ここでの出会いがいろんな意味で何かにつながっていったらおもしろいなと、渋30で私たちが体験したことやご縁を、ここで広げていき、将来の渋谷のまちづくりに貢献したいと思っています。
関口さんは、わたしたちは1期で終えましたけれど、2期も継続されているんですよね? 自ら手をあげられたんですか?
関口さん 違います。次にやってもらおう、と決めていた後輩がいたんですけれど、会社に野村さんや加生さんがいらっしゃったときに、部長から「お前がもう一度やれば。もう決まってるから」と言われまして。それで継続になりました……(笑)
佐伯さん そうなんですか。眠れる獅子、関口さんのプレゼンを聞いて、上司の方が、いつもの関口さんと違って、びっくりしたとおっしゃっていたからではないですか?
企業もNPOも関係ない。相手を信頼できるかどうか
植原 1期と2期で関口さんが大きく変わった、と噂で聞いていますよ。2期では、集まりがあった後に、飲み会などされているんですよね?
佐伯さん 1期ではやらなかったのに(笑)
関口さん もったいないことをしたなと思ったんです。最後の方に、参加した企業人同士で集まる、男子会をやったんですが、それがすごくおもしろかったんですよね。企業人同士だと、プロジェクトに関わる時に、会社を動かすのが大変なので一歩引いた冷めたところで見ているところがある。
とはいえ、やりたいこともあって、モヤモヤを共有している。そういう仲間たちと出会えたんです。お互いを知るためには、研修はどうでもいい、と言ってはいけないですが、仲間づくりは飲み会などでコミュニケーションをとることかな、と思って、毎回飲み会をセッティングしています。そういうことがないと、距離が縮まらないですよね。
植原 NPO側は企業の方とコラボする機会が多いので、お付き合いに慣れているんですけれども、企業側のみなさんからすると、渋30で、NPOと組んでプロジェクトを生み出すことに対してはどう思われていたんですか?
関口さん 会社にはNPOのみなさんからは普段「協力して」といってお金の協賛も含めての依頼がすごく多いんですよ。だから、最初はお金を取られるんじゃないか、財布は硬いぜ、という思いはありました。
NPOのみなさんは、やりたいことが明確で、ピュアな思いをもって、活動されている。けれども、どういう風につきあっていいのか、わからなかった。リソースを持ち寄れと言われても、おっかなびっくりでした。僕たちは、会社はいろいろ持っているけれど、一人で決める権限を持っていないんですよね。
佐伯さん 渋30に参加されていたNPOは、いい意味でバランスがとれていましたよね。企業のことを客観的に見て、理解をして、課題を一緒に考えて乗り越えてくれるというか、そういうバランス感覚がある。グリーンズさんも、株式会社からNPOにされていますし、個人なのか企業なのか、NPOなのかというよりも、大切なのはお互いのニーズが合致していて、信頼してちゃんと連携がとれ、目標を達成できるかどうかかなと。
植原 参加して思ったのは、企業のみなさんも、担当者レベルだと地域で何かしたい、つながりたい、という想いがあるんだなと感じました。かつ、ものすごくリソースがあるんだな、と。そういうリソースがあれば、グリーンズみたいな、すでに人とつながっている側が中身をつくれる。ほかの企業をつなげたり、NPO団体、個人もつなげることができる。
関口さんから、卒業後に自社物件の遊休スペースで何かできないかな? という相談があって、その時に、「green drinks Shibuya」にゲストとして登壇していただいた、道玄坂のライブハウスの屋上で野菜を育てる、渋谷の農家の小倉崇さんをご紹介させていただきました。このプロジェクトがすごいことになりそうですよね!
関口さん そうなんですよ。東急プラザ表参道原宿の屋上庭園や、恵比寿のウノサワビルの屋上に大型のプランターを設置して、地域住民や子どもたち、ワーカーがまざりながら野菜を育てて一緒に食べるという取り組みを進めていきます。
ちょうどお話をいただいた頃は、渋30に参加していた「NPO法人二枚目の名刺」の安東直美さんに誘われて、「ソーシャルキッズアクションプロジェクト」という、子どもたちが原宿のまちづくりアイデアを考えて区長に提案するプロジェクトに携わっていたんですよね。そこで、子どもたちから、土いじりをしたい、農業に触れたい、そんな声が届いていた。
小倉さんがされていたのは、地域の住民が参加したり、子どもたちが都会にいながら、自分たちで育てたトマトやにんじんを食べる、ということだったので、それなら、子どもたちの夢の実現にもなる。地域の人を巻き込めば、相乗効果も生まれるかもしれない。そう思って、なんとか実現させて、ドライブさせたい、と思って、会社にかけあって、渋谷の地元企業であるキユーピーさんや伊藤園さんもご協力いただいて、何とかうまくスタートできそうです。
春には小倉さん、植原さんを中心にNPO法人アーバンファーマーズクラブという団体を立ち上げられることになりましたよね。2020年までに渋谷区を中心に2020箇所の市民農園をつくっていくムーブメントにしたいですね!
個人のつながりがプロジェクトを生む
植原 関口さんには人をつなげて、動かす力がありますよね。
関口さん 渋30でいろいろな人と出会って、自分が人やモノをマッチングすることが好きなんだな、と気づきました。相談を受けたら、会社や自分の持っている人脈やリソースを紹介する、この人とこの人を掛け合わせたら、うまくいくかもしれない。それを考えることがおもしろいですね。NPOは、課題解決への熱い思いを持っているし、スピード感があるので、また企業とのコラボとは違った意味で、おもしろいなと気づきました。
再開発の仕事は、10年、20年と長いスパンなので、なかなかすぐに目に見える結果が出ない。そういったなかで、社会に大きなインパクトを与えられて、すぐに成果になって、みんなに喜んでもらえることが、純粋に嬉しいですね。それに、渋谷って、やっぱりおもしろい人たちがたくさんいますよね。僕にとって良い街とは、ゆるくつながって、顔が見えて、助け合えること。
今の渋谷区は、本気でまちをよくしたい、という区長や副区長の想いがすごく伝わってきますし、フランクにお話いただけて大好きです。渋30をはじめ、「一緒にやろう!」とおっしゃることに関しては、精一杯取り組みたい。横から応援していただいている安心感もあるし、会社も応援してくれるので、企業の社員という立場でも、行政との距離が縮まる土壌ができたのかな、と思います。
佐伯さん 渋谷区長と副区長は、本当に1歩も2歩も前を見据えていらっしゃいますよね。副区長の澤田さんが これからはセクターを超えてコラボレーションしていかなくては、時代の変化スピードについていけなくなる。渋谷区には新たなチャレンジが出来る土壌があり、最先端のものを取り入れて行きたい。未来はみなさんの意志によって作られる、と仰っていたのが、とても印象的でした。
渋谷区が、丸の内などのビジネス街と比べていいなと思うことは、植原さんみたいに、Tシャツ、ジーパン姿での打ち合わせが普通で、垣根がすごく低い。会社としては、今日写真撮影をした金王八幡宮の隣にある「café 1886 at Bosch」で、企業、NPO、行政、外国人を含めたさまざまな立場の人が混じりあって、新しいものが生み出せる場づくりに、貢献できたらいいな、と思います。
植原 今日おふたりのお話を聞いて思ったのは、渋谷区の基本構想『ちがいを ちからに 変える街。』に必要なのは、やっぱり改めてつながりだということ。東急不動産という大手のデベロッパーと、グリーンズが何かやろうと、思えたのも、つながりが生まれたから。おふたりが勤める大手企業とNPOが、一緒にやろうというのもつながりがあったからこそ。その仕組みが「渋谷をつなげる30人」だったんだな、と腹オチしました!
渋30の本当のはじまりは、渋30が終わってから。
3人の姿を見ていると、つながって良かった、という思いがひしひしと伝わってきました。メンバーではなくても、「green drinks Shibuya」などの外に開かれたイベントもあるので、渋谷で巻き起こっている激アツの風に吹かれに、遊びに行きたくなりました。
(こちらは2018.3.23に公開された記事です)
– INFORMATION –
今月のgreen drinks Shibuyaは11/18(木)に、「渋谷の農業」というテーマで開催します!農業と一口で言っても、収穫体験イベントやマルシェなどその周辺を見てみると、実はまちづくりや教育、福祉とも関わりの深い分野です。イベント終了後には、土や植物に触れたくなっているかも…!?詳細&申し込みはコチラ!