社会をよりよくするために何かやってみたい、そう思っている人は少なくないかもしれません。そのための活動のひとつとして、プロボノがあります。プロボノとは、専門性やスキルを活かしたボランティア活動のこと。今、着実にプロボノは日本社会に広がってきています。
プロボノワーカー(プロボノをする参加者)と、その活動を必要としているNPOなどの団体をつなぎ、社会をよりよくするための活動をしているのが、NPO法人サービスグラントです。現在は、サービスグラントの仕事を生業としている、津田詩織さん、角永圭司郎さんの二人も、最初はプロボノワーカーでした。
プロボノがきっかけのひとつとなり、後に転職、働き方から、さらには生き方をチェンジしています。
このインタビューでは、その背景にある想いをおうかがいしました。今、自身の働き方や生き方に少し疑問を感じている人には、これからのヒントになるかもしれません。
長野県出身、大学で大阪へ。追手門学院大学を経て、大阪大学大学院へ進学。就職を機に上京。新卒で企業の人材育成をおこなう企業に勤務するかたわら、社会人を集めた勉強会を開催するなど、積極的に社会との関わりを続けてきた。2度のプロボノを経て、2014年から専従スタッフ。2歳の子どもを持つ母でもある。趣味はアウトドアなど。
大分県出身。早稲田大学卒業。IT企業にSEとして勤務した後、プロボノを経験。2016年から非常勤スタッフとして勤務。現在は、個人事業主としてNPOのITシステム構築にたずさわっている。趣味と副業を兼ねて、和の花と器を使ったフラワーデザインも手掛けている。
会社員がプロボノをすると、どんなことが見えてくる?
サービスグラントに転職する前、津田さんは企業の研修をおこなう人材育成の会社で、10年あまり営業の仕事をしていました。また、開発、研修の講師なども、担当していたこともあり、プライベートでも、ワーキングマザーの支援をするワークショップを行うなど、プロボノ的なことをするのが当たり前の生活だったといいます。
一方、角永さんはIT企業のSEとして18年勤務。ただし、プロボノを経験したときは、仕事を辞め社会起業を学ぶ学生でした。退職した理由は、「自社に戻ることになり、上司に従う生き方は合わないだろうなあと思って(苦笑)」。
SEとして顧客先に常駐している間に、会社に属しているという感覚が薄れていったこともあり、顧客先での常駐が終了したタイミングで退職しますが、そこに至るには、スキルを持って社会の役に立ちたいという、SEを始めた動機も後押ししていました。
プロセスは異なりますが、二人とも社会のために役立ちたいという想いが以前からあったという点は共通しています。そして、津田さんは2010年から2度、角永さんは2015年に、サービスグラントを介してプロボノを経験します。
津田さん 会社の先輩にたまたまサービスグラントを教えてもらったんです。NPOってどんな組織で何をしているのんだろうと関心がありましたので、すぐ登録しました。
角永さん 退職から半年ぐらい経って、どんな仕事に就くかというより、どんな風に生きていくかを考えたときに、ウェブでサービスグラントを見つけたんです。それまではプロボノという言葉も知りませんでしたが、見つけたときは、社会の役に立ちたい、という思いに応える、すごくいい仕組みだなと思いました。
NPOで働くことへの関心が高かった二人が、プロボノで実際にNPOの人たちと働く機会を経て、どんなことを感じたのでしょうか。サービスグラントでプロボノを経験した参加者のコメントに多いのは、「利益ではなく理念を優先している」という発見。津田さんは、その気づきから自分の生かし方を見つけていました。
津田さん プロボノを経験したときに思ったのは、NPOの人たちは社会課題やその解決への想いが強く、一方でビジネス感覚という面では苦手としていることもあるということでした。だから、自分のビジネス感覚が役に立つのではと思ったんです。
同時に、広告代理店やコンサルティング会社など、異業種の人と一緒にプロボノをすることで、考え方や資料のつくり方ひとつにも新しい発見があったといいます。そこにプロボノの面白みや可能性を感じたことが、後にサービスグラントへの転職へとつながっていきました。
サービスグラントでは、ひとつのプロジェクトごとにプロボノワーカーが参加し、プロジェクトの成果物を通してNPOと関わる形で社会貢献をすることができます。
角永さんはプロジェクトマネジャーとして、プロボノを経験しました。そこで改めて、自分はプロジェクトを運営していくことが好きで、「自分は苦も無く、好きでやっていることが、他の人から、予想以上に喜ばれる」ことがあることに気づいたといいます。同様の経験をほかのプロボノワーカーの人にも得てほしいという想いから、角永さんはサービスグラントの仕事をすることに関心が向いていきます。
ビジネスとソーシャルの中間にあるのがプロボノ
現在、津田さんはフルタイムの職員としてサービスグラントに勤務しています。2度のプロボノを終えたところで、たまたまサービスグラントからの求人があり、もともとソーシャル方面への転職を考えていたこともあり、転職を決断します。
一方、角永さんは学生のままプロボノを経験し、個人事業主としてサービスグラントの業務に少しずつ関わっていくようになったそうです。今、サービスグラントの業務をしながら二人ともが感じているのは、働きやすさ、風通しのよさです。その理由を、「ソーシャル的なマインドに従って行動できる人が集まっている」からだと、角永さんは見ています。
サービスグラントは、「プロボノの仕組みが好きで、それを社会に適応させることで社会をよくしていこうとする思考を持っている人が多い」と津田さん。それは、ビジネスで培ったスキルや専門性を社会のために活かすという、プロボノの在り方が反映した必然の結果なのでしょう。
そのため、「みんな、うまが合うところがいい」と、津田さんは言います。想いや情熱だけで走りがちな日本のNPOが陥りやすい弱点とは対照的に、専門的な知識を活かすことに価値を置く、プロフェッショナルな人材が集まっているのです。
津田さん プロボノワーカーの人たちも、ボランティア経験がなかったり、自分だからこそやれることをやりたいという方もいらっしゃいます。サービスグラントにも、よりビジネス寄りの感覚があるんだと思います。
また、角永さんにとっては、サービスグラントでの業務を通してさまざまなNPOと関わるうちに、世の中にたくさんある社会課題を知ることができる点も魅力のひとつでした。
角永さん いろいろな社会課題があること、たとえば“ひきこもり”とか、単にワードとして知っていても実態はわからないですよね。一歩踏み込んでみることが大切だと思うし、今それができるのが仕事の魅力ですね。
角永さんはSEとして、金融から病院の電子カルテまでさまざまなシステムを経験してきました。そして津田さんは、さまざまな業種の会社を相手に研修をしてきています。そのように幅広い業種に対応するという二人の前職での経験が、さまざまな社会課題に取り組むNPOと仕事をするサービスグラントでの仕事に通じるものがあるようです。
さらに津田さんは、プロボノと人材育成を掛け合わせた「プロボノ研修」、育児休暇中のママたちのプロボノ「ママボノ」にも携わっています。「こんなにどんどん新しいプロジェクトが始まる組織だとは思わなかった」と、津田さんは今の仕事を振り返ります。サービスグラントに入ってからのほうが前職より速いスピード感で業務が広がることで、自らの成長につながっていると感じているのです。
それだけサービスグラントの業務が広がっているのは、プロボノに寄せられる期待がどんどん膨らんでいる社会背景があることに他なりません。同時に、サービスグラントの先見性というのも見逃せないでしょう。最近では、行政もプロボノに関心を持ち、行政側からの提案も増えているそうです。
働き方を変えれば、人生も変わる?
現在、働き方改革をはじめ、多様な働き方を認めようとする世の中の動きがあります。すでにサービスグラントでは、角永さんのように個人事業主として関わるなど、いろいろな働き方をしている人がいるそうです。
津田さん サービスグラントなら、ひとつの組織にとらわれることなく、自分のやりたいことを、たとえば週に2、3日ずつやるということもできますね。
津田さんの勤務スタイルは、2歳の子どもを育てながら、「終業は16時30分、その後は自宅勤務。また、週1で終日の自宅勤務もOK」というもの。自由な働き方が、仕事へのモチベーションにもつながっていることを実感しているといいます。生産性をあげるために、企業や社会が労働者をガムシャラに働かせるのは過去の遺物だということがよくわかる例です。
「そもそも何のために生きているのか」と考えた結果、サービスグラントを選んだ角永さんも、現在の仕事を通じて、その答えに近づくことができているようです。
角永さん 前職を辞めた後、スキルを持って社会の役に立ちたいという、仕事を始めたときの想いが、改めて大事だと気づいたところに、その想いをプロボノという仕組みに乗せて、増殖させるサービスグラントという団体に出会えたのが、今の働き方や生き方を選んだ理由として大きいです。
サービスグラントで働くことで、働き方はもちろん、自分の望む生き方をも、角永さんは手に入れることができたのです。そして、それは津田さんも同じ。
津田さん 自分が持っている力を、会社の売り上げのためだけではなくて、誰かの役に立つことや社会のためになることに使えるような人生の時間の使い方をしたかったんです。今の仕事は、世の中がよくなるためにしているということが明確にわかるのがいいですね。
もちろん生活のためという大前提ははずせませんが、誰にとっても働くことの根本は社会や人の役に立つことであるはずです。自分にとって望ましい働き方を手に入れ、自身や家族の生活も大切にしながら、望む生き方を果たす。プロボノをきっかけにサービスグラントに触れ、二人の人生は大きく変化を遂げたようです。
プロボノを通して描く“ほしい未来”
サービスグラントを通して、よりよい社会をめざして働く二人が求める“ほしい未来”はどんなものなのでしょうか。「難しい質問…」と考えつつも、心の底にある願いを二人は口にしてくれました。
津田さん いろいろな人が社会課題の解決に自然に関わっていけるような未来がきたらいいのかな。
プロボノが広がることで、誰かにサポートすることが当たり前になっていく、それを「プロボノ研修」を通して実感するそうです。プロボノに関心のない人が会社の研修で参加した結果、たとえばフードバンクの支援をして、食事を残さないようにしようといった感想をくれたりすると、「そういうちょっとした変化が広がっていくことがやりがいになる」そうです。
角永さん 他者に対して興味を持つというか、他者を知ることが広がるといいかな。
今、不寛容な時代といわれ、世代をはじめさまざまなところで断絶が目に見えてきています。そこをほんの少し乗り越えて他者を知ることで、生まれる気づきがあるはずです。
それを具体的な行動に起こすきっかけのひとつが、特に周囲との関わりを断絶されがちな社会人にとっては、プロボノである可能性は高いかもしれません。
でも、特に何かに興味があるわけでもないし…という方でもご安心を。
何かこれといった分野がなくても参加できるのがプロボノであり、さらにはサービスグラントです。
さまざまな社会課題に少しずつでもかかわることで、より自身の関心にフィットするテーマに出会える日がくるかもしれません。
少し前までは、プロボノと言えば、社会への意識が高い人がやるものと言った印象がまだまだぬぐえませんでした。でも、今は企業での研修に用いられるなど、プロボノに触れる機会は各段に増えています。
そこから社会課題への目が開くということも必ずやあるでしょう。一人でも多くの人が社会に目を向け始めることが、津田さんや角永さんが目指す、人がつながり、少しずつみんなで社会をよりよくしていく未来につながっていくのではないでしょうか。
同時に、少子高齢化が進み、既存の社会システムでは確実に動かなくなっていく社会において、プロボノに向けられる期待はますます高まっていくことでしょう。
そうした必然性にも後押しされながら、たくさんの人がプロボノに参加することは、誰もが、自分自身も社会の一員であるという自覚をわずかでも芽生えさせていくことにつながるはずです。
それは、それぞれがめざすほしい未来をつくることに、一歩ずつ近づくひとつの手段になるのではと思うのです。
自分の働き方や生き方に迷いが生じたら、プロボノを経験してみてはいかがでしょうか。明日の新しい自分への背中を押してくれる、そんなきっかけになるかもしれません。